第13回 ネクスト戦略ワークショップ 講演録

ミレニアルマーケティングの構築へ―豊潤生活への転換期(1)

2019.12.24 代表取締役社長 松田久一


本コンテンツは2019年11月14日開催した「ネクスト戦略ワークショップ」の講演録に加筆・修正を加えたものです。

 みなさんサザエさんを知っているでしょうか?東京郊外の戸建てに住む3世代家族です。まさに昭和の中流家庭を象徴していると思います。時代は進み、令和になりました。しかし、マーケティングに関わる人たちの頭の中に、まだこのサザエさん一家がモデルとして存在していないでしょうか。

 郊外の戸建ては、都心のマンションに変わり、割烹着を着て台所に立っている専業主婦もかなり減っています。そして、夕食を家族揃ってとるという家庭は、今では貴重な存在になっています。

 このように人々のライフスタイルは、変化しています。当社が毎年行っている消費社会白書の調査結果をみると、中流家庭から「豊潤生活」への転換期を迎えているということができます。

01

消費をリードする豊潤生活型のライフスタイル

 日本が置かれている環境を考えてみます。この10年を数字で振り返ってみると、0.7%しか成長していません。利回りで考えると、ゼロに近いです。成長会計で分析すると、工場などの資本増加率のゼロとマイナスの労働力人口増加率を、全要素生産性(イノベーション)の成長率で補って、かろうじて「定常状態」を維持していることになります。

 しかし、消費からみると、成長できない原因は別の捉え方ができます。消費者のライフスタイルがサザエさん一家のライフスタイルのままだということです。つまり、戦後の日本が築きあげてきた「中流家庭」です。ここで、ライフスタイルとは、所有する財の購入パターンと定義します(図表1)。

図表1 「中の中」のライフスタイル ― 中流家庭の分解
図表

 私のような1950年代生まれやひとつ上の団塊の世代は、田舎から都会に、進学や就職で出てきて、企業や官庁のサラリーマンになって都市に定住します。職が安定すると、車を買って、最新の家電を揃え、長期ローンを組んで持ち家を郊外に購入する。これが、中流家庭の形成であり、財の消費と所有のパターンです。この中流家庭は、だれもが目標とするものであり、実現可能でした。そして、この中流家庭には、サザエさんのような専業主婦がいて、家事と育児を専門に担当していました。

 しかし、現代は違います。クルマは、個人的な趣味になり、シェアリングで、所有しません。住まいは郊外戸建てではなく、都心のマンションになり、資産の運用として考えられるようになりました。世帯類型では、単独世帯が最も多くなっています。専業主婦は数的には、少数派になり、共働きが大勢になっています。

 どの業界でもマーケターの頭の中には、サザエさん一家のイメージが今もありますが、現状は家族が個に分解したような「ひとり家族」の状況になっています。

 この10年、成長なしで、お金が土地と株にまわり、企業の実力主義賃金への移行も進みました。資産と収入の格差が拡大し、社会の階層化が進み、分厚かった「中流家庭」も変化しています。

 世界で「一番分厚い中流層」が存在するといわれてきた「楕円」のような「中間社会」の日本ですが、大きく構造が変化しました。

 ライフスタイルの階層化が進む中で、今回の分析から、ひとつの新しい21世紀の消費の方向性を予兆するライフスタイルが見えてきたということがいえると思います。そして、これからの消費を牽引層として注目しているのは、クルマや持ち家などの物的財ではなく、イベント、コンサートやサービスなどの経験財で「顕示」するライフスタイルです。私たちは、ワインの「フルボディ」のような「豊潤生活」スタイルと呼んでいます。クルマは移動手段ではなく、1週間に1時間運転して頭がクリーンになれればいい、持ち家は資産運用で考えるというような価値観です。

02

経験財の選択

 サザエさん一家の中流家庭から「豊潤生活」スタイルに牽引層が移行することで、21世紀の消費は、経験財選択に変わってきています。必需消費から選択消費へ、そして、選択消費から家計費目では「見えない」消費への転換です。ただものを購入するだけでなく、お金を使って新しいことや、楽しいことを自らが経験することに力点を置いた「豊潤生活」が志向されるようになってきています。

 企業側は、製品属性、機能や効用の訴求だけでなく、関連商品、情報コンテンツやサービスを「包摂」して「高度システム化」することが必要になります。

 さらに、経験財は、「経験」しないと価値がわかりません。消費者にとってはリスクの高い商品になり、どんな経験ができるのか、という「シグナリング」が必要になります。

 パッケージ旅行を売るのはその典型です。ホテルや移動手段などがパッケージ化されていますが、消費者にとっては、経験内容が大切です。そこで、様々な体験を「推測」する「代理指標や表象(シグナル)」が使われます。他人や参加者の口コミや経験談などです。オーディオはいい音を体験したいと思っても、デシベルや周波数などの物理的測定結果ではよくわかりません。そこで、色がいい音の推測に使われます。消費者は、「黒」色といい音がよく結びつけられています。つまり、いい音を体験したい人は、黒色のオーディを優先的に選ぶ傾向があります。経験財には、このような努力が必要です。

03

増える「ひとり家族」

 この背景には、まず世帯類型の変化があります。全体で一番多いのは、32.4%の単独世帯です。夫婦と子供が27.9%、夫婦のみが19.8%と続きます。サザエさん一家のような家族は「その他の世帯」に入るのですが、これは11.1%です。

 さらに、収入格差も影響しています。世帯ベースの収入をみると、1世帯でだいたい1.5人が働いていて、400万から1,000万円という世帯が47.2%となっています。

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ワンランクダウンする「1,000~1,500万円」の層

 注目する点としては、800万円から1,000万円が4.9%増加し、1,000万円から1,500万円が4.5%減少していることです。考えられることは、ひとつ上の層から、ひとつ下へ落ちてきているということです。これは、高齢化によって、団塊の世代などのサラリーマンだった層がリタイヤして、収入が減ったということなどが考えられます。そして、年収と「階層意識」が明確な関連性を持っています。

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収入ダウンへの不安から強まる生活保守意識

 階層意識と価値観との関連を見てみると、「中」の中でも「中の上」ほど、現状を維持したいという意識が強いです。このことは、現状の階層を維持し、守ろうとする意識に繋がっているようです。誰しも「中の中」から落ちるのは不安です。

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世代交代によって分断される価値意識

 価値観も構造的に変化しています。その背景には世代交代があります。

 数十項目で測定している価値意識を集約するために因子分析を行いました。一番大きな割合を占める意識が「自己実現」です。そして、自己実現意識が強いのは、20年世代区分による「Z世代」です。

 次に、「生活保守」「日常充実」という保守的な意識が続きます。価値意識を個人に復元すれば、これらの意識が多数派です。「秩序やルール」を守り、他人にも強いるということです。そして、秩序やルールの根底にあるものが、サル社会と類人猿の社会を区別する「家族意識」です。家族を大事にするとか、社会の秩序を守るといった風潮が強まっています。ある意味で、現実離れしている昭和30年代のサザエさんが、現代でも関心を持たれるのは、失われた「中流家庭」への郷愁とルサンチマンです。

 なぜ、家族を大事にするということが、郷愁であり、ルサンチマンであるかは、言うまでもありません。実際の居住世帯の人数は「ひとり」が多数であるからです。従って、「ひとり者」が家族を郷愁し、家族を壊した強者へのルサンチマンを抱いているのです。

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