2012年、コスモス薬品がイオン九州を抜き、九州最大の小売業者となった。2012年度の売上高をみるとコスモス薬品が2,790億円、イオン九州が2,491億円であり、前年比118%の勢いで伸長したコスモス薬品が遂にイオン九州を追い越した。また、2013年5月31日時点の同社の株式時価総額は約2,052億円でドラッグストア最大手のマツモトキヨシの約1,359億円よりも大きく、全国的なドラッグストア業界における存在感を増しつつある。
小商圏に大型店を集中展開する独自の出店政策とEDLP(現金正札)を掲げる価格政策、そして業態の枠を超えた食料品取り扱いという商品政策で業績を急拡大しているコスモス薬品。九州での大手スーパーや有力ディスカウントストアとの競争で鍛えられた同社は、今その戦線を東部に拡大しつつある。
小商圏への大型店集中展開、EDLP(現金正札)、ドラッグストアの枠を超える食料品取り扱い、これら三つがコスモス薬品の戦略の基本軸である。小商圏への大型店出店は小売業の定石を覆すものであり、ポイントカードを廃したEDLPや重点的な食料品の取り扱いは従来のドラッグストア業界の常識に一石を投じるものである。
(1)小商圏への大型店集中展開
まず、コスモス薬品は小商圏に大型店を集中展開することで高密度なドミナントエリアを形成し、他社の参入余地を残さない。商圏人口1万人に対して売場面積2,000平方メートルの店を1店舗出店するというのがコスモス薬品の基本方針である。商圏人口1万人というのはコンビニや小型スーパーの商圏人口に近く、一般的なドラッグストアと比べると格段に狭い商圏となる。一般的なスーパーマーケットの売場面積は1,000平方メートルほどであり、売り場面積2,000平方メートルを基準とするコスモス薬品は一般的なスーパーの約2倍の規模の大型店を出店しているということになる。この高密度出店戦略により、コスモス薬品は地域の日配品や加工食品、日用雑貨需要の独占を狙う。また、店舗間の商圏に間隙がある場合にはやや小型の店舗(売場面積1,000平方メートル)を出店してエリア支配を補強するほか、ひとつの店舗の売上が損益分岐点を一定の基準以上に超過した場合は近隣に新店舗を追加出店するなど、多少の自社競合を厭わずに高密度なドミナントエリアの形成が図られる。この高密度なドミナントエリアが他社の参入を阻み、長期的な商圏の独占と市場の深耕を可能にさせるのである。
なお、自社競合も発生する高密度ドミナントエリアを維持するために、コスモス薬品は徹底したコスト削減を行うことで採算性の確保に努めている。まず、店舗の標準化を進めることで、オペレーションの効率を上げてコストを削減している。約2,000平方メートルの標準店にあわせて店舗形状や棚割、品出し作業、動線設計などが統一されており、これによって現場のオペレーションが効率化されている。また、自動発注システムによる在庫管理もコスト削減に寄与している。全店の商品在庫が本部の在庫コントローラーによって一元管理されており、販売状況を踏まえた発注・在庫整理や店舗間商品融通が効率的に行われる。自動発注システムは在庫回転の遅い商品から順次導入が始まり、現在では全商品の3分の2ほどに導入されている。
(2)EDLP(現金正札)
次に、コスモス薬品はEDLP(現金正札)という価格政策で地域顧客の深耕を図っている。コスモス薬品は管理にコストがかかる生鮮3品を極力扱わない方針であり、地域の消費者は生鮮3品を基本的にスーパーで購入しなければならない。そこでEDLPを掲げることで、近隣スーパーでの生鮮3品購入後(または購入前)の加工食品の「ついで買い」を促進することを狙っているのである。近隣スーパーの個別の特売を加味しながら「ついで買い」狙いの特売を行うのは効率が悪く難しいが、「(EDLPなので)いつ『ついで買い』に行っても損は無い」という消費者心理を刺激することで、安定的な「ついで買い」需要を掘り起こすことができるのだ。そして、ポイントカードを廃止し、電子マネーやクレジットカードの取り扱いを行わず、支払いは現金のみとしてコストを削減したことが、先述のオペレーション効率化とともに毎日のLow Priceの実現に貢献している。それに加え、自社PB「ON365」の導入でメーカーに対しての交渉力も高まっていることも、このLow Priceの実現に貢献しているだろう。
(3)ドラッグストアの枠を超える食料品取り扱い
そして、一般的なドラッグストアを超える規模で食料品を取り扱うこともコスモス薬品の戦略の要となっている。2012年度売上高の52%が食品となっており、売上高の3分の1程度を食品販売としてきた従来の郊外型ドラッグストアとは一線を画している。このような食料品の取り扱いが特に地方や都市郊外での集客力向上に役立ってきた。さらに、この食料品取り扱い拡大がバランスシート上の現預金の厚みを増すことにつながり、出店拡大を後押ししていることが考えられる。一般的に食料品は医薬品・日用雑貨よりも在庫の回転が速い。そのため、食品比率の高いコスモス薬品は他の一般的なドラッグストアよりも在庫の回転を速くすることができる。そして、仕入れ及び物流機能の効率化を進めることでコスモス薬品は在庫回転率を一層高め、他の主要ドラッグと比較して長い買入債務回転期間と短い売上債権回転期間(3章に一覧表)と相まって、手元の現預金を増やすことにつながっていることが考えられる。このようなキャッシュ創出力によって、設備投資を行う際の有利子負債の負担を大きく増加させずに、店舗網の拡大を続けることができたのだろう。
ここで、コスモス薬品と主なドラッグストアの戦略の概要と主な経営指標をまとめると以下のようになる。
図表3.主要ドラッグストア戦略・経営指標比較
ドラッグストア業界では、最大手のマツモトキヨシが多様な店舗展開とスケールメリットの追求に力を注ぎ、2番手のサンドラッグは徹底的なオペレーション効率の改善に取り組んでいる。そのような中でスギが専門性の高さを強みとして攻勢をかけ、コスモス薬品が食品等の比率が高い「専門性の低さ」と低価格・高密度ドミナント戦略によって業績を急拡大している。
各社の経営指標をみると、売上高の平均成長率が最も高いのはコスモス薬品であり、フランチャイズを含めて1,200店舗を超える店舗網を持つマツモトキヨシの平均成長率が最も低い。一方で、営業利益率という点ではサンドラッグが最も高く、コスモス薬品は5%を下回る水準である。また、販管比率をみるとコスモス薬品とサンドラッグが20%を切る水準となっており、2社の徹底したコスト削減の結果が数値として表れている。なお、コスモス薬品とサンドラッグの在庫回転率を簡易的に計算すると、コスモス薬品が12.78回、サンドラッグが9.36回となった。営業利益率という点ではコスモス薬品はサンドラッグの後塵を拝すものの、薄利多売の効率性という点ではコスモス薬品に分がある。最後に財務の安定性という点を比べると、スギが最も良いと言えるだろう。スギは有利子負債倍率が極めて低い無借金経営であり、自己資本比率も一番高い。
コスモス薬品の展開地域は、地盤である九州だけにとどまらず、中国地方に60店舗、四国地方に56店舗、近畿地区にも兵庫県中心に25店舗を出店(2013年5月末時点)し、東に向けて勢力圏を拡大している。しかし、今後、展開地域を拡大するにつれて競合も増加し、業績を圧迫することもあるだろう。都市郊外では生鮮品も揃える大規模ディスカウントストアが既に直接的な競合となっており、競合するドラッグストアにも食品を中心とした店舗展開を模索する動きが見られる。また、大手小売が相次いでPB強化方針を発表しており、大手小売による低価格なPB拡販がコスモス薬品の価格優位性を減耗させる要因にもなり得るだろう。さらに、政府の成長戦略の一環として規制緩和が進められており、仮にCVSでの本格的な一般医薬品取り扱いが認められた場合、CVSでの生鮮品取り扱い拡大やPB浸透と相まって、業界全体が揺さぶられる可能性もある。これまでのように順調な成長を続けることができるとは限らない。だが、コスモス薬品が起こす業態革新の波は、少なくとも今後しばらくはドラッグストア業界を揺さぶっていく可能性が高い。
参照コンテンツ
- 戦略ケース 食品小売業の再編四つの方向 ~オムニチャネルと消費税増税が加速させる小売業の再編~(2014年)
- JMRからの提案 コンビニ、ドラッグストア、ディスカウントなど「新業態」-成長鈍化で市場は草刈り場に(2006年)
- マーケティング用語集 顧客満足(CS)
業界の業績と戦略を比較分析する
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