鬱屈の梅雨のはずが、夏空で暑い。しかし、世間を見わたせば鬱屈の山積みで暮らしにくい。暮らしにくさが昂じると、安いところへ越したくなる。どこに引っ越しても同じだと悟ったとき、絵が生まれ書ができる。漱石の寿命を大きく超えてしまったが、情けないことに漱石の境地に届かない。
少々、これまで述べてきた「情況の戦略判断シリーズ」の中休みとして、断片的に述べてきたことをその後の動きを含めて、透徹した意識で反省してみたい。少しは、こころも晴れるかもしれない。
米価格の歪さ
ひとつは米の問題。米を、「W寡占」というキーワードを使って分析し、米の値段は、需要と供給の均衡では決まらないことを示した。幾ら備蓄米を放出しても価格は大きくは下がらない。寧ろ、備蓄米放出は、零細兼業農家を基礎にしているので、75才以上の高齢者の食を奪う行為にも等しい。
結果は、小泉農相は「異常な人気」で、コンビニやスーパーGMSなどで、2,000円台が実現した。さらに、農水省が、スーパーの米の値段の公表を2ソース追加することを明らかにした。スーパーで売られる米の量は限られている。全体のおよそ20~30%だ。スーパーでの米の売上比率は、恐らく1~2%程度だろう。
このパフォーマンスで、無知な農相に率いられた農水省のやっていることは、デタラメのパフォーマンスだ。それに税金が使われているのを知って、拍手しているのは「無知の涙」だ。
敵は、農協ではないし、JAグループでもない。組合の寡占構造である。日本の小規模農業を守るには、「組合」という理念しかない。アメリカのような広大な農地をベースにした資本主義的農業は、北米と南米にしかできない。日本民俗学の創始者で全国を歩きまわり、「遠野物語」で知られる柳田国男の結論だ。
米の難しさは、組合が寡占構造を持ち、組合理念に代わる救済案はない、ということだ。このふたつの原則の上で答えをだすしかない。
小泉政治は、相手が敵か味方かを識別し、敵を攻撃するものだ。父親の政治を引き継いでいる。政治とは妥協である(床次竹二郎)の継承者は安倍さんぐらいだろうか。因みに、政治とは敵と味方を峻別することと見なしたのはレーニンである。「政治は力である」とは政党政治を始めた原敬である。
小泉農相にとっての敵は農協である。
従って、幾ら米の値段が下がった、と言っても、全体の20~30%の話で、米が下がったというには、米屋や売上の50%を占める外食の値段が下がらないとそうは言えないということだ。
従って、スーパーは、話題性というプレミアム価値の米を仕入れているだけだ。コンビニが典型だ。集客要因のひとつに過ぎない。POSで1週間で品揃えを変えるコンビニで、備蓄米が定番化する可能性は低い。
イオンやイトーヨーカドーなどの大手組織小売業は、次回の入札に応じないことも公表された。9月には新米が登場するし、当然のことながら「古古古米」では味で勝てない。
既出のコンテンツでは、米価格は下がらず、一部のみ。下がれば、様々な関与者が「過剰に」抱え込んでいる米が投げ売りされるので、1,000円台まで暴落する、とした。現状は、ここまでの暴落はなさそうでよかったが、9月に向けて、JAグループを支える「県連」や「単協」、加えて米卸売業がどう動くかだ。これらの関与者が、備蓄米が米価格に影響を与え、下がると認識すれば、多種多様な過剰米が放出され米バブル崩壊が始まる。
しかし、全体としてみれば、価格差別化戦略がとられそうだ。消費者の関心は、価格にあるが、それは品質への関心に向かう。そうなれば、米市場は、低価格米と高級米に二分されて、高価格米、つまり、ブランド米で超過利潤が得られる可能性が高くなる、と市場の空気を読んで、乱売抑止になっている可能性が高い。
相変わらず、小泉農相は、米を「減価償却」、すでにリースされている農機具を「リースすればよい」と、相変わらずの「無知(無智ではない)」をさらしているのに「ウケ」ている。
掲載したコンテンツのPVは評価が高かった。何よりも、検索エンジンやAI評価が高く、それが高PVに繋がっているのだが、残念ながらマス市場には届かない。それは、このサイトが限られた10,000人というミクロターゲットを設定して展開し、専門家が見逃せないサイトと位置づけられているからだ。
嬉しいやら哀しいやら。もっとご活用下さい。
それにしても、米問題に関しての経済学者のコメントが少なく、あってもありきたりで面白くない。世にいる「農政学者」や「農業研究者」は、現在では、廃ったマルクス経済学者崩れが多く、経済分析も産業分析もできない。従って、備蓄米の投入で米は下がるでしょうか、と聞かれ、「供給が増えますから値段は下がります」としか言えない情けなさである。
「寡占」という言葉で誰も説明しないところが不思議で仕方がない。ミクロ経済学では必ずでてくる概念で、日本には「公正取引委員会」という警察よりも強い組織があるのに健忘症になっているのか、使われない。
第2世論と都議選自民大敗北
都議選で、自民が大敗し、「第2世論」が再び登場した。しかし、SNSなどの「ニュー」メディアではなかった。「トランプ」の分析、自民党総裁選や兵庫県知事選で、第2世論が登場したと述べ、世界的現象だと分析した。これは、ニューメディアが深く関わっているとみていた。
私の分析では、新聞テレビ系のマスメディアが形成する世論と対抗する世論を第2世論=対抗世論と呼んでいる。従って、発行部数や視聴率を争っているマスメディアがひとつに収斂すれば、それと対抗する世論が形成され、行動に表れるとみている。これまでは、それがSNSなどのネットメディアを基盤にしていた。
今回は、マスメディアが「都議選での自民優勢」という世論調査の結果報道で一致したのにも関わらず、ネットメディアは沈黙していた。証拠は、常識としての経験である。
ここで、個人的には、ネットをスクレイピングし、キーワード集計を時系列で並べる方法は「非科学的」なのでとらない。NHKなどがドキュメンタリーでよくとる方法だ。なぜなら、キーワードが頻出することと世論とはなんら関連がないからだ。例えば、「#小泉農相」などでキーワードが頻出して、「好ましい」関連ワードとの「共起関係」が高いとして、それが「小泉農相が話題になり、好ましく受け取られている」発言が多いと、社会学ボーイなら言いそうだが、「小泉農相は米を原価償却と言って馬鹿だよね、しかし、ウケるよ」とポストしたらそれも「小泉農相が好意的に受け取られている」と判断することになる。さらに、質的に、ポストをとりあげるとすれば、そのピックアップ基準のランダム性を保証することはできないからだ。
メディア世論ではない「第2世論」が起動した。しかし、ネットメディアは動かなかった。この事実が示すことは、マスメディアが形成する世論は、権力を失ったということだ。従って、マスメディアは、「静かな革命」によって、もはや「第4の権力」を奪取されたということだ。
自民優勢報道の根拠となったのは、調査機関の調査結果だ、と言われている。都議選には、物価や経済に関心があり、争点も知事選のような「石丸」出馬の話題もなかった。本当は、東京は、首相以上に重責で、現知事では対応できない、とみるのが普通だ。このような情況で世論調査をすれば、「現状維持」という保守感情が優勢になることは目に見えている。
世論調査機関も、仮説ももたずに、深い分析はしなかったのだろう。人材がいない。データは見る方もリテラシーが必要なのだが、「数字の客観性」というイデオロギーに支配されていては、本質は見抜けない。
従って、急変は、現状維持と諦めを気分とした都民の世論が自民優勢に結びつくと自画像のマスコミ報道を知った人々は、「反自民」で一挙に世論を形成したのではないか。ネットメディアは、政府批判と諦め気分を反映して、都議選についての動きはなかった。反小池・反蓮舫を結集した、一時的な「石丸」支持の動きは起きなかった。「敗軍の将」が雄弁なのも気になるところだ。
ここでもう一度確認すれば、第2世論、対抗世論とは、自画像でもあるマスコミ世論への反発から形成され、人々の行動に結びつく、ということだ。多くの場合は、それはネットメディアを通じて形成されるが必要条件ではない。
これは、推論に推論を重ねる愚だが、小泉農相は「ネタ」であって、政治とは無関係であることを、都議選は示したのではないか。
参院選では、マスコミ世論が収斂する方向、そして、変化する支持率に注目すると、人々の行動が見えてくるように思う。今回の都議選で明らかになったのは「保守」である。当社では、2~3年前から保守の流れを掴んでいる。これが第2世論の核になることは確かだ。
世界を不確実性に引き込むトリックスター大統領の性格
最後に、シリーズでは、トランプ大統領について書いてきた。トランプ大統領は、単なるトリックスター(詐欺師やいたずら者)ではなく、アメリカ保守主義の流れをくみ、経済のグローバル化の敗者を基盤とする世界的なトレンドになると分析してきた。
しかし、トランプ大統領の個人的性格は、母親に認めて貰えなかった幼児体験をもとに、相手を敵と味方に峻別し、攻撃する危険な性格であることを認めざるを得ない。トランプは暴れん坊で父親から繰り返し勘当された。そして、母親からも疎まれた。それを取り返したいのだろう。これ以上の分析は、アメリカの精神分析家の倫理規定に反するので論じない。
トランプ大統領は、明らかに、アメリカの保守思想の源流の流れを汲むものだが、あまりにも、行動が子供じみている。
母親に叱られて、私は悪くない、あいつが悪いんだと訴えて、周辺から同情をかって悦に入る子供がいる。健全な日本の家庭なら許されない「悪業」である。しかし、アメリカの一部や北東アジアでは自然視される。まさに「異文化」だ。安倍さんはこういう子供をあやすのがうまかったのだろう。大統領になりたくても、してはいけない性格だ。
トランプ大統領の支持基盤は、アメリカの新興の富者と白人労働者の代表という相容れない層にある。この支持基盤が分裂することを示したのが、イーロン・マスクの政権離脱騒動だ。
この支持基盤の危うさと子供じみた性格のミックスが、世界の不確実性をますます高めている。関税によって、アメリカ経済の不確実性が増大し、企業は長期投資ができず、雇用拡大もできないので、大卒の就職難が始まっている。トランプの利下げ圧力も強まっている。FRBは、日銀と違い、インフレと失業率のふたつの目標を持つ。長期金利の高め誘導は、関税によるインフレ対策が重要だと見なしているということだ。アメリカ企業の不確実性への高まりの答えは「動くな」である。
日米関税交渉の結論は、「大山鳴動して鼠一匹」なことは目に見えている。一律2万円の現金給付の費用は、約2.4兆円である。この予算を、自動車産業の下請け企業の救済に必要な8,000億円に使えばおつりがくる。大手は、値上げで対応できる商品力とディーラーを持っている。寧ろ、シェアアップも狙える。
どこが国難なのか、よくわからない。
「いじめっ子」と「しつけのできていない子」が、日米交渉のトップにいることほど、不確実性が高くなることは言うまでもない。特に、極東における安全保障をどう担保するか、本格政権に期待が高まるばかりだ。
トランプ大統領は、力によって勝てる相手としか交渉しない。自分が弱みを握られればダダ降りだ。戦争の決意がないのに、力を振り回すやり方だ。トランプ大統領が、戦争する決意がないことを見破れば交渉に勝てる。ロシアのプーチンや中国の習近平に脅されて交渉に敗北した。悪童には悪童の勝ち方がある。それは、決意という精神力だ(クラウゼヴィッツ)。
トランプ大統領が、イランの核施設を攻撃した。トランプの性格をみれば、勝つと信じたからだ。これは、イランが持続的に反撃すれば、紛争は長引き、アメリカのブルーワーカーの支持基盤を失うことになる。
日本には、オイル値上げに繋がり、電気などのエネルギー価格の上昇に繋がる可能性がある。トランプ政策の世界経済への影響は、マイナス面は関税で、プラス面は、アメリカ国内のシェールガスの増産による石油の値下がりとみられていた。このコンテンツでも、石油価格の値下がりを日本経済のシナリオのひとつと考えていた。もし、紛争が長引けば、「第3次オイルショック」になる可能性もある。
2025年は世界経済の成長の分岐点である。さらに、アメリカの単独行動がどこまで支持され、支持が拡大するかである。コストが高くて使えない兵器となっていた核兵器が使われる「抑止から利用」の時代がやってきた可能性も否定できない。
しかし、トランプ大統領には、紛争継続の決意はないと見るべきだ。どう短期で終結させるかが鍵だ。アメリカには二正面能力はないので、イランと紛争すれば、東アジアに空白ができて、中国の台湾侵攻の可能性が高まる、との見方もある。戦略的にはそうなのだが、トランプの対中国政策は名ばかりの可能性が高い。関税で中国と妥結し、同盟国日本と妥結しないのはもっととれると見なしているからだ。
しつけのできていない子供が勉強しかできない真面目な子供を遣いにだし、いじめっ子と交渉させているのだからどうしようもない。物事の軽重、正義などを議論できるはずがない。
トランプ関税を大事と考えるのは戦略的判断のミスだ。
鬱屈の重畳
最後に、政府が「就職氷河期世代」対策を打ち出した。現在では、トランプ批判の急先鋒として知られるクルーグマンが、アメリカの大学生の就職難をとりあげている。
アメリカでは、大学をでても就職先がないのだ。企業は、長期的見通しのもとで、工場建設などの長期投資をし、固定費にもなる雇用を拡大する。しかし、トランプ大統領の登場によって、経済環境の不確実性が拡大し、企業が雇用を見合わせている。加えて、政府予算や公務員の削減が雇用減に結びついているとしている。それが、大学生の就職難を生み、将来のライフサイクルを大きく変えるだろうと予測している。従って、トランプ政権の時代は就職難が続く。
どこかで聞いた話だ。日本の就職氷河期世代とそっくりなことが生じている。この世代の就職時期の総理大臣は小泉純一郎である。クルーグマンは、大学生の就職難は深刻だが、責任はトランプ大統領とその政策にあると断じる。解決策はこの政策を阻止することである。どんな不利益をこうむろうが、政府が「トランプ就職難世代」を救済しようなどとは考えない。新卒失業率の推移をみれば、コロナ、リーマンショックなどの影響が大きく救済など考えられない、そもそも失業率の低い日本でしか起きない問題と救済策の発想だ。

日本も「就職氷河期世代」などと問題を糊塗する命名ではなく、「小泉就職難世代」と呼び変えたらどうか。そうすれば、小泉の尻拭いを政府が救済することの愚かさ、そして、この苦難を乗り越えた人々を賞賛する方が、救済策よりも効率的な正義にかなっていることがわかるはずだ。4代も税金で暮らしている人間に市井の悪戦苦闘がわかるはずがない。政治とは賢愚の選別だ、と言いたいところだ。参議院選挙での第2世論の評価に注目したい。
鬱屈の正体を透徹しようとしたが、落ち着き先は鬱屈の重畳だった。不気味な梅雨の夏ばれのように、季節も世の中も一直線には進まない。
シリーズ案内
このシリーズでは、「取り残された地域の復興の鍵は製造業か?」そして、「失われた30年の日米独韓の4カ国比較と財務省」などと続きます。
少々、早く読んで仕事に使いたい、視点を変えたい方は、会員化をお願いします。また、約8年 ぶりに「辛口性格診断」をリニューアルオープンしました。新しい調査結果を踏まえ、イラストも一新し、ブランドとの関わりなどよりマーケティングに使えるように工夫しています。こちらは、無料なので、複数で楽しんで頂けます。
鬱屈の日々、少しでも憂さ晴らしと捉えて頂ければ幸いです。次は、「地方の衰退は人口減少が原因ではない。世界的に生まれる地域格差、取り残される地域」をアップしていきます。
※本コンテンツは当社代表・松田の個人的見解であり、当社の見解とは異なります旨ご理解ください。
情況の戦略判断シリーズ - 連載構成
- 1.シリーズ展開にあたり 一寸先は闇での戦略判断 (2025.02.27)
- 2.減税政策は人気とりのバラマキ政策か (2025.02.27)
- 3.トランプを支えるネット世論 - 正体は「ルサンチマン」 (2025.02.27)
- 4.値上げ安堵に潜む日本ブランドの危機 (2025.03.10)
- 5.関税政策に日本企業はどう対応すべきか (2025.03.04)
- 6.なぜ、「外国人」社長が大手企業で多くなるのか - コーポレートガバナンスの罠 (2025.03.17)
- 7.中国メーカーの多様化戦略への対応 - 垂直差別化では勝てない(2025.03.24)
- 8.ポートフォリオ戦略からダイナミック・ポートフォリオ分析で統合経営へ (2025.04.21)
- 9-1.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(上編) (2025.04.21)
- 9-2.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(下編) (2025.05.23)
- 10.なぜ井上尚弥選手はダウンしたのか (2025.05.07)
- 11.トランプ関税を裏づける「購買による征服」の理論 - 安全保障の論理 (2025.05.09)
- 12.自分で火をつけ自ら消火して英雄に - トランプ関税の顛末 (2025.05.14)
- 13.寡占米市場の高い米価の行方 - 値下げ政策の賢愚 (2025.06.02)
- 14.もうひとつの日本 - 世界都市・東京と取り残された地域日本 (2025.06.23)
- 15.米価格の歪さ、都議選自民大敗北させた第2世論、そして、世界を不確実性に引き込むトリックスター大統領の性格 (2025.07.02)
- 16.トランプ関税25%は十分乗り切れるが、とばっちりの農業には手厚い支援を(2025.07.09)