聞き手:川口健一
ZOZOに代表されるように、アパレル業界のEC化が進んでいる。その中で、伝統的なオーダースーツをネットなど最新技術と融合させてヒットしているのが、「KASHIYAMA the Smart Tailor(カシヤマ ザ・スマートテーラー:以下、スマートテーラー)」だ。アパレル大手のオンワードホールディングス(以下、オンワードHD)の子会社「オンワードパーソナルスタイル」が、2017年10月に立ち上げたこの事業は従来のオーダースーツの常識を覆す革命的なものであった。
直近の販売実績は、2019年2月期で売上高37億円、着数は5万6,000着で目標を達成し、短期間で急速に成長している。
「当初は『1週間、3万円でお届けできる』ということで、経済誌を中心に取材を通じてPRしてきた。また、アオキが『Aoki Tokyo』、コナカが『DIFFERENCE』を出すなどオーダースーツの認知が進み、市場が大きくなってきた。その中で、『スマートテーラー』は、WEB広告を中心に、情報感度が高い『若いスマホ世代』に届いたかなという気がする」と話すのは、「オンワードパーソナルスタイル」クリエイティブ本部コミュニケーション戦略部の竹田哲哉ゼネラルマネージャーだ。
「当初WEBでは『オンワード』というキーワードで入ってくる人が一番多かった。それが、『スマートテーラー』の認知度が上がると、『スマートテーラー』を調べて、来店するという人が増えてきた」(同氏)。若いユーザーの新規獲得に成功していると分析している。
竹田氏によると「立ち上げ当初は40代前半の方が中心。それがWEB広告などの展開で、特にこの2月、3月シーズンは、新入社員や新入学の10代、20代が作るようになっている。購入者の平均年齢も30代へと下がっており、『若い人向け』のブランドという狙い通りになってきている」という。スーツ市場の課題である「顧客層の若返り」の解決策として寄与していることがうかがえる。
また、「オーダーで3万円」という特徴を生かして、スーツ量販店で2万9千円や3万9千円のスーツを買っている人もターゲットにしている。また、オーダースーツの流行も追い風となった。「別のところで作ったが、しっくりこなくて当社を試していただいているという方も多くなっている」(同氏)とスーツ量販店や既存のオーダースーツからのスイッチにも成功していると評価している。
現在は、スタンダードで「3万円・4万円・5万円」のラインがあり、一番売れているのが4万円のラインだという。さらにスタンダードで満足できない人向けに、イタリア製の「CANONICO(カノニコ)」「LORO PIANA(ロロ・ピアーナ)」の生地を使ったハイグレードの「7万円・8万円」のラインを作り、価格帯も拡がってきている。
「スマートテーラー」の最大の売りは、「オーダーメイドのスーツが3万円、1週間で届く」だ。それを可能にしている理由が、中国・大連の自社工場にある。
「中国では廃棄品を減らすためにオーダー事業を国策としており、最新鋭の工場設備に補助金を出す制度があった。旧来より取引のあった工場に資本注入して自社化できたということが一番のポイント」(同氏)。また、工場も含めて、以下の三つのポイントをあげた。
「4日間で1工程も削ることなく縫い上げるというのがひとつ。次に受注してからのシステム。それまではFAXで注文を受けて、生地を切って、縫製して、送ってという流れだった。それを1日でCADデータ化して、翌日の朝には生地をカットし始められるという仕組みに変えた。配送は、『パックランナー』と呼ばれる圧縮パックで自宅に直送する仕組みを構築した」(同氏)。
一連の仕組みをすべて作り上げるのにほぼ1年余りかかったというが、これらは新たにゼロから構築したのではない。中国の最新工場にオンワードが持っている販売力や生産力、物流の仕組みを組み合わせることによってできたものである。
事業化を推進する組織体制については、「最初は関口社長と生産部長の2人が中心になって、生産と仕組みづくりが一緒になってできたプロジェクト。事業の立ち上げ時は、社長と生産部長含めても5人くらいの少人数」(同氏)というように、スモールスタートであった。
オンワードパーソナルスタイルではもともと企業へ訪問しスーツを販売する外商が中心だった。そこにオンワード樫山で運営していた直営オーダースーツブランドを合流させた。
また、EC化という時代の潮流も、「スマートテーラー」を後押しした。「D2Cがアメリカでは当たり前になっていて、日本でもそれができるという段階に来ていた。『この新たなビジネスが次の時代のオンワードを担っていくひとつの核になる』という期待感から、みんなでアクセルを踏んだ」(同氏)。
スーツ販売市場も転換点を迎えていた。最近では、麻布テーラーやグローバルスタイルといった、若い人にも人気の比較的安価なオーダースーツ市場が拡大している。
若年層でも「高額で時間もかかる」というオーダースーツへのイメージが変わりつつある。
これに加えて、2018年にスタートトゥデイ(当時)が展開した「ZOZOスーツ」も、オーダースーツという商品の認知拡大に寄与した。
「スマートテーラー」には、「ZOZOスーツ」と明確な違いがあるという自負がある。それが、「スタイルガイドが手で測る」という点だ。
「1着目は必ず『スタイルガイド』と呼ばれる採寸をする者が体を測り、お客様ひとりひとりの体のクセや、お好みを把握する。『ヌード寸』(体のサイズ)を理解してスーツを作る。当社のスタイルガイドは長い経験を持った優秀な者が多いので、『着心地がいい』など満足の形成につながったのだと思う」(同氏)。
現在は事業拡張に向けて、スタイルガイドを増やしている。事業開始時は90人だったスタイルガイドが、現在237人まで増えている。また、「KASHIYAMAアカデミー」という社内の教育部門をつくって研修を実施しているという。
スタイルガイドという人的資産が、事業拡大に貢献した。全国の支店・店舗網があって、経験値のある人間が全国にいたということが大きい。「デジタル技術と掛け合わさったD2Cというのが当社の最大の特徴」(同氏)と成功のポイントを強調している。
また、店舗網は新規顧客の獲得における「タッチポイント」として、重要な接点と位置付けている。「お客様には何社か比べて店舗に来るという方が多いと感じる。現在、全国44店舗(2019年5月10日現在)を展開しており、今後も随時増えていく」(同氏)と、ネットから店舗への送客が機能しているようだ。
「スマートテーラー」の次のステップとして、リピート客づくりが課題だ。「『スマートテーラー』で作っている方は、まだそれほどコアなユーザーではない。最初にオーダースーツを試しに作ってみようという方が多いと思う」と分析。一方で、「アンケートでは、『また店に行きたい』『勧められた人から買いたい』という嬉しい回答が6割くらいある」(ともに同氏)という。
リピーターを増やすために、同社では現在CRM(顧客情報管理)に力を入れている。「1着購入した方にSNS、LINEなどを使って、例えば紺を買った方にはグレーを、また定期的にシーズンものをお勧めするという仕組みを考えている」(同氏)。蓄積しているビッグデータをマーケティングにつなげていこうとしている。
また、現在の販促の取り組みとして、生地が貼られたカタログDMを送付しているという。「1着だけ最初に測ってもらったら、後は店に行かないでネットで買うという若い方は当然いる。一方で、DMに貼った生地をもっと詳しく見たい、アドバイスを受けたいという要望がある人は店舗を訪れている。店舗とネット、好みの場所を選べるという選択の幅を広げることで顧客の満足度を高めようとしている。
今後の「スマートテーラー」の展開として、三つの方向性があげられる。
ひとつは、新たな職種や働き方の台頭により進む「脱スーツへの対応」である。
「例えば、IT関連や広告代理店で働いている方はふだんカジュアルにも使えるセットアップになってきている。『モダンテーラード』では、これもオーダーで1週間で作れるようになっている」(同氏)。
既製品との差別化は、「現在25種類の生地から選んで、ある程度体に合わせたもので3万と4万円のラインで展開している。素材は機能性素材で、ストレッチや撥水、吸水速乾で、ホームクリーニングもできる。また畳んでしわにならないので、出張などに持って行って着てもらえる。こうしたセットアップのスーツは今後ビジネスの主流になっていくと思っている」(同氏)。
ふたつは、「女性オーダースーツの拡大」である。
「女性のオーダーの比率も増やしていく。女性スーツのオーダーは現状認知が低い。しかしオーダーで生地を選んで、ボタンや裏地まで選べると言うとすごく喜ばれる」と拡大余地の大きさがうかがえる。最近はレディースのオーダースーツのシェアも上がっている。一方で、「体型的に既製品が着られなくなったという方も、オーダーで作れば上と下でサイズが違ってもいいし、細かいところは調整できる。ジャケットとスカートをバラバラで買えるけれども、だったらオーダーで測ってしまった方が早い」(同氏)というメリットもある。
三つは、「スマートテーラー」を中核とした「ファクトリー・トゥ・カスタマー(F2C)事業(※)」の拡大である。「マス・カスタマイゼーション時代に対応して、オンワードの『カスタマイズ軸』で新たなビジネスモデルを確立できればと思っている。具体的には、デザイン面など楽しさを提供し、それが1週間で自分のものが届くというサービス。スーツに限らずに『オーダーのカスタマイズ軸』ということでお客様をトータルでコーディネイトしていく方向で展開していきたい」(同氏)。
※F2Cについては、「ONWARD 2019-2021 中期経営計画」(2019.4.8リリース)より補足
取材日時:2019年3月29日(金)
株式会社オンワードパーソナルスタイル
クリエイティブ本部 コミュニケーション戦略部
ゼネラルマネージャー 竹田哲哉氏
「KASHIYAMA the Smart Tailor」について
特集:中堅企業の成長戦略
- 戦略ケース ピンチはチャンス!コロナ禍の中堅企業の営業スタイル ダイレクトマーケティングに転換せよ(2020年)
- 戦略ケース 新創業とともにマスターブランディング強化 湖池屋の付加価値戦略(2020年)
- 戦略ケース 11年連続成長で売上高160億円増 フジッコの「粘り強さ」(2020年)
- 戦略ケース プラットフォームビジネスで急拡大するウーバーイーツ(2019年)
- 戦略ケース 中堅企業のお悩み相談 「逆転営業戦略」「販路開拓」「リアルファンづくり」(2020年)
- MNEXT 中堅ビジネスの再成長への提案―大手よりも伸びる中堅企業のナゼ?(2019年)
参照コンテンツ
- 企業活動分析 オンワードホールディングス
- マーケティング用語集 SPA(製造小売業)
- マーケティング用語集 顧客満足(CS)
- マーケティング用語集 CRM(Customer Relationship Management)
- 戦略ケース オンワード株式会社 -「店頭中心主義」とヨコの連帯強化 (1995年)
業界の業績と戦略を比較分析する
おすすめ新着記事
消費者調査データ シャンプー(2024年11月版) 「ラックス」と「パンテーン」、激しい首位争い
調査結果を見ると、「ラックス(ユニリーバ)」と「パンテーン(P&G)」が複数の項目で僅差で首位を競り合う結果となった。コロナ禍以降のセルフケアに対する意識の高まりもあって、シャンプー市場では多様化、高付加価値化が進んでいる。ボタニカルやオーガニック、ハニーやアミノ酸などをキーワードに多様なブランドが競うシャンプー市場の今後が注目される。
消費者調査データ レトルトカレー(2024年11月版) 首位「咖喱屋カレー」、3ヶ月内購入はダブルスコア
調査結果を見ると、「咖喱屋カレー」が、再購入意向を除く5項目で首位を獲得した。店頭接触、購入経験で2位に10ポイント以上の差をつけ、3ヶ月内購入では2位の「ボンカレーゴールド」のほぼ2倍の購入率となった。
「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 伸長するパン市場 背景にある簡便化志向や節約志向
どんな人がパンを食べているのか調べてみた。主食として1年内に食べた頻度をみると、食事パンは週5回以上食べた人が2割で、特に女性50・60代は3割前後と高かった。パン類全体でみると、朝食で食事パンを食べた人は女性を中心に高く、特に女性50代は6割以上であった。