日本人の食生活を支える食品製造業は長い成熟期から抜け出せていない。1994年から2022年まで28年間の食品製造業の売上高を国民経済計算の算出額で確認すると化学品製造業は146.2%と大きく成長しているのに対して、食品製造業の成長率は107.2%と微増にとどまっている(図表1)。化学品製造業と営業利益率(国民経済計算の「営業余剰と混合所得」を営業利益と想定)の比較では食品製造業の営業利益率の平均は5.7%、化学品製造業は9.5%(図表2)と収益率に大きな差が生じている。28年間の粗利益率では食品製造業は38.1%、化学品製造業は36.3%であり、粗利益率の高さと営業利益率の低さから食品製造業は販売管理費が高い構造になっている(図表3)。食品製造業は低成長・低収益構造に陥っている。

日本を代表する食品メーカーでも同じような低収益構造になっているのだろうか。日本の食品製造業で売上高が1兆円を超える8社のなかで、味の素とマルハニチロ、明治と世界No.1食品メーカーのネスレを比較すると収益力の違いが顕著だ。売上高では味の素が約1兆3,000億円、明治が1兆600億円、マルハニチロが1兆200億円に対してネスレは16兆円と約16倍の差がある。営業利益率では味の素が11.0%、明治7.1%、マルハニチロ2.9%、日本では高収益の味の素でさえ、ネスレの16.6%には大きく見劣りしている(図表4)。販売管理費はネスレの方が高く、日本の3社の方が効率的なオペレーションを行っている。しかし、粗利益率はネスレの方が大きく高く、特に原価率で大きな差が生まれている。日本の食品製造業の原価率の高さに見られるようにサプライチェーンで大きく劣っている。
なぜ日本の食品製造業は低収益なのだろうか。食品製造業内での競争、食品の生産者と消費者、商社を含めた卸売業、小売業の買い手側の五つの観点から低収益化の理由について考察してみたい。
食品製造業の市場構造について、集中度を示すハーフィンダール・ハーシュマン指数(以降HHI指数)を使って確認してみる。公正取引委員会の「生産・出荷集中度調査」より、日本の主要食品37市場のHHI指数をみると(図表5)、
- 寡占化市場(HHIが大きい):ウイスキー、カレールウ、ポテトチップスなど
- 完全競争市場(HHIが低い):清酒、味噌、ビスケット・クラッカー、飲用牛乳
理由は三つ考えられる。ひとつめは、弊社代表の松田の著書『買わない理由、買われる方法』で指摘しているように食品業界はイノベーションが起きにくく、製品差別化度が小さく、同質化競争になっていることだ。前掲書のなかで記載しているビールの調査結果では、ブラインドテストでは味の違いはわからない、味の違いはなく、同質化していることを検証している。
ふたつめは、前述した日本の食品製造業は商品原価が高く、粗利益率が低く、グローバルなサプライチェーンが構築されず、商社や卸売業の物流費用が高いことだ。
三つめの特徴は、日本の食品市場では新製品の数が非常に多いことである。例えば、2023年の清涼飲料の新製品数は1,310品(全国清涼飲料連合会調べ)にのぼる。このように毎年多くの新商品が投入されるため、製品開発コストが大きくなり、企業の収益を圧迫している。
また、食品製造業には地酒や醤油など地域に根ざした中小企業が数多く存在しており、市場は分散的で競争が激しい。その結果、商品の同質化が進み、価格競争が起こりやすい。企業は価格を限界費用に近い水準まで引き下げざるを得ず、収益性が低くなっていると考えられる。
この点は、小田切宏之氏の『新しい産業組織論』で示される理論からも説明できる。同書では、企業の利潤率(PCM)は①市場シェアが大きいほど、②企業間で協調的な行動がとられるほど、③需要が価格に対してあまり敏感でないほど、高くなるとされている。また、需要条件などが同じであれば、市場集中度(HHI)が高い産業ほど産業全体の利益率も高くなるという定理も示されている。限界費用が一定の場合、PCMは固定費を差し引く前の営業利益率と一致し、収益性が高くなるとされている。しかし、日本の食品製造業は中小企業が多く、市場集中度が低いため、理論上も高い利益率は得にくい構造にある。
さらに、デムゼッツの効率性仮説によれば、効率的で生産性の高い企業が低コストを活かしてシェアを拡大し、その結果として市場集中度と産業全体の利益率が高まるとされる。しかしながら、日本の食品製造業では企業間の効率性の差が比較的小さく、生産コストも高く原価も高いため、特定企業が大きくシェアを拡大する構造になりにくい。その結果、食品製造業は集中度も利益率も高まりにくい産業構造になっていると考えられる。
弊社代表の松田の論文では、「資本主義は、「利潤率の傾向的低下」という危機に直面している。それを乗り越えるためには、「イノベーション」によって「超過利潤」を獲得する必要がある。シュンペーターは、資本主義の本質を利潤追求する資本蓄積(成長)にあると考えた。そして、利潤追求すればするほど、産業内の競争は激化し、利潤率は低下する。産業間でも、企業は少しでも利潤の高い産業へ参入しようとするので、産業間の利潤率は平準化し、傾向的に利潤は低下せざるを得ない」(2024.5「未来を読むー四つの資本主義より引用)と論じている。日本の食品製造業はイノベーションが起き難く、利潤を獲得できない仕組みになっている。
日本の農業は儲からない低収益の構造に陥っている。農水省の令和4年農業経営体の経営収支によると、農業粗収益(売上)は1,166万円であり、農業経営費(費用)は1,067万円となっている。その差98万円が農業の年間所得となっている(図表6)。農業粗収益は令和3年よりも8.2%増えているが、費用である農業経営費は12.2%と二桁増加し、農業所得は21.7%も減少し、農業経営は儲からない仕組みになっている。農業が儲からない背景のひとつには農協の存在が考えられる。農協は農家の一定の収益を保証する役割がある。一方で高品質の農産物でも低価格で市場に販売している。最近では農協を通さず独自のルートを開拓して、生産する農作物をブランド化し、価値を高め、販売する農家が増えている。
さらに原材料や資材の高騰が進み、そのコスト圧力が食品製造業を苦しめている。25年1年間に値上げを実施・予定する食品は14,000品目を超え、24年に値上げした食品の上る見込み。値上げが多かった23年の水準に近づく見通しだ。特にカレーのルウなど調味料が多く、ついで冷凍食品などの加工食品、酒類・飲料が多くなっている。カカオや卵、米など原材料価格の高騰のほかに物流費や光熱費の上昇が食品製造業の収益を圧迫している。
食品製造業の買い手である流通業の再編が小売業を中心に進んでいる。1994年と2022年の28年間の小売業上位企業の売上高を比較すると、94年売上高1位のダイエーの売上高は2兆5,000億円、2位のイトーヨーカ堂は1兆5,000億円、3位のジャスコ(現イオン)は1兆1,000億円となっている。22年ではセブン&アイは11兆8,000億円、イオン9兆1,000億円、アマゾン3兆2,000億円である。セブン&アイはセブンイレブンの成長と米国のセブンイレブンの買収により拡大。イオンは94年売上高1位だったダイエーや5位だったニチイ、SMのマルエツなどを取り込むことで成長し続けている。25年年末にはドラッグストア業界の1位のウェルシアと2位のツルハが合併し、売上高2兆円以上の巨大な小売業が誕生している。
この28年間で上位業態も大きく変化している。30年前はGMSや百貨店が上位を独占していたが、22年にはアマゾンなどのEC、ドラッグストアや家電量販店やユニクロなどのカテゴリーキラーが台頭している。上位20社のなかで30年間の比較ができる企業の売上高は3倍、経常利益が約9倍となり、規模の拡大、利益率の向上が進み、上位小売業のバイイングパワーが強大化している。
一方でGMSやSMの同質化も進んでいる。SMは生鮮3品、総菜、日配品、加工食品と品揃え構成に大きな違いはなく、基本的に同じブランドを仕入れ、品揃えの違いは小さく、売場づくり・売り方の違いも小さい。日本の小売業は基本的に同質化し、結果として同じ商品を値下げして販売するブランド内・ブランド間競争から抜け出せていない。食品製造業は開放的流通政策により、同質化した商品を同質化した小売店で販売していることで、メーカー間、小売業間で低価格競争に陥り、悪循環になっている。
小売業のバイイングパワーの強大化に食品製造業は、マージンやリベートの提供や値入れ率の引き下げなどにみられる報酬型対応や留め型製品の導入・開発やPBの開発など、専門商品の提供などの製品支援対応を強いられるコスト圧力が強くなっている。
金昌柱氏の論文「小売パワーと流通のパワーシフトに関する実証分析ー食品産業における試論的分析―」では社会システム研究として小売業へのパワーシフトをメーカー、卸売業、小売業の四つの指標(売上高総利益率、売上高流通拡販費率、売上高物流費率、売上高流通営業利益率)で検証している。小売業はメーカーから仕入れ価格の交渉を進め営業利益率を上昇させ、さらにメーカーから獲得した流通拡販費や物流費を活用して小売業自身の販促費や物流費を抑制し、売上高流通営業利益率を上げていることを確認している。メーカーから小売業へパワーシフトが進んでいると結論づけている。
パワーを失ったメーカーは販売促進上の相談・支援、店づくりのアドバイスなどのいわゆるリテールサポートの専門的知識対応を行っているものの、その取り組みの足取りは鈍い。現状ではSMやドラッグストアではメーカーの提案を受け入れず、POPなどの販促物を拒否する小売業も見受けられる。食品製造業は小売業に対してリーダーシップを発揮することができず、影響力がますます弱くなり、価格競争になっている。値上げする食品製造業が増加しているが、小売業が値上げを認めず値上げができないカテゴリーも見られる。納価の割引やリベートをさらに求められることもあり、食品製造業は大手小売業のコスト圧力により儲からないことが商習慣になり、売上高流通営業利益率が低下し、低収益化が常態化している。
2017年に三菱商事はローソンのTOBを経て、ローソンを子会社化した。24年2月にはKDDIがTOBを行いローソン株の50%を取得し、KDDIとローソンが50%ずつの持分比率で共同経営する体制を構築し、ローソンは24年7月に上場廃止となった。同社は14年にSM最大手のライフコーポ―レーションを傘下におさめた。後述する三菱食品を完全子会社化すると発表し、卸―小売と流通の垂直統合化を進めている。ファミリーマートも20年に伊藤忠商事のTOBにより完全子会社になった。三井物産は傘下の三井食品やベンダーサービス、リテールシステムサービスなど食品・日用品雑貨の中間流通機能を担う事業会社を24年4月に合併し、三井物産流通グループとして統合した。住友商事も首都圏に集中出店しているSMのサミットやドラッグストアのトモズを傘下に持っている。大手商社の営業利益率は5.0%以上、三菱商事のローソンを管轄するSLCでは3.9%と流通業界においては高い営業利益率となっている。食品流通市場において商社の存在感が増し、食品製造業へのコスト圧力が強まっている。ローソンへの帳合は三菱食品に一本化され、食品製造業は三菱食品を仲介しなくてはローソンとの取引を行うことができず、三菱グループの影響力が強まっている。
卸売業も再編による大規模化と物流の高度化を図っている。2011年に明治屋商事、菱食、サンエス、フードサービスネットワークの4社が統合し、売上高2兆円の三菱食品が誕生した。この三菱食品は昨年三菱商事の100%子会社になっている。伊藤忠食品は1996年にメイカンと松下鈴木が合併して誕生した。食品卸売業でもっとも売上高の大きい日本アクセスは06年に伊藤忠商事の子会社となり、西野商事と合併、19年に伊藤忠食品の100%子会社となっている。売上第3位の国分は15年に丸紅と包括提携を行っている。大手商社を基軸とした食品卸売業の再編が進んでいる。
食品卸売業の物流機能の高度化も進んでいる。常温、チルド、冷凍と3温度帯への対応は必要条件となっている。取り扱いカテゴリーの幅を広げている。国分は丸紅との提携により弱点だった菓子分野や冷凍食品分野を強化することができた。DX化への対応も必要不可欠となり、システムに投資できない中小卸売業はさらに大手に組み込まれている。
卸―小売の流通市場は商社を中心に再編が進み、商社の存在感が強まっている。今後も商社を中心とする流通の垂直統合化が進むと予測でき、食品製造業へのコスト圧力をますます強めていくだろう。
日本の消費者は世界一品質に厳しいと言われている。カード会社のアメックスの調査では「一度でも酷い顧客サービスを受けたら、直ちに別の会社に変える」人はアメリカやイギリスでは30%程度に対して日本は56%と、どの国よりも高い。(図表7)「顧客であり続ける決め手として重要な項目は何ですか?」の質問についてはアメリカやイギリスがコストパフォーマンスを重視しているのに対し、日本は商品がもっとも高く、商品の品質を重視している(図表8)。
この調査から日本の消費者は
- ・日本の消費者は問題があると、すぐに別の会社にスイッチしてしまう。
- 日本の消費者は顧客サービスに期待通りのサービスを受けていると感じていない
- コストパフォーマンスよりも商品(品質)を重視している。
- 日本の消費者は、価格よりも商品・サービスを重視しているものの、その評価は低く(期待通りではない)、世界でも厳しい目をもった消費者である。
という特徴がある。P&Gの会長だったラフリー氏は「日本は消費者の要求が厳しく、新製品のサイクルが速いうえ、価格競争も激しい」と述べている。P&Gは日本を品質基準におき、新製品「パンパース さらさらパンツ」の開発にあたって、世界中の技術者が明石工場に集結し、製造開発から設備設計に関する熱い議論を実施した。このプロジェクトの場として明石工場が選ばれたのは、数十ヶ国にまたがる紙おむつの生産工場のなかでも世界トップの生産技術を日本の明石工業が有していること。さらに、P&G社内で品質に関する消費者の目がもっとも厳しいのが日本であるという共通認識があり、日本で品質が認められれば世界的にも十分通用するという定石があったからだ。セブン&アイの元会長の鈴木敏文氏も「日本の場合、背広のボタンホールのかがり方がちょっと悪いだけで不良品だと言われる」と述べている。農作物の出荷基準も日本の基準は高く、形、大きさ、色など厳しい基準が決められている。
このような日本人の品質の厳しさの背景にはふたつの仮説が考えられる。ひとつは「清浄」という美的価値があることだ。梅原猛氏の『美と宗教の発見』では、「日本人にはすべての価値の基準を「浄―きよし」におき、全ての反価値の中心に「汚―きたない」におくという価値論があった。」「価値論として浄・不浄という価値を中心とする価値論があった。日本人の日常生活の中に深くしみわたっている。」と説明している。例えば、選挙の時の清き一票という言葉がこのことを表現している。この「清浄」により製品瑕疵不許容などの製品の見た目にこだわり、小さきものに価値をおき、改善により小さくし、凝縮することに日本人はこだわりをもっていると論じている。中央大学の三浦俊彦氏は著書『日本の消費者はなぜタフなのか』のなかで、清浄志向が品質基準の厳しさを生み出す。穢れていないものから新しいもの、新製品志向を生み出すと述べている。
ふたつめは日本の食文化の多様性だ。片平秀貴氏は日本人には鮮度信仰があり、日本の新しさは過去のしがらみを断ち切るもの、欧米の新しさは過去からの蓄積を前提としたものと論じている。弊社の独自調査「消費社会白書2025」では小売店の選択基準のひとつに「鮮度が良いこと」があげられ、日本でネットスーパーがアメリカや中国よりも浸透していない理由として、生鮮食品の鮮度意識の強さがあると言われている。実際に商品を見て鮮度を確認しようとする日本人にとってネットスーパーは鮮度判断ができない購買チャネルと言えそうだ。この鮮度信仰の背景には日本の四季に対応した「旬」の食材があると推察できる。鮮魚を例にすると、春には鰆や細魚、夏は鱧やうなぎ、秋はさんま、冬はかになどが季節ごとに旬の魚がある。さらに複雑にしているのが、地域による食文化の大きな違いである。例えば、カレーの肉は関西が牛で関東が豚。醤油の味は九州では甘く、東北では塩辛い。山梨の煮ほうとう、宮崎の冷汁など郷土料理も数多く残っている。日本では旬、地域性など食の多様性がみられる。この多様性に対応するために、SMは1万SKUという数多くの品揃えを行う必要があり、それによって収益性が低下すると考えられる。
消費者の観点からみると食の多様性を背景とした品質の厳しい日本人に対して、膨大な鮮度維持コスト、新製品導入コスト、多様な品揃えコストをかけて食品製造業や小売業が対応していることが、食品産業全体が低収益化に陥っている理由だと推察できる。
これまで買い手、売り手など五つの関与者から食品産業を確認してきた。ここから食品製造業が低収益化に陥っているふたつの理由が考えられる。ひとつは関与者の食品製造業へのコスト圧力の高まりだ。具体的には五つあげられる。一番目は食品製造業内での競争が激しく(寡占化)、製品差別化度が低く同質化し低価格競争が進んでいることである。もともと原価が高い日本の食品製造業にとって低価格競争は低収益化に直結する。二番目は、昨今の原材料の高騰により売り手側がさらに低収益化し、食品製造業へのコスト圧力がますます高まっていることである。三番目は食品産業の参入障壁が低く、新規参入が多く、代替商品の脅威が高まり、低価格化の圧力が強まっていることである。四番目は、小売業や商社・卸売業などの買い手の問題だ。小売業が寡占化し食品製造業に対するバイイングパワーが強大化していることによる小売業からのコスト圧力が強まっていることである。さらに商社・卸売業は商社を中核とした食品流通全体の統合を図り、流通の支配力を高め、食品製造業へのコスト圧力を強め、自身の収益性を高めている。商社の食品部門の利益率は5%になり、他の関与者は2%前後の利益率であり、商社が儲かっている構造になっている。小売業も品揃えや売場づくり、サービスが同質化し、ベルトラン競争による低価格競争に陥り、低収益化のリスクも大きくなっている。最後は新製品志向によって、食品製造業は数多くの商品を用意することを余儀なくされ、収益を圧迫していることだ。未だに新製品神話が根強い。飲料市場を例にとると、2024年の飲料の新商品は1,094品もあり、年々減少しているものの依然として非常に多い。
低収益化のもうひとつの理由は、食文化の多様性に対応した品揃えの多さが考えられる。季節ごとの旬の食材の違い、地域による食生活や食材の違いなど日本では多様な食文化が形成されている。消費者は地域ならではの食材や旬の鮮度のある食品を求め、小売業はその土地や季節に応じた品揃えと売場の見直しを行っている。商品を探すためのコスト、受発注コスト、都度売場を変更するコストなどが必要となり小売業の収益を圧迫し、そのコストの一部負担を食品製造業に求めている。食品製造業も地域の味の嗜好に合わせた商品展開を行っている。それぞれの商品の生産ロットは小さくなり、商品原価の高さにつながっている(図表8)。
これに追い打ちをかけるように食品製造業のナショナルブランドのブランド力の低下が顕著になってきている。弊社の「消費社会白書2026」によれば、累積値上げ率が30%になると80%の消費者がブランドスイッチするとしている。ナショナルブランドの評価でも「ブランドの商品は品質が良い」「信頼できる」「価格に見合った価値がある」の意見よりも「ブランドの商品は割高である」という評価がもっとも高くなっている。弊社が開発したブランド価値測定指標の価値実現率(WTP(支払意思額)÷希望小売価格)は弊社が測定した100ブランドのうち98ブランドで100を下回っている。このことは、消費者は希望小売価格=価値よりも実際にそこまで価値を認めていないことを示している。イオンのトップバリュなど小売業のPBが伸長しているのはナショナルブランドの割高感で説明することができそうだ。食品製造業にとってもっとも大切なブランド価値が度重なる値上げによって崩壊している。
低収益化している食品製造業にはふたつの課題が考えられる。ひとつは製品差別化ができておらず、度重なる値上げによりブランド価値が崩壊している現状において、小売業や商社へのパワーシフトによるコスト圧力に対して、改めて流通業に勝てるブランド力を高めることだ。そのためにはブランド価値の差別化を図ることだ。ブランド価値差別化とは、ブランドを差別化することで独占状態を作り出し、割高感を持たれない高い価格設定を可能にして原価率を高めることだ。製品差別化を進めて、ブランドの価値を再定義し、再定義したブランドの価値メッセージをリアルな顧客接点の店頭で伝えていくことがもっとも有効だ。これにより小売業のPBへの流出を防ぐこともできる。
ふたつめは流通段階で工場の稼働率を上げるために、食品製造業は配荷店主義の開放的流通政策により、ブランド内競争に陥る問題だ。食品製造業には開放的流通政策を放棄し、選別流通戦略への転換が求められている。ブランドで製品を差別化し価値を高めて、販売する場所を選別し、ブランド内競争を回避することができる。一緒にブランド価値を高めてくれる、育成してくれる小売業をマーケティングチャネルとして設定し、マーケティングチャネルとの協働による「価値同盟」関係を構築することがポイントだ(図表9)。選別したマーケティングチャネルに対しては、ブランド育成のための資源配分を充実させ、きめ細かいリテールサポートや売場での体験型販促などの提案を行う。一方でマーケティングチャネル以外にはマーケティング費用をかけない取引を行い、メリハリをつけた対応が求められている。食品製造業ではないが、花王のヘアケアブランド「The Answer」は花王の強みである配荷店の多さを活用せず、発売当初はThe Answerのブランド価値を売場でしっかり伝えてくれるドラッグストアのウエルシアなどだけに選別した取り組みを行っている。
製品差別化と選別流通戦略の両輪を行うことでブランド価値を高めることができる。消費者から割高だと思われ始めたブランドの価値を再復活させることが流通や消費者のコスト圧力に屈しない唯一の方法だ。
現在、日本の食品製造業は海外市場への拡大に注力している。日清食品の海外展開、ハウス食品の中国やアメリカでの展開、エースコックのベトナムでの展開、アサヒビールのヨーロッパ市場の強化、味の素は世界130以上の国・地域で事業を展開しており、売上の約6割を海外事業が占めている。しかし、この低収益状況ではネスレやペプシコ、ユニリーバなどの世界の大手食品製造業に収益性の面で対抗することができない。加えてデフレ期の固定価格からインフレ期の脱固定価格時代に転換している現在において、改めて屋内で儲かる体制を構築することが必要だ。日本食品製造業はブランド価値の向上による高収益化に転換するタイミングではないだろうか。








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