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(2019.10)
「消費社会白書2020」特別コンテンツ
見えてきた21世紀の消費
―中流家庭から「豊潤生活」への転換
代表取締役社長 松田久一





 2020年は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるだけでなく、「豊潤生活(Fruitful Life)」へ価値ライフスタイルが進化する転換年になりそうだ。昭和の「中流家庭」の第2章である。


昭和の「中流家庭」の第2章

 日本経済は長い間、生活者の「中流家庭」に資する商品サービスを提供することによって成長してきた。技術革新で生まれた様々な電化製品、故障しないクルマ、郊外の持ち家などが、人々に受け入れられ普及した。そして、これらの物的な財で特徴づけられる「中流ライフスタイル」が形成された。そのピークは、1980年代後半のバブル経済である。それから30年、物的財で彩られた「中流家庭」型のライフスタイルは何も変わっていない。電化製品がスマホなどのIT製品に変わり、クルマは普及し尽くし、郊外持ち家は、都心高層マンションにとって変わっただけである。

 日本経済が、「不安定」な「定常状態」にあるのは、本質的には中流家庭に変わるライフスタイルを予兆的に提案できないからだ。それは先進国共通の課題だ。この30年、企業が世界トップクラスの研究開発投資を持続しても、新しい製品革新は生まれない。それは、研究開発と製品開発などのイノベーションとの関係に、成長期のような相関がなくなり、先のみえない状況では「奇跡」の生じるような「確率的」関係になってしまったからである。

 中流家庭とは、安定収入のあるサラリーマンの父と専業主婦の母、そして子供達が、郊外の持ち家という生活だ。まさにサザエさんの生活がそうだ。典型的な3世代同居型の「昭和30年代の暮らし」といえる。

 2020年、東京オリンピックやパラリンピックの開催、世界的なイベントと世界秩序の構造的な変化、加えて消費増税後の成熟した日本経済の不確実性の増大によって、人々の経済条件と価値観が変化した。その結果として、「中流家庭」が新たな進化を遂げている。

 結論を先取りすれば、「中流家庭」から「豊潤生活」への進化が起こった。物的財で差別化されたライフスタイルから、経験財で彩られる価値ライフスタイルへの転換である。


豊かな経験で彩られた「豊潤生活」へ

 「豊潤生活」とは、便利な家電、クルマ、そして持ち家を所有しているだけでなく、スポーツイベント、コンサート、演劇などの観劇、国内外の旅行、筋トレなどの関連情報、コンテンツやチケットなどのサービスに多くの支出をすることによって、経験値を重ねる豊かで、潤いがあり、味わい深い暮らしぶりのことである。消費者の継続的な分析から得た予兆的で確かな仮説である。

 人々が、物的財ではなく、経験財が選好されていることは、スポーツ活動に現れている。これは、「モノ離れ」ではなく、モノの経験財への包摂である。生活が20万種類ほどの物的財によって成立していることに変わりはない。白書によれば、生活者のスポーツの実施、観戦、応援の生活への浸透は50%を超えている。これは、「豊潤生活」への志向を端的に物語っている。スポーツが、健康寿命の延伸だけでなく、実施や観戦などの経験値や感動体験を得る経験財として消費の対象となっている。関連して購入される様々なグッズなどの物的財は、経験財に包摂されて、補完財化している。

 ラグビーは、通常年間3%ほどの観戦経験率しかない。しかし、W杯の日本戦では、驚きの40%ほどの視聴率を獲得した。高額なチケットに関わらず試合会場は満席となった。海外から約30万人のラグビーファンが来日したようだ。これは、新しい経験や感動体験に対する欲望が、日本だけでなく、ラグビーの盛んな諸国でも、いかに強いかを物語っている。2020年には、およそ4,000万人が来日して特需を生むことになる。

 但し、「豊潤生活」は、みんなが実現できた「中流家庭」とは違い、誰でも実現できるものではない。世帯年収では600万円以上が必要条件である。世帯ベースで約46%の比率になる。流動的な階層型のライフスタイルだ。


ひとりへ分解する家族行動と強まる家族意識-家族への憧れ

 なぜ、「豊潤生活」への転換が起こっているのか。それは、長期的な視点でみれば、少子高齢化などの人口基盤や価値観や欲望などの基礎となる20年区分の世代交代が進んだことにある。中長期的には、日本社会の階層化が進んだことと家族や企業などの社会組織が大きく変わったからである。

 この10年、日本経済はほとんど成長していない。しかし、所得配分には大きな変化があった。成長の果実の分配ではなく、限られた増えない所得を再配分された。つまり、異次元の金融緩和による土地や株などの資産の上昇を通じて、資産の所有者に所得再配分した。その結果、収入資産の階層化が進み、90%以上が属すると信じていた中流家庭は、もはや大勢が享受できるものではなくなった。そして、この階層化で、中流家庭のアップグレード(更新)版として「豊潤生活」が生まれた。

 生活者の欲望が、世代交代と経験蓄積によって、より価値目的的な欲望に高度化し、同時に、誰もが達成できるように思えた「中流家庭」が実現できなくなり、「中流家庭」の実現可能者は、「豊潤生活」へ上昇し、特定階層にとっては、「家族を持つ」こと自体が「憧れ」となったからである。より階層化が進む欧米では、家族を持つことは、社会的地位を証明するものとして、「憧れや願望」となっている。会社のデスク周りに飾られた「家族写真」は地位証明でもある。

 他方で、現在の「中流家庭」層は、上層を見ながら下層への下方圧力に抗っている。現代の企業社会では、公務員も含めて、安定的な収入の保証はまったくないからだ。

 価値意識からみると、家族を大切にするという価値観が変わらぬまま、中流維持を望む意識から保守化し、他方で中流家族を支える条件や実態がなくなりつつある。従って、「豊潤生活」も、親子団らんをする家族ではなく、IoTや情報ネットで繋がる「仮想家族」である。

 個人を支えるのは、家族であり、それによって社会の秩序が維持され、温かい社会が形成されるという価値観は、日本人の大勢が持つ意識だ。家族中心の価値観から見れば、もはや「結婚」し、「家族」を持つことは「憧れ」である。離れても、バラバラでも、家族の絆は繋がっている。実体は、「ひとり家族」だ。より積極的に捉えれば、「分断」家族でなく、多様な個性を受け入れる「包摂」家族である。

 夫の収入の不安定化と労働力不足によって、「中流家庭」を支えてきた「家事と育児」のプロである専業主婦は減少している。他方で、女性の高学歴化によって、仕事で自己実現をめざす層が増え、未婚率が高まり、少子化が進んでいる。

 結果として、中流家庭の典型である「子供のいる夫婦世帯」は約27%と少数である。さらに、女性の有職率が高まり、プロの専業主婦は減っている。20才以上の女性個人の専業主婦率は約29%だ。ちなみに、単独世帯は35%である。


「めいめい食」で変わる食生活と小売選択-「食材」から「食事」提供へ

 専業主婦減少の結果は、食生活に端的に表れている。家族同居の暮らしでありながら、バラバラの時間に、めいめいが調理食品を利用して食べ、後片付けもゴミも最小化している。食品スーパーに「食材」を買いにいくのではなく、「食事」を買いに行くのが実態だ。60分以上調理時間を費やして、和食の定義である「一汁三菜」の食事をしている家庭はほんのわずかである。コンビニは「中食」提供業から「夕食」提供業への対応を拡大している。

 しかし、先に述べたように家族中心の価値観は変わらない。プロの専業主婦並みの育児と家事が「よい見本」となっているため、アマチュアの共働きの兼業主婦への「しわ寄せ」負担と「罪悪感」が大きいことも見逃せない。これは男女共同参画では解決できない心理の問題である。

 食生活の変化は、流通や業態にも及ばざるを得ない。小売業にとって一番大切な顧客は、来店頻度の高い層である。つまり、毎日の食事に、保存のきかない生鮮三品を購入してくれる中流家庭の専業主婦である。そのため、小売業態やチャネルは、専業主婦と生鮮三品の食材を基軸に成り立っている。中流社会の小売業の基軸は、専業主婦への日常食材提供である。

 この層にしっかりと浸透しているのが、地域の食品スーパーだ。総合量販店(GMS)がかなわないのはこの点だ。しかし、専業主婦の減少は、地方の人口減少以上に大きなインパクトを与えている。

 働く兼業主婦や独身層がメイン顧客になりつつあるからだ。調理時間は30分以内で、器は2個まで、片付けの手間がかからず、家でひとりで食べられる「食事」が求められている。この層の食事ニーズを、本格的に取り込もうとしているのがコンビニであり、食事に必要な飲料で食い込もうとしているのが、ドラッグストアだ。さらに、ネットも、かさばって重い飲料から食に迫ろうとしている。

 生活者が、食品スーパー、コンビニ、ドラッグストアの三つを「30分内」で利用できる比率は、60%ほどであり、利用チャネル環境は成熟している。地域のマス市場であった専業主婦の減少は、ターゲット層や品揃えで業態の棲み分けをせざるを得なくなっている。


豊潤生活深耕への四つの鍵-セグメント、コンバージョン、プラットフォーム、サービス

 豊潤生活への転換に先取り対応する。それが売手の企業の課題である。特に、ものづくりをリードしてきた企業は、物的財の次元だけでなく、経験財づくりへとグレードアップする必要がある。高品質の物的財の価値を、野菜や鉄鉱石のように100倍の価値に高める仕組みを創造する必要がある。売り手にマーケティングイノベーションを要請している。ここでは四つ点を指摘したい。

 ひとつは、基本の市場のセグメント(Segment)とターゲット選択をすることだ。多くの売り手は、市場の顧客をセグメントして、ターゲティングするという基本スキルがあまり蓄積されていない。 

 中流家庭を攻めるには、顧客を「ターゲティング(顧客セグメントの選択)」をする必要がなかった。マス市場は、市場を経済学のように「ひとつ」と見なすからだ。上中下の階層意識が錯綜するなかで、すべての階層を満足させるひとつの方法はない。しかし、生活者の階層的な変化は、市場を構成する生活者の深掘り、セグメント(顧客区分)、そしてセグメント選択(ターゲティング)を要請している。欲しくない顧客を説得するよりも、欲しい顧客を見つけることが大切である。

 別の見方をすると、自社しか満たすことのできない、高収益をもたらすセグメントが見つけられるということだ。

 ふたつ目は、物的財の経験財への転換(Conversion)である

 物的財は、他商品サービスとシステム化され、情報やサービスを付加し、経験財として提供されて、はじめて「豊潤生活」を充足できる。経験財に近づく仕組みが必要だ。

 サラダに必要な野菜の200グラムを食材として売れば、せいぜい20円。しかし、都心の評判のサラダ専門店で、デリバリーサービスに依頼して届けてもらえば、およそ2,000円となる。付加価値は100倍である。

 もはや日本では不可能となったが、1トン1万円の鉄鉱石を輸入して、1トンの鉄板にして10万円、1トンの自動車にして100万円以上という付加価値化と同じである。違うのは、車は物的財のまま販売されるが、野菜は食材を経験財に変換する仕組みであることだ。さらに言えば、車もこのモデルは通用しなくなり、車自体も経験財に変換するビジネスモデルが必要となっているということだ。

 三つ目は、経験財の多様性に対応できるプラットフォーム(Market Platform)の利用である。アメリカのスーパーは、サラダ売場が大きなスペースを占めている。100種類以上の品揃えがある。日本では、鮮度が要求されるので、さらに多様な品揃えとなる。この経験財化したサラダ需要に対応するには、多くのサラダ提供者を集めることのできるプラットフォームを構築するしかない。現在は、地域のデリバリー提供者がこれを担っている。プラットフォームビジネスモデルは、豊潤生活への切り口だ。

 四つ目は、サービス(Service)やサブスクリプションなどによって対価を得る工夫だ。

 情報、コンテンツやサービスで豊かな経験を求め、生活を彩りたい生活者にとって、すべての商品サービス選択は経験財の購入になる。そのため、支出も変わってくる。

 これからの生活者は、個別性の高いニーズを満たすために、多様な商品サービスを品揃えする「プラットフォーム(Platform)」選択が多くなる。具体例としては、同じ「アマゾン」の利用でもより専門的品揃えの多い「マーケットプレイス」などの利用である。また、継続的なスポーツ観戦、コンサートや観劇の固有の体験をするには、会員費や課金支出サブスクリプション(Subscription)が多くなる。様々な領域で、唯一無二の体験欲望が強くなるので、個別対応が多くなり、ジムでのパーソナルトレーニングなどのカスタムなサービス支出も多くなる。そして、この支払いのなかに、物的財への一時的な支出が踏まれることになる。

 つまり、物的財との所有権の移転を伴う等価交換ではなく、経験の対価を得る工夫が必要だ。日本経済と企業が、「豊潤生活」への転換に必要なのは、技術開発投資によるイノベーションだけでなく、販売要素の新しい組合せであるマーケティングイノベーションが不可欠だ。


「消費社会白書2020」発表会
第13回 ネクスト戦略ワークショップ
2019年11月14日(木)開催

見えてきた21世紀の消費
-中流家庭から「豊潤生活」への転換




「消費社会白書2020」特別コンテンツ


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