ICE(Internal Combustion Engine:ガソリンを燃料として利用し内燃機関によって動く自動車:以下ガソリンエンジン車)に代わる存在を期待されたEVが離陸せず失速している。低収益下でEVメーカー各社の拡大計画の見直しが進む。日本は、欧米メーカーが後退するなか、中国勢のトランプ関税による漁夫の利を阻止し、EVを軸に魅力的で自立した新たな電動モビリティ産業を創出し、主導権をとって基幹産業の雇用と産業を守らねばならない。鍵は「業界の再定義」ではないだろうか。本稿ではEVを「バッテリー式電気自動車:BEV」に焦点をあて考察する。
EVが期待ほど売れていない。温暖化対策の目玉として高い目標が設定され、巨額投資と補助金で次世代を期待されたEVだったが、2024年の販売台数は1,250万台(全体の14%)に留まった。ガソリンエンジン車を代替する程の勢いはなく、政策目標(先進国計で2035年販売シェア56%)に届きそうもない。
直近ではパイオニア企業のテスラが不買運動で販売を減らし、BYDが驚愕の値下げで株価が下落。EV各社は需要不足と価格競争を懸念し軒並み計画撤回を急ぐ状況である。
EVが売れないのは、需要と供給のミスマッチが起こっているからだ。EVへの需要が弱いので安くないと売れない。供給側は価格が高ければ売りたいが、儲からないので生産したくない。需要曲線をシフトし、高くても買われるようにすべきだが、価値上げができていない。
まず、EVの需要が弱い。
消費者サイドからみると明らかな需要不足である。需要不足の要因は、第1にガソリンエンジン車よりも、品揃えもなければ差別性もなく、高くて、不便である。第2にガソリンエンジン車の時代と比べて、来店、購入のあとすぐに使用できない。充電器の選択、設置、電力サービス契約など経路が多段階で複雑で取引コストが大きい。第3に「移動の自由」を満たせない。航続距離が短く、電欠が怖くて自由どころか、不安しかない。
需要が弱いため、政府、企業、流通もEV離れを起こしている。
その要因は、第1に政府のEV政策の後退である。まずEVを主導した欧州で気候変動対策が後退し(EV販売目標の緩和、CSRD25%削減、期限延長)、米国は反ESGのトランプ政権でEV優遇が廃止された。過剰生産で価格破壊をする中国の成長を抑制し、自国の雇用と企業を守るためである。
第2にメーカーのEV離れである。EVは200社の完全競争市場で同質財による価格競争が行われている。この競争に勝つには最大市場の中国で、累積生産量で勝り、量産コストで優位に立つことである。長期的な完全競争均衡は、価格=平均費用=利潤ゼロまで低価格化が進み誰も儲からない。そのため、各社一斉に計画を撤回しHV、PHVに逆戻りした。
第3に、自動車販売店に売る気がない。米国ではディーラーの49%がEV販売に全く興味がない。日系企業ではディーラーの11%しかEVを販売していない状況だ。EVはガソリンエンジン車と比べて、商品や充電サービスの説明が手間で2倍以上の労力が必要となり、販売効率が悪いためだ。
つまり、EVの需要は、かつての太陽光発電のように、需要不足下で政府の後押しなく正義を失えば、萎むだけの補助金漬け需要だったということだ。行きつく先は、撤収コストも賄えず各地に放置された太陽光発電所と同じ道である。EVはこのまま終わるのか、それとも潜在的な可能性がまだみえていないのか。
需要不足とEV離れの理由は、業界の魅力度が低く、各社が需要開発で失敗しているからである。業界魅力度と企業戦略のミスにより、EV業界の収益率は低く、持続的成長のための事業基盤が弱い。
ガソリンエンジン車時代は、供給業者、買い手(小売店)の系列ネットワークと、巨額の設備投資や広告宣伝投資が参入障壁であった。それにより潜在的な新規参入をブロックし、かんばん方式、JIT等の高度で、完成度の高い生産システムにより高収益化を図ってきた。
EVはこれとは対称的に低収益で儲からない。主要EVメーカー各社の売上・利益率を比較し、業界の収益性を分析すると、EVメーカートップ5の平均収益率は5.4%。決して低い数字ではないが、トヨタの利益率(11.9%)と比べると1/2と低い。
■2024年世界BEV販売台数シェア
| シェア | 営業利益率 | ||
| 1.テスラ | 16.5 | 6.7 | |
| 2.中国BYD | 16.3 | 6.5 | |
| 3.中国・吉利グループ | 8.5 | - | |
| 4.中国・上海汽車集団 | 7.6 | 2.7 | |
| 5.独VWグループ | 6.9 | 5.9 | トップ5平均5.4% |
| 6.他 | 44.1 |
理由は、
- EVが「完全競争市場」であること
- 売り手側と買い手側それぞれでの寡占により、EVメーカーの交渉力が弱い
- 参入障壁が低く新規参入と代替品の脅威にさらされている
ためである。いかにこの構造から脱却するか、詳細にみることで糸口を探ることにする。
EV業界は「バッテリー式電気自動車(BEV)」の製造販売を行う企業の集まりである。自動車部品、充電器、蓄電池、V2H等のエネルギーマネジメント商材、ソフトウェア、充電・設置サービスなど幅広い事業者が関わる裾野の広い業界だ。
〇業界内競争(完全競争下の同質財による価格競争)
ガソリンエンジン車は、トヨタ、フォルクスワーゲン、現代、GM、ステランティスの五つのグループの寡占市場である。参入を制限できたのは、アセンブルメーカーが、4万を超える部品を高度に集積する独自な生産システムによって圧倒的な量産コスト優位を築き、流通チャネルとサプライヤーとの人的依存関係による系列化で垂直ネットワークを支配し、巨額の広告宣伝投資によるブランド構築など、数多くの参入障壁を構築してきたからだ。日本がトップに立てたのは、労働・資本・土地などの要素条件をベースに、世界一品質に厳しい日本の消費者に対して「よい物を安く」の戦略が実現できたからである。
逆にEVは、一見するとテスラとBYDの寡占だが、200社が参入する完全競争市場である。寡占状態にあっても潜在的な参入圧力によって既存企業の市場価格が抑えられ、完全競争のような結果(価格が平均総費用と一致するレベルまで下がり利潤ゼロ)が生まれる市場である。これは「コンテスタブル・マーケット(新規参入が容易で、既存企業が常に競争にさらされている市場)」に極めて近い特性を持つと言える。潜在的参入圧力が高いのはガソリンエンジン車の時代と違って部品点数が少なくアセンブルが容易であること、物理的な拠点がなくでもIT等を使った販売・サービスが可能になったからだ。
完全競争市場では、
- \「経済主体が無数存在し各社は市場価格に影響を与えられない」(プライステイカー)
- 「売り手の財サービスは同じ性質を持ち、買い手にとって違いがない」(同質財)
- 「短期では利潤最大化のため限界費用と価格が一致する生産量を選択」(価格=限界費用)
- 「長期では市場の自由参入・退出で利潤がゼロになる均衡価格が形成」(価格=平均費用)
される。EVの需要曲線をみると、対数モデルのあてはまりがよい。推計結果をみると、
- 右肩下がりの需要曲線が描ける(価格以外の差別化が乏しい)
- 安くなるほど価格に対して需要が弾力的(消費者はより安い価格の売り手から購入)
- テスラ1強時代の4万ドルから、中国参入で3万ドルを割り込む水準へ(価格競争)
つまり、製品が同質で、価格競争が起き、超過利潤が減少する方向に向かっている。なぜこんな市場になったのか。産業組織論の参入障壁、参入阻止の理論に基づき、2段階のステップで考えてみる。
第1段階は、EV市場でテスラが覇者となった段階である。テスラが主導的地位を確保したのは、日産(リーフ)と違って着々と参入障壁を作ったからである。具体的には、
- 原材料の独占(車載電池の独占・自前化、希少資源の直接契約、知的財産保護等
- 無形資産:ブランド(ギガファクトリーによる量産品質、自動運転、AI先行投資
- 有形資産:充電インフラ(7,000の屋外充電網、数千に上る家庭充電器の工事業者網)
といった「絶対的費用優位性」(何らかの資源や権利を排他的に所有し絶対的に低い費用で生産可能なこと)を巨額の「サンクコスト(埋没費用)」をかけ構築したことである。サンクコストの原資は、イーロン・マスクの口のうまさを武器にした資金調達力である。株価を上げて、資金調達し、レバレッジをかけて参入障壁に繋がる投資を行った。創業時の投資ラウンドで200億円、量産期は2兆円を調達し毎年6,000億円を投資した。
さらに「戦略的参入阻止戦略」をとり意図的に参入をブロックしてきた。ひとつは「コミットメント」である。世界6ヶ所のギガファクトリーに毎年1.5兆円規模を投資し、巨額の設備投資により生産量を落とさないことを潜在参入業者に信じ込ませることを目論んだ。ふたつは「消費者のスイッチコスト」である。テスラの家庭用充電システムは、太陽光で発電した電気を蓄電器に貯め、充電器でEVに充電し、アプリで費用を抑え、VGIで売電報酬を提供するものである。これを地域の信頼できる工事会社とのネットワークを通じて家庭に実装する。信頼をベースにエネルギーコストの削減と売電収益を個人にもたらすものである。これが新規業者への移動障壁を生み出した。三つは「参入阻止価格」である。費用優位性を活かし参入業者に対してゼロまたは負の利潤になる価格設定を行うことである。EV需要規模が大きい中国で市場最安値を更新し続け3.2万ドルまで達し、さらに廉価車戦略に転換する意図をみせ、潜在業者の参入意欲を挫いてきた。
しかしながら、中国勢はテスラが築いてきたこれらの障壁をものともせずに参入した。これが第2段階である。なかでも電池と車両を垂直統合するBYDの本格参入で価格以外に差別性がない市場になった。その特徴は三つある。
ひとつは、「既存企業の平均費用を下回る価格を設定して自然独占を狙う」戦略である。世界販売550万台を目指す同社は、今年22モデルの大規模値下げを実施し、特にエントリーモデルでは20%もの値下げをして1万ドルを切った。明らかにテスラの費用2.5万ドル、他の中国EVメーカーの費用1.4万ドルの下を行く価格設定である。既存業者を一気に締め出し独占を狙う価格設定が世界から批判を浴びているが、これは、固定費、サンクコスト(埋没費用)などの「自然的参入障壁」に留まらず、既存企業が意図的に行う「戦略的参入障壁」を創り出す「参入阻止」戦略と捉えられる。
ふたつは、「限界価格設定(リミットプライシング)、コストシグナリングで既存事業者の撤退を狙う価格政策」である。BYDは「夏だけの一律価格」としており、リミットプライシング(既存企業が意図的に価格を低く設定することで「利益が出ない」と思わせ、既存業者の撤退と新規参入業者の抑止を狙う戦略)を行っている。中国勢、なかでもBYDによる参入阻止価格で、既存企業は固定費用が回収できず撤退が合理的となり、EVに対する積極政策から消極政策に転換せざるをえず、BYD1強の流れにシフトしている。
三つは、「中国EV政策のバックアップ」を利用したことである。中国政府によるEV購入促進策(最大43万円の購入補助金、10%の取得税免除)、インフラ整備補助金、R&D・産業育成の資金投入が、テスラに一気に追いつける量産品質と量産コスト優位確立の後押しとなったことは明らかだ。
BYDの生命線は「累積生産量」による「量産コスト優位」である。他社を圧倒する生産量が鍵だが現在、欧米では中国EVに対し排他的な関税政策がとられ、不利な状況となってきている。そのため、無防備な日本に目をつけ40%を占める軽自動車市場を狙いにきている。そのために、家電量販店、カー用品店、赤字の自動車販売店を自社チャネルとして取り込み流通チャネルの壁を突破しようとしている。家電でニトリ、ヤマダが中国等の海外製ドラム洗濯機を10万円台で投入して日本の家電市場で大幅に勢力を伸ばす10万ドラムと同じやり方だ。
EV業界は、業界内の敵対関係以外にも力関係で劣位にある。
〇供給業者との関係(中韓専業メーカーによる基幹部品寡占。力が強い)
EVの供給業者は「電池(バッテリー)」「モーター等の駆動装置」「車載ソフト」「半導体」「車体製造会社」等がある。
ガソリンエンジン車の時代は、4万点と言われる多数の部品供給業者が存在した。供給業者は中小の自動車部品専業会社で、少数のアセンブルメーカーの受注を獲得するために積極的に系列傘下に入り、コスト圧力などの無理な要求に耐えてでも安定した部品受注を獲得することを優先した。無理な要求ができたのは、供給業者側のアセンブルメーカーへの依存度が高く、アセンブルメーカー側の供給業者への依存度が低かったからであった。
これが、EV時代に立場が逆転する。EVは相対的に部品点数が少なく、供給業者は寡占企業で取引先は自動車メーカーに限られない。一方でアセンブルメーカーは供給業者が限られているので、頼らざるをえない。供給業者側の価格交渉力が強くメーカー側は高コストで調達する必要がある。
典型的なものには、EVのコストの1/2を占めるバッテリーがある。一般にガソリンエンジン車の原価は120万円、EVは194万円。194万円の半分の90万円をバッテリーが占め、29万円を駆動装置が占める。バッテリー市場は、中国CATL、韓国LG化学の2社で市場の46%を占める寡占市場で、激しい競争が行われている。トップのCATLは1kWhあたり88ドルで、LG化学の120ドルを引き離している。
CATLは、低価格の超寿命電池(16年間・200万km)を武器に、中国の大手自動車メーカーと車載電池の合弁会社を設立して供給する。一方、米テスラ、ドイツのBMW、ダイムラー、フォルクスワーゲン、仏PSA、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなど世界中の自動車大手に「全方位」で供給するため、取引先の選択肢が多い。逆にEVメーカーは上位バッテリーメーカーへの依存度が高い。故に力関係で劣位になる。BYDはバッテリーと自動車の製造販売の垂直統合によりサプライヤーの交渉力を排除している。
〇買い手との関係(販売店のコントロール喪失。電力供給業者との力比べ)
EVの買い手には、自動車本体を販売する「自動車販売店」だけでなく、EVを動かすのに必要な電気を供給する「補完サービス業者」が存在する。
ガソリンエンジン車時代は、大量生産した車を大量に販売するために、地場の資本家に出資し系列化し、多様な車種とリベート等の補填を提供することで専売化し、二重マージンの問題を回避し、交番よりも多いと言われるほどディーラーを多数出店させ、テリトリー内で競わせ、販売量を増やすことに成功した。
自動車メーカーにとって販売店は、「自社製品だけを定価で売ってもらう」有難い小売店である。メーカーはディーラーの販売力を担保に収穫逓増効果で累積生産量を増やし収益を拡大することで赤字のディーラーを補助する相互依存関係が構築できたが、EVではディーラー側の販売意欲が低く、格差が大きい。メーカーが販売店のコントロールができなくなっている。販売を増やすためのインセンティブや、販売負担を減らすための充電器とのパッケージ販売、充電器の商流と物流コスト負担のための補完業者との分業支援など、支援コストが高い。
さらに、EVで変わったのは、新たな買い手が増えたことである。EVは本体を売っても、電気がなければ動かない。故に、屋外で電気を供給する「CPO(Charge Point Operator)=屋外充電網運用事業者(EVGO、ChargePointなど)」、家庭で電気を供給する「家庭用充電器の設置会社」と多数の設置会社を束ねて消費者とつなぐ「仲介業者(Qmerit、Treehouse、Electrum等)」を要する。電気を供給する「各地の電力小売業者」、エネルギーの効率的な利用を促す「充電器、太陽光発電、V2Hなどのエネマネ商材メーカー」、「HEMS等」などのエネルギーマネジメントシステム会社などとの力関係が生まれる。
これら電気供給の補完業者では、消費者の取引コスト、サーチコストを削減するプラットフォームが存在し、ネットワーク外部性を使って寡占化が進む。テスラのように認定工事店を自前で組織化する企業は一部である。アセンブルメーカーは補完事業者がいないとEVが売れないため過度に依存する。一方で、補完事業者は複数メーカーと取引するため依存度は小さい。故にEVメーカーの交渉力は弱い。
EVメーカーは補完事業者をライバルとしてではなく、パートナーとして、緩やかな連携を模索している。特定のCPOには協賛金を出資し販促協力を引き出したり(例えばEV購入者に一定期間、屋外充電を無料にする等)、特定の仲介業者(家庭用充電器・施工会社と消費者を繋ぐPF)と緩やかな提携関係を模索したり、電力会社(Utility)と協力しVGIサービス(TOU充電や売電報酬など)を展開している。
〇新規参入の脅威(部品点数減少で参入障壁喪失。中国の多品種を安く戦略の脅威)
ガソリンエンジン車時代は、高い参入障壁があった。4万点と言われる部品の設計・調達・組み立て・人材のマネジメント、高度な生産システムを持った巨大工場、安定した部品調達、5,000店を超える全国販売網とアフターサービス、年間5,000億円を超える大量の宣伝広告等である。これらが参入障壁となり参入を阻止してきた。
ところがEVになると部品は1万点程度で誰でも製造でき、販売網がなくてもECで販売し、ネットを通じてアフターサービスができるので、参入障壁がなくなる。テスラは流通を持たない弱みを強みにEV市場に参入し、パイオニア企業として成功した。現在ではBYD、シャオミなどの中国の「多品種を安く」戦略の脅威に晒されるようになった。
〇代替品の脅威(移動の単独化・近距離化・垂直化。移動手段の再選択の時代)
EVは、HV、PHV等の既存の電動車両と競争している。中国ではBYDが代替阻止のため、補助金なしでも、既存の電動車両の価格を下回る車種を導入している。
一方で、潜在的な代替品が拡大している。ガソリンエンジン車の時代は、移動の単位が家族で、主な用途が週末レジャーのため、公共交通機関との競争だった。現在は、個人所有に拘らない意識を背景にシェアリングが浸透している。一回あたり乗車コストが1,800円を上回るドライバーはカーシェアのメリットが高いという推計もある。さらに若い世代を中心に、パーソナルな近距離移動に対応したモビリティ(キックスケーターなど)、デリバリーサービス(UBERなど)、インナーレジャー(ゲーム、アニメ、動画コンテンツ)との競争が広がっている。EVは誰のどんな移動を満たすのか、他の交通手段のなかでの役割分担が求められる。
〇法規制に翻弄されるEV
EVは消費者ニーズとは無関係に、日本企業に代わって自動車業界の覇権をとりたい欧米中国により、強引に市場に導入された。地球温暖化対策を「正義」とし、政府は巨額の補助金を出し、消費者に購入のインセンティブを与え、充電インフラの設置を進めた。ハイブリッドで主導権をとれなかった欧米のEVによる形成逆転戦略だった。正義をたてに自動車産業で優位にたつこと、自分たちは散々化石燃料を使って成長したのに、途上国には化石燃料を使わせないことで自国の覇権を守ること、ESG投資によって世界から資金を集めることが欧州の戦略だった。しかし、ひずみが生じる。
EVで優位を獲得するには、巨額の投資、量産コスト優位、労働者プール、需要の大きさが必要になる。これらの条件を満たしていたのが中国だった。中国は政府による巨額投資で企業を補填し作らせ、消費者にインセンティブを与え交わせて、充電施設を作りまくって短期間にEV産業を構築した。自国で消費できない規模のEVを生産して量産コスト優位で勝つ戦略だった。欧米は中国を利するだけのEVに急に反旗を翻し、一転して自国の雇用と産業の優先に切り替え、EVシフトから後退した。
こうしてみてみると、ガソリンエンジン車と違ってEV業界が低収益なのは「自動車産業」から「情報家電産業の一部」になったことが要因と言える。日本の自動車産業はEV化で情報家電産業と同じ道をたどる可能性がある。
日本が、家電産業で高収益な産業を形成できたのは、「日本経済と社会の持つ要素条件(労働、資本、土地)」「人的依存の系列生産ネットワーク」「小売店の系列ネットワーク」「よい物を安くの競争戦略」「最終製品でシェアを持つ強み」があったからだ(消費社会の戦略的マーケティング-松田久一著[2002])。ところが、90年代、パソコンや携帯電話などを中心とする情報家電産業へと変貌すると、家電産業の強みを支えていた要素条件が大きく変わり低収益化し次々と主要な製品分野で敗退した。
自動車産業もEV化で相手が変わり、情報家電産業と同じ道を辿り情報家電産業の一部へと大変貌を遂げ、収益がとれない業界になっていく可能性が高い。理由は、
- 相対的に有利な要素条件は、中国の低賃金労働者、資本、土地に勝てない
- 供給業者が「電池、半導体寡占企業」に代わりネットワークが形成できない
- 販売業者が「異業種」「電力業者」に代わり販売ネットワーク形成できない
- BYDなどの中国の「多品種を安く」戦略に為す術がない
- 最大需要の中国では価格で勝てず、最終完成品市場でシェアを取れない
からである。日本の強みがEV化で弱体化し勝ち目がなくなる。情報家電産業を例にすれば、生き残っているのは、パナソニックとソニーだけである。多くは中国資本のもとで延命している。ただパナソニックは瀕死、ソニーはコンテンツの会社として生き残っている。つまり純粋に自力で生き残っている会社は1社もない。
EVを高収益で魅力的な産業に変え、日本が返り咲くシナリオは描けるか。200社の同質財競争で完全競争均衡価格へと向かうEV業界で、いかにして日本の優位を持続させることができるか、三つの政策オプションが考えられる。
ひとつは「中国勢、特にBYDの参入及び浸透をブロック」することである。完全競争市場では、参入が過剰になり社会的厚生が損なわれるケースがある。参入が自由だと参入企業数が社会最適企業数を上回る。社会的厚生を最大化するパレート最適と比べて、過少生産になる。過剰参入が起きるのは、社会厚生減が参入企業の利益と無関係で、私的利益への貢献を下回るからである。過剰参入を阻止するには、政府が企業数を望ましいレベルにすることである。手段的には、欧米と同様に中国EVに対する関税をかけること、税制(例えば日本の安全基準を満たした車両にのみ補助金を給付するなど)、R&D・産業育成のための投資支援などの政策パッケージを導入するなど、参入障壁を作ることである。
ふたつは「中国に代わって、日本がEV市場をのっとり覇権を取り戻す」ことである。
EVは同質財で、価格で需要が決まる市場である。累積生産量で中国を上回る規模の生産量と需要を創り出すことができれば、中国勢の限界費用の下をくぐる価格を実現し、中国を含めた既存企業に撤退を合理的にさせることができる。鍵は日本の軽自動車市場を狙うBYDに対してビッグディールを行って「ホンダ、スズキ、ダイハツ」の合従軍にして累積生産量で優位に立つことである。生産量で優位に立つため車を運転しない5,000万人に対しても魅力ある製品イノベーションが必要である。仮説的には、充電不要のソーラーカー(「生き残りは、ものづくり型自動車産業から移動システム産業へのイノベーション(松田久一・合田英了)」)、「ムービングシアター」「コクーン」のようなパーソナルな時代の空間価値を持ったモビリティである(「明日のクルマはどこに飛ぶのか」松田久一・西橋裕三)
三つは「完全競争均衡価格のEV市場から、全く別の産業にする」ことである。つまり、車を売る産業から価値を売る産業へと転換することである。自動車の価値を社会的に果たしてきた役割から辿ると、清潔、家族のレジャー、自由の三つがあげられる。
- 馬の排泄物による悪臭、騒音、馬車の轍など悪路から解放し、清潔な街を実現したこと
- 徒歩の制約を超える移動を実現し週末の家族のレジャーを創り出したこと
徒歩圏(時速4km・半径1~2km)から解放し、時速6km・半径40kmの移動を可能にした。これにより、道路ができ、給油施設、SC、モーテル、レジャー施設等ができ週末家族・カップルのレジャーを創り出した - 公共交通に対して自由で自在性の高い移動を実現したこと
経路固定的な鉄道に比べて、経路流動的で自由自在に動ける手段を提供した
これを現代にどう応用できるか、「街をクリーンにするエネルギー産業化」「個の時代の遊びを提供するレジャー産業化」「個の時代の自由な移動を実現する移動産業化」が考えられるのではないか。
EV業界は、同質財の完全競争市場として構造的な低収益に陥っている。
低収益で需要のないEV業界を本当に変えるには、産業を再定義して力関係を変えることである。
かつて「輸送事業」ではなく「鉄道事業」と捉えて衰退したアメリカの鉄道業界や、「娯楽事業」ではなく「映画製作事業」と捉えて没落したハリウッドなどのように、業界の低収益をもたらしているのは、事業や産業の定義を狭くしたことにある。
単なる「EV」と捉えれば価格競争で全員敗者になるが、「エネルギー産業」と捉えれば、地域になくてはならない社会インフラ産業になる。さらに「レジャー産業」と捉えれば、アプリや遊び場、コミュニティを提供する娯楽産業になる。「移動サービス産業」と捉えれば、多様な電動モビリティで移動の自由を提供するサービス産業になる。業界の定義を変えることで低収益を突破し、自立した新たなモビリティ産業をつくっていくことが課題である。
(1)「エネルギー産業化」-価値接点を基軸にした新垂直統合
EVを「エネルギー産業」と捉える方向である。電気代高騰地域、災害地域、電気不安定地域に欠かせない社会インフラ産業として再生し、EVを構成部品とする発想である。
これには、川上から川下の電力サービスまでを統合的に運営する事業範囲の拡張が求められる。業界構造の視点でみると供給業者、売手に対する優位性を構築できる。
川上から川下の垂直の視点でみると、業界収益を上げる鍵は、売り手寡占への対応(バッテリー・駆動装置・ソフト等の内製化)、買い手寡占への対応(ダイレクトな接点・商流の一本化)である。EVが低収益なのは供給業者と買い手の力が強いからである。ガソリンエンジン車時代と同様に系列化して垂直ネットワークを支配して収益を上げる戦略である。
具体的には、以下のような打ち手が考えられる。
第1に、供給業者に対しては、EV原価の半分を占めるバッテリーは全個体電池を、国を挙げて開発支援しコスト競争力を高め、日系企業に独占供給することで低コストでの調達を可能にし、限界費用を下げ価格競争力をつける。
第2に、買い手に対しては、目標を共有しEV時代の愛用者づくりで共同取り組みできるマーケティングチャネルを組織化することである。既存販売店の選別、あるいはEV専門の価値接点を構築する。接点を「でんきの窓口」として、EVを単なる電気自動車ではなく、先進国の電気代高騰に応えるエネルギーコスト削減手段、災害対策商品、生活必需品として認知の枠組みを変え(フレーミング)、売場での体験喚起(充電、アプリでのエネルギーコスト削減体験)を行う。EVなどの電動モビリティの多様なラインナップと、エネルギーマネジメント商材と設置施工サービスをワンストップで提供する価値接点である。
第3に、EVに電力を供給する「CPO(チャージポイントオペレーター)」「設備仲介業者」には資本注入・買収により主導権を獲得させ、複雑な取引を「商流一本化」することである。充電などのサービスは無形で事前品質が推定できないため顧客体験が鍵を握る。自社専業の補完事業者として顧客体験をコントロールすることで、サービス時代の顧客満足とロイヤリティを提供することである。
この取り組みは、消費者メリットが大きく、価値実現率を上げる取り組みになる。現状はEVの販売意欲とスキルがない販売店で不満が蓄積していることで、消費者に対して、購入後のエネルギーマネジメント商材の購入、設備設置、電力サービス契約で選択負担、取引コストの重複により過剰なコストをかけている。これを一本化し、データで管理することで、家庭の電気代を削減し、その余剰を新たな自己投資に振り分けることで、ブランドのWTPを上げ、価値実現率が上がる取り組みになる。
(2)「レジャー産業化」-製品膨張への対応と経験財化
EVを「レジャー産業」と捉える方向である。アプリや遊び場、コミュニティを提供する娯楽産業として再生し、EVは個の時代のレジャーを実現する手段として位置づける発想である。
これには、アプリやサービス等とのシステム化、融合化により経験財化することが課題である。業界構造の視点でみると、業界内の敵対関係を価格で競う状況から、感情経験価値を提供する協業の仕組みで競争する業界に変えソフトやサービス収益を取り込み付加価値の高い業界に変えることである。分厚い中間層に価格による規模の経済で競うのではなく、先進国を中心に、「価値スタイル」を基軸に価値で競争する市場に変えることである。
鍵は製品の膨張である。現在、消費の目的志向化が進んでいる。消費者はクルマが欲しいのではなく、ひとりキャンプでリセットしたい、ご当地グルメを楽しみたい。コミュニティを通じて人・自然との交歓を楽しみたい、と目的志向化が進んでいる。これを実現するには、お出かけアプリ、遊びや交流の場、現地での飲食や遊びのサービス、様々な補完的サービスと融合しないと実現できない。
例えば、ハイエースをキャンプ仕様にして、蓼科のキャンプ場を利用させてキャンプラ
イフを提供するトヨタ神奈川、クルマではなく遊びのサブスクにして毎週ユーザーを遊びに連れだし体験を通じて価値提供するKINTO等の取組がある。
消費者の効用はハード上で利用できるソフトウェアの多様性から得られる。EVもハード上で利用できる経験によって効用が得られる。EVメーカーは感情体験をつくる補完的事業者とエリア単位で協力関係をつくって、束ねて提供し、エリアでブランドを創っていくことが求められるのではないか。
どんな層をトリガーにしていくか。家族、会社、人生から開放され独自な人的ネットワーク、趣味生活をつくり始めるゴールデンエイジの高齢者、旅行好き・グルメ好きな女性など、EVの中心顧客と提供の仕組みを変え、EVをエボリューションさせる戦略である。「移動する自己回復空間」という再定義により、EVはハードから経験財へと進化する。高WTPなプレミアム層に向けて、非価格競争市場を創出できる。
(3)「移動サービス産業化」-ニーズの逆流に対応した多様なモビリティ立国
EVを「移動サービス産業」と捉える方向である。つまり、多様な電動モビリティで移動の自由を提供するサービス産業として再生することである。現在、モビリティニーズは世代交代によって逆流していると捉えられる。旧世代が、心地よさを犠牲にしてでも、長距離・スピードを希求したのに対し、新世代は電動キックスケーターのように、短距離で、心地よく、スピードを求めない軸にシフトしている。
このニーズの逆流を機会に、日本の土着性を活かして数百メートルから2km程度の徒歩圏と電車・車などの移動の間の「すき間」を担うような、一輪車・二輪車、垂直離着陸機、自動追従ロボットなど、多様な電動車両のラインナップを構築する。そしてこの移動スタイルを世界に輸出し、中国の「多品種を安く」に対抗することである。
メーカーの役割は、新たな電動ラインナップを、筋斗雲のように必要なときに現れ、不要になると消える移動プラットフォームを実現し「自由自在を提供する電動モビリティの運用・体験・インフラ」を提供する産業へと進化させることである。
これは、自動車を個人所有から社会所有に変え、「先進感覚」スタイルを中心に、移動の自由を低リスクで提供することである。自動運転、AIなど、様々な技術が結集した新結合商品がここから生み出されるはずである。
業界構造から捉えると、この取り組みは、代替品・サービス(四輪車以外のモビリティ)との関係と競争から協調に変え、電動時代の「移動の自由」の欲望に応えるものである。中国の「多品種を安く」に勝つには、特定の「価値スタイル」に集中し、日本の土着性を生かした移動スタイルに根差したモビリティの多様性で勝つことである。仮説では消費をリードする「先進感覚」スタイルが、クルマへの関心は高いが、所有意欲が低い。このスタイルに、自由自在な移動サービスを提供することで、消費リード層の期待に応えた成長を実現できる。
今後EVはどうなるのだろうか。現在のシナリオでは「需要不足で崩壊(補助金切れで加速)」、「中国独り勝ち」、あるいは「イノベーション(ソーラーカーなど)で充電不要、供給業者と買い手の力から解放」を待つといった方向がある。
しかし、EVがダメならHVとPHVを売ればいいという戦略でよいのだろうか。内燃機関の進化は限界がきており、今後何十年かけても数%程度の改善しか期待できないと言われる。単に他社よりも沢山つくって、ラインナップを広げて、販売店の力で数字をつくり、顧客を囲い込む競争をあと何年続けるのか。消費者はEVは要らない。新たな時代で生きがいを感じられる価値を求めている。自動車産業は何を提供する産業なのか、価値の再定義が求められているのではないか。
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