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変わる円高還元セール
-食品の信頼を前提とした還元セール
本稿は、「週刊エコノミスト2008年12月9日号」掲載記事のオリジナル原稿です。
大澤博一
1.スローダウンする消費
図表1.景気の悪さを実感した時期とそのきっかけ
 消費者の現在の景気認識と景気の見通しは一気に悪化し、消費マインドが一気に冷え込んでいる。弊社の『消費社会白書2009』に掲載されている調査結果をみると、「景気の現状認識」について「良くない」と答えた人の比率は2006年9月以降増加に転じ、08年7月には88.6%と大多数の人が景気の悪化を認識している(図表1)。
 「今後の景気見通し」については、07年8月から一転して、76.5%が「悪くなる」と答えている。07年春頃からガソリン高や食品などの値上げが意識されはじめ、米国でのサブプライムローン問題を機に世界の株価の大幅な変動によって不安が増加したことやビールや食パンなど値上げによって生活費が上昇するなど実生活の変化が、景気認識悪化のきっかけになっている。
 消費者の今後の支出意向も大きく変わっている。08年7月時では、約40%が「今後の世帯の支出を減らしたい」と考えており、07年よりも一気に増加している。消費者は支出を抑制し、節約モードに入ってきている。経済環境の悪化や値上げをトリガーに消費マインドが急速に悪化し、これまで好調だった消費がスローダウンしている。
 これに追い打ちをかけるように、この冬のボーナス支給額が昨冬実績比0.63%減と、6年ぶりのマイナスになる見込みである。さらに、雇用環境も悪化する兆しである。失業率も微増する傾向にある。消費に大きく影響する収入と雇用が僅かながら悪化し始め、消費者の財布の紐は固くなりつつある。
 こうした状況下で、消費者の買い物の仕方が変化し、スーパーの特売日やセールに顧客が集中する傾向が強まっている。ダイエーでは毎週木曜日に特売の「木曜の市」を行っているが、顧客がそこに集中している。9月以降の「木曜の市」の売上高は07年と比べて20~30%増加している。食品だけでみれば約50%以上も売上が伸びた週もある。食品スーパーのいなげやでも折り込みチラシを入れる水曜日と土曜日の客数が前年の同曜日と比べて約10%伸びている。一方で、通常の営業日や通常売価の商品の売上は伸びていない。消費者が特売日を選んで買い物する、特売日のお店を選んで買い物する傾向が顕著になってきている。

2.低価格化で集客を図る小売各社
 消費者の意識や買い方の変化に小売各社は対応できていない。10月の百貨店売上高は衝撃的であった。対前年同月比6.8%減と、消費税導入後の反動などの特殊要因を除くと94年以降最大の落ち込み幅を記録した。スーパーの売上も落ち込んでいる。チェーンストア協会の10月の販売統計では、店舗調整後のスーパー全体の売上は対前年同月比1.6%減となっている。
図表2.円高還元セール主要対象商品一覧(食品のみ)
 こうした厳しい環境を打開するために、小売業各社は値引きセールを行い、集客促進を行っている。
 イオンは10月18日から09年の2月末日まで「がんばろう日本!とことん価格」で生活応援セールを開始した。NB(ナショナルブランド:大手メーカー商品)を中心に衣料品、食料品、住居余暇商品合わせて1,000品を、季節によって商品を見直しながら10~30%値下げしている。さらに11月1日からは円高メリットを先行して提供する「円高還元セール」を展開し、約300品目を先の1,000品目に加えて値下げしている(図表2)。
 アメリカ産豚ロース100g100円、インド産ブラックタイガー10尾980円、大鉢まぐろ刺身用100g298円などの輸入食材だけでなく、輸入ミネラルウォーターのボルビックやエビアン、コントレックス(ともに500ml)が98円など加工食品も値下げしている。このまま現在の円高水準が続けばさらに対象品目も増やす予定である。
 イトーヨーカ堂も10月29日から11月3日まで食品や住居関連商品など約50品目を最大30%値下げする「円高還元セール」を実施した。さらに11月19日からは円高還元セールの第2弾を開始している。アメリカ産豚ロースステーキ・とんかつ用100g88円、ニュージーランド産キウイ1個50円、オーストラリア産オレンジ1個50円などの食材だけでなく、明治ミニッツメイド148円、ディ・チェコNo11.スパゲッティーニ1袋298円、味の素のオリーブオイル200g1本188円、キャンベルのコーンポタージュ1缶198円、クラフトとろけるスライスチーズ8枚1個198円といった有名ブランドで海外原料を使っている商品も値下げしている。
 ダイエーも11月19日からこれまで2,000品目だった値下げ商品を4,000品目に倍増している。全国339店で09年2月28日まで実施する予定である。円高で仕入れ価格の下落が見込める商品やPB商品(プライベートブランド:自主企画商品)を追加している。追加する商品はNB商品が1,720品目、円高還元商品が150品目、ダイエーのPBが130品である。アメリカ産の豚肉やブラジル産の鶏肉、ミネラルウォーターやワイン、ペットフードなどを平均10~20%値下げしている。低価格商品を増やし、集客促進を行い、購買意欲を喚起することが狙いである。
 生協やその他の小売業でも円高還元セールを実施している。イオンの「がんばろう日本!とことん価格」の生活応援セールでは、値下げ品の販売額は約50%増加し、一定の効果が出ている。今後、こうしたセールは購買喚起の最も単純な方法として拡大していくと予測できる。

3.93~95年の時とは違う今回の還元セール
 円高還元セールはバブル崩壊後、円高が進行し1ドル80円を突破した93~95年にかけても積極的に行われている。しかし、その時と現在の還元セールではふたつの点で異なっている。ひとつはメインに打ち出している商品の違いである。93~95年の円高還元セールのメイン商材は自由化と円高の影響大幅に安くなった牛肉であった。イトーヨーカ堂は93年5月に円高還元セールを行い、オーストラリア産牛肉ステーキ100gを約43%引きの248円で販売した。同時に豚肉よりも少なかった牛肉の売場面積を食肉売場の半分まで拡げた。ダイエーなども同様に海外牛肉を10~40%引きで販売した。その結果、牛肉の販売量が一気に高まり、93年の牛肉の輸入量は当時過去最高を記録した。一方で、今回の還元セールではイオンやイトーヨーカ堂やダイエー、生協など各社に共通しているのは牛肉ではなく、アメリカ産の豚肉などが目玉に位置づけられていることである。
 もうひとつは、還元セール対象商品の品揃えの違いである。93~95年時の中心は牛肉や果実などの輸入生鮮食品であった。今回はミネラルウォーターや果実ジュース、パスタやオリーブオイルなどの加工食品が多くなっている。イトーヨーカ堂の還元セール第2弾では、食品での対象商品約30品目のうち加工食品(総菜の海老フライを含む)は14品と約半数を占めている。イオンも同様でミネラルウォーターなどが安くなっている。
 こうした背景には、アメリカのBSE問題や中国のギョーザ事件などの海外食材に対する消費者の信頼感の低下が強く影響している。この2~3年で小売業の売場は大きく変容している。国産食材を強く打ち出し、さらに野菜や魚は産地名を必ず明記するようになり、値段が安い輸入食材を強く打ち出すことが少なくなり、食肉売場も国産売場が拡大している。こうした状況のなかで、今回は輸入食材を強く訴求したくともできないジレンマを抱えている。

4.円高還元セールは消費者の購買意欲を喚起することができるのか
図表3.食品への不安とニーズ
 当社の調査では、食品の安全性に不安を持っている人は50.5%と半数以上にのぼることが分かっている(図表3)。不安を持っている人は、「国内産の食べものを食べたい」という意識が高く、ついで「値段が多少高くても、安全・安心な食品を食べたい」「使用原材料が具体的に表示されている食品を食べたい」「生産者や生産地、生産履歴の分かっている食べものを食べたい」「値段が多少高くても、品質の良い食品を食べたい」という意識を強くもっている。食品に対する信頼感が大きく低下している結果である。皆が海外牛肉にとびついた93~95年のセールの時と消費者が大きく変わっている。価格志向の人はこうした還元セールで購買意欲が喚起される可能性は高いが、品質志向の人は輸入生鮮食材を中心とした還元セールでは財布の紐が緩む可能性は低いと思われる。小売各社はこうした状況を踏まえて海外産食材を使った加工食品をセールの品揃えの中心に置いている。今回は輸入生鮮食材ではなく海外原料を使った信頼できる加工食品の値下げによって、品質志向の人の購買意欲を刺激することができると考えられる。
 この結果、今後大手食品メーカーに値下げ圧力が強くかかってくることが予測される。特に強いブランドは今後、円高還元セールの目玉に位置づけられていく。食品メーカーはこの1年間で原材料の高騰によって値上げを相次いで行った。そしてカレーや食パン、マヨネーズなどを中心に値上げ価格が定着し、消費者の値頃感が上昇し、実勢価格と希望小売価格の格差が小さくなってきている。しかし、円高によって原材料の価格が下がり始めている現在、小売業や消費者から値下げ圧力が強くなる可能性ある。93~95年の時は日清食品がカップヌードルの増量による実質下げを行ったようにメーカー各社は実質値下げを行った。またメーカー各社はオープン価格の採用など取引制度も変えている。今回も同様に実質値下げ、特売価格の大幅下落が見込まれる。定着した消費者の値頃感が大きく低下して、実勢価格と通常価格の格差が拡大し、メーカーが15年前と同様にその格差を埋めるのに多大な努力を払わなければならなくなり、食品メーカーはまた価格で頭を悩ませることになる。
 今回の還元セールは消費者の食品の選び方が大きく変わっているなかで、売れるものが変わっていく。小売業や食品メーカーはそれぞれの思惑のなかで、より選択眼が厳しくなった消費者の基準に対応しなければ、購買意欲を喚起することはできなくなっている。

本論文執筆は、当社代表松田久一による貴重な助言や協力のもとに行われました。ここに謝意を表します。
(2008.12)

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