2003年4月9日、バグダッド中心地には片手を挙げた巨大なサダムフセイン像が屹立していた。地元住民がかわるがわる木槌で怪物に挑むという隠喩的ドラマが展開されたが、像はびくともしない。そこで、アメリカ軍の戦車回収車が像を包囲し、重いロープを首に巻きつけてイラク市民の歓声の中へと引き摺り下ろした。世界中のメディアは、4月9日を"VI(Victory in Iraq)Day"と呼び始めていた。
未だ完全な勝利とはいえず、本稿執筆時には多くの課題が残されている―(ティクリットに多いと言われる)抵抗勢力を破壊或いは捕縛するための戦闘、そしてイラクの代議制政府を樹立するための数多くの任務。それでも、像の破壊を目の当たりにした世界中の人々は、このあっという間の勝利が今そしてこの先何を意味していくのか、考えさせられた。一見強い抵抗に遭い、かつての司令官からのアドバイスを拒否しながらも、米英軍はイラク政権を驚くほど速く、少ない犠牲者で切り崩すことができた。これは戦争ではない。"超"戦争(Hyper-war)である。
米軍率いる連合軍は、クウェートからバグダッドまで350マイル(560km)を進み、イラク政権を22日間で崩壊させ、敵兵6800人を捕虜とし、油田の破壊を阻止し、2400万人の解放を開始した。現在のところ、連合軍側の戦闘による死者は157名、負傷者は500人程度となっている(1990-1991年の湾岸戦争時のおよそ半分である)。敵兵の被害状況は不明。民間人の死者は恐らく1200名を少し上回る程度で、負傷者は5000名とみられている。本稿では、イラクの自由作戦をミリタリーサイエンスの視点から検証し、学べる点を挙げてみたい。
ランチェスターの終焉
ランチェスター(Frederick William Lanchester)は、自動車と航空機のパイオニアとして名をはせた、20世紀初頭のイギリス人である。ランチェスターはイギリスで最初の自動車を生産しただけでなく、戦間期にはオペレーションズ・リサーチを用いて英国空軍を支援していた。このとき彼は、その後の武器体系の分析や開発に利用されることになる一連の数式、ランチェスターの方程式を導き出した。そしてこれらの方程式から、直接的な相互砲撃に関する第二法則(Square Law)および間接砲撃に関する第一法則(Linear Law)を体系化させた。第二法則によると、直接砲撃戦においては、敵に対峙する軍隊や武器体系はその砲撃を集中させることで、敵軍の武器を最も効率よく破壊することができる。これらの法則や方程式は第二次世界大戦以後の軍隊シミュレーションや分析の基本とされ、広い意味で我々のミサイル戦争の原理を支えてきたものである。
しかし、今回の戦争では、ランチェスターは既に過去の遺物であることが証明された。彼の公式は、近代の戦いにはまったくそぐわない。この私の主張は、米軍が戦闘で披露した技術的優位性を根拠とするものではない。実際、ランチェスター自身も兵器の質的差異についての想定を行っていた。今回の戦争の結果には、技術的差異以上に重要な点があった。軍事、外交、経済、グランド・ストラテジーレベルでの情報資源の統合による相乗効果である。連合軍の勝利は、情報(軍の内外含めて)と作戦の融合という点で、著しい前進があったことを指し示している。また一方では、近代の独裁政権が陥る特有の機能障害も明らかにした。
ランチェスター方程式の終焉に伴い、近代の戦争は今後新しい理論を必要とする。的確な理論構築のために、我々は連合軍を勝利に導いた重要な要素を明確にしておかなければならない。
CENTCOM(米中央軍司令部)による大胆な軍事作戦の背景には、強固な通信・コンピュータネットワークが存在している。デジタル指揮統制システム-司令部と各部隊を結ぶシステムを統合するシステム-により、連合軍司令官は、戦場をみるということに関して空前の能力を手に入れた・・・反面、敵側はほとんど状況を把握できていないのだが。
私は、著書『 The Principles of War for the Information Age』にて、デジタル指揮統制技術を本当に使いこなした場合、地上作戦のスピードが相当アップすると指摘した。司令官に地形や味方、敵が見えていたとしたら、正確さとスピードを伴う移動が可能になる。 これはイラクの自由作戦で顕著にあらわれた。イラク中心部に向け進撃する部隊は、湾岸戦争における地上部隊のおよそ3倍のスピードで移動していた。さらに驚くことに、今回の作戦区域は湾岸戦争時の約10倍の広さがあり、このスピードを保ちながら移動し続けたのである。
デジタル指揮統制技術を用いると、司令官は"状況認識"をすることができる。有史以来、戦闘中の司令官は常に味方と敵の位置を把握しようと努めてきた。状況認識技術により、司令官はコンピュータ上のマップで最新情報を入手できるようになる。戦況認識を得ることで、味方への誤爆を防ぎ、素早い作戦行動を実施し、敵を正確に捉え、味方をより効果的に防御できる。最もデジタル武装された陸軍部隊である第4歩兵師団は戦闘には参加しなかったが、その他すべての軍隊もデジタル技術進歩の恩恵にあずかっている。今後この傾向が続けば、さらに大胆かつ攪乱的な作戦計画が増えていくと考えられる。
バグダッドへの航空攻撃を"衝撃と恐怖(shock and awe)"と表現したのは誤りであった。"首切り(decapitation)"という言葉を使ったり、メディアに対して「衝撃と恐怖作戦の始まりを見ておいてください」と言ったりしたことは、中央軍の失策であるといえる。航空作戦は花火大会でも大衆向けの娯楽でもない。航空作戦は基本的にメディアから隠して行うべきだ。テレビカメラは航空攻撃の量の多さしか伝えることができないから、ものすごい攻撃を期待していた人々にとって、今回は大きな失望をもたらしてしまった。
航空作戦は、間違いなく敵に大きなダメージを与えた。しかし昨今の米軍の戦争事例に漏れず、航空計画立案者が楽観的すぎるという問題があった。国防総省内の民間人・軍人を含めたほとんどの当局者は、最高の軍事効果を発揮するためには軍隊間の統合や協力が不可欠であると認識している。しかし、一部の熱烈な空軍支持者は、航空攻撃単独で勝利を得ることができると心から信じている。彼らは今回の航空作戦によって数日または数時間で決着がつくと宣伝して回ったのである。航空攻撃初期段階での失望が消え去った後、航空計画立案者は落ち着いて通常通りの任務に戻っていった。
1980年代、米国陸軍は空軍の協力のもと縦深攻撃ドクトリンを開発した。もともとはソ連式梯形編隊の第二・第三攻撃部隊を混乱、遅滞させることを狙いとしており、ロケット・ミサイル・固定翼航空機・回転翼航空機を組み合わせた縦深攻撃を特徴とする。コブラや後のアパッチといった攻撃ヘリコプターはこのために開発されたものである。しかしイラクの自由作戦では、ヘリコプターでの縦深攻撃が困難な状況になった。
我々のドクトリンでは、ヘリコプターによる縦深攻撃は操縦士の安全を確保するため、常に夜間に実施する。また、飛行ルートに従って陸軍が敵防空網制圧(SEAD:Suppression of Enemy Air Defense)を実施する。SEADとは一般的に、あらかじめ特定された敵の地対空ミサイルを長距離砲で攻撃するものである。ヘリコプター自身でSEADを遂行することもある。このドクトリンの問題は、ロケット推進擲弾(RPG)を攻撃目標としていない点である。RPGは位置を特定するのが難しく、1エリアに数百単位で存在する。しかも操作が簡単な上、機甲ヘリコプターを撃ち落す威力もある。
この問題は、3月23日にアパッチ攻撃ヘリ群がバグダッド南部の共和国防衛隊を攻撃した事例にみることができる。激しい交戦の末、1機のアパッチが撃ち落され、パイロットが捕虜となった。この攻撃は成功したとは言い難く、塹壕内に潜みRPGや小型武器を所有する敵に対するヘリ攻撃の脆弱性が明らかになった。
同じように、ブラックホークヘリコプターも少なくとも1機が撃墜された。航空機動攻撃は、無防備なテリトリーを攻撃する場合、例えば重要な橋や交通要所を制圧する場合に最適である。しかし、地上部隊の射程範囲内に入った場合、数百もの武器に遭遇することになる。米軍の行動後再調査(AAR)において、軍用ヘリコプターの役割は見直されるべきである。