バブル崩壊以降、日本の家族構造は静かに、しかし確実に変化してきた。かつては「サラリーマンの夫」と「専業主婦の妻」が標準的な家庭像として社会の基盤を成していたが、その図式はすでに過去のものとなっている。いまや共働きは特別な選択ではなく、生活の標準形である。2024年時点で共働き世帯は1,300万世帯に達し、既婚者全体の7割を占めるに至った。これは単なる雇用構造の変化ではない。共働きが当たり前になったということは、家族の時間構造、購買行動、生活意識の全てが再設計されたことを意味する。
この社会変化を、当社では「共働きの大勢化」と呼ぶ。共働きが稀な存在から社会の多数派に転じたことで、家庭の意思決定単位は再構成され、食、家事、美容、耐久財といった日常のあらゆる領域で、価値観と行動原理が変化している。Session2では、この「共働きの大勢化」が生み出した生活の新しいリアリティを、データと具体的な事例をもとに分析する。
高消費時代における市場を理解するには、まずそれを支える生活者の構造的変化を捉える必要がある。近年、もっとも劇的に変わったのは、性別役割の再定義である。かつて家庭を支えた女性は、いまや経済を支える存在へと変化している。女性の有職者率はこの20年で大幅に上昇し、現在は6割に達する。そのうちの半数は既婚女性であり、仕事と家庭を両立する働く主婦が標準的な存在となった。
さらに注目すべきは、正規雇用女性の増加である。女性雇用者のうち正規雇用が過半数を超え、非正規との比率が逆転した。彼女たちは、スキルアップなどの内発的動機と、周囲からの評価という外発的動機を併せ持ち、社会の担い手としての自覚を高めている。もはや「社会進出」ではなく「社会の中心」である。この変化は、長らく「見えない労働」とされてきた家事・育児というシャドウワークを表舞台に押し上げ、市場そのものを動かす存在へと転換させた。
一方、男性もまた変化している。家事参加率は上昇を続け、掃除は6割弱、洗濯や調理は5割近くが実施している。1日1時間以上を家事に費やす男性が6割を超え、夫婦間の性別分業は急速に崩れつつある。背景には、夫婦間の収入格差の縮小がある。夫が経済力を、妻が生活力を提供するという補完関係は終焉を迎え、共に働き、共に生活を支える時代へと移行した。夫婦は「稼ぐ単位」であり、生活を共に設計する「経済的共同体」になったのである。
さらに、高齢層にも大きな変化がみられる。60代の有職者率は上昇を続け、60代前半で66%、後半でも48%に達した。かつてのように定年退職が人生の終着点ではなく、もうひとつの現役期の始まりとなっている。高齢者はもはや「年金生活者」ではなく、「働いて稼ぐ生活者」である。95%が自らの収入で生活し、年金だけに依存する層はわずか1%に過ぎない。この「アクティブ・シニア」の台頭もまた、高消費社会を下支えする重要な構成要素となっている。
このように、現代の消費市場は、性別・年齢・職業といった従来の境界が曖昧化し、勤労意欲の高い女性、家庭参加を進める男性、働き続ける高齢者という三つの新しい主体が共存する社会へと移行した。仕事と家庭が重なり合う生活のなかで、時間は希少資源となり、生活者は限られた時間のなかで効用を最大化するための合理的な判断を行うようになっている。これこそが「共働き社会」という新しい生活構造の本質である。

生活のなかでもっとも基本的で、かつ変化が顕著に現れているのが「食」である。コロナ禍で増加した中食需要は一時的に減少したものの、食の中心は依然として家庭内にある。手作り内食と加工内食を組み合わせた「宅内食」は全体の約9割を占め、外食中心の生活は限定的になった。
しかしその中身は、かつての家庭食とはまったく異なる。まず、家族全員が同じ時間に同じ食卓を囲む「共食」は減少し、代わって「個食」が増えている。共働き世帯では、夫婦の帰宅時間がずれ、子どもも習い事で時間が合わない。生活リズムの分散化が、家族の食の時間をばらばらにした。また、食事回数そのものも減少している。かつて一日三食が一般的だったが、現在では二食が主流となり、さらに「一度食」、すなわち一日一食で済ませる層が増加している。これは単なる食欲の減退ではなく、時間の制約のなかで効率を重視する合理的選択である。
しかし、食への関心が低下したわけではない。むしろ、食事の回数が減るほど、一回の食事にかけるこだわりと支出は高まっている。限られた時間のなかで、いかに効率的で満足度の高い食事をとるかが重視され、「1食完結型」「おいしさ重視」「栄養バランス重視」という新しい食行動が広がっている。
家庭の食卓をみても、その構成は著しく多様化している。従来の「一汁三菜」型が依然として基本であるものの、主菜・副菜の複数化が進み、手作り・惣菜・冷凍食品・デリバリーなどが自在に組み合わされている。
主菜が二品以上の家庭は35%、副菜が二品以上は56%にのぼる。つまり、現代の食卓は「一汁多彩食」へと進化しているのである。
この多彩化を支えているのは、「おいしさ」と「充実感」への強い志向である。食事を「充実感を得る」「1食を大事にする時間」として捉える傾向が高まり、調理の合理化と感情的満足が両立する新しい食文化が生まれた。食の省力化は単なる手抜きではない。むしろ「自分の時間を確保しつつ、食の質を犠牲にしない」という合理的な再編集の結果である。
食の変化を語るとき、しばしば「エンゲル係数の上昇=家計の貧困化」という短絡的な理解が持ち出される。しかし、Session2が提示している結論は、その通俗的解釈とは逆方向にある。2024年のエンゲル係数は27.7%とされ、長期的に上昇基調にあるが、この現象を「貧しくなったから食費比率が上がった」と断定するのは、少なくともここで扱うデータの読み方として正確ではない。
そもそもエンゲルの法則は「所得が上がるほど、食費が所得に占める割合は下がる」とする。ゆえに、所得階層別にみればエンゲル係数は右肩下がりになるはずだ。しかし、「消費社会白書2026」の調査では、年収の高い層でエンゲル係数の上昇が確認され、法則に当てはまらない事態が生じている。
この逆転現象の背景にあるのは、共働きの大勢化がもたらした時間制約である。高収入層の多くを占める共働き世帯は、時間の希少性に晒される一方で、食に対しては節約よりも充実感を求める傾向が強い。食事回数が減り、生活が分刻みになるほど、逆説的に一回の食事の価値が上がる。そこで人々は「1食1食を大事にする」「おいしさを追求する」という態度を強め、結果として一回の食事に投じる支出が増える。
ここで重要なのは、食が単なる生存維持の活動から、幸福感にもっとも近い自己実現の領域へと移行している点である。共働き社会では、生活の多くが合理化され、時間は常に不足する。エンゲル係数の上昇は「日本が貧しくなった証拠」ではなく、消費の高度化が食というもっとも身近な領域に集中している証拠である。

共働き社会において、美容や健康に対する意識は、単なる身だしなみの問題を超え、生活者のアイデンティティ形成と深く結びつく領域へと変化している。とりわけ女性の就業拡大は、生活の舞台を家庭の内側から社会の外側へと押し広げ、日常的な外出機会や対人接点を大幅に増加させた。専業主婦中心の生活と異なり、共働き社会では、職場、取引先、顧客、同僚といった多様な他者の視線にさらされる時間が長くなる。こうした環境の変化は、生活者に「自分をどう見せるか」という問いを日常的に突きつける。
この結果、共働き社会では「見られること」を前提とした生活スタイルが一般化した。そこでは、見た目はもはや私的な好みの問題ではなく、社会の中で自分にけじめをつけるための重要な手段となる。H&BCは、清潔感を保つための最低限の身だしなみではなく、自分の立ち位置や価値観を外部に示すための表現装置へと役割を拡張している。働く女性にとって、美容や健康は「整える行為」であると同時に、「自分はこういう人間である」と社会に示すコミュニケーションの一部なのである。
美容意識を構成する要素を分析すると、「見た目主義」「自己表現」「ありのまま」「自己規律」という四つの因子に分けることができる。この中でも、とりわけ「自己表現」は「見た目主義」に強い影響を与えている。見た目主義に関する項目をみると、「若々しく見られたい」「同性からきれいと言われたい」「美人の方が何かと得をする」「年齢に応じた美しさを持っていたい」といった意識が並び、そこには明確に他者からの評価を意識した態度が読み取れる。共働き社会における見た目主義は、単なる自己満足ではなく、社会的評価との接点において成立している。
さらに注目すべきは、その背景にある心理構造である。分析によれば、セルフアクチュアライゼーション、すなわち自己実現意識が高い人ほど、周囲からの評価を得るために見た目を美しくしたいという志向が強いことが明らかになっている。ここで重要なのは、自己実現と見た目主義が対立概念ではなく、むしろ相互補完的な関係にあるという点である。自分らしく生きたい、自分の可能性を社会の中で発揮したいと考える人ほど、その意思を視覚的に表現する手段としてH&BCを重視するのである。
この自己実現志向は、具体的な消費行動にも明確に表れている。自己実現意識が高い層ほど、美容のセルフケア頻度が高く、メイキャップやスキンケアにかける支出金額も大きい。H&BCは、働く女性にとって「今の自分を保つ」ための手段であると同時に、「なりたい自分へ近づく」ためのプロセスでもある。
「年をとっても若々しく」「健康で美しくありたい」という見た目主義は、社会のなかで信頼され、自信を持って振る舞うための基盤であり、自己肯定感の源泉でもある。共働き社会において、H&BCは働く女性が自分らしさを社会に示し、自己実現を遂げていくための、不可欠な表現ツールとなっているのである。
共働き社会の進展は、家庭内の家事の意味を根本から変化させた。共働きが生活の標準形となった現在、家事に割ける時間は大きく制限され、家庭内においても時間の使い方が明確な課題として浮上している。
共働き世帯では、家事に対して「面倒」「負担が大きい」と感じる意識が強まり、分担や省力化へのニーズが顕在化している。家事は単に作業量が多いというだけでなく、仕事と家庭を往復する生活リズムのなかで精神的余裕を奪う存在となりやすい。 そのため、共働き家庭では「誰がやるか」という分担の議論と同時に、「そもそも人がやる必要があるのか」という問いが生まれている。ここで注目されるのが、高機能家電の存在である。
食器洗浄機、乾燥機付き洗濯機、掃除ロボット、自動調理器、スマート冷蔵庫、スマートクローゼットといった高機能家電は、すでに一部の先進層だけのものではなくなりつつある。調査によれば、これらのいずれかを利用した経験のある人は約3割に達しており、特に世帯の就業形態別にみると、共働き世帯での利用経験・利用意向がもっとも高い。これは、高機能家電が嗜好品ではなく、共働き生活を成立させるための実用的な手段として認識されていることを示している。
共働き社会において、限られた時間のなかで、仕事、家事、育児、自己実現を同時に成り立たせるためには、時間あたりの生産性を高める以外に選択肢はない。こうした意識のもとで、家事の自動化は単なる利便性の追求ではなく、合理的な意思決定として受け入れられている。
この変化が意味するのは、家電の役割の質的転換である。従来、家電は「生活を楽にする道具」として位置づけられてきた。しかし共働き社会では、家電は単に負担を軽減する存在ではなく、「時間を生み出す装置」として評価されるようになっている。家電の自動化によって生み出された時間は、仕事、休息、自己投資、家族との時間へと再配分され、生活の質そのものを押し上げる。
この文脈において、「簡単・便利」という従来の家電価値は相対化され、新たに「時間を産出する家電」、すなわち「時産家電」という概念が浮上してくる。時産家電とは、単に操作が容易な家電ではなく、生活者にとってもっとも希少な資源である時間を創出し、その時間を別の価値ある活動に振り向けることを可能にするものである。
家事の高度化とは、家事を丁寧に行うことではなく、家事そのものを再設計することである。人がやるべきことと、機械に任せるべきことを切り分け、生活全体の生産性を高める。この再設計の中心に、高機能家電が位置づけられている。
高機能家電によって家事の自動化が進む一方で、共働き社会では、さらにその先の変化が起きている。それが、家事の外部サービス化である。掃除代行や家事代行といったサービスは、かつては一部の高所得層や特別な家庭の選択肢と見なされてきた。しかし現在では、共働き世帯を中心に、生活を成立させるための現実的な手段として徐々に広がりをみせている。
調査結果をみると、家事代行サービスの利用経験はまだ6%程度にとどまるものの、利用意向は約11%に達しており、潜在的な需要は確実に拡大している。世帯の就業形態別にみると、利用経験・利用意向ともに共働き世帯がもっとも高く、家事の外部化が共働き生活と強く結びついていることがわかる。この差は所得水準の違いだけでは説明できない。背景にあるのは、時間制約という共働き社会に固有の構造である。
外部サービス利用の動機を掘り下げると、そこには明確な価値観の変化がみて取れる。「なるべく自分ではせず、外部サービスを利用したい」「家事は可能な限り自動化したい」といった意識が強まり、生活者は家事のやり方そのものにこだわらなくなっている。重視されているのはプロセスではなく結果であり、「自分でやること」に価値を見出すよりも、「確実に、速く、きちんと終わること」が評価されるようになっている。
この背景には、共働き世帯が置かれた現実がある。時間が限られているだけでなく、専業主婦世帯と比べて家事に習熟する時間や経験が少ない。そのため、完璧を目指して自分で行うよりも、プロに任せた方が合理的だという判断が働く。ここでの合理性は、単なる効率追求ではない。限られた時間をどこに使うかという、生活全体の最適化の問題である。
このような変化は、家事の価値の捉え方を根本から変えている。従来、生活者は家電など「モノの機能」を購入し、その機能を使って家事を行ってきた。しかし共働き社会では、モノそのものではなく、「成果」を直接購入するという発想が強まっている。
この転換を象徴するのが、「ホテルライフ」という生活イメージである。ホテルでは、宿泊者が掃除や洗濯の手順を考える必要はない。必要なのは、整えられた空間と快適な時間であり、その裏側のプロセスはすべて外部化されている。共働き社会では、調理、掃除、洗濯といった家事を外部サービスと分業しながら生活するスタイルが、徐々に現実的な選択肢として浮上している。
共働き社会における生活変化は、家事の自動化や外部化にとどまらず、モノの所有意識そのものを変えつつある。その象徴が、サブスクリプション型サービスの浸透である。特に若い世代を中心に、家電を「買って持つ」のではなく、「使っている間だけ利用する」という選択が現実味を帯びてきた。ここにみられるのは、利便性志向というよりも、不確実な社会環境に適応するための合理的なリスク回避行動である。
家電サブスクリプションの利用経験は現時点では約8%にとどまるが、利用意向は約11%に達しており、今後の拡大余地は小さくない。対象となるのは、調理機器やテレビ、掃除機、大型家電といった、高コストで設置や移動に手間がかかる製品群である。これらは生活の質を高める一方で、転居やライフスタイルの変化が生じた際には、大きな負担となりやすい。共働き社会では、この「将来の負担」が購買判断において無視できない要素となっている。
サブスク志向の背景にあるのは、「所有リスクを避けたい」という心理である。転勤や転職、結婚、出産、子どもの独立など、現代の生活は常に変化の可能性を内包している。そうしたなかで、モノを所有することは、将来の自由度を下げる行為として認識され始めている。たとえば、購入から数年で住まいを変える可能性が高いと考えた場合、高額な家電を所有すること自体が無駄になり得る。買ったとしても五年で使わなくなるのであれば、その所有は合理的ではないという判断が働くのである。
このような不確実性の高い環境下では、「持たずに使う」という選択が合理性を帯びる。サブスクリプションは、モノを固定資産として抱え込むのではなく、必要な期間だけ機能を利用することを可能にする。ここで消費されているのは、モノそのものではなく、機能や体験である。家電やデジタル機器は、形ある財としてではなく、サービスとして消費される段階に入ったといえる。
この変化は、所有の概念を「固定」から「流動」へと転換させる。サブスク化が進むことで、家電は生活に溶け込みながらも、常に入れ替え可能な存在となる。家電は次第に「見えないもの」へと変わっていくのである。
このように、サブスク型消費は単なる若年層の嗜好ではない。それは、変化を前提とした人生設計の中で、リスクを最小化しながら生活の質を維持しようとする、共働き社会特有の合理的選択である。所有から利用へ、固定から流動へ。この転換は、共働き社会が「安定」を前提とした時代から、「変化」を前提とした時代へ移行したことを示している。

これまでみてきた食、H&BC、家事、家電、外部サービス、サブスクリプションといった一連の変化は、個別の生活トレンドではない。それらはすべて、あるひとつの構造変化に根ざしている。その変化とは、共働き世帯の大勢化である。共働きはもはや特定の価値観を持つ人々の選択ではなく、日本社会における標準的な家族形態へと転換した。
2024年時点で、共働き世帯は約1,300万世帯に達し、既婚世帯の7割を超えている。これは総世帯数の約3割に相当し、共働きが社会の周縁ではなく中心を構成していることを示している。この数値の重みは、単なるライフスタイルの多様化では説明できない。共働きは「増えた」のではなく、「当たり前になった」のである。
振り返れば、1980年代まで日本社会の標準モデルは、夫が外で働き、妻が家庭を守る専業主婦世帯であった。1980年時点では、専業主婦世帯が約1,114万世帯と圧倒的多数を占め、共働き世帯は約614万世帯に過ぎなかった。この構造は、安定成長期の経済環境と性別役割分業を前提とした社会制度によって支えられていた。
しかし1990年代に入ると状況は大きく変わる。女性の社会進出が進み、同時に経済環境の不確実性が高まるなかで、共働き世帯は増加傾向へと転じた。そして1997年、共働き世帯数は専業主婦世帯数を逆転する。この逆転は一時的な現象ではなく、その後も差は拡大し続け、共働きは日本社会の多数派として定着していった。
この大勢化は、家計構造にも明確な影響を及ぼしている。世帯収入を比較すると、共働き世帯の平均年収は約896万円であるのに対し、専業主婦世帯は約746万円と、およそ150万円の差が存在する。この収入差は、単なる数字以上の意味を持つ。共働き世帯は、物価上昇という逆風のなかにあっても、消費を抑え込む側ではなく、むしろ支出意欲の高い層として市場を牽引している。
重要なのは、共働き世帯の消費行動が「余裕による浪費」ではないという点である。彼らの消費は、時間制約、不確実性、役割の多重化といった現実の制約条件の中で、生活を成立させるための合理的選択として行われている。高機能家電、外部サービス、サブスクリプション、H&BCへの支出はいずれも、生活の質を維持し、社会のなかで機能し続けるための必要経費として位置づけられている。

共働きが社会の多数派となったことで、生活を規定する基準は大きく変化した。その中心にあるのが「機会費用」である。機会費用とは、ある選択をしたことで失われた、別の選択肢から得られたであろう利益を指す。共働き社会においては、この機会費用の差が、生活の意思決定を方向づけるもっとも基本的な要因となっている。
世帯年収を年間日数で割り、さらに一日24時間で割ることで、時間あたりの価値を概算することができる。この方法で比較すると、共働き世帯の時間価値は1,020円、専業主婦世帯では896円となる。この差は、単なる収入の違いではなく、「時間をどう使うか」という判断基準の差を生み出す。共働き家庭では、時間の価値が相対的に高いため、自分で行うよりも、他者に任せた方が合理的になる場面が増えていく。
この機会費用の高さは、生活のさまざまな領域で行動様式の分岐をもたらしている。まず食生活では、家族のスケジュールを合わせるための調整コストが高くなることから、共食よりも個食が選ばれやすくなる。また、時間の余裕が限られる中で、一日三食を維持することの負担が大きくなり、食事回数は二食や一度食へと収束していく。さらに、機会費用が高い環境では、自分で調理するよりも、冷凍食品、惣菜、デリバリーといった加工内食を利用する方が合理的な選択となる。これらは節約志向の結果ではなく、時間あたりの効用を高めるための判断である。
H&BCの領域においても、同様の構造が確認できる。共働きによって外出機会や対面機会が増えることで、外見や健康に対する意識は高まりやすくなる。
家事や選択的耐久財の分野では、時間制約とスキル蓄積の制約が重なり合う。共働き家庭では、家事に十分な時間を割けないだけでなく、専業主婦世帯のように家事スキルを蓄積する余地も限られている。その結果、高機能家電や外部サービスに任せた方が、確実で効率的だという判断が成立する。また、転職やライフステージの変化、子どもの教育環境による居住地の変動が多い共働き世帯では、モノを所有すること自体がリスクとなりやすく、サブスクリプションのような利用型サービスが合理的な選択肢として浮上する。
加工内食、高機能家電、家事代行、サブスクリプションといった行動は、ばらばらの現象にみえるが、その根底には共通した論理がある。それはいずれも、機会費用を最適化し、限られた時間のなかで得られる効用を最大化しようとする選択である。共働き家庭では、生活のあらゆる局面で「時間あたりの効用」が判断基準として機能している。
一方で、専業主婦世帯では時間的余裕が相対的に大きいため、自力で行う方が合理的となる場面が多い。ここに、共働き家庭と専業主婦家庭の間で、生活全体の判断軸が分岐する構造が存在している。
このように整理すると、共働きが大勢化するとは、単に働き方が変わることではない。機会費用が高まることで、時間制約下において効用を最大化する行動が合理的に選択される社会へと移行したことを意味している。この構造の違いは、食、美容・健康、家事、所有意識といった生活のすべての領域に表れており、共働き社会の生活様式を特徴づける基本条件となっている。
共働きの大勢化によって生じた生活構造の変化は、理論上の整理にとどまらず、すでに具体的な商品やサービスとして市場に現れている。ここでは、時間制約と機会費用の高まりという前提条件に適合し、新しい生活様式に応答している企業の取り組みをみていく。
まず「食」の分野では、イオンのトップバリュ・チルドレディーミールシリーズが挙げられる。このシリーズは、健康的でありながら、自分で一から作るには時間とコストがかかる料理を商品化し、共働き世帯や単身世帯の「作りたいが作れない」というジレンマに応えている点に特徴がある。単なる時短食品ではなく、ランチョンマットを使った一汁三菜型の食事提案を通じて、家庭内での食体験そのものを設計している。これは、拡大する宅内食のなかで、スマートかつ低コストに「家食の質」を高める一つの最適解を提示している。
同じくイオンのワントレーシリーズは、10品目をワンプレートにまとめることで、「一食で満足する」一汁多彩食を提案している。宅内食の増加と食事回数の減少という共働き社会の条件下で、一回の食事に求められる満足度は高まっている。このシリーズは、調理や品数の負担を家庭に戻すことなく、栄養と満足感を同時に提供する点で、時間制約下の合理性に適合した商品である。同様のワンプレート型商品が各社から登場していることは、このニーズが一過性ではなく構造的なものであることを示している。
さらに、「食による感動」を掲げる三ツ星ファームは、時間制約のなかでも食の幸福を諦めない層の心を捉えた好例である。「一生に9万食」という日常の食事を、単なる栄養補給ではなく感動体験に変えることを目指し、一流シェフの味を自宅に届けるワンプレート冷凍食を提供している。これは、高エンゲル係数を支える層が、時間の制約下においても食の質を下げたくないという価値観を持っていることを的確に捉えた取り組みである。
H&BC分野では、アイリスオーヤマのクイックイオンドライヤーが象徴的である。この製品は、「髪が多く乾きにくい女性」という具体的な生活課題に焦点を当て、時短と仕上がりの質を両立させている。共働き社会において、身支度は単なる準備作業ではなく、社会との接点に向けて自分らしさを整える重要な時間である。この製品は、その時間を短縮しながら、自己表現の質を高める点で、H&BCが担う役割の変化を体現している。また、売場の演出で、店頭での価値説得にも結び付けようとする工夫もみられる。
家事・テクノロジー分野では、SwitchBotの取り組みが注目される。既存の家電や照明に後付けでスマート機能を付加し、操作を自動化することで、日常の細かな行為から生活者を解放する。これは、高価な最新家電への買い替えを前提とせず、今ある環境を活かしながら時間創出を実現する点に特徴がある。
また、プレイステーション・プラスに代表されるサブスクリプション型エンターテインメントは、「所有より体験」を志向する世代の支持を集めている。ヒットサイクルが短期化するなかで、モノを持つことよりも、多様な体験を柔軟に楽しめることに価値が置かれている。安価でありながら満足度を最大化するこの仕組みは、サブスク型消費が生活全体に浸透していく流れを象徴している。
これらの事例はいずれも、共働きの大勢化によって高まった機会費用に適合した価値提案であるという点で共通している。時間を生み出し、その時間を自己実現や生活の充実に振り向けられること。すなわち、「時間創出」と「自分らしさの実現」を同時に満たす製品・サービスこそが、共働き社会における新しい価値を生み出しているのである。
共働き世帯は、収入水準が高く、時間に対する意識が強く、自己実現への欲求が高いという特徴を持つ。共働きの大勢化は、機会費用を基軸とした合理的な意思決定を生活のあらゆる領域に浸透させ、従来とは異なる生活様式を生み出している。
機会費用を前提とした生活では、食は感覚や慣習ではなく、最適化の対象となる。自分で作るか、外部に委ねるか、どの形態が時間あたりの効用を最大化するかが判断基準となり、加工内食やワンプレート型商品が合理的な選択として定着していく。同様に、家事は家庭内で完結させるものから、機械や外部サービスと分業するものへと変化し、所有は固定的に持つものから、必要な期間だけ利用するものへと転換していく。
こうした変化は、節約や効率化を目的としたものではない。限られた時間のなかで、生活の質と自己実現を両立させるための、合理的な再設計の結果である。共働き社会において、合理性とは単にコストを下げることではなく、生活全体として得られる価値を高めることを意味している。
企業に求められるのは、この新しい合理性を正しく理解し、それに適合した価値提案を行うことである。利便性や価格だけではなく、時間創出と自己実現の双方に寄与するかどうかが、商品やサービスの評価軸となる。
本セッションでは、新たなデモグラフィクスとしての共働き世帯を起点に、食、H&BC、家事、選択的耐久財といった生活領域を、主に「縦」の視点から検討してきた。これらの生活の現実は、次の段階で価値観によって編集され、独自のスタイルを形成していく。それぞれのスタイルは固有の役割を持ちながら、市場全体を動かしている。
続くSession3では、この「価値スタイル」を分析単位として、市場がどのようにダイナミックに動いているのかを明らかにしていく。共働き社会が生み出した生活合理性が、どのように価値へと転化され、市場を再編しているのかをみていく。
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