連載 情況の戦略判断シリーズ

トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結
- ポストグローバル経済と自由貿易体制(下編)

2025.05.23 代表取締役社長 松田久一




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ドル基軸通貨の問題

 トランプが理不尽だ不公平だと言う貿易システムは、ドル基軸通貨による自由貿易体制である。各国が、様々な要素賦存や文化によって特化し、経済規模を大きく、生産性を高め、個人所得を高めていく。その戦後貿易秩序が、IMF・GATT体制であり、それを引き継いだのがWTO体制である。そして、その根幹にあるのが、戦前の金の代替となる「基軸通貨ドル」である。貿易の決済において、何を決済手段とするかである。

 トランプ関税は、アメリカにドル基軸通貨を手放させて、2国間の国際収支で赤字の国に、是正を迫るものである。国際貿易の土俵である基軸通貨を軍事力で担保し、さらに、国際収支赤字の責任を各国に強いるものだ。貿易ゲームの胴元が、自分が負けたから赤字を分担せよ、と言っている強欲そのものだ。

 アメリカは巨大な貿易収支の赤字を抱え、本来ならドルが暴落して、何も輸入できなくなる。他方で、国債購入や資本投資で資本が流入するので資本収支が黒字になり、相殺されている。それでも、各国が持っているドル建て外貨準備高は、1,065兆円(7.1兆ドル)である。さらに、赤字国債の残高は、およそ5,400兆円(約36兆ドル)と膨大なものである。そして、その24%が海外の所有者である。最大の保有者は、日本であり、次は中国である。


図表 2025年のトランプ関税のイベントと中国の反応


 つまり、国際収支が大赤字で、政府の国債が海外依存という状態でドルが暴落しないのは、軍事力で担保され管理された、基軸通貨であるからである。

 トランプ関税は、サービスに目を向けることなく、財の動きにしか目を向けないトランプ政権の錯誤である。しかし、トランプ関税とそれを批判するクルーグマンも、ドルが基軸通貨であることをやめることは望んでいない。

 戦後の自由貿易体制を否定したいトランプも、自由貿易体制を擁護したいクルーグマンも、ドル基軸を前提としている。日本は、ドル基軸を享受して成長した国ではあるが、ドルに振り回される不確実性の高い経済から脱却するには、戦後に、イギリス代表が提案したケインズ案の「国際決済同盟」を提案すべきだ。アメリカが、アメリカファーストへと転換したなら、基軸通貨を手放すべきだ。そもそもケインズ案は理論的に優れたものであったにも関わらずアメリカのホワイト案が了承されたのは、アメリカが世界GDPの70%を占めるという情況だったからだ。決済同盟が発行する「バンコール」のコストが高すぎたからだ。しかし、現在なら十分に可能だ。トランプ関税は、アメリカがOne of Nationsになったという証明であり、まずは、イギリス、EUと協力して、新しい基軸通貨体制を構築すべきだ。国際収支の赤字問題の解決策は、80年前の戦後に戻るしかない。

 トランプは、図らずもそう提案している。クルーグマンのトランプ批判は、戦後貿易体制まで踏み込んでいるが、ケインズの「決済同盟案」には寡黙である。

 自由貿易体制は、要素賦存の異なる国同士が貿易すれば、経済厚生が大きくなる。その結果、国民経済の専門化・専業化が進んでしまう。日本は、中程度の資本労働比率に最適な自動車などに専門化し、アメリカは、高い資本労働比率の金融、保険、プロフェッショナルやIT系に専門化することになる。従って、日本では、農林水産業が競争力を失い、衰退する。日本では第一次産業のGDP比率は1%である。アメリカは、自動車や鉄鋼などの製造業を犠牲にすることになる。GDP比率は16%(日本は19%)である。

 このような過度な専門化のデメリットを漸進的に調整するには、人口1億以上の国や地域経済では、バランスのある産業経済の自立経済圏や国を前提にした公平な新しい枠組みが必要である。逆説的に言えば、この再構築には、トランプの剛腕以外は考えられない。


グローバルサプライチェインへの影響 - アップルとユニクロ

 トランプ関税は、これまでの世界経済の発展を大きく変える。経済は一国を越えてグローバル化し、GAFAMのような国境を越えた世界情報寡占企業のネットワーク化が支配する時代になるという認識だ。やがて、一国、国民国家という狭い枠組みは取り払われる。企業はこれに対応して、国境を越えて、利益を世界に求め、最適なグローバルチェインを構築しなければならない。従って、日本で国際的競争優位が構築できれば、川下から川上までの製品サービスに必要な機能を、最適化していかねばならない。


アップルの事例

 例えば、アップルのiPhoneなどは、アメリカで開発とマネジメントを行い、日本、韓国、中国などから部品を調達し、中国の巨大なアセンブリ工場で24時間体制で完成品化し、検品検査をする。各国には販売マーケティングとアフターサービス拠点と直営店を配するという垂直統合チェインを形成していた。

 中国における主要なアセンブリ工場のひとつである、鴻海精密工業(フォックスコン)の鄭州工場、通称「iPhoneシティ」では、約35万人が雇用されていると言われている。パナソニックの拠点のある門真市の人口は約12万人。その3倍がひとつの工場で働いていることになる。これは、通常の資本主義的な労務関係では不可能である。中国であるがゆえにできる仕組みである。アップルは、トランプ関税の影響が直撃する。もし145%の関税が課されるとアップルは存立できない。さすがに、価格が倍以上になって、ブランドスイッチしない消費者は少ない。従って、スマホは例外が認められることになった。アップルがどんな条件を飲んだかは不明である。


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【参考文献】

  • クルーグマン, P.(著), 山形浩生(訳)(2009). クルーグマン教授の経済入門(新版). 早川書房.
  • Dans, P., & Groves, S. (Eds.). (2023). Mandate for leadership 2025: The conservative promise. The Heritage Foundation.
  • International Trade Centre. (n.d.). ITC trade briefs.
  • Davis, D. R., & Weinstein, D. E. (2002). The mystery of the excess trade (balances). American Economic Review, 92(2), 170-174.
  • Krugman, P. (2016, December). No, Trump can't make manufacturing great again. Foreign Affairs.
  • Krugman, P. (1998). The accidental theorist: And other dispatches from the dismal science. W. W. Norton & Company.

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