「価格」はマーケティングの四つの主要機能(製品、価格、流通、プロモーション)を構成し、企業の収益により直接的な影響を及ぼす変数である。日本ではこれまで、価格水準をコントロールするマーケティングはあまり行われなかったが、不況の進行とともに値下げに訴える企業は多くなっている。市場での生き残りと収益確保のための手段として、価格コントロールを含めたマーケティング戦略の巧拙がより一層問われている。
値下げが有効か否かは、自社の値下げの効果と競合他社の値下げの効果との兼ね合いを、消費者の選択行動から見て判断しなければならない。それらの効果を計る有益な指標が弾力性であり、自社の値下げの効果を表現した「需要の価格弾力性」と競合他社の値下げの効果を表現した「需要の交差弾力性」のふたつが、価格変更の有効性を判定する上で特に重要となる。
(1)弾力性の定義と含意
自社の値下げの効果を表現した「需要の価格弾力性」は、「購入商品の価格が1%上昇(下落)したときに、購入商品の需要量が何%減少(増加)するか」を表す。需要の価格弾力性の値が1よりも大きい場合、価格の1%ダウンに対し需要量は1%以上増加し、価格と数量の掛け算である売上は増加する。逆に、価格の1%アップに対し需要量は1%以上減少するので、売上は減少する。他方、需要の価格弾力性の値が1よりも小さい場合、価格の1%ダウンに対し需要量の増加は1%未満に止まり、売上は減少する。逆に、価格の1%アップに対し需要量の減少は1%未満に止まるので、売上は増加する。
価格弾力性の値が1を超えるか否かが、値上げや値下げが売上上昇に寄与するか否かの分かれ目となる。需要の価格弾力性は、購入商品の価格と数量それぞれの自然対数値について線形の関係を想定することで、一定値として推計できる(図表1)。
図表1.需要の価格弾力性の含意 |
需要の価格弾力性と同様の考え方で、競合他社の値下げの効果を表現した「需要の交差弾力性」も定義できる。「需要の交差弾力性」は「競合商品の価格が1%上昇(下落)したときに、購入商品の需要量が何%増加(減少)するか」を表す。弾力性の概念は価格以外の要素にも適用可能であり、例えば、商品のある属性評価項目に関する「需要の品質弾力性」は、「購入商品の品質が1%上昇(下落)したときに、購入商品の需要量(この場合は購入本数)が何%増加(減少)するか」を表す。
(2)需要の価格弾力性と交差弾力性の計測結果
需要関数は、以下のように定式化した。
【需要関数の推計式】
:購入商品の購入本数(本) | |||
:購入商品の価格(円) | :競合商品の価格(円) | ||
:購入商品の商品属性kの評価 | :競合商品の商品属性kの評価 | ||
:1ヶ月当たりの食品(外食除く)の支出金額 | |||
:コントロール変数 |
需要関数の推計式の係数をもとに、需要の価格弾力性の値はとして計測され、需要の交差弾力性の値はとして計測される。
今回は野菜ジュースを例に、その購買行動のデータを得るために、弊社で独自の消費者調査を行った。調査は、弊社インターネット・モニター中の20歳~69歳の男女個人を対象に行い、性別・年代別の人口構成比割付に基づいて回収した1,038サンプルの回答をベースとしている。推計に必要なサンプル数を確保しつつ、調査の際に想起させるもっとも最近買ったときの状況について回答の精度をできるだけ高いものとする観点から、全調査対象者(1,038サンプル)の約57%を占める最近3ヶ月以内購入者(590サンプル)に絞って、購買行動の詳細を聞いている。
野菜ジュース全般での計測結果をみると、価格弾力性の推定値は1%未満の水準で有意である。その値は0.558であり、標準偏差を考慮しても1より明らかに小さい。1%の値上げによる需要量の減少は-0.56%に止まり、売上は0.44%増加する。同様の手続きで、「カゴメ野菜生活100」購入者を対象に需要関数を推計しても、価格弾力性の推定値は1%未満の水準で有意である。その値は0.241であり、標準偏差を考慮しても野菜ジュースの価格弾力性(0.558)よりも明らかに小さい。「カゴメ野菜生活」の価格の1%値上げによる需要量の減少は-0.24%に止まり、売上は0.76%増加する。更に、「カゴメ野菜生活100」750mlサイズ以上の購入者に絞って需要関数を推計した場合にも、価格弾力性の推定値は1%未満の水準で有意である。その値は0.378となり1より明らかに小さいが、標準偏差を考慮しても「カゴメ野菜生活100」購入者全体での需要の価格弾力性(0.241)よりも高めである。価格の1%値上げによる需要量の減少は-0.38%に止まり売上は0.62%増加する。
「カゴメ野菜生活100」では、野菜ジュース全般と比べて需要の価格弾力性の値は明らかに低く、値上げによる需要減の影響はより受けにくいことが分かる。この事実は、野菜ジュースのトップメーカー・カゴメの旗艦商品である、「カゴメ野菜生活100」のブランド力の強さを示唆するものといえよう。
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