眼のつけどころ

新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析
-第二弾 恐怖と隔離政策への対応

2020.03.06 代表取締役社長 松田久一

01

罹患者数3,000人、3月21日週がピークとなり、収束へ向かう?

 新型コロナウイルス感染症の罹患者数がどうなるのか。データが揃って予測が出始めた。特に、中国の研究者の武漢を踏まえた予測に注目している人々も多い(以下、中国モデルと呼ぶ)[1] 。彼らは、武漢での苦い経験を踏まえて、数理モデルを利用し、日本での予測を試みている。この数理モデルは、「武漢封鎖」などの隔離政策を正当化するモデルと言えなくもない。しかし、参考にはなる。

 それによれば、罹患者数3,000人、3月21日週がピークとなり、収束へ向かうというのがもっとも楽観的なものだ。他方で、悲観的なものは感染が収束せずに発散する。つまり、全人口に波及するというものである。3月5日現在は、その分岐点、分岐の週だということだ。しかし、分岐というのも「イメージ」で、実際はデータが揃ってきたタイミングに過ぎない。

02

感染者数は感染率と分離率で決まる

 このモデルは、感染者数は、主に感染率と分離率で決まる、と解釈できる。気になる方は実際の数理モデルを確認してもらいたい。モデルだから前提である。日本で研究されているモデルもほぼこの構造である[2]

 感染率とは、感染者が何人の非感染者に感染させるかである。日本でも感染者の80%が0人で、残りが2人以上と報道されている。ウイルスそのものへの対策としては、マスク、手洗いやうがいなどの防衛策を徹底することである。

 もうひとつは、感染者と非感染者を分離することである。各国がとっている日本などへの「差別的な」入国禁止や、中国政府による「武漢封鎖」と「外出禁止」などの措置で、感染者と非感染者を分離する。小中高の休校やテレワークの推進もそうだ。しかし、最大の決め手は、現在は法律的に困難な、地下鉄や鉄道などの大量輸送やターミナルの利用禁止である。

 このモデルをもとに、対策との関係を仮に整理してみると図表1のようになる。この試案に基づく評価が私見であり、コメントの集約である。過剰対応と移動への未対応が気になるとともに、人々の恐怖心を少なくする情報政策がまったくとられていない。

図表1 感染収束への対策(試案)と評価
図表

03

収束条件-個人努力の最大化と移動の禁止による隔離

 繰り返すと、この中国モデルを利用すると、もっとも楽観的な予測は、罹患者数が3,000人~10,000人となり、3月21日週がピークとなるというものだ[3] 。死者数は、約3.8%(WHO発表)で推測すると約111人となる。これは楽観的なシナリオで、インフルエンザのように2,000万人に拡大するという発散の可能性もある。

 フィッティングはよくない。実際、日本の患者数に適合させるには、前提の条件を大きく変えないといけない。

 この楽観的なシナリオが成り立つには、図表1から判断すると、主に、日本国民の個人努力と「武漢」並みの移動の禁止が必要になる。それには、大量輸送の制限による感染者の移動制限か、ワクチンの早急な大量投与が必要になると思われる。

 小中高の休校は、インフルエンザなどの集団感染には有効であるが、小中高生は重篤者が少なく、風邪程度の症状に過ぎないと想定される。また、子供達と80代の高齢層の接触は、単身世帯と夫婦のみ世帯が過半を占める現代では、多くはない。問題は、感染者が大量輸送手段を利用し、広範に移動することである。47都道府県に広がりつつあるのは、少数の感染者が移動し、閉鎖空間で感染させていることと思われる。

 従って、いわゆる小規模集団感染といわれる「クラスター叩き」がクラスター連鎖を断つ上で重要になるが、それは地域レベルで努力することである。屋形船、ジム、ライブハウスを閉鎖しても意味はない。最大で現在の感染者数を3,000人と見積もると、4万人にひとりの感染者数である。100人程度の小集団を「叩くことに」に効果はない。

 スポーツイベントやコンサートなどの中止勧告も、4万人以上の集団は中止要請するなどの対策をきめ細かくとるべきである。仮に、100人のライブコンサートを開くとすると、感染者が含まれる確率は0.25%である。この感染リスクは交通事故死と同じである。致死リスクでは10万人を越えるコンサート参加と同等である。従って、交通事故死レベルのリスクを許容するならば、4万人以下であれば中止の必要はないといえる。仮に、そこで感染が起これば、「不運」であり、年間約4,500人の方々が亡くなる交通事故(2018年、厚生労働省)と同じリスクであり、致死リスクはさらに低くなる(3.8%)。

 ふだんの生活のなかで、交通事故が心配だから外出するな、ということはない。これは行動経済学的には、リスクの過小評価であり、4万人以下のコンサートまで中止要請するのは感情論にもとづく過大評価である。

04

トイレットペーパー不足

 トイレットペーパーの買いだめによる不足が生じている。これは、新型コロナウイルス感染症への恐怖感情が引き出す行動である。手洗い、うがいなどをこまめにやっていても、毎日、罹患者が増え、どんどん自分に近づいてくる。これが「飛行機事故」現象だ。サイコロを振って、偶数が5回でると、次は奇数だと思ってしまう、という錯誤だ。6回目も、奇数の出る確率は二分の一だ。患者数が増えても、近づいていない。

 しかし、未知の危険なものへの恐怖は、人々の情報ニーズを高める。そして、人々はガセネタを信じるようになり、自分ができる行動ネタをほしがる。トイレットペーパーがターゲットになったのは、人々の強い恐怖心と、行動による自己満足のためである。

05

恐怖心を和らげる総合政策を考える

 日本政府の政策が、結果として、人々の危機意識を煽り、インフルエンザ対策にとどまっていることは残念である。

 政治が、人々の恐怖心を利用し、権力を維持するのは当然である。人々の好き嫌いにつけ込み、敵と味方を峻別する(埴谷雄高)のが政治だ。政治目的のために悪魔とも組むのが政治家(M.ヴェーバー)だ。

 しかし、官僚などの政策立案者は、ゼロではないやむを得ぬ犠牲者を認め、犠牲を最小限にし、いかに多くの人々を救うかを目的にすべきである。日本の年間自殺者数は、約20,000人である(2018年、厚生労働省)。そして、少なからず経済苦境が影響していることは言うまでもない。どの程度の犠牲リスクを許容するかは、断片的な知識しか持たない専門家にはない、常識的なバランスのある生活感覚である。

 新型ウイルスで犠牲者を出さない努力をすることに集中した結果、経済活動を阻害し、経済苦の自殺者を増やすようでは本末転倒だ。政府や地方自治体から名指しにされた屋形船、ジム、ライブハウスやコンサート主催者が経済困難に陥らないことを願いたい。

 総合的な判断のためには、少なくとも、感染予測の数字を公表すべきである。これから3月中旬まで、少なく見積もって、3,000人への感染者数増加をマスコミで知ることになる。恐怖感情を持つな、というのは不可能だ。ガセネタを信じるな、というのも無理だ。

 恐怖心を和らげるには、早く、もっとたくさんのきめ細かな役立つ情報を提供する必要がある。

 PCR検査万能論が蔓延しないように情報を増やすべきだ。恐怖を煽られ、心配になった人々が、PCR検査を受ければ、その陽性的中率は64%であり、8%の人が偽の陽性判定を受けて、心理的衝撃を与え、無駄な治療をすることになる。

06

客観的な死亡リスクは何か

 新型コロナウイルス感染症で亡くなる方はゼロではない。しかし、死因を調べてみると、私たちの客観的なリスクの一端が見えてくる。平成30年度の約136万人の方々の死因をあげておく。新型コロナウイルス感染症にクラウディングアウト(追い出す)されないためである。

図表2 死因別死亡数・死亡率(人口10万対)
図表

本コンテンツの第三弾として「収束と終息の行方」を公開した。感染症への正しい向き合い方を提言しているので、ぜひ一読されたい。

【参考文献】

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  2. 第二弾 恐怖と隔離政策への対応
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