近年、東京でもっとも激変したエリアのひとつが押上です。これまで東京の東部エリアは昔ながらの下町のイメージがあり、取り残されていた感がありました。東武鉄道による東京東部の活性化のシンボルになっている東京スタイルツリーの開業から11年が経過し、押上は様々な側面を持つようになりました。本文にもありますように押上は都心までのアクセスが良く利便性の良いエリアであり、下町情緒が味わえるエリアでもあります。昔から住んでいる人もいれば、新しく住み始めた人、スカイツリーの観光客やインバウンド客もいるなど、実に多様性に富んでいるエリアです。
このエリアの多様性は、押上エリアの小売業の出店状況に顕著に表れています。押上にはソラマチにある個性的な売場を展開し、ちょっと良いものを扱う北野エース、SM最大手ライフの特別なフォーマットで、比較的高所得層を狙ったライフセントラルスクエア押上店が出店している一方で、高齢者や単身者などCVSの客層を狙った都市型小型SMのまいばすけっとが2店出店しています。また昔ながらの住人が利用している地場スーパーも数店存在しています。多様な小売業・業態が出店していることがわかります。
このなかで注目できるのがライフセントラルスクエア押上店です。ライフセントラルスクエアフォーマットは8店舗、東京では恵比寿ガーデンプレイス店と、この押上店の2店舗だけです。セントラルスクエアは「地域の中心的コミュニティとして、行けばきっといいことや楽しいことがあると人々が集いにぎわう、中央広場のような存在でありたいという想いが入っています。地上1階と地下1階に売場が分かれている難しい店舗でありながら、年間売上高50億円以上と、SM業態としては非常に大きい売上を誇るライフの旗艦店です。
小売業は過剰出店になっているとも言われています。今後、生き残り競争が激しくなると予想されます。これまでの小売業は商圏内住民全てがお客様というようにセグメントしない品揃え、売場展開をしてきました。今後は、押上のようにエリアの多様性にあわせて小売業もセグメントし、ターゲットを明確にして、品揃えや売場の特徴化をしなければ生き残れないと考えられます。押上はそれが垣間見えるエリアです。本文ではこの押上の多様性を住みやすさとその魅力の観点から見ています。
平成30年間の終盤は再開発全盛期といえます。令和になってからさらに勢いが加速していますが、平成に限って言うともっとも変わった街はおそらく「押上」ではないかと思われます。それまでは駅名を聞いてもどこにあるのかわからないようないわゆるモブキャラな街だった押上。下町と言われて押上を挙げる人はまずいないし、近くの浅草パワーに押されひっそり存在していた街だったと思うのです。東京スカイツリーの工事が始まった頃のニュースやワイドショーを思い出すと、それまで商売っ気なく暮らしていた小さな個人店の戸惑いや自分たちも勢いに乗って何か始めなければという焦りなんかが画面からも伝わってきていました。そして2012年、東京スカイツリー開業。それまであまり知られていなかった押上は、誰もが知る超有名観光スポットへと変貌を遂げたのです。
東京スカイツリー誕生と同時期に東武スカイツリーライン・伊勢崎線の「とうきょうスカイツリー駅」も開業。数分歩いたところにある「押上駅」も最寄り駅として注目を集めることになったのです。押上駅に乗り入れている路線は、東京メトロ半蔵門線、東武伊勢崎線、都営浅草線、京成押上線の4路線。いずれも都心部へのアクセスがいいので通勤や通学にも便利な場所にあります。大手町や新橋などのオフィス街から渋谷、恵比寿、上野などの繁華街まで都内のほとんどの大規模ターミナルと繋がっている「押上駅」は、実は東京のアクセス王といっても過言ではないのです。しかも、そんなメチャクチャ便利な駅を擁する街なのに、墨田区にあるというだけで家賃は驚くほどリーズナブルだし、東京スカイツリーができたおかげで買い物にも困らない。さらに、昔ながらの下町情緒まで味わえちゃうので近年では不動産投資の面からも注目が集まっているようです。
投資家が注目するもうひとつの理由が、2024年完成予定のとうきょうスカイツリー駅周辺の線路高架化と「とうきょうスカイツリー駅」の移設工事。これは現在、地上の線路である東武スカイツリーライン・伊勢崎線の「とうきょうスカイツリー駅」から東へ約900mの区間を高架化するというもの。それにより、押上駅の東側にある踏切が撤去され南北の往来がしやすくなるといいます。この踏切は朝の通勤ラッシュ時は1時間のうちなんと32分も降りている開かずの踏切。つまり、高架化はアクセス王「押上」にとってはさらなる武器になるし、投資家にとってはまたとない朗報というわけです。東京スカイツリーが開業した時に誕生した駅直結の複合施設「東京ソラマチ」は、開業当時の期待とは裏腹にこの11年正直あまりパッとしなかったと言われています。ですが、2020年に浅草―とうきょうスカイツリー駅間の高架下にオシャレな複合商業施設「東京ミズマチ」が誕生してからは、周辺にもマンションや戸建てなどが建ちはじめ、最近は住宅街としての再開発も活発化しています。実際にエリアの価値も上がっていて、不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」の「住まいインデックス」によると、とうきょうスカイツリー駅の標準的な賃貸マンションの賃料は直近3年間で4.83%上昇。これは東京都の変動3.00%に比べると高い数値を出しているそうなのです。そのことにより、お隣の押上駅を含む押上エリアの賃貸ニーズの拡大にもつながっているようなのです。
墨田区は東京の東側にある区で押上エリアはその中心に位置しています。周辺を隅田川や荒川に囲まれた押上エリアは1996年には水の郷百選にも選ばれています。「押上」の地名の由来は諸説ありますが、潮が押し寄せ押し上げられて陸地化したからというのが有力のようです。江戸時代初期は葦が生い茂る湿地帯に農地が点在する農業地域だったようですが、明暦の大火の干拓により市街化が進み、浅草への参拝客が訪れる歓楽街となったといわれています。浅草へは徒歩15分ほどで行けるので、区は異なりますが大きく捉えれば押上も浅草エリアといえるかもしれません。そんな下町に降って湧いた最初の再開発事業が東京スカイツリーの建設でした。高さ634mは、現存する電波塔としてはアメリカのKVLY-TV塔を超える世界1位の高さで、建造物としてはドバイのブルジュ・ハリファ(828m)に次ぐ世界第2の記録を誇っています。また、「東京ソラマチ」には水族館やプラネタリウムなど多くの施設が入り、300以上もの店舗が展開。近年は隅田川へと続く北十間川沿いに建ち並ぶ「東京ミズマチ」の誕生により再注目されています。また、押上駅の東側エリアには下町情緒満載の5商店街があり、古き良き押上の人情も味わえます。さらに駅の西側の業平橋駅貨物ヤード跡地などがあったエリアには、現在東京スカイツリーを中心とする東京スカイツリータウンが誕生。2013年まで京成電鉄の本社があった場所には、ホテルやスーパーなどが入る「京成押上ビル」も建てられました。とりわけ、押上駅周辺にある「黄金湯」と「大黒湯」はサウナーからも絶大な支持を受けているようで、わざわざ足を運ぶ人も多くいるのだとか。東京スカイツリーとその周辺の施設などの再開発はもちろん、古くから続く商店街や人気銭湯の存在も墨田区の価値を高め、押上エリアが墨田区の中でもっとも住みたい街として君臨する引き金になっているといえます。
押上エリアのさらなる魅力のひとつとして忘れてはならないのが通学アクセスのよさ。例えば、東京電機大学(足立区北千住)、専修大学(千代田区神保町)には押上駅から乗り換えなしで通うことができます。また、半蔵門線や都営浅草線を利用すれば都内の大学へのアクセスもスムーズ。学生にとっては家賃が安い上にアクセスも抜群の住みやすい街となるのです。さらに、半蔵門線は大手町駅が通っていることや構内を通じ東京駅に行けるなど通勤出張のアクセスがいいことからビジネスマンにも人気の路線。学生のみならず社会人にもストレスフリーな駅であり街なのです。半蔵門線には渋谷、表参道、青山一丁目、日本橋......といった地価が高い街が多いので、物価も高く当然家賃もお高い。ですが、終点には家賃相場がリーズナブルな墨田区の押上があります。いくつかの不動産サイトでとりあげている半蔵門線の住みやすい街ランキングを調べてみると、多くの不動産屋さんが1位に押上を上げているのも納得です。しかも、押上は墨田区の住みたい街でも1位に君臨しているようなので、生活・交通双方の利便性を備えた「押上」は、平成の再開発が生み出したもっとも「リアルに住みやすい街」なのかもしれません。
今回訪ねた街はコチラ!
著者プロフィール
赤沢奈穂子
放送作家。
日本脚本家連盟、日本放送作家協会会員。
コピーライターから放送作家に転身後、日本テレビ「11PM」でデビュー。番組における最初で最後の女性作家に。テレビ、ラジオ、イベントなど数々の番組等に関わり、1993年渡米。NY、イスラエル、ロンドンでの約7年の居住を経て帰国。その後は、番組構成をはじめ、雑誌ライター、書籍の執筆、イベント運営など、幅広く活動している。既婚。2児の母。東郷奈穂子名義でも活躍中。
コピーライター作品「フルムーン旅行」
放送作家作品「テレビ東京/出没!アド街ック天国」ほか
近著に、萩谷慧悟ダイビングフォトブック「HORIZON」(2021)、「Azure Blue」(2022)、小西成弥フォトブック「treasure」(2022)など
連載:気になるあの街に行ってみた!
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