| 値上げか値下げか-消費低迷下の価格戦略 |
| 本稿は、「週刊エコノミスト2008年9月30日号」掲載記事のオリジナル原稿です。 |
| 舩木龍三 大澤博一 |
1.値上げで消費者の消費行動はどう変わったか
こうした値上げによる影響で消費者の消費マインドが急速に冷え込んでいる。当社の7月調査では、現在の日本の景気について89%が良くないと感じていることが分かった。昨年の同時期の調査では49%であり、この1年で急速に消費者のマインドが冷え込んでいることがうかがえる。その結果、消費支出も08年2月から対前年マイナスに転じている。 こうしたなかで、消費者の購買行動はどのように変わっているのだろうか。先の調査結果では、食パンやカレールー、マヨネーズなどの食品や洗剤やティッシュペーパーなどの日用品の購入数量と購入頻度は1年前と比べ、変わらない人が約70%であった。結果、食品、日用品の支出金額は40%の人が増えていると答えている。現状は、日常生活に必要な商品について、購入数量と頻度は変えることができず、値上げした分が支出増加となっている。生活必需品の消費支出は減らすことができず、選択的支出を減らすことで消費支出を節約していると捉えることができる。今後の意向ベースでは、購入頻度、数量とも減らしたい人が増加させたい人を20%程度上回り、家計全体の支出も減らしたい人が41%に達している。節約行動は今後、生活必需品にまで拡がっていく可能性が高い。 これに加え、リーマン・ブラザーズの経営破綻などアメリカの金融危機は、日本経済に大きな影響を与えることは間違いない。日本経済の景気回復は、消費が下支えするしかない状況下で小売業はいち早く対応を始めた。ここでは、小売業の動向とその真意を探り、今後の成否の鍵を考察してみる。 2.小売業の対応-DS業態の再登場セブン&アイは、8月29日に東京都足立区のイトーヨーカ堂西新井店を閉鎖、業態転換を図り、ディスカウントストア業態の「ザ・プライス」1号店としてオープンした。「ザ・プライス」は生鮮食品を中心に食品、衣料品、住関連商品を扱う。既存のイトーヨーカ堂と比べて、価格を約1~3割程度低く設定している。オープン初日は午前9時の開店前に約700人が行列したと言われ、この店舗がうまくいけば、首都圏での多店舗展開を視野に入れている。 「ザ・プライス」はイトーヨーカ堂とは異なるオペレーションで販売管理費を低くし、利益が出来る体質づくりを試みている。ポイントは四つあげられる。ひとつは、品揃え巾を大きく絞り込んだことである。旧ヨーカ堂西新井店の3万2,000アイテムから約半分に絞っている。品揃えはトップシェア以外の商品が多く、ヨーカ堂で取り扱っていない商品が約4,000アイテムほど導入されている。シェア3~4位の商品を扱い、低価格化を実現するというDS業態特有のオペレーションが導入されている。一方で、セブン&アイグループのPB「セブンプレミアム」は扱っていない。高品質・低価格のイメージづくりを進める「セブンプレミアム」の価値を維持するためである。「ザ・プライス」は既存のヨーカ堂とは一線を画している。別の見方をすれば、実験展開である「ザ・プライス」が失敗しても、セブン&アイへの影響を最低限に抑えるようにしている。 ふたつめは、ウォルマートやカルフールが展開する、同じ商品が常に安いEDLP型の価格政策ではなく、メーカーと期間限定の取り組みで低価格を打ち出していく、ハイロー型の価格政策を採っていることである。これを実現するためにトップシェア商品ではなく、3~4位商品を中心に品揃えしている。三つめは、ケースごとの陳列や段ボールをそのまま積み上げて、品出し作業などの店舗内作業の効率化、大幅な人件費の削減を図っていることである。旧西新井店時には22人いた正社員を13名に減らし、パートはそのまま継続雇用して82名、合計95名体制にしている。最後が販促の工夫である。既存のヨーカ堂店舗では通常週3回チラシを配布しているが、「ザ・プライス」では週1回、さらにチラシに使う紙質も落としているという。陳列棚の両端にある「エンド」展開もヨーカ堂と異なる。ヨーカ堂では関連商品や旬の商品をテーマ性を持たせて陳列する提案型のエンド売場展開を進めているが、「ザ・プライス」は目玉商品を単品大量陳列する方法である。NBのブランド力を活用して、「良く知っている商品がこんな値段で買える」ことを訴求し、PBがなくともお得感を醸成しようとしている。こうして販売管理費を約30%削減し、DS業態で利益が出る目安である販管費率10%台を目指している。売上目標は旧西新井店よりも10億円上乗せした40億円に設定、ヨーカ堂が進めている高品質・サービス重視型の展開とは全く逆の「価格」のみを追求した店づくりである。 「ザ・プライス」の狙いはふたつある。ひとつは消費者の節約志向に対応することである。ヨーカ堂では、「同じ商圏内にあるアリオ西新井店が生活提案型なら、ザ・プライスは生活応援型の店舗」と説明している。もうひとつの狙いは店舗間の棲み分けである。07年に旧西新井店のすぐ近くに大型ショッピングセンター「アリオ西新井店」をオープンさせた。これによって旧西新井店とアリオ西新井店とで自社内競合が起こった。首都圏を中心にドミナント出店を行っているヨーカ堂ではこうした自社内競合を回避するためにGMS業態のヨーカ堂とアリオを中心とするSC業態、ザ・プライスのDS業態の3業態で自社内競合を避け、今後競合が一段と厳しくなる首都圏での基盤強化を図っていくと考えられる。 イオンも9月下旬に練馬区平和台駅前にDS型の食品スーパーを開業する。売場面積は300平方メートルで既存の食品スーパーの1/3程度の売場面積である。品揃えはイオンのPB「トップバリュー」を中心に品揃えし、1,300~1,500アイテムに絞り込む。総菜も扱うが店内調理をせず陳列などの店内作業もザ・プライスと同様に簡素化して販売管理費を抑制する。 2社の違いは「低価格化」の仕方である。イオンはPBを活用したEDLPによる低価格化を実現するのに対し、ザ・プライスはNBを活用してハイロー型の低価格化である。ウォルマートやカルフールなどの欧米型の食品DS業態を展開するイオンと日本型の食品DS業態を目指すヨーカ堂の違いともいえる。日本ではウォルマート子会社となった西友が苦戦しているようにEDLP型の価格政策よりも、チラシなどによる期間限定の特売の方が受け入れられるとヨーカ堂は捉えていると思われる。 3.価格に頼らない店づくり三つめは時間帯MDである。総菜などは時間帯別に売れるものが異なる。昼は軽めの総菜が売れ、夜はメインディッシュになるものが売れる。これに合わせて、主体的に品揃えを変えていく。1日の中で変化する自店へのニーズを、現場が自主的に吸い上げ、対応して仕組みである。お客様のニーズにきめ細かく対応すれば、価格以外の要素で顧客支持を得られることをヤオコーの戦略は物語っている。 こうした企業はヤオコーだけではない。サミットは「商売人力」の向上に注力している。「商売人力」とは安全・安心のものを極力安定的に提供し、仕入れたものに付加価値を付けて売り切る力のことで、小売業の基本に回帰しようというものである。このため地場野菜の品揃えを拡大し、契約農家との取引を見直している。現在、各社が力を入れているPBもサミットは昨年止めた。価値あるNBをしっかり売っていくことが重要であると捉えているからである。
4.消費者の再選択にどう対応するのか「ザ・プライス」は今回が初めての試みではない。セブン&アイは1983年に赤羽に「ザ・プライス」をオープンし、レジャーや住居専門用品のみの品揃えの川崎の溝ノ口店など数店舗を展開したが失敗している。DS業態であるダイクマも保有していたが、ヤマダ電機に売却している。今回の「ザ・プライス」は来店頻度が高い食料品を扱うことで、以前よりも成功する可能性が高い。 第一の課題は、DS業態は販売管理費10%台を維持できなければ成功しないというハードルをクリアできるかである。ヨーカ堂の販管費は20%台であり、生鮮食品などロスが大きな商品を扱いながら、販管費を10ポイント引き下げることができるのかがポイントになる。80年代、90年代にGMS各社はDS業態を模索していた。ダイエーのハイパーマートやDマート、イオンのメガマートなどである。しかし、DS業態のローコストオペレーションが確立できなかったことによって、赤字店が増え、閉店を余儀なくされた経緯がある。 第二の課題は消費者の購買行動、ニーズを捉えられるかである。節約志向をどう読むかで対応が異なる。単なる価格重視と判断するならば食品DS業態になり、価格だけではないと判断するならばヤオコーのような価格に頼らない差別化の方向が考えられる。JMR生活総合研究所の調査では、値段よりも品質を重視する人が約50%存在している。このことは、消費者を単純に節約志向と捉えるのではなく、価格と品質のバランスを判断し、これまで買っていた商品を「選び直し」していると考えた方が賢明である。選び直しとは、「単なる安さには飛びつかない」、「価格と品質のバランスを見て、品質を重視する」、「自分の生活に必要なものを選び直し、不必要なものには手を出さない」というものであり、消費者の選択眼はより厳しくなっている。 「再選択」の時代、単なる安さは通じない。価格は売り手と買い手をつなぐ信頼形成の鍵を握っている。安ければよい、ほどほどの価格であれば良いというものではない。信頼できる価格形成、品質やサービスと価格バランスが納得できるものであれば、DSでも価格に頼らない小売業でも成功する。価格形成をできた企業のみが、厳しく再選択する消費者の支持を得ることができる。 本論文執筆は、当社代表松田久一による貴重な助言や協力のもとに行われました。ここに謝意を表します。 (2008.09)
|
このコーナーの最新記事
このコンテンツに関するキーワードと関連コンテンツ
- 週刊ビジネスガイド2011年10月6日号 [1]
- 週刊ビジネスガイド2011年4月28日号 [3]
- 週刊ビジネスガイド2011年2月24日号 [1]
- 週刊ビジネスガイド2010年10月28日号 [2]
- ランキング情報 No110.ネットスーパー・宅配サービス(2010年11月版)
イトーヨーカ堂 >>このキーワードに関するコンテンツ一覧
- 提言論文 店頭マーケティングから買物満足のマーケティングへ(2010年)
- 営業現場の科学 第25回 個店アプローチ-意思決定者に会えているか?
- 第5回 「取引先を味方につける『顧客フィット営業』」 【概要】
- 戦略ケース セブン&アイ ホームセンター事業展開(2008年)
- 戦略ケース 変わる円高還元セール(2008年)
ディスカウント店 >>このキーワードに関するコンテンツ一覧
- 戦略ケース 値上げか値下げか-消費低迷下の価格戦略(2008年)
- 戦略ケース イオンとセブン&アイ ディスカウント店展開で激突(2008年)
- 提言論文 コンビニ、ドラッグストア、ディスカウントなど「新業態」成長鈍化で市場は草刈り場に(2006年)
ヤオコー >>このキーワードに関するコンテンツ一覧
EDLP >>このキーワードに関するコンテンツ一覧


1.値上げで消費者の消費行動はどう変わったか





