7月は新規陽性確認者数が大きく増加したにもかかわらず、予測していたほど消費支出は減少しなかった。6月まで確認できていた新規陽性確認者数報道が消費に与えるインパクトは、7月には小さくなっていることがうかがえる。
まず、前回モデルで推定された消費支出の予測の有効性を検証するために、6~7月の消費支出の日別支出金額実測値と予測値の比較を行った(図表1)。予測値をみると、新規陽性確認者数が比較的少なかった6月上旬から中旬にかけては、横ばいで推移している。新規陽性確認者数が増加した6月下旬から7月末にかけては、減少トレンドにある。
図表1.2020年6~7月の消費支出実測値と予測値比較
実測値をみると、6月は予測値とほぼ同水準で推移している。一方で7月は、やや減少傾向がみられるものの、予測値ほど急激には減少していない。最低額と予想された7月30日の予測値2,506円に対し、実測値は5,294円であり、2,788円もの乖離がある。
月ごとの日別支出の合計値を比較すると、6月の実測値と予測値はどちらも18.8万円であり、予測の精度は非常に高い。一方7月の実測値は18.5万円、予測値は15.7万円であり、2.8万円の乖離がある。7月の前年同月比でみると、実測値では-8.0%の減少、予測値では-22.0%であり、14.0%の乖離である。
また、消費支出の日別支出金額実測値と予測値との相関係数は、6月では0.54、7月では0.16である。7月は6月よりも予測の精度が低下していることがわかる。
以上の結果を踏まえ、モデルの修正を行うために、7月の消費支出の日別データを追加し、前回と同様のモデルで再推定をおこなった。詳しい推計方法はこちらを参照してもらいたい。推計に用いたデータの期間は2020年2月13日から7月31日までの計170日分である。
今回の再推計から、前日の新規陽性確認者数が1人増えると、消費支出の日別支出は約1円減少するという結果が得られた。前回モデルの1人増えると3円減少という結果よりも、感染者数インパクトは小さいことがわかる。
推計の結果、誤差項の自己相関が確認されたため $(LM \ test=4.40, \ P=0.03)$、一般化最小二乗法を採用し、自己相関の存在を前提とした推定を行った。想定される自己相関は$u_{t}=\rho u_{t-1} + \varepsilon _{t}$で表される1階の自己回帰モデルである。なお、本推計では不均一分散の存在は認められなかった$(BP=9.57, \ p=0.48)$。
最終的な推計の結果を図表2に示す。
図表2.消費支出に対するコロナ新規陽性者数の影響
前日の新規陽性確認者数の係数推定値は-0.93となり、符号条件は負である。P値は0.088であり、有意水準5%で有意ではない。有意ではなかったものの、モデルのあてはまりのよさを表すAICをみると、新規陽性確認者数を変数として投入した場合(AIC = 2676.96)のほうが、投入しない場合(AIC = 2678.5)よりも低かった。
つまり、新規陽性確認者数を投入した場合のほうがモデルのあてはまりがよいため、これを最終的なモデルとして採用した。
前日の新規陽性確認者数の係数推定値は、前回モデルでの係数推定値-2.87と比較すると、小さくなっている。
なお、補足的に同モデルでベイズ線形回帰分析を行った。線形回帰式に含まれる独立変数の係数値について、MCMC法(マルコフ連鎖モンテカルロ法)によるベイズ推定を行っている。統計解析ソフト「R」のMCMCpackパッケージを用い、ギブスサンプリング行った(長さ101,000、チェイン発生数1、バーンイン期間は1,000)。結果、新規陽性確認者数の係数推定値は、平均で-0.87、2.5%点で-1.82、25%点で-1.19、75%点で-0.56、97.5%点で0.07である。係数推定値の平均は、一般化最小二乗法による推定と近い値であり、四分位範囲でも負の値を示している。しかし、95%確信区間でみると、わずかに正の値に振れている。一般化最小二乗法による推定で、コロナ陽性確認者数の係数推定値が有意でなかったことと整合的である。
7月以降、新規陽性確認者数報道が消費に与えるインパクトが小さくなった要因として消費者の関心の低下があげられる。7月は、連日1,000人前後の新規陽性確認者が発表された。その数字の大きさに慣れてしまい、陽性者報道が行動自粛に結びつきにくくなったことが考えられる。実際、テレビニュースの街頭インタビューなどで、「感染者数を聞いても驚かなくなった」と回答する通勤客の声が聞かれた。
また、2020年2月13日から2020年9月13日までのGoogle検索におけるキーワード「コロナ感染者数」の検索数推移を調べた(図表3)。期間検索数は、新規陽性確認者数拡大に伴って増加し、4月16日にピークを迎えた。その後は減少し、6月下旬に陽性確認者数が増加すると同時に、増加に転じている。
図表3.「コロナ感染者数」の検索回数
検索数は7月9日に第2の山を迎えるが、その数は第1のピーク時の71%にとどまっている。その後、7月末から8月頭にかけて新規陽性確認者数がピークを迎える頃には、検索数はすでに減少トレンドにあることがわかる。
6月下旬から8月にかけての感染者数の多さにもかかわらず、同時期の検索数は4月頃よりも少なく、減少ペースもはやい。このことから、人々の新規陽性者報道への関心の低さがうかがえる。人々の関心の低下により、7月以降は感染者が増加しても、6月以前までの消費行動抑制が起こりにくかったと考えらえる。
では、7月の人々の消費行動は実際にどうだったのか。家計調査のデータから、外での消費回復の兆しが確認できた。品目別に消費支出の前年同月比をみると、「外食」は6月で-33.5%減、7月で-26.6%減であり、わずかではあるが減少幅は縮小している。映画館やスポーツ観覧、遊園地入場などが含まれる「入場・観覧・ゲーム代」は6月が-60.3%減、7月が-47.6%減である。これらの外での消費は、前年の水準とは程遠いものの、感染者数が増加する中でも緩やかに回復の傾向がみえた。
最後に、再推計に利用したモデルをベースに、2020年8~10月の新規陽性確認者数の推移に伴う、消費支出の予測を試みた。分析の手順は前回のコンテンツを参照していただきたい。なお、9月と10月の消費支出の予測については、当社推計による全国新規陽性確認者数の予測データを基に算出している。
日別支出の各月の合計値は8月で18.3万円、9月で18.7万円、10月で18.1万円である。前年同月比でみると、8月で-14.8%、9月で-8.4%、10月で-4.0%である。感染者数インパクトの低下と、感染者数減少の相乗効果により、次第に消費支出は改善されると予想される。
本モデルに基づき、トップページにて日々の消費の予測を毎日更新している。是非ご覧いただきたい。
特集:コロナ禍の消費を読む
- MNEXT 眼のつけどころ 市場「アップダウン」期のマーケティング戦略―コロナ後、消費の反発力はどこへ向かう?(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ コロナの出口シナリオとV字回復戦略―日本の「隔離人口」は約39%(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ 2021年「消費社会白書」の中間総括 「きちんとした」私と「ヒトとの結縁」を守る価値へ転換―id消費へ
- MNEXT 眼のつけどころ 新型コロナ禍で消費はどう変わるか-シンクロ消費と欲望の姿態変容
- 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 第125号 認知率100%!ウィズコロナ時代を楽しむ「GoToキャンペーン」
- 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 第122号 働き方の多様化が後押しするデリバリーサービス利用
- 企画に使えるデータ・事実 消費支出
- 企画に使えるデータ・事実 旅行業者取扱高
- 消費からみた景気指標
参照コンテンツ
- JMRからの提案 月例消費レポート 2020年8月号 消費は最悪期を脱し、水面下での回復の動きがみられる(2020年)
- JMRからの提案 コロナ禍で強まる「外からウチへ」の消費者行動変容と消費の「イエナカ・シフト」(2020年)
- MNEXT 眼のつけどころ マーケティング・プラットフォームで農業を成長産業に-アフターコロナの産業基盤
- MNEXT 眼のつけどころ 新型コロナ禍で消費はどう変わるか-シンクロ消費と欲望の姿態変容(2020年)
- MNEXT 眼のつけどころ コロナ危機をどう生き残るか-命を支える経済活動を守る戦いへ(2020年)
- MNEXT 眼のつけどころ 新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析
-第三弾 収束と終息の行方 - MNEXT 眼のつけどころ 新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析
-第二弾 恐怖と隔離政策への対応 - MNEXT 眼のつけどころ 新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析
-非合理な行動拡散を生む感情 - 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 第120号 "ウィズ・コロナ時代の新たな食生活 増える女性の調理負担
- 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 第119号 "自粛"で変わる購買行動とライフスタイル
- 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 特別編
新型コロナウイルスのインパクト!コロナは購買行動にどのような影響を与えた!?
おすすめ新着記事
消費者調査データ シャンプー(2024年11月版) 「ラックス」と「パンテーン」、激しい首位争い
調査結果を見ると、「ラックス(ユニリーバ)」と「パンテーン(P&G)」が複数の項目で僅差で首位を競り合う結果となった。コロナ禍以降のセルフケアに対する意識の高まりもあって、シャンプー市場では多様化、高付加価値化が進んでいる。ボタニカルやオーガニック、ハニーやアミノ酸などをキーワードに多様なブランドが競うシャンプー市場の今後が注目される。
消費者調査データ レトルトカレー(2024年11月版) 首位「咖喱屋カレー」、3ヶ月内購入はダブルスコア
調査結果を見ると、「咖喱屋カレー」が、再購入意向を除く5項目で首位を獲得した。店頭接触、購入経験で2位に10ポイント以上の差をつけ、3ヶ月内購入では2位の「ボンカレーゴールド」のほぼ2倍の購入率となった。
「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 伸長するパン市場 背景にある簡便化志向や節約志向
どんな人がパンを食べているのか調べてみた。主食として1年内に食べた頻度をみると、食事パンは週5回以上食べた人が2割で、特に女性50・60代は3割前後と高かった。パン類全体でみると、朝食で食事パンを食べた人は女性を中心に高く、特に女性50代は6割以上であった。