眼のつけどころ

新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析
-第三弾 収束と終息の行方(1)

2020.04.01 代表取締役社長 松田久一

01

「3月21日週に3,000人をピークに収束」の予測の結果は?

 時事問題として書いている新型コロナウイルス感染症問題。マスコミや専門家とは違う角度で論じ、望外の読者を得ている。

 少々、話が長くなることをお断りし、次のような構成で話を進めたい。みなさんのリスク判断の参考になればと念じます。

  1. 前回紹介した中国モデルの予測の評価
  2. 日本の検査数の少なさの理由と是非
  3. 感染者数が国際比較して少ない理由
  4. 現状の専門家の捉え方の本音を読む
  5. 今後の予測シナリオ-2021年終息への三つのシナリオ
  6. 恐怖を煽る自粛と「三密」回避誘導-行動経済学的分析
  7. 感染問題が政治経済問題に転換

 さて、3月21日週に感染者3,000人という中国の予測を紹介した。現時点(3月30日)の評価をしておきたい。現実の数字は、感染者数1,866名、退院者数424名、死亡者数54名だった(厚生労働省)。実際は予測を下回ったが、日本の感染症に対する空気は違う。それは新しい感染者が二桁を超えて増えているからだ。特に、東京での危機意識は強い。

 感染者数が予想を下回る数字となった一方で、「感染爆発(オーバーシュート)」が起きているのではないか?という不安と恐怖を感じているというのが現在の状況だ。

 イタリアやニューヨークの動画報道をみると唖然とせざるを得ない。

02

日本の感染者数は少ない-本当か?

 感染者数が少ない、と言われてもピンと来ない方も多いと思う。国際比較では確かに少ない。しかし、日々、感染者数の増加が報道されるので、印象が違うはずだ。日本も、イタリアやアメリカのようになる。近づいていると感じるのが普通だ。

 ここでは、新型コロナ対策で「評価」されている韓国と、高度医療で知られるドイツの2ヶ国と日本を比較する(図表1)。

図表1.感染者数と検査数の国際比較 ― 日本、韓国とドイツ
図表

 日本の感染者数や死者数は、韓国とドイツよりも桁違いに少ない。人口を考慮した「100万人当たり」でも低い。さらに、中国モデルの楽観的予測である3月21日週に3,000人という予測よりも少ない。

 まずは、この少ないという事実を確認したい。

 この事実は本当なのか?

 日本の感染者数が少ない理由として、「ニューヨーク・タイムズ」のアジア系の「コラム」では、検査数の少なさが指摘され、韓国・中央日報などでは、「感染者少ない日本、隠しているのか奇跡なのか」という記事を掲載している。概ね、検査数の少なさが、感染者数の少ない理由として疑われているようだ。

03

感染者が少ない理由は検査数が少ないからか?-感染者隠し?

 日本の検査数を韓国やドイツと比較すると、確かに少ない(図表1)。桁が違う。

 ここで、検査数と感染者数の関連性について、50カ国のデータから分析した。

 これから確認できることは、三つある。

 ひとつは、検査数と感染者数は、明らかに高い相関関係(相関係数:+0.80)がある。つまり、検査数が増えると感染者数は増える、という関係にある。それは、感染者数が増えるので検査数が増えるという関係と積極的に検査をするので感染者数が増えるというふたつの側面(相互作用)がある。このふたつの関係を独立変数(X軸)と従属変数(Y軸)を入れ換えて分析してみる。

 ふたつ目は、感染者数に見合う検査数かどうかを、50カ国のデータからみる(図表2)。データは、イギリス・オックスフォードの研究者達が、WHOのデータの信憑性に不安を感じることから始まった" Our World in Data"[1] による。

 2変数には有意な線形回帰関係[2]が認められる。日本は感染者数(X軸)に比して検査数(Y軸)が少ないことがわかる。ドイツは検査数が若干多めで、韓国はドイツ以上に検査数が多すぎということになる。韓国は、3月20日現在の実際値で約32万件に上る検査数のうち、約54%の17万件分が推定値に比べ過大であり、国際比較の上では非常に多いことになる。日本は、症状によるスクリーニングを行っているので、実際のPCR検査数は、国際比較上は少ない。

図表2.感染者数と検査数との関連(国別人口100万人あたり
図表

 三つ目は、検査数に見合う感染者数か、という視点からみてみる(図表3)。2変数には、有意な線形回帰関係が認められる。日本は、感染者(Y軸)と検査数(X軸)がほぼ見合っている。特にドイツは、検査数に見合うほど感染者数はいない。これは、国際的にみると、限られた医療資源を、必ずしも効率的に配分しているとはいえない。

 それでは、日本が仮に検査数を増やした場合に、どの程度の感染者数になるのであろうか。

 さらに、現時点の日本の感染者数は、1,866人である(図表1)。先のモデルを使って、日本が他国程度に、つまりモデルでの推定値並みの検査数へと、新たに16,094件分追加すると、感染者数は283人分増える。その結果、感染者数は2,149人となる。つまり、大雑把に見積もって、日本の感染者数は1,866~2,149人となる。実際の数字はこの範囲内とみられる。

 これらの推定や修正を踏まえても、日本は他国に比べて、感染者数が少ないと言える。

図表3.検査数と感染者数との関連(国別人口100万人あたり)
図表

04

なぜ、感染者数は少ないのか?―実効再生産数

 現実の感染者数は、厳しい収束条件付きのもとでの、もっとも楽観的な予測をさらに下回る結果だった。検査数の少なさによる感染者数の過少を考慮しても、同じ事が言える。

 それでは、何が原因なのか?

 これを根拠づける数字は、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(以下、「分析・提言」と呼ぶ)の中に公表されている。

 それは、

「実効再生産数(Effective reproduction number, Rt)」

 の推定値だ。

 少し難しいが、この数値は知っておいた方がいい。人口増加と考え方は同じである。

 簡単に説明すれば、「感染者が生み出した二次感染者の数」ということである。

 感染者は時間が経てば、やがて回復し、免疫ができて感染しなくなるので、感染人口は減る。他方で、感染者が二次感染者をひとり増やせば、将来の感染人口は現状維持となり、ひとりも感染者を生まなければ感染人口は減っていくという単純なものだ。

 仮に、2人にうつせば、自らは感染人口から抜けても、2人の二次感染者が増えるので、感染人口は増える。恐らく、この数値は、現場のクラスター対策班が、感染経路(リンク)を調査・確認してデータを取得しているようだ。

 「分析・提言」では、実際に日本の実効再生産数が推計された。結果は、「1以下」だった。分析・提言でも、

「日本全国の実効再生産数(引用者注:感染症流行が進行中の集団のある時刻における、1人の感染者が生み出した二次感染者数の平均値)は、(中略)1をはさんで変動している状況が続いたものの、3月上旬以降をみると、連続して1を下回り続けています。今後とも、この動向がどのように変化するか、注意深く観察を続けながら、状況に応じた必要な対応をその都度、機敏に講じることが求められます」

―分析・提言 図2.感染時刻による実効再生産数の推定 5頁

 としている。

 つまり、この数字を冷静に、虚心坦懐にみれば、感染が収束に向かっていることを示している。

 このことは実際の数字が、中国モデルの予測よりも楽観的なものになったのは、中国と比較して、実効再生産数が低かったからだ、ということを示唆する。

 それでは、なぜ低かったのか?有効な対応策がとられたのか?「分析・提言」を発表した専門家会議では、北海道での「緊急事態宣言」での自粛要請を柱とする対応策が検証されている。

  • 緊急事態前 2月16日~2月28日  0.9 95%信頼区間 0.7~1.1
  • 緊急事態後 2月29日~3月12日  0.7 95%信頼区間 0.4~0.9

 「分析・提言」では、この期間比較で、0.9から0.7へ実効再生産数が下がったので、緊急事態宣言や移動自粛要請などに「一定の効果はあった」と判断している。つまり、日本での感染者数の少なさは、北海道でみられたような「自粛」効果によるというのが、示唆する結論だ。しかし、専門的には、両期間の信頼区間は重なり(0.7-0.9の区間)もあるので、差の検定やベイズ推定の結果も公表して欲しかった。

 移動制限などに「一定の効果はあった」と判断している。

05

武漢封鎖並みの自粛で感染者数は少ない-日本人の行動と習慣

 「分析・提言」は、3月21日までのデータでは、実効再生産数が「1以下」であるので収束すると言ってもよい結果だった。

 それでは、なぜ、「1以下」という収束を意味する数字だったのだろうか。それは何を意味しているだろうか。中国モデルがヒントをくれる。

 「不思議」なことに、中国モデルによる予測は、潜在感染者数3,000人前後としており、時期も、予測感染者数も、予測精度が結果としてよかったことになる。

 中国の予測モデルは、特に先進的でも、ビッグデータを駆使していて凄い訳でもない。予測が、ある程度の水準で近似したのは、このモデルで説明すると、外出も移動もできない中国の「武漢封鎖」並みの「隔離効果」が、日本には「あった」、そして「ある」という理解になる。

 中国モデルは、「潜在感染人口(I)→陽性確認人口(G)→隔離人口(J)」という極めて実務的なもので、感染率、隔離率、発症率、入院率を与えて、シミュレーションするものである。

 モデルで予想された3,000人の感染者数は、隔離率が「0.6」という条件である。「武漢封鎖」は、数値的には「0.84」と推計されているので、「武漢封鎖並み」と言える。つまり、テレビで報道されているような警察や軍隊などの公権力による自宅隔離、移動の禁止の強権的な対策である。

 実効再生産数でみると、武漢は、「封鎖前」が「3.86」、「封鎖後」が「1.56」と推計されている(参考文献参照)。北海道は、「宣言前」が「0.9」、「宣言後」が「0.7」である。

 推定方法に差があるので、軽々には比較できないが、北海道の「自粛」には一定の効果があり、そもそもデフォルト値が低いことが注目できる。宣言前が「1以下」だったので、武漢と比較すると、宣言が必要だったのかと疑念を抱く。

 冷静に数字から見れば、北海道は、宣言をしなくても収束に向かっていた。それは、対人コミュニケーションのスタイル、習慣や文化による。しかし、万一に備えて、知事が「宣言」を出した。実効再生産数からみると、0.2の減少効果であり、限定的なものだった、という結果になる。

 日本は、武漢封鎖と同じことを、公権力による武力強制ではなく、自主的な「自粛」で行っているということになる。驚くしかない。

 しかし、「分析・提言」は、実効再生産数が「1以下」という原因に、北海道での対策効果の評価以外はしていない。そして、そもそもの低さにはまったく言及していない。

 実効再生産数を推計し、現状を確認した上で、「分析・提言」は、「唐突に」、国民の危機意識を強調している。桜見シーズが到来し、気の緩みが懸念されたのかもしれない。そして、感染爆発や都市封鎖(ロックダウン)の可能性を強調している。東京都の動きはこの「分析・提言」に従ったものだ。

>> 次へ(専門家の現状の捉え方の本音-感染者の少なさは「僥倖」に過ぎない?)

【注釈】

  • 注1 貧困や気候変動、疾病などのグローバルな問題に着目したオンライン上で論文やデータなどを公開している。イギリス・オックスフォード大の経済学者、Max Roserが創設者。リサーチチームは、オックスフォード大がベースとなっている。
  • 注2 統計学において、推計または予測の対象の変数(従属変数)と、推計または予測に有効な別の変数(独立変数)との間に、定量的な関係(モデル)を仮定し、実際のデータを用いてそのモデルを明らかにする方法は、回帰分析と呼ばれる。特に、従属変数Yと独立変数Xとの関係を表すモデルとして、「Y=aX+b」といった一次式を仮定する場合が、線形回帰関係である。

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