国土交通省が民間都市再生事業を強力に推進し、東京が大きく変貌しようとしています。虎ノ門ヒルズや日比谷ミッドタウンはその事業で進められた代表例です。この事業は都市再生特別措置法が制定され、21世紀型都市再生プロジェクトや土地の有効利用等都市の再生に関する施策を総合的に推進、実用するものです。
この事業を上手く活用するように不動産会社各社は東京で都市開発戦略を展開しています。三菱地所は丸の内・大手町を起点とした街づくりを展開し、その目玉は「東京駅前常盤橋プロジェクト」、計画地の街区名称「TOKYO TORCH」です。その中心が27年度竣工予定の日本一の高さ390mとなる「Torch Tower」、東京の新たなシンボルタワーを目指しています。
森ビルは港区を中心に、六本木ヒルズエリア、アークヒルズエリア、虎ノ門ヒルズエリアの三つのエリアを開発し、文化と経済と緑ある東京の新たな経済圏「国際新都市」として、東京、日本をけん引することを推進しています。三井不動産は日本橋を起点に日本橋の街づくりを行っています。
三井不動産は三井グループの創業の地・日本橋を江戸時代には、日本全国からあらゆる人や物が集まる日本の中心地と、当時の賑わいを取り戻そうと「日本橋再生計画」をスタートさせました。コンセプトは「残しながら・蘇らせながら・創っていく」こととし、界隈創生、産業創造、地域共生、水都再生を図っています。
最後に東急は渋谷の活性化を基軸に渋谷まちづくり戦略、渋谷型都市ライフスタイル提案を行う「Greater SHIBUYA2.0」を推進しています。「働く」「遊ぶ」「暮らす」の3つの要素の融合とその基盤となる「デジタル」「サスティナブル」を取り入れ、渋谷周辺のエリアで快適に過ごし、自分らしい生き方や自然・社会と調和した豊かさを実感できるライフスタイルの実現を目指しています。
東京の中心部において不動産各社は日本橋、丸の内と山手線東側エリアを開発する三井不動産、三菱地所、東京の中心部港区を開発する森ビル、山手線の西側エリアを開発する東急という構図になっています。
今回取り上げている東急歌舞伎町タワーは、「世界有数の都市観光拠点である新宿歌舞伎町エリアにおいて、多様な文化を発信する劇場などのエンターテインメント施設、ホテルの整備とともに、バスの乗降場整備や西武新宿駅前通りのリニューアルによって、まちの回遊とにぎわいを創出する」国土交通省の歌舞伎町開発事業の目的をベースに、東急の東京西側エリアでのライフスタイルの創造と観光地としての魅力づくりを目指した東急の取り組みだと考えられます。不動産各社の戦略という観点からも都市開発を見ていくと、この東急歌舞伎町タワーも違う見え方ができると思います。
新宿の歌舞伎町に新たなランドマークが誕生しました。その名も「東急歌舞伎町タワー」。
4月14日に開業したばかりの地上48階地下5階、高さ225メートルの複合高層ビルです。コンセプトは「好きを極める」。人種のるつぼ、貧富のるつぼ、世代のるつぼである歌舞伎町にピッタリです。好き嫌いがはっきり分かれそうな歌舞伎町という街に「好きを極める」ために誕生したニューフェイスは、一体私たちにどんな「好き」を魅せてくれるのか。今回は出来立てホヤホヤの「東急歌舞伎町タワー」を巡ってみました。
場所はゴジラがいるTOHOシネマズの目の前。コマ劇場がなくなった時もそうでしたが、ミラノ座がなくなり再開発工事が始まってからというもの、あのエリアの治安は酷いものでした。ガランとしたシネシティ広場がホームレスや東横キッズのたまり場になったことに関しては社会問題にもなりました。ちなみに「東横キッズ」は何の略かわかりますよね?「東宝横に屯っている未成年の子供たち」のことなんですが、本当の意味は「居場所がない子供たち」のことです。そう考えると、華々しく誕生してきた他の再開発ビルに比べると確実にマイナスイメージからのスタートなわけです。では、果たしてどんな角度から攻めてくるのか......。
JR新宿駅からTOHOシネマズへ歩いていくと、左側に陽炎のように浮き上がる白っぽいビルが顔を出します。そして、その全貌は他のどの再開発ビルとも違うどこかぼんやりとした不思議な雰囲気を醸しているのです。それを象徴するのが、青っぽい外観に一つずつ白いスプレーでぼかすように縁どられた窓。そのストリートアート風の窓が他の権威的な再開発ビルとは明らかに一線を画しているのです。建築家によると、歌舞伎町エリアにかつて川が流れていたことや、現在でも歌舞伎町弁財天が水を司る女神として祀られていることなどから、「噴水」をモチーフとしているとのこと。水のエネルギー、変化、柔軟さや白い水飛沫が重なり合う姿を表現しているそうです。よく見ると、確かに噴水っぽさもありますが、個人的には都会に浮かぶ蜃気楼といった幻想的なイメージを強く持ちました。
「東急歌舞伎町タワー」に関する記事はすでに山のように出ているので、ここでは私が感じた見どころや外せないポイントなどをいくつかあげたいと思います。まずは正面入口。ここには他の再開発ビルのような整然としたセレブな雰囲気は微塵もありません。1階のスタバ前には、「どうぞ座ってください!」と言わんばかりの数段の階段があり、たくさんの人が当たり前のように地べたに座りお茶を飲んだり、休んだりと、自由な時間を過ごしているのです。まさに、あらゆる人を受け入れる歌舞伎町らしい光景です。その横のエスカレーターを上ると、ワクワクは沸点に達します。目の前に広がるのは台湾の九份のような世界線。無数の提灯に迫力ある祭りや芸者のイラスト。煌びやかでエキゾチックな横丁に所狭しと店が並んでいます。そこは「日本の祭り」をテーマにした「新宿カブキhall~歌舞伎横丁」。新しい横丁ブームの元祖「恵比寿横丁」 「渋谷横丁」などを手掛けた株式会社浜倉的商店製作所が運営する歌舞伎町の次世代エンターテインメントフードホールです。約1,000m2のフロアに食と音楽と映像が融合した全10店舗が集結。 北海道から九州、沖縄、韓国の 「ソウルフード」が楽しめます。フードホールに設置されたステージやDJブースでは生バンドの演奏やカラオケなど様々なパフォーマンスや イベントを展開。エンタメビルの名にふさわしい体験型空間を実現させています。ここもごちゃごちゃすることで歌舞伎町らしさをだしながら、何びとをも受け入れる懐の広さを演出しているような気がします。
このビルは、2階にあるこの雑多な横丁がエントランス。そばには、「ビルバーガー」
という名のアート作品が展示されています。これは、解体直前の「歌舞伎町ブックセンタービル」の全フロアを切り抜き、そのまま積み重ね、ビル内の残留物をバーガーのように挟み込んだ巨大彫刻作品です。壊す/建てる、という相反したプロセスによって「スクラップアンドビルド」を可視化し、ユーモアを交えながら大量消費社会や都市のあり方を言及した作品のようですが、ライトアップされたゴミのアートを見ていたら、西野亮廣氏による「えんとつ町のプペル」に登場する心優しいゴミ人間を思い出しました。ゴミをあえてエントランスに飾るあたりも人間味ある歌舞伎町らしさなのかもしれません。
そして、今SNSで大炎上している「ジェンダーレストイレ」もこの階にあります。性別に関係なく利用できるトイレのことですが、向かって左が男性の小便器、右がそれ以外の共用なので個室は男女が隣同士になることもあり、性犯罪などのリスクが指摘されているのです。この件についてはSNSでの批判が相次いだため東急歌舞伎町タワーとしても公式サイトに文書を掲載する事態に。それによると、このトイレは「国連の持続可能な開発目標(SDGs)の理念でもある『誰一人取り残さない』ことに配慮し、新宿歌舞伎町の多様性を認容する街づくり」のために導入したそう。 入口には警備員が立ち、巡回や夜間の電子錠ロックなどの防犯対策もしているようですが、実際には用もなくウロウロする男性やメイク直しの女性の横で気まずそうにしている男性がいたりと、違和感は拭いきれないよう。新宿は世界でも有数のジェンダーレスタウンだからこそ導入に踏み切ったのかもしれませんが、果たして当のジェンダーレスの方たちはどう思っているのか......。一度聞いてみたいものです。
エントランス階に話が集中してしまいましたが、東急歌舞伎町タワーならではの見所を3つご紹介します。1つ目の地下1階から4階にあるライブホール「Zepp Shinjuku(TOKYO)」は、新宿エリア最大級となる1,500人収容のライブホール。さらに、22時からは地下2階から地下4階で「ゼロトウキョウ(ZEROTOKYO)」というナイトエンターテインメント施設として営業します。コンセプトは「ENTERTAINMENT JUNCTION」。音楽、 DJ 、空間演出、パフォーマンスなど、様々なエンターテインメントコンテンツを集めることで、新しいエンターテインメント体験を生み出す「好きを極める」場になることを目指します。Zeppホールでは、初となる全方位をディスプレイで囲んだ360度LEDビジョンを設置。音と映像を連動させた演出が可能になりました。また、海外アーティストがステージ機材として採用するスピーカーブランド「Adamson Systems Engineering」のスピーカーを各フロアに合計100本以上設置するほか、「COSMIC LAB」製作のシステムを導入し、音・光・映像がシンクロする異次元の空間を演出。Zeppの入居は東急歌舞伎町タワーのブランディングに尽力しただけでなく、世界中が注目する最新鋭のナイトエンタメを生み出すきっかけとなるはずです。
ふたつ目は6〜8階の劇場「シアターミラノ座」と9〜10階の映画館「109シネマズプレミアム新宿」のふたつの劇場です。かつて、多くの映画ファンに愛された「新宿ミラノ座」は、その名を受け継ぎ「シアターミラノ座」というライブエンターテイメントシアターとして生まれ変わりました。今後はミュージカルや着席スタイルの音楽ライブ、2.5次元系の舞台など幅広いエンターテインメントコンテンツを行う予定。約900席の客席は取り外し可能なので、花道などのレイアウト変更も自由自在に行えるのが特徴です。9〜10階に入るのは「109シネマズプレミアム新宿」。8スクリーン、総席数752席を有する映画館です。館内は全席プレミアムシートのため、座席は一般的なシネコンの最大約2.3倍のゆったりさ。すべての座席にリクライニング機能とサイドテーブルが付属しています。また、ハイスペックな映写設備や2023年3月に逝去した音楽家・坂本龍一氏が監修した音響システムの導入に加え、「3面ワイドビューシアター・シアター6」には、正面スクリーンと左右の壁面に映像が投影される「ScreenX」を採用しているので、新作映画だけでなく人気アーティストのライブ映像など多岐に渡る映像体験もできます。料金は4,500円と6,500円(税込み)の2種類と少々高額ですが、ポップコーンとソフトドリンクは食べ飲み放題だし、ハイスぺだし、映画好きが「好きを極める」場所としては最高の環境だと思います。
三つ目は、17階から47階の東急ホテルズが手がけるふたつのホテル。17階の「JAM17 DINING & BAR」を境に下がエンタメ、上がホテルという構造になります。階数が上がるたびにゴチャゴチャとしたカオス感は影を潜め、なんとか17階までたどり着くと、急にオシャレなエリアが現れるので、ちょっとばかり怯みます(笑)。が、18階から38階のライフスタイルホテル「HOTEL GROOVE SHINJUKU」は、比較的カジュアルなようなのでご安心を。新宿・歌舞伎町の歴史やアート、音楽などのカルチャーに特化したホテルで、全538室と客室数も多く、コンパクトなベットルームから、ミニキッチンや洗濯機付きの部屋、畳敷の小上がりがある部屋まで、さまざまな客室タイプが用意されています。しかし、ヒエラルキーのトップである39~47階の「BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel」は、全ての客室に7メートルのワイドビューの窓を配した全97室の完全なるラグジュアリーホテルです。中でも45~47階のペントハウスは、日本の伝統文化を織り交ぜたインテリアや眼下に東京を一望できる超高級エリア。特に最上階の47階には3層吹き抜けの絶景レストランやスパを併設。バー&レストランは宿泊者以外でも利用できるそうなので、もちろん高級店ばかりですが行く価値ありです。
東急歌舞伎町タワーには、よくあるブランドショップもオフィスもありません。低層階にはエンタメとフードとサブカルとゲーム好きを、中層階には舞台や映画好きを、高層階にはアートとラグジュアリーにこだわった旅の寛ぎをギュッと詰めた全く新しい次世代型のエンタメタワーなのです。「好きなもの」によって向かう階が明確に分かれているからこそ、世代も人種も貧富も関係なく、誰もが自分の好きを存分に楽しめる空間なのだと実感しました。
今回訪ねた街はコチラ!
著者プロフィール
赤沢奈穂子
放送作家。
日本脚本家連盟、日本放送作家協会会員。
コピーライターから放送作家に転身後、日本テレビ「11PM」でデビュー。番組における最初で最後の女性作家に。テレビ、ラジオ、イベントなど数々の番組等に関わり、1993年渡米。NY、イスラエル、ロンドンでの約7年の居住を経て帰国。その後は、番組構成をはじめ、雑誌ライター、書籍の執筆、イベント運営など、幅広く活動している。既婚。2児の母。東郷奈穂子名義でも活躍中。
コピーライター作品「フルムーン旅行」
放送作家作品「テレビ東京/出没!アド街ック天国」ほか
近著に、萩谷慧悟ダイビングフォトブック「HORIZON」(2021)、「Azure Blue」(2022)、小西成弥フォトブック「treasure」(2022)など
連載:気になるあの街に行ってみた!
- 入国制限解除後の欧州の今と観光ビジネス考察(2023年)
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参照コンテンツ
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- 戦略ケース 都市再生法によって加速する 東京発マーケティング革新(2002年)
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シリーズ「移動」のマーケティング
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