連載 情況の戦略判断シリーズ

値上げ安堵に潜む日本ブランドの危機

2025.03.10 代表取締役社長 松田久一


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値上げ安堵に潜む日本ブランドの危機

 家電のPanasonic、化粧品の資生堂、ビールのキリン、フィルムの富士フイルム、自動車のトヨタなどのように、社名がブランド名として知られている商品はたくさんあった。そして、高いシェアによって市場支配力を持ち、高収益を維持し、製品革新や工程革新によって、持続的な成長を達成してきた。株価を気にしない長期継続取引への投資戦略だった。

 これらのブランドは、誕生から60年以上が経過し、現在では、少々の違いはあっても、総じて市場支配力を失い、ブランドロイヤリティも低い。日本の「失われた30年、あるいは40年」の期間は、名目GDPが500兆円を超えたのがバブル崩壊後の1992年、それから33年かけて、約600兆円になった。年平均成長率0.6%である。理論的には、希にみる「定常成長」であるという驚きで、数学的にはあり得ない「奇跡」だ。しかし、現実に、産業別にみれば、エレクトロニクス産業が、30年で100兆円から半減。エレクトロニクス産業の衰退と消費財の成熟が成長の足を引っ張ったことは明らかだ。地域的には、大阪などの近畿地方だ。円高、地方工場の海外移転、地域雇用喪失が地方問題の本質で、人口減少は結果だ。誰も責任をとらないで、わかりやすいので、因果が逆転している。

 もちろん、タイミングを逸した増税や金融政策の失敗や過少な財政投資が背景にあったことは言うまでもない。しかし、市場支配力を失ったのは、戦略的失敗がメインである。悪化させたのは、政府の産業政策である。

 日本ブランドが衰退し、成長できなかったのは、時代に適合したマーケティングを展開できなかった失敗にある。具体的には、三つである。よいものづくりに過剰に拘り、消費者が求める価値への対応ができなかったことである。製品、属性や機能に拘り、消費者が価値観で行動し、スペックよりも価値で選ぶようになったことに気づけなかった。ふたつ目は、事業の根幹であるべきブランドロイヤリティが「のれん」である小売への消費者の信頼にあることを見忘れたことである。日本のブランドは、日本のライフスタイルに適合する流通チャネルに依存し、のれんをブランドづくりに活用し、信頼感を形成してきた。メーカーの「系列店政策」のもとで形成された。自社系列の小売店で店主や販売員が推奨販売する仕組みである。ヨーロッパを代表するエルメスの直営店展開と販売員の推奨力には凄い説得力がある、最後の三つ目は、価値メッセージの伝達を、戦後発達したマスメディアに依存しすぎたことである。特に、戦後はテレビメディアへの信頼感が高く、それを活用したブランド広告は、認知状况の改善と印象形成に寄与した。このマスメディアのCMの、クリエイティブなブランドづくりをする手法は、流通が広域な広さをカバーできるまでに発達しなかったアメリカ特有のものである。この手法に依存してしまった。アメリカを代表するコカ・コーラがブランド確立できたのは、各地域の酒販流通と組んだボトラーづくりに成功したからである。

 つまり、戦後の日本ブランドは、「機能や品質への拘り」、「系列店を通じた推奨販売」、そして、「テレビメディアによる認知改善と印象形成」によって確立され、市場支配力を形成した。独占寡占理論だけで単純に説明できるものではない。

 それが地に落ちて、ブランドが「選択の手がかり」にもならず、ブランド価値実現率が100を切る(消費者の支払意思価格と希望小売価格の比。価格以上に値打ちがあると100を超え、値打ちがないと100を下回る。ブランド力を示す新指標)。そして、円安による値上げは、この価値実現率に決定的な低下をもたらし、売上は伸び、安堵感が醸成されるなかで、ブランドロイヤリティが低下して胸騒ぎがするのである。

 現在の情況で再投資すべきは、長期的な高収益をもたらしてくれる日本ブランドの再生である。現在の市場環境と自社の長期的な強みへの布石を踏まえたブランド再生である。日本の強さは、産業再生、企業革新、そして、消費者との関係であり、ブランドづくりの革新が始まる。財政政策や金融政策は後付けであってマクロ経済政策で経済という歴史は変わらない。

 現在の市場環境で、二桁以上の成長をし、ブランドを築きつつある事例がある。

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