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公開日:1999年01月01日

メリルリンチ日本証券の挑戦
眠る1,200兆円を掘り起こす顧客プロファイリングマーケティング
合田 英了

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■証券各社が扱った1997年10月の東証出来
 出来高9月順位
(千万株)シェア
1メリルリンチ1398.1%6
2モルガン・スタンレー1307.5%4
3野村945.4%5
4大和905.2%2
5日興734.3%1
6ゴールドマン・サックス704.1%9
7山一603.5%3
8新日本563.3%7
9ソロモン・ブラザーズ・アジア513.0%10
10岡三372.2%12


 1997年10月、東証の株式売買(出来高)シェアに異変が起こった。日本の4大証券会社(野村、大和、日興、山一)が圧倒的なシェアを占めてきたこれまでの構図を覆し、メリルリンチ(米国を本拠地とする証券会社)が外資系証券として初めて、日本の大手証券を抜いてトップにたった。野村や大和、日興証券の不祥事による反動分もあったが、低迷する日本市場において外国人投資家、なかでも欧米を中心とする年金や投資信託などの機関投資家を相手にデリバティブ(金融派生商品)を中心としたハイテク金融技術で日本の証券会社を圧倒した。

 そのメリルリンチが98年2月、法人向け取引を中心とする既存のメリルリンチ東京支店とは別に、経営破綻した山一証券の社員2,000人と33の支店を引き継いだリテール(個人顧客向け)専門会社「メリルリンチ日本証券」を設立した。本稿では日本の証券会社とは一線を画すメリルリンチの営業手法からマーケティングのヒントを探ってみたい。


1.メリルリンチ・グループの実態と戦略

(1) 世界最大の巨大証券会社

 メリルリンチは「世界最大」の証券会社である。

 世界45カ国に700以上の拠点と5万6,000人の従業員を擁し、世界32の証券取引所の会員権を持つ。顧客からの預かり資産1兆2,040億ドル、運用資産残高4,460億ドルはここ数年一貫して上昇。純収入は150億ドルで、純利益19億ドル、総資産約2,928億ドルである。世界市場における債権、株式の引き受けシェアは13.6%で、トップの座を9年間にわたって維持している(いずれも97年の数字)。


図表



(2)6つの地域、4つの事業戦略グループによる世界戦略

 メリルリンチは米国のデラウェア州で登記される「メリルリンチ・アンド・カンパニー・インク」という金融持ち株会社(いわゆるホールディングカンパニー)である。各子会社は「6つの地域」に分かれて配置され、「4つの戦略事業グループ」に分類されている。

 「6つの地域」は、

  • アメリカ
  • カナダ・ラテンアメリカ
  • ヨーロッパ・中東・アフリカ
  • オセアニア
  • アジア・太平洋
  • 日本

であり、アメリカを除いた地域では日本だけが一国でひとつの地域として扱われている。

 次に「4つの戦略事業グループ」とは、次の通りである。(太字のパーセントの数字は総収入に占めるシェア)

  1. 法人顧客グループ(世界の機関投資家にサービスを提供する企業群) 42%
    世界各国の法人顧客に、トレーディング、投資銀行、アドバイザリーの各サービスを提供するビジネス。主たるトレーディングは顧客の注文による委託売買取引が中心であり、1日の平均売買高は200億ドルを超える。
  2. 米国個人顧客グループ(アメリカの個人顧客にサービスを提供する企業群) 45%
    • 全米690店舗に1万3,300人のFC(ファイナンシャル・コンサルタント)を配置し、顧客の資産管理・運用へのアドバイスに加え負債管理や退職後の生活設計・遺産相続に照準を合わせた定額/変額年金等の商品の提供
    • 信託分野の関連会社を通じた退職後の所得を確保しながら相続税を最小限に抑えるための信託サービスや遺産相続サービス
    • 「401K」プラン関連の管理・運用サービスといった財産継承管理
    など幅広いサービスを富裕層から中産階級にいたる400万人の個人、および中小企業、地方金融機関に対し行っている、預かり資産の80%はこの米国個人顧客によるものである。ちなみに、メリルリンチの米国預かり資産が米国の家計金融資産に占める割合は2.9%(同社の推計)と高い水準である。
  3. 国際個人顧客グループ(世界の個人顧客にサービスを提供する企業群) 6%
    主に富裕層の資産運用、負債管理、財産継承管理のニーズに応える幅広いプライベートバンキングサービスを提供するビジネス。預かり資産残高が573億ドル、年率20%のペースで拡大する成長分野である。
  4. 資産運用グループ(資産運用を主に担当し新商品の開発なども行う企業群) 7%

 日本で法人営業を行っている「メリルリンチ東京支店」は 1) のグループ、リテールを行う「メリルリンチ日本証券」は 3) のグループに属している。要するに、メリルリンチは証券業務を巡る各種子会社の集合体である。そのなかには保険や銀行業務を行う会社もある。個人顧客サービスでは1人の顧客に対して、保険や税金や年金まで視野に入れながらのアドバイスやコンサルティングを行い、資産の管理と運用、負債管理、退職後の生活設計、遺産相続といったライフサイクルに従った具体的なサービスを設計している。

(3)リテールを柱に据える世界唯一の総合証券

 メリルリンチの特徴は、リテール(個人)とホールセール(企業)の双方を兼ね備えた総合証券会社であるという点である(リテール事業比重51%)。もともと米国の証券会社はどちらか一方に特化しているところが大半である。メリルリンチを含めて、「ビッグ3」と称される「モルガン・スタンレー」や「ゴールドマン・サックス」にしても富裕層を除いてはホールセールに徹している。メリルリンチがリテールビジネスを重視するのは、得られる収益が低リスクで安定的なためだ。一般にホールセールビジネスは収益率が高い一方で高リスクの業務が多い(証券発行、M&A仲介、巨額の売買を行うヘッジファンドなど)。つまり当たれば巨額の収益を得るが失敗した時は倒産にまで追い込まれるケースも少なくない。

 ではなぜメリルリンチはリテール市場の獲得に成功したのか。それは創業者チャールズメリルの「顧客重視」「顧客利益の追求」という経営理念もさることながら、収益のあげかたを根本的に変えたためだ。その経緯を同社の成長戦略からたどると次のようになる。


図表



 メリルリンチはもとは株式の売買委託手数料を主な収益源とする金融ブローカーだった。しかし手数料自由化に伴い、ディスカウントブローカーが台頭すると、事業商品領域の拡大によって商品開発機能を取り込み、手数料に代わる資産管理・運用による新しい収益源を柱とする事業構造への転換を果たした。コミッション(手数料)、つまりフロー指向からフィー、つまりストック指向への事業転換である。この間多くの証券会社が淘汰されたが、メリルリンチは高度なファイナンシャルプランニングサービスを構築し、さらに全世界に拡大することで巨額の収益を得ることに成功した。


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「日本のリテール市場参入の狙い」

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