
キリンのチューハイ「本搾り」が売れている。
2003年に誕生したブランドで、価格が安いわけでもなく、かといって昨今新商品が連発している「プレミアム缶チューハイ」「ストロング系」でもない。製法が難しいため、果汁のおいしさを訴求している割にフレーバーの種類が少ない。さらに、CMもめったに打たない。にもかかわらず、2012年以降連続で2桁成長している。コロナ禍の2020年は巣ごもり需要もあり過去最高売上を達成した。2021年上期も、販売数量が前年比約1割増と堅調に推移している。
背景には、提供価値にこだわり抜き、それを受容したコアなファンの存在がある。
本搾りはワインの会社メルシャンで誕生した商品だ。2007年にメルシャンがキリングループの一員となったことから、本搾りもキリンビールに移管した。このような紆余曲折ありながらも、当初の提供価値からぶれず、地道にファンを増やし続けることができたのはなぜか。その理由を探ってみる。
そもそも「本搾り」はRTD(Ready to drink、栓を開けてそのまま飲めるお酒)市場の中でも異色の存在だ。まず、2003年の発売以来一貫して「香料・酸味料・糖類無添加」の製法にこだわっている。ワインならまだしも、チューハイでこの製法は珍しいといえる。さらに、コアターゲットが、「40~50代の品質にこだわり、食事を楽しむ層」だ。チューハイのメインターゲットである「甘く飲みやすいお酒が好きな若年層」でもなく「安く酔いたい節約派」でもないというところも異色だ。
本搾りは競合商品と比べリピートされる傾向が高く、1人が1回あたりに買う本数が多い。また、コアターゲットの「40~50代の日々の食事を大切にする本物志向層」に、本搾りの「無添加」が響いている。
2010年代中頃には、CMで認知度を広げようとしたこともあったが、現在はロイヤルティの高いファンに向けて、SNSや店頭での情報発信に注力している。クーポン発行など販促用ではなく、情報発信の場とすることでファンとの結びつきを強めているという(2020年11月2日付 日経クロストレンド)。5年も前の限定フレーバーが復活することを知って、喜んで話題にしてくれるような、息の長いコアなファンが育っているのも特徴だ。彼らが、SNSでの写真投稿や口コミなどで話題を広めることで、地道にファンが増え続けている。
本搾りのもっとも重要な価値は、香料・酸味料・糖類無添加の果汁本来のおいしさだ。その製法さえ変えなければ、パッケージやマーケティング手法を変えても「本搾り」であり続ける。
本搾りは2007年にキリンビールのブランドとなった。当時のブランド担当者の齋木万起子氏は、「氷結」など既に強い缶チューハイブランドを持っていたキリンにうまく溶け込めるよう、ふたつのことを念頭に置いていたという(「本搾り」ブランドサイト参照)。ひとつ目は、主力フレーバー以外を一度終売し、製造効率を上げ、「売れる商品」だとキリンの本搾りチームメンバーに認識してもらうこと。ふたつ目は、これまでのこだわりを捨て、キリンらしいブランディングに取り組むことだ。
当初の提供価値を変えることなく貫き、インターナルブランディングの努力も奏功し、長期的な本搾りの成功に結びついた。結果的に、キリンの社員からも本搾りを応援してくれる「ファン」が続出したという。
参照コンテンツ
- 企業活動分析 キリンホールディングス株式会社
- 消費者調査データ RTD(2021年2月版) 強い「ほろよい」「氷結」、躍進する「檸檬堂」
- 「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 第126号 酒税改正でどうなる!?家呑みカテゴリー間競争(2020年)
- MNEXT 眼のつけどころ 市場脱皮期の富裕層開拓マーケティング―価格差別化戦略(2021年)
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