関税政策に日本企業はどう対応すべきか
アメリカの関税政策が、メキシコ、カナダ、中国に対して発令される。戦後、自由貿易を推進してきたWTO体制への反動である。
経済学者はもちろんマスコミも「狂気の沙汰」の論調である。しかし、トランプ大統領の政策はわかりやすい。戦後、推進されてきた自由貿易体制でもっとも恩恵からはずれたのは、アメリカ中西部の「ラストベルト」地域に多い白人労働者層であり、全土に取り残されたグローバル経済の敗者=犠牲者である。トランプ政策は、このグローバル経済の敗者の利害が最大になることを「公正=正義」とみているからだ。この論理は「ロールズ」の正義論に近い。この視点を見失うとトランプ政策は見えない。製鉄業、鉄鋼業などの職人気質の白人労働者の職を保護しようと考えている。しかし、アメリカの大手自動車会社の多くがメキシコなどの対象国に生産を移管しているので、自動車の経営層にメリットはなく、現在の職を守り、将来の再投資へ誘引しようとしている。
なぜ、トランプは、自由貿易よりも保護政策をとるのか。
リカードの比較生産費説以降、資本や労働力などの要素賦存の異なる国は、比較優位にある商品を輸出し、比較劣位にある商品を輸入した方が、消費者余剰(消費者が安く多く購入できる額)は高まることが、理論的には明らかにされ、それが自由貿易推進の根拠となってきた。
しかし、現実には異なることが起こる。アメリカは、メキシコなどよりも、要素賦存で、労働力よりも資本が多い。従って、自動車などは、アメリカで生産した方が比較優位の理論にかなっている。しかし、実際は、自動車等の輸出市場では、相対的な比較優位ではなく、絶対的な価格競争が行われ、量産効果の大きい商品では、メキシコ立地が競争力を持つ。有機EL、半導体などもこのような特性を持っている。アメリカの鉄鋼や自動車産業が、競争優位を失ったのは、国際競争と収穫逓増の法則が支配する産業だからである。いわば、理念的政策の犠牲となった産業である。日本でも、鉄鋼、自動車産業やエレクトロニクス産業で、同様のことが起こっている。さらに、産業のコメとなった半導体などは安全保障に関わるようになった。
トランプの関税政策は、どういう効果をもたらすか。当初も、関税前の輸入が拡大し、逆の現象が起こる。そして、自動車なら新車販売の影響が大きく出る。関税が20%なら当然、販売価格が20%上昇し、需要の価格弾力性を踏まえると、需要量は、15%ほど減少する。自動車メーカーは、15%の売上減少となり、政府は20%の関税収入を得る。消費者からみれば、20%の値上げになる。
この例からも明らかなように、アメリカの物価は上昇し、輸入は減少し、貿易赤字は減少する。その結果、ドル需要を減少させ、ドル安が進行することになる。マクロでみれば、アメリカ経済のインフレは上昇し、国内需要は減少する。当然、誘導利子率は下がり、これもドル安に繋がる。さらに、世界経済の成長率を下げることになる。
日本にとってみれば、世界経済の成長率のマイナス効果の影響を受け、円高に誘導されることになる。産業では、自動車産業が影響を受ける。自動車の部品輸出市場の需要減少、メキシコやカナダ経由でのアメリカ輸出が減少し、自動車メーカーは業績悪化に繋がる可能性が高い。円高は、輸入物価を下げ、インフレを抑制し、誘導利子率をあげる条件が生まれる。これは、過剰な円安を是正する効果を持つ。
円高は、エネルギー関連や小売業などの輸入企業にメリットをもたらし、部品や自動車などの輸出企業の価格競争力を下げる(下図参照)。
アメリカの関税政策の影響
物価 | 国内景気 | 雇用 | 金利政策 | 為替 | 株価 | |
アメリカ | インフレ | 下押し | 下押し | 利下げ | ドル安 | 下落 |
日本 | インフレ抑制 | 上向き | 増加 | 利上げ | 円高 | 下落 上昇 |
情況の戦略判断シリーズ - 連載構成
- 1.シリーズ展開にあたり 一寸先は闇での戦略判断 (2025.02.27)
- 2.減税政策は人気とりのバラマキ政策か (2025.02.27)
- 3.トランプを支えるネット世論 - 正体は「ルサンチマン」 (2025.02.27)
- 4.値上げ安堵に潜む日本ブランドの危機 (2025.03.10)
- 5.関税政策に日本企業はどう対応すべきか (2025.03.04)
- 6.なぜ、「外国人」社長が大手企業で多くなるのか - コーポレートガバナンスの罠 (2025.03.17)
- 7.中国メーカーの多様化戦略への対応 - 垂直差別化では勝てない(2025.03.24)
- 8.ポートフォリオ戦略からダイナミック・ポートフォリオ分析で統合経営へ (2025.04.21)
- 9-1.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(上編) (2025.04.21)
- 9-2.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(下編) (2025.05.23)
- 10.なぜ井上尚弥選手はダウンしたのか (2025.05.07)
- 11.トランプ関税を裏づける「購買による征服」の理論 - 安全保障の論理 (2025.05.09)
- 12.自分で火をつけ自ら消火して英雄に - トランプ関税の顛末 (2025.05.14)
- 13.寡占米市場の高い米価の行方 - 値下げ政策の賢愚 (2025.06.02)
- 14.もうひとつの日本 - 世界都市・東京と取り残された地域日本 (2025.06.23)
- 15.米価格の歪さ、都議選自民大敗北させた第2世論、そして、世界を不確実性に引き込むトリックスター大統領の性格 (2025.07.02)
- 16.トランプ関税25%は十分乗り切れるが、とばっちりの農業には手厚い支援を(2025.07.09)
- 18.参議院選挙で登場した「第3の世論」―自民大敗北を底上げした世論の正体(2025.07.23)
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