池袋と聞いて、皆さんは何をイメージしますか?昭和の時代、池袋東口に60階建てのサンシャインシティが誕生した時は、都民のみならず日本中の人々の注目を集めましたよね。でもその反面、西口にはホームレスやイキがった若者がわんさか溜まっていたので「二面性を持った街」という印象が強かったように思います。さすがのサンシャインシティも西口のダークなイメージを拭いきることが出来なかったわけです。結局、サンシャイン効果は東口だけに留まり、西口ウエストゲートパークは、長い間、雑多で危ないイメージが付きまとっていました。
また、全く別の様相をもつ東と西の拠点ともいえるふたつの大手百貨店も池袋を語るうえでは欠かせない存在です。東口にあるのが西武百貨店で、西口にあるのが東武百貨店というあべこべな感じも、駅前にあるのに何故か百貨店だけが孤立している感じも、そして山手線のキーステーションなのに、いつまでたっても垢ぬけない感じも、すべてひっくるめて池袋という街を形成してきた要素なんだと思います。そんな曖昧というか、「池袋はコレでいきます!」みたいな正々堂々とした感じがないまま、ただなんとなく存在してきた街。私は長い間そんなイメージを持ってきました。
しかし、そんな池袋も平成になってからは、少しずつ変化してきました。とっかかりは、やはり西口駅前(ウエストゲートパーク)の整備。そのおかげで、ホームレスやいかつい輩は影を潜め、そこには新たに東京芸術劇場が誕生。これを機に、池袋西口はアートな街へのスタートをきったのです。しかし、そのすぐ隣の北口は「リトル中華街」なんて言われるグルメなチャイナタウンになってしまい、今度は池袋に中国人が急増。その発展力は凄まじく、近年ではチャイナタウンとまで言われるようになっています。つまり、結果的には西口と北口は相変わらず、治安的には少々不安を残すエリアのまま。
一方の東口はというと、アニメファンが集まる「乙女ロード」の出現で、秋葉原を凌ぐオタク文化の聖地と呼ばれるように。こちらは、独自路線でちょこちょことアップグレードを進行中です。とはいえ、そのほとんどが、ごく狭いエリアでのことなので、平成の池袋も結局は長年どっぷり浸かったカオスっぷりから抜け出せずにいるというわけです。
その結果、2014年、ついに恐ろしい発表が下されてしまったのです。なんと、豊島区が東京23区内で唯一「消滅可能性都市」に選ばれてしまったのです。「消滅可能性都市」とは、日本創成会議が打ち出した少子化や人口移動などが原因で将来消滅する可能性がある自治体のこと。これにはさすがに危機感を覚えたのでしょう。豊島区は緊急対策会議を開き、翌2015年には「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」を策定。プロデューサーに、チームラボ代表の猪子寿之氏、アニメイト会長の高橋豊氏、ナムコ取締役会長の橘正裕氏、ドワンゴ取締役CCOの横澤大輔氏など、錚々たるメンバーを迎え、本格的に動き始めたのです。そして、これを機にオリンピックに向けて文化の発信拠点となる再開発事業を計画。ようやく本腰を入れて新たな街づくりに着手したのです。
2016年、豊島区がまず最初に取り掛かったのが街のコンセプトづくりでした。「まち全体が舞台の誰もが主役になれる劇場都市」を掲げ、豊島区の中心である池袋で開発をスタート。2019年から2020年にかけて竣工やリニューアルが急ピッチに進められました。
劇場都市としての口火を切ったのが、2019年夏、サンシャイン通りに開業した「キュープラザ池袋」。キュープラザは、すでに原宿、二子玉川、恵比寿、心斎橋で展開しているので池袋は5番目として誕生しました。コンセプトは、「エンターテインメントプラザ」。地上14階建ての4階から13階までが映画館、地下1階から地上3階には多彩な店舗が集結。12スクリーン、2,500席を有する首都圏最大級のシネコンとして誕生しました。
2019年10月には、中池袋公園に面した豊島区の旧庁舎と旧公会堂跡地の再開発事業として、ホール棟、としま区民センター棟、オフィス棟の三つの棟が一体となった「Hareza(ハレザ)池袋」が開業。「ハレザタワー」という名称の「オフィス棟」は、7階から32階にオフィス、2階から6階にはTOHOシネマズが運営する映画館が入る高層ビルになりました。映画館の座席数は10スクリーンに1,700席。映画のほか、コンサートや演劇、スポーツのビューイングも行われます。
「ホール棟」は、2019年3月に「東京建物」がネーミングライツ権を取得し、「東京建物ブリリアホール」という名称に。中には、従来の公会堂や集会場などのほか、新たに三つの劇場が入る「新ホール棟」が誕生。そのひとつ、「東京建物ブリリアホール(豊島区立芸術文化劇場)」は、文化芸術活動の拠点として、ミュージカル、宝塚歌劇、歌舞伎、バレエ、オペラ、伝統芸能などの公演を想定。豊島区民の成人式や学校行事にも活用する予定です。
また、1階には、ポニーキャニオンが運営するライブ劇場「ハレブタイ」がオープン。音楽ライブのほか、Vチューバ―によるライブ、CGライブ、ゲーム実況など、アニメやサブカルチャーが楽しめる新感覚のライブ劇場として活用するようです。同じく1階には、ライブ配信などを発信するためのドワンゴによるサテライトスタジオ「ハレスタ」がオープン。そして、そんな未来型スタジオの隣りには、なんと公共の場である「としま区民センター棟」が建っているというユニークな造りになっています。そのこと自体が、実はとても画期的な試みで、公民一体となった驚くほど柔軟な一歩だと思います。「としま区民センター棟」に入る劇場は、多目的ホールと小ホールのふたつ。講演会、発表会など、区民の活動の場として活用するそうです。
さらに特筆すべきは、2階と3階に大規模なパブリックトイレを設けたこと。2フロアに跨る公衆トイレは他に類を見ません。女性用トイレはなんと35ブース。パウダールームやフィッテングルームも完備されています。また、このトイレは、いざという時の防災用としての役割もあるようなので、区民のことを考えて作られた素晴らしい発想だと思います。
同じく2019年秋には、池袋西口公園に「池袋西口公園野外劇場グローバルリングシアター」が誕生。クラシックコンサートやダンス、演劇などの野外劇場と大型ビジョンを設置し、イベントやパブリックビューイングなど、様々な用途に応じた劇場空間に全面リニューアルしました。5本のリングに設置されたLEDライトと広場中央の噴水が連動するコンテンツが、癒し空間を演出。長年、悪の巣窟のように言われてきた西口がようやくオシャレでアカデミックな劇場タウンへと変身したのです。この西口アート化は、これまでのダークなイメージを完璧に払拭するとともに、先陣を切った東京芸術劇場の存在価値も高めることに成功したのです。
このように東西にそれぞれ大規模な劇場を作ったことで、池袋は駅を中心に広範囲な劇場都市となったわけですが、実は構想はそれだけにとどまりません。新ホールやシネコン、さらに、近年は東口のさらなる開発も進んでいます。
豊島区役所の移転改築に伴い、2016年にリニューアルオープンした南池袋公園は、サンシャインの高層ビルのふもとにあるオアシス的な感じから、東京のセントラルパークとも呼ばれているようです。コンセプトは「都市のリビング」。週末になると、広い芝生広場にシートを敷き、自由に寛ぐファミリーの姿も。園内にはBBQができるカフェレストランも併設されているので、昼間からビール片手に野外グルメを楽しむ光景もよく見かけます。
このように、東京オリンピック・パラリンピックまでの完成を目指し整備されてきた四つの公園を核としたまちづくりは、生まれ変わった池袋にさらなる癒しや寛ぎを供給。かつて「消滅可能性都市」に選ばれてしまった池袋は、緑豊かな自然という付加価値を伴った魅力的な国際アート・カルチャー都市として、見事な復活劇をみせてくれたのです。そこで後編では、コロナ禍でも安心して出かけられる野外スポット。四つの公園を核とした池袋のまちづくりに注目します。
>> 後編(暮らしに寄り添う再開発計画 池袋はコロナ禍でも安心な「都市のリビング」)
今回訪ねた街はコチラ!
著者プロフィール
赤沢奈穂子
放送作家。
日本脚本家連盟、日本放送作家協会会員。
コピーライターから放送作家に転身後、日本テレビ「11PM」でデビュー。番組における最初で最後の女性作家に。テレビ、ラジオ、イベントなど数々の番組等に関わり、1993年渡米。NY、イスラエル、ロンドンでの約7年の居住を経て帰国。その後は、番組構成をはじめ、雑誌ライター、書籍の執筆、イベント運営など、幅広く活動している。既婚。2児の母。東郷奈穂子名義でも活躍中。
コピーライター作品「フルムーン旅行」
放送作家作品「テレビ東京/出没!アド街ック天国」ほか
近著に、萩谷慧悟ダイビングフォトブック「HORIZON」(2021)、「Azure Blue」(2022)、小西成弥フォトブック「treasure」(2022)など
連載:気になるあの街に行ってみた!
- 入国制限解除後の欧州の今と観光ビジネス考察(2023年)
- フランス・ロワール地方最大のワイナリー「ラドゥセット」(2023年)
- パワーカップルひしめく「豊洲」 購買力格差を捉えた階層別エリアマーケティング(2022年)
- 半径200m圏内で全て完結!「流山おおたかの森」は多彩な小売業ひしめく次世代ニュータウン(2022年)
- 星野リゾート進出が変えた「豊島区大塚」 ―官民連携で地域活性化の好事例(2022年)
- 人種のるつぼ「川口市」 "本当に住みやすい街"は流通戦略の新たなモデルケース(2022年)
- テレワークで人気上昇!「立川」はコスパも環境も最高のリトル新宿―小売の出店戦略でも要注目の郊外タウン(2022年)
- 歴史的資源を活用したまちづくりのヒント 「目黒」から江戸の名跡再発見の旅(2022年)
- 流行の発信地「原宿」 再びインバウンドで賑わう日を夢見て(2022年)
- 100年に一度の再開発!大きく変貌するサブカルタウン中野に、ビッグなビジネスチャンス到来!(2022年)
- 離島の玄関口「竹芝」がオシャレなウォーターフロントに大変身!(2021年)
- 錦糸町 千葉県民が支える大人の桃源郷は、いま大注目の消費王国(2021年)
- 日本一のアート密集エリア「上野」へ!美術館や博物館が一か所にギュッと集まっている街なんて、世界中のどこにもないぞ!(2021年)
- 再開発でさらに魅力的に!「世界で最もクールな街」下北沢を徹底解剖!(2021年)
- 「消滅可能性都市」から緑豊かな「国際アート・カルチャー都市」へ! 池袋は今、魅力爆上がりタウンに大変身中!(2021年)
- ホコ天再開!銀座に誕生した注目のニュースポットと銀座を愛する人たちの新たな挑戦!(2020年)
- いつ行っても工事中!若者から大人の街へとシフトし始めた渋谷再開発の今を巡る!(2020年)
参照コンテンツ
- MNEXT 眼のつけどころ 市場脱皮期の富裕層開拓マーケティング―価格差別化戦略(2021年)
- プロの視点 消費反発の現場を探る 帝国ホテルのブッフェから(2021年)
- オリジナルレポート コロナ下とコロナ後の消費の展望(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ 20年後の東京をどうするか?―新しい消費文化の形成(2017年)
- 戦略ケース 都市再生法によって加速する 東京発マーケティング革新(2002年)
- 戦略ケース 百貨店の明暗を分けるブランド消費-百貨店の復活は本物か?(2001年)
シリーズ「移動」のマーケティング
- なぜ駅はスゴイのか?-変わる駅の役割と新たなビジネスチャンス
- 変わる家族と駅の役割
- 世代交代で変わる鉄道と駅の役割
- 消費のホットスポットとしての駅
- 移動の起点・終点としての駅
- ビッグデータの宝庫「駅」でのビッグデータ利用を阻むもの
- ネットワークと駅
- なぜこうなった?これからどうなる?駅ナカ
- 観光日本のゲートウェイ「駅」
おすすめ新着記事
消費者調査データ シャンプー(2024年11月版) 「ラックス」と「パンテーン」、激しい首位争い
調査結果を見ると、「ラックス(ユニリーバ)」と「パンテーン(P&G)」が複数の項目で僅差で首位を競り合う結果となった。コロナ禍以降のセルフケアに対する意識の高まりもあって、シャンプー市場では多様化、高付加価値化が進んでいる。ボタニカルやオーガニック、ハニーやアミノ酸などをキーワードに多様なブランドが競うシャンプー市場の今後が注目される。
消費者調査データ レトルトカレー(2024年11月版) 首位「咖喱屋カレー」、3ヶ月内購入はダブルスコア
調査結果を見ると、「咖喱屋カレー」が、再購入意向を除く5項目で首位を獲得した。店頭接触、購入経験で2位に10ポイント以上の差をつけ、3ヶ月内購入では2位の「ボンカレーゴールド」のほぼ2倍の購入率となった。
「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 伸長するパン市場 背景にある簡便化志向や節約志向
どんな人がパンを食べているのか調べてみた。主食として1年内に食べた頻度をみると、食事パンは週5回以上食べた人が2割で、特に女性50・60代は3割前後と高かった。パン類全体でみると、朝食で食事パンを食べた人は女性を中心に高く、特に女性50代は6割以上であった。