連載 情況の戦略判断シリーズ

トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結
- ポストグローバル経済と自由貿易体制(下編)

2025.04.21 代表取締役社長 松田久一




ドル基軸通貨の問題

 トランプが理不尽だ不公平だと言う貿易システムは、ドル基軸通貨による自由貿易体制である。各国が、様々な要素賦存や文化によって特化し、経済規模を大きく、生産性を高め、個人所得を高めていく。その戦後貿易秩序が、IMF・GATT体制であり、それを引き継いだのがWTO体制である。そして、その根幹にあるのが、戦前の金の代替となる「基軸通貨ドル」である。貿易の決済において、何を決済手段とするかである。

 トランプ関税は、アメリカにドル基軸通貨を手放させて、2国間の国際収支で赤字の国に、是正を迫るものである。国際貿易の土俵である基軸通貨を軍事力で担保し、さらに、国際収支赤字の責任を各国に強いるものだ。貿易ゲームの胴元が、自分が負けたから赤字を分担せよ、と言っている強欲そのものだ。

 アメリカは巨大な貿易収支の赤字を抱え、本来ならドルが暴落して、何も輸入できなくなる。他方で、国債購入や資本投資で資本が流入するので資本収支が黒字になり、相殺されている。それでも、各国が持っているドル建て外貨準備高は、1,065兆円(7.1兆ドル)である。さらに、赤字国債の残高は、およそ5,400兆円(約36兆ドル)と膨大なものである。そして、その24%が海外の所有者である。最大の保有者は、日本であり、次は中国である。


図表 2025年のトランプ関税のイベントと中国の反応


 つまり、国際収支が大赤字で、政府の国債が海外依存という状態でドルが暴落しないのは、軍事力で担保され管理された、基軸通貨であるからである。

 トランプ関税は、サービスに目を向けることなく、財の動きにしか目を向けないトランプ政権の錯誤である。しかし、トランプ関税とそれを批判するクルーグマンも、ドルが基軸通貨であることをやめることは望んでいない。

 戦後の自由貿易体制を否定したいトランプも、自由貿易体制を擁護したいクルーグマンも、ドル基軸を前提としている。日本は、ドル基軸を享受して成長した国ではあるが、ドルに振り回される不確実性の高い経済から脱却するには、戦後に、イギリス代表が提案したケインズ案の「国際決済同盟」を提案すべきだ。アメリカが、アメリカファーストへと転換したなら、基軸通貨を手放すべきだ。そもそもケインズ案は理論的に優れたものであったにも関わらずアメリカのホワイト案が了承されたのは、アメリカが世界GDPの70%を占めるという情況だったからだ。決済同盟が発行する「バンコール」のコストが高すぎたからだ。しかし、現在なら十分に可能だ。トランプ関税は、アメリカがOne of Nationsになったという証明であり、まずは、イギリス、EUと協力して、新しい基軸通貨体制を構築すべきだ。国際収支の赤字問題の解決策は、80年前の戦後に戻るしかない。

 トランプは、図らずもそう提案している。クルーグマンのトランプ批判は、戦後貿易体制まで踏み込んでいるが、ケインズの「決済同盟案」には寡黙である。

 自由貿易体制は、要素賦存の異なる国同士が貿易すれば、経済厚生が大きくなる。その結果、国民経済の専門化・専業化が進んでしまう。日本は、中程度の資本労働比率に最適な自動車などに専門化し、アメリカは、高い資本労働比率の金融、保険、プロフェッショナルやIT系に専門化することになる。従って、日本では、農林水産業が競争力を失い、衰退する。日本では第一次産業のGDP比率は1%である。アメリカは、自動車や鉄鋼などの製造業を犠牲にすることになる。GDP比率は16%(日本は19%)である。

 このような過度な専門化のデメリットを漸進的に調整するには、人口1億以上の国や地域経済では、バランスのある産業経済の自立経済圏や国を前提にした公平な新しい枠組みが必要である。逆説的に言えば、この再構築には、トランプの剛腕以外は考えられない。


グローバルサプライチェインへの影響 - アップルとユニクロ

 トランプ関税は、これまでの世界経済の発展を大きく変える。経済は一国を越えてグローバル化し、GAFAMのような国境を越えた世界情報寡占企業のネットワーク化が支配する時代になるという認識だ。やがて、一国、国民国家という狭い枠組みは取り払われる。企業はこれに対応して、国境を越えて、利益を世界に求め、最適なグローバルチェインを構築しなければならない。従って、日本で国際的競争優位が構築できれば、川下から川上までの製品サービスに必要な機能を、最適化していかねばならない。


アップルの事例

 例えば、アップルのiPhoneなどは、アメリカで開発とマネジメントを行い、日本、韓国、中国などから部品を調達し、中国の巨大なアセンブリ工場で24時間体制で完成品化し、検品検査をする。各国には販売マーケティングとアフターサービス拠点と直営店を配するという垂直統合チェインを形成していた。

 中国における主要なアセンブリ工場のひとつである、鴻海精密工業(フォックスコン)の鄭州工場、通称「iPhoneシティ」では、約35万人が雇用されていると言われている。パナソニックの拠点のある門真市の人口は約12万人。その3倍がひとつの工場で働いていることになる。これは、通常の資本主義的な労務関係では不可能である。中国であるがゆえにできる仕組みである。アップルは、トランプ関税の影響が直撃する。もし145%の関税が課されるとアップルは存立できない。さすがに、価格が倍以上になって、ブランドスイッチしない消費者は少ない。従って、スマホは例外が認められることになった。アップルがどんな条件を飲んだかは不明である。


ユニクロの事例

 ユニクロ(ファーストリテイリング)も同様のグローバルチェインを持っている。国内で、開発、広告宣伝などのマーケティング、調達を行い、世界に、433の素材工場、縫製工場、副資材工場を配し、世界に2,513の店舗に配給する仕組みを構築している。

 事業拡大の鍵は、店舗をマネジメントする人材である。国別売上では、日本が8,904億円、中国が5,800億円、韓国が1,600億円、アメリカが1,500億円などである。トランプ関税で影響を受けるのは、アメリカの1,500億円の中国からの仕入である。中国には、世界の工場の半数を超える230の工場があり、アメリカ向けに出荷されている商品に関税がかかる。このようなグローバルチェイン企業からみると、トランプ関税は「生産地はいくらでも変更できる」、「アメリカに生産集中することはあり得ない」、「合理的に考えて続かない」(柳井正会長兼社長)と発言している背景が伺える。アメリカは成長市場だが、売上規模が小さく、市場と生産の両面から中国のウエイトが圧倒的に大きい。価格競争力は中国を中心にしたグローバルチェインによって生まれているので、労賃の高いアメリカで生産することはできない。柳井氏の発言は、ファーストリテイリングの独自の競争優位を反映したものであり、他の企業や経済レベルの議論になると、中国市場の利害を反映した「合成の誤謬」になりやすい。いずれにしても、ユニクロは自社のグローバルチェインで十分対応できる。アメリカへの出店スピードが遅れるという成長機会損失を被ることになる。他方で、中国依存へのリスクを抱え込むことになる。


ユニクロのグローバルチェイン



再決断すべきグローバルチェインの再選択 - 出前、渡り鳥、価値

 アップルとユニクロの事例から言えることは、トランプ関税は短期的には、アップル社ほどの中国依存がなければ、「原産地表示」が義務づけられるアメリカ市場への輸出は、関税の低いところ、例えば、日本やEUを生産拠点にできるなら生産地の変更で乗り越えられる。

 問題は、長期的な対応である。「原産地表示」になる生産拠点をどこに集中し、グローバルチェインに組み込むかである。

 戦略は三つある。

 ひとつの考え方は、市場に近いところへ集中させる、素早い生産調整や改良ができる「出前戦略」である。主要部品メーカーを伴って、市場に近い拠点に生産集中し、すそ野の部品を近接で調達する。自動車はこれに近い。

 ふたつ目は、「渡り鳥」戦略である。労賃の安い国を求めて、生産拠点を次々と変えていく戦略である。低価格を武器にする企業には必須であり、ファッションなどの成熟商品は、販売価格と労働コストの差が利益を生むので、より安い国を求めて移動することが競争の鍵を握る。

 三つ目は、「価値集中」戦略である。生産拠点を日本に集中する戦略である。日本の生産の強みは、多能工的な熟練スキルである。このレント(希少価値)を組み込める製品サービスならば、生産の日本集中が合理的である。顧客と技術の組合せによって、差別性の高い価値を創造できる。いわばその国の独自の文化に根ざした価値である。「エルメス」のクチュリエ(生産工場)は決してフランスから離れない。馬文化を手放そうとしない。フランスでしか生産されない価値である。食文化、マンガや若者文化は、世界で価値を認められる日本でしか創造できないものである。

 世界中の優れた部品や原料を調達し、労賃のもっとも安い国でアセンブルし、市場の大きい地域で販売するというグローバルな垂直チェインは、世界経済がグローバル化することを前提に進められてきた。トランプ関税はこの流れに抗い、保護主義的な地域経済自国経済への転換させるものである。

 トランプ関税が示唆することは、世界最適化グローバルチェインは、政治が経済を支配する現実世界では、もはや幻想であり、企業の創業国の文化をベースに、価値を生み出す仕組みを選択しなおして、グローバルチェインを再構築するということである。それには、トランプ2.0とその後の政権を見据えて、世界経済の今後を予見するしかない。


トランプの反グローバル経済とアメリカ保守主義

 トランプ関税が象徴しているのは、世界の歴史的転換である。しかし、それが、何から何への転換なのか、が不透明でわからない。未来を兆候的に予見するラディカルなものは、「西洋の敗北」(E.トッド)くらいしか見当たらない。

 アメリカの民主党が中心となって進めてきたIT化とグローバル経済化の約50年は、世界の富をアメリカに集中し、GAFAMに集中しただけだった、と総括できる。そして、グローバル勝者と敗者に二分した。そして、グローバル敗者となった非高学歴の白人労働者層である。これに、医療サービスが加わり、人種を越えた敗者連合がトランプを支え、トランプは支持に応えようとしている。こうして、政治的エネルギーとして結集されたイデオロギーが「保守主義」である。保守主義は、フランスの市民革命への反発から生まれた急進的改革主義に対する漸進的改良主義と言える思潮である。盲目的に伝統を守る伝統主義から生まれ、社会的変化を認めながら漸進的に改革しようとする変革に対する姿勢である(K.マンハイム)。トランプは、アメリカ保守主義の宗教的基盤となるプロテスタンティズムの支えを離脱し、無宗教化した保守主義の継承者である。トランプはどうみてもキリスト教的な「隣人愛」をもっているとは思えない。

 トランプとトランプ関税が、経済にもたらした最大の問題は、政策が予見できないことによる不確実性の高まりである。そして、反グローバリズムが歴史的なメインストリームなのか、それともただ単に、グローバル経済への反動期間なのか。2028年の大統領選までは明確な答えはでない。しかし、グローバルチェインの再編は待ってくれない。

【参考文献】

  • クルーグマン, P.(著), 山形浩生(訳)(2009). クルーグマン教授の経済入門(新版). 早川書房.
  • Dans, P., & Groves, S. (Eds.). (2023). Mandate for leadership 2025: The conservative promise. The Heritage Foundation.
  • International Trade Centre. (n.d.). ITC trade briefs.
  • Davis, D. R., & Weinstein, D. E. (2002). The mystery of the excess trade (balances). American Economic Review, 92(2), 170-174.
  • Krugman, P. (2016, December). No, Trump can't make manufacturing great again. Foreign Affairs.
  • Krugman, P. (1998). The accidental theorist: And other dispatches from the dismal science. W. W. Norton & Company.

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