構成
- 第1回(2022.03.11 公開)
- アフタヌーンティーで「ヌン活」を楽しむ女性たち
- 「ヌン活」女性の活動状況
- 都心ラグジュアリーホテルの取り込み状況 第2回(2022.03.22 公開)
- 危機下の都心ラグジュアリーホテルの生き残り 第3回(2022.03.29 公開)
- ホテルに学ぶ女性消費リーダーの取り組み
危機下の都心ラグジュアリーホテルの生き残り
アフタヌーンティーが予想以上に大きい市場を作り出す可能性があり、また、宿泊への利用意向に効果的であることが分かった。そして東京の59億円規模のアフタヌーンティーを取り込んでいるMLHだが、知られている通りホテル業界はコロナによって大打撃を受けている。このアフタヌーンティー需要の取り込みはビジネスを回復させる為の価値はあるのか。まずは、経営状況をデータより推測し当社研究チームが分析を行った。
まずは1都3県の女性を対象に各ホテルの利用経験率をみてみる(図表2-1)。全体の36.3%がMLHの利用経験者である。そのうち、5.8%が1年内宿泊者、14.9%が宿泊経験者(1年内除く)、15.6%が宿泊を除く飲食などの利用経験者である。MLH別では旧御三家が利用経験率の上位3位を占めている。
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ここで、利用経験と宿泊率の関係をAMTULで分析してみる(図表2-2)。
認知度が一番高いのは、旧御三家のホテルである。認知からサービス経験、宿泊経験への歩留まりは小さいが、サービス経験、宿泊経験から継続利用では高い数値を示している。そして必ずしも認知の高さが継続利用率の高さに結びついているわけではない。MLHのブランドの好意形成にはまず経験してもらうことが不可欠なのである。
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MLHにとってのアフタヌーンティーの取り込みにはどのような価値があるのかは今みてきた通りだ。今度はMLHの売上規模を推計し、経営的意味を探る。
この推計は、(1)コロナ禍の現在、(2)将来の国内需要回復期、(3)将来のインバウンド回復期の三つの条件に分けている(図表2-3)。
コロナ禍の現在では、15ホテル合計の年間売上高は397億円である。国内需要が回復した場合は855億円。そしてインバウンドが回復した場合の推計値は1,152億円である。国内需要回復時を60.7%の稼働率で想定し収益がある状態とすると、現状458億円の赤字である。
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先に見てきたMLHの売上、赤字の状況を、次は経済分析の視点で需給分析を試みた。需給分析とは、需要曲線と供給曲線を用いて物の値段の均衡が今どこにあるのかを分析するものだ。これを用いることで、MLH市場を俯瞰的長期的に分析することができるが、ホテル業界ではこのような分析はあまり行われていない。
需要は先の調査結果より右下がりの曲線として推測した。そして供給は各ホテルの部屋数をもとに平均費用を算出し、右上がりの曲線として推測した。市場が十分に競争的ならば、市場は価格によって需給調整されるものと仮定している。
(1)コロナ禍の現在
コロナ禍の現在の客室需給状況を説明する(図表2-4)。
観光庁が公表している2020年から2021年のシティホテルの平均稼働率を元に推測すると、15ホテルのトータル部屋数のうち1日に稼働しているのは約1,500室であり、コロナ禍前に比べ宿泊需要は約32.7%と激減している。宿泊供給部屋数合計は5,444室であり、1日当たり約4,000室弱の部屋が供給過剰になっている。これが現段階の市場の供給に当たる。価格は、約10,000円程度である。しかし、15ホテルの2022年2月2日時点での宿泊料金の平均提示価格は55,443円と、5倍以上の開きがあるので、価格による均衡はまだできていない。この乖離は、競争によって調整されると思われる。この需給曲線では、15ホテルが約1,500室を獲得しようと価格競争でしのぎを削る不安定な状況と言える。
低価格競争が本格的に行われれば、生き残れるのは、固定費用の一番低い最低価格で販売できるホテルニューオータニのみである。
現状は、背に腹は代えられない赤字覚悟であれば、現時点での平均価格55,443円からニューオータニの約1万円までの間で値下げの余地はある。少しでも利益を獲得するためには、他のホテルは、最低価格に30%以上の付加価値を付けながら差を付け、いかに1,500室を獲得するかが勝負になっている。
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(2)将来の国内需要回復期
次に、行動制限が緩和され、国内需要が回復した場合である(図表2-5)。
想定される平均稼働率から、客室数の需要は約5,000室と予測される。この場合、MLH市場の宿泊価格は32,000円前後で需給調整され、価格競争で生き残れるのは12社である見通しとなり、3社は生き残れない。パークハイアット東京、アンダーズ東京、アマン東京は価格競争ではなく、独自の差別的なサービスを提供し、顧客を絞りターゲットを明確に効率よく攻めなければならない。
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(3)将来のインバウンド回復期
最後に、コロナの影響もなくなり、インバウンドが回復した後を想定した(図表2-6)。稼働する客室数は15ホテルの総数5,444室としている。その場合、需給均衡点は53,256円であり、15ホテルすべてが利益を出すことができる。しかし、この回復期がいつになるのかが問題であり、いつか戻るという楽観論ではやっていけない。
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ここまで、MLHの需給状況を経済分析の視点で整理した。ここからは、経営分析の観点から解釈してみる。将来のインバウンド回復期では需給調整ができるので、1日の売上は1.6億円(宿泊費)が想定できる。しかし、コロナ禍の現在の状況では、需給均衡点を問わず価格競争をせざるを得ない状況にあり、需給調整ができない。10,000円から55,000円までの競争余地をホテル同士で調整しあっていることになる。したがって、売上は1,500万円から8,250万円と推計する(図表2-7)。
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MLH市場の需給分析をしてみたが、ここでは個々のホテルの経営の視点から損益分岐点の分析をしてみる。損益分岐点とは、管理会計上の概念のひとつであり、売上高と費用の額がちょうど等しくなる値であり、損益分岐点を超えた売上高や販売量は利益がプラスになり、売上と費用が一致する損益分岐図表で整理することができる。
まず、固定費は60%とし、変動費を加えた損益分岐点は稼働率で示すと60%~70%である。そして、赤く示した範囲は赤字、黒は黒字を示している(図表2-8)。客室稼働率が約30%である現状、赤字幅は大きい。ホテルの変動費はリネンやアメニティ、清掃などの費用が一部屋当たり3,000円から5,000円の相場となっている。そしてこの金額が最低ラインの操業停止点となっている。したがって、価格競争が行われている今、さらに悪い状況が続くことがあればこの金額まで下がる可能性を持っている。ホテルはなぜ経営を続けられるのか、どこまで価格を下げられるのか、それは固定費をオーナーや株主がどこまで支援できるのかにかかっており、変動費だけを賄えれば暫く凌ぐことはできる。
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損益分岐分析では、MLHは大きな損失=赤字を抱えている。この状況で、ホテルはどのようにして価格を設定しているのだろうか。ホテルの宿泊価格はレベニューマネジメントによって一般的に決定されている(図表2-9)。レベニューマネジメントとは、顧客の需要に応じて、商品やサービスの料金を変動させるマネジメント手法である。具体的には、予約別に顧客をセグメントし、それぞれに異なる価格を設定することによって収益を最大化させるものである。経済学では価格差別化戦略と言われている。
この価格設定には高価格宿泊客が最大になる「Littlewoodの法則」(異なる価格の部屋数を収益が最大化するように割り付ける数学的手法)などが活用されている。
この手法を活用すれば収益が最大になる価格設定ができる。予約日と宿泊日の日数が近いほど高くなる。しかしこれはコロナ禍前の手法であり、現状では使えない。供給が需要を上回り、予約日別に価格設定をすることは難しいからである。レベニューを最大化するには、ひとつのセグメントしか存在しない。したがって、高価格、中価格、低価格のどれかを選択しなければならない。いくら低価格設定で利益を出せないとしても、赤字を少しでも埋めなければいけないプレッシャーからは逃れられないのが現状である。従って、レベニューマネジメントの余地は理論的にはない。
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この厳しい経営状況に対して、アフタヌーンティーはどれだけ貢献しているのか。アフタヌーンティーの売上に絞って推計し、検討してみた(図表2-10)。
アフタヌーンティーの推定年間売上は、1位が帝国ホテル東京の9億円、2位はザ・ペニンシュラ東京で5.4億円である。推定赤字に対してのアフタヌーンティー寄与率はザ・ペニンシュラ東京の方が高いが、それでも20%に満たない。一定の成果を上げているかとみられたホテルのアフタヌーンティーの取り組みは、赤字を補填するまでの戦略的な動きにはなっていないことになる。コーヒー1杯からメニュー細部に至るまで収益分析をし、何を売ることで効率が上がるのかを比較する。または、アフタヌーンティーの事業を拡張するとしたならば、施設を改築し、優秀な人材の配置、20億円ほどの資金調達と投資が必要である。
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結論としては、アフタヌーンティー市場は取り込む価値があると言える。しかし、ホテルにとっては赤字を補填するまでに至っていない。コロナ禍が収束し、国内需要が回復するまでは早くてもあと1,2年はかかると予測される。そして低価格競争により、赤字の累積は3~5年分になる。その負債を抱えながら延命する条件は資金調達するしか道がない。従って、親会社がどれだけ資金調達できるかが鍵を握っている。売却、休業をするには「サンクコスト」*1が高く、固定費を処分することは簡単なことではない。
ではどうすればよいのか。資金調達が可能ならば、生き残り策としては三つあげられる。ハーバード大学経営大学院教授マイケル.E.ポーターが「競争戦略」で述べたフレームワークを活用する。なお、重要なことは、「戦略」とは単なる新しい作戦、プランではなく、他社が模倣できないことをするということである。これは時代と共に常に悩まされていることであり、容易なことではない。
ひとつ目は「コストリーダーシップ」*2でシェアアップをすることである。ニューオータニや帝国ホテルで可能な低コストを実現し、低価格競争で高いシェアを獲得する。
ふたつ目は「差別化戦略」*3をとることだ。競合にないユニークなプランやサービスを開発し、30%以上の価格差を上回る価値差で差別化をはかり、競争優位を築く戦略である。多くのホテルがコスト競争のできないホテルである。15ホテルに関して述べると、合計5,444室供給数がある中で、約1,500室しか需要がない。約4,000室余るということは、平均客室数350室で考えると11のホテルが必要ないことになる。西武HDがプリンスホテルを売却、小田急電鉄が新宿のハイアットリージェンシーの売却を検討しており、大手のブランドも親会社が資金調達できなければ、いつまでも安心できないのが現実である。この奪い合い競争に勝つにはどこにでもあるようなプランでは負けてしまう。
三つ目は、「集中戦略」*4である。特定の顧客層や市場をセグメントし、競合他社より効果的に効率よく戦うことができる方法である。代表的なのが、アマン東京や星のや東京である。
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このように、経営の基盤が揺らいでいる状況では、単に需要の回復を待つだけでは生き残れない。戦略を明確にして、ホテルの定義と目的(パーパス)を再定義する必要がある。
例えば、ニューオータニでは、次のような取り組みを行っている。
第一に、通常のホテルサービスでは、低価格競争力を生かして、徹底した低価格戦略をとっている。
第二に、自社の低価格競争力を生かして、サービスアパートメント化を進めている。
第三に、ホテルニューオータニが結婚相談所と協働し開業した、「ホテルニューオータニ マリッジ コンシェルジュ」である。お見合いからプロポーズ、結婚式から記念日まで一生寄り添えるホテルになろうというコンセプトである。結婚式のホテルとしての需要そのものをつくりだす試みで宴会需要を創出しようとしている。
めざす姿が見えにくいという疑問はあるが、従来のホテルの事業を転換させる試みとして評価したい。
特に、アフタヌーン市場はMLHが生き残るに足る市場規模ではないが、女性を中心とする日中充実市場は大きな需要がある。ホテルを新たに定義し、宿泊のようなナイト需要だけではないヌーン需要を掘り起こすことで機会は大きく広がり、生き残りの可能性も高くなる。
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- 【注釈】
- *1 サンクコスト: 事業に投下した資金のうち、事業の撤退・縮小・中止をしても戻って来ない資金のこと
- *2 コストリーダーシップ戦略: 事業の経済的コストを、他の競合企業を下回る水準に引き下げることで、競争優位を確保する戦略
- *3 差別化戦略: 自社の製品やサービスを他社とは違う特異なものと顧客に認知してもらい、業界での優位性を築こうとする戦略
- *4 集中戦略:特定の顧客セグメント、製品の種類、地域などに資源を集中させ、特定ターゲットで低コスト、差別化、あるいはその両方を実現しようとする戦略
著者プロフィール
麻生友美
1980年代生まれのマーケティングクリエイター。JMR生活総合研究所・クリエイティブマネジャー。
経験財を提供する様々な産業を経てクリエイターに。イラストを得意とした店頭コミュニケーションで実績があり、評判も高い。消費者説得の「こころのマーケティング」を目指している。
参照コンテンツ
- 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 拡がる"ヌン活" アフタヌーンティーに見る日中充実ニーズ(2022年)
- 都心主要ラグジュアリーホテルのリバイバル戦略と行動直結プロモーション―産業衰退死段階の生き残り戦略(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ プロ・マーケティングの組み立て方 都心高級ホテル競争「アマン」VS.「リッツ」(2021年)
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