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ウォルマートの上海進出
 "中国はどこでも儲かるけど、上海では儲からないね。"
 これはよく中国の商売人の間で聞かれる言葉である。上海は確かに中国で競争が一番激しい市場だ。言い換えれば消費者のレベルが高い都市であると言える。しかし世界一の小売業ウォルマートにとって、中国でアメリカ本土での成功を再現するために上海は避けて通れない都市である。中国市場での成功を目指し、ウォルマートは宿敵カルフールより10年遅れて今年、2005年7月28日に上海1号店をオープンした。

混雑を極めたウォルマート店内
 上海1号店は浦東新区に立地している。売場面積18,000m2、2万種類の商品に加えて、メガネ、ジュエリー、セルフサービス式のデジタル画像プリント機がウォルマートのオリジナル商品やサービスとして登場した。無料送迎バスを8系統も用意し、浦東地域の大部分、浦西地域の一部までカバーしている。オープン初日には予想を遥かに超える約10万人が訪れ、順調なスタートを切ったかに思える。

 データによると、通常アメリカではウォルマートが1店舗がオープンすると、半径5キロ圏内の同業者に甚大な影響を及ぼす。ウォルマートが1ドル売り上げると、他のGMSでは1.25ドル売り上げが減少すると推計されている。確かにウォルマートのオープン初日、周辺GMSの主要時間帯における客数は平均100~200人程度減少した。しかし、上海の同業者は世界一のウォルマートを恐れていないばかりか、逆に少々冷ややかな目で見ている。

 中国政府からウォルマート上海1号店の認可がおりたのは2002年だった。しかしその後、出店場所の決定、建設などトラブルがあり、オープンまで3年もかかった。しかもこの3年の間に、上海は「GMS黄金期」を迎えた。店舗数が約50店から123店まで一気に拡大、そのうち100店舗は5,000m2以上の大型店である。また8,000m2以上の店舗のうち、4割は外資系である。この10年間でGMS業態は上海ではすでに成熟し、その魅力度は低下し始めたように見える。その兆しは今年5月、上海のGMSのゴールデンウィーク期間中の平均売上がこの10年来で初めて減少に転じたことからもうかがえる。

 ウォルマートの上海進出は、カルフールとの直接対決の始まりとも言える。カルフールは1995年に中国に進出し、生鮮食品をセールスポイントとして、主要都市の繁華街を中心に店舗の拡大を図ってきた。一方、1年遅れて1996年に進出したウォルマートは、日用品に重点を置いて、深センを本拠地として主に華南地域で店舗を拡大してきた。世界1位と2位の小売業は中国市場において異なる戦略を採った。その結果、2004年末にはカルフールは中国全土で24都市63店にまで拡大したが、ウォルマートは19都市43店舗にとどまっている。2004年の外資小売チェーン企業ランキングでも、カルフールが売上高162億元でトップなのに対して、ウォルマートはその半分にも満たない76億元で20位と大きく水をあけられている。さらに、上海のGMS店舗の売上トップ10をみると、カルフールが4店を占めている。奇しくもウォルマート上海1号店オープンの日に、カルフールが上海で10店目となる店舗を着工した。この店舗は2006年完成予定だが、売場面積30,000m2とカルフールの上海における最大規模の店舗となる。

 ウォルマートは、オープン初日から上海の消費者の厳しいチェックを受けた。丸ごとのローストチキンは確かに他の店より安いが、そのボリュームは他店の半分しかない。またお惣菜売場の揚げものや、焼きものは中国南部の人が好む味であるが、夏にさっぱり系のものを食べる上海人には合わない。さらに味付けも単調で、多様な味を求め、こだわる上海人を満足させるのは難しい。上海で一番人気の惣菜売場を持つ「大潤発」は、ひとつのメニューでも、5~6種類の味付けのバリエーションを提供している。

 ウォルマートのスローガンは「他の店より10%安い」である。しかし現状の中国でこれを実現するのは難しい。その理由は三つある。

 ひとつは、物流コストの高さである。ウォルマートがアメリカで成功した鍵のひとつとして、高効率の物流システムとハイテクな情報システムがあげられる。大型物流センターを通じて、周辺店舗のオペレーションコストを最低限に抑える。取引先とのEDI(電子データ交換)を通じて、仕入れおよび運送時間は大幅に縮小した。
 ウォルマートはこの方式を中国でも展開しようとしている。2003年には天津に10店舗をカバーできる10,000m2の物流センターを稼働させたが、現在このセンターからの配送対象となる店舗は、北京の1店舗のみである。
 上海1号店についても、食品に限れば6割は地元メーカーからの仕入れだが、全商品でみると、その7割は深センからの調達である。地元の代表的なGMS「大潤発」やカルフールの現地調達率98%と比較しても、ウォルマートの物流コストの抑制が難しいことがわかる。

 ふたつは、調達コストの高さである。ウォルマートは強大なバイイングパワーを背景に上位メーカーから直接商品を仕入れる方法を採っているが、中国ではアメリカのようにメーカーの上位集中が進んでいない。またメーカー数が多く、その規模も小さい。さらに取引先との間でEDIシステムがないため、商品調達の効率は悪い。

 三つは、各地でドミナントが形成されていないことである。ウォルマートが進出している19都市のうち、13都市が1店舗のみの展開である。これでは面でおさえるというウォルマートの手法が機能せず、本来の強みが発揮できない状態となっている。

 中国小売市場のトップの座を巡って、現在ウォルマートはカルフールにリードされている。しかし、今後中国の流通事情の変化と情報システムの環境改善はウォルマートにとって有利に働く可能性が高い。車を所有する市民が多くなってくると、生活スタイルも変わり、郊外立地でこれまで交通の便が悪かったウォルマートにも来店しやすくなるだろう。さらに規制緩和が後押しし、これまで外資流通企業の展開を禁止した"地域制限"制度が緩和されると、内陸にはGMS業態の進出余地が残されている。中国小売市場の真の勝者は誰なのか?上海市場を巡る攻防がそのひとつの解答を導き出すかも知れない。

(2005.08)

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