価値と欲望の充当関係とは何か-市民社会の基本原理

2024.12.23 代表取締役社長 松田久一


 構成


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  • はじめに 哲学思想のための経営マーケティング入門
    第1章 なぜ会社は利益より価値を追求するのか【2025年1月8日公開】
      第1節 価値と欲望の出発点
      第2節 価値概念は経済学から消えてなくなった
      第3節 産業組織論から再生した新たな価値概念
    第2章 企業の提供する価値とは何か
      第1節 古典経済学の価値論との違い
      第2節 マーケティングの価値論の薄さ
      第3節 現代企業が提供する価値とは何か
    第3章 価値の根拠となる欲望とは
      第1節 ヘーゲルの欲望論
      第2節 欲望とは「自己の自立性についての自己確証」
      第3節 ヘーゲル欲望論の現代的拡張
        第1項 自己意識を無意識へ拡張
        第2項 欲望の主体の拡張
        第3項 エビデンスアプローチへの拡張-脳科学
      第4節 見田欲望論の操作的実用性
        第1項 見田欲望論の二元表
        第2項 欲望(desire)の概念と三水準
        第3項 マズロー欲望論と見田欲望論の比較優位
        第4項 顧客満足の誤解と欲望充当
        第5項 欲望の優先判断ー相対主義の陥罠
      第5節 欲望のアポリアを解けるか
        第1項 なぜ欲望は無際限なのか
        第2項 なぜ複数の欲望同士は矛盾しているのか
        第3項 なぜ欲望を制御できないのか
        第4項 なぜ欲望は、突然、出現したり、消えたりするのか
    第4章 価値と欲望の本質的関係-価値充当の階層性
      第1節 欲望と価値を伝える言語の問題
      第2節 欲望と価値を捉えるフレーム
      第3節 価値の欲望充当
    終わりに 経営とマーケティングの基礎-価値論と欲望論
    付録 価値拡張のマーケティング実務
    主要概念と主要参考文献


はじめに

 哲学思想のための経営マーケティング入門

 企業の経営やマーケティングの実務に長く携わっていると、自然、社会や人間についての理論や洞察が浅く嫌気がさすことがある。やはり、哲学や思想が根底にある経営やマーケティングがよい、と思えてくる。しかし、そのようなものはない。他方で、哲学が現実の仕事の悩みを解決してくれるかというとまったくない。哲学思想は、大学では人気のない学問になり、専門分野化が進んで制度学問に堕してしまっている。問題意識が現実にはない。

 そこで不遜ながら実務のなかで、哲学や思想を糧にしてきた経験を生かして、哲学や思想を学んでいる人達こそ歴史を現実に動かしている経営やマーケティングを学び、実務に生かすべきだと考えた。世に、ビジネスマンに哲学を勉強しようと呼びかける提案は多い。違うだろう。哲学や思想が役に立たなくなったのは、実務の現場の世界を知らないからだろうと問い直してみた。

 現場が困っているのは、価値とは何か、そして、欲望とは何か、ということである。価値を古典経済学の議論で済ませ、現代経済学では、効用概念になっている。あるいは、選好がいえれば効用すら想定しなくていいといってみても何の役にも立たない。また、欲望を、マズローを引っ張りだしてみたところで、自社の製品サービスがどのような欲望を満たしているのかなどわかりようがない。従って、消費者に買ってもらえないという現実の問題に、現場の直観で、価値や欲望からアプローチすることが間違っていると考えるのもおかしい。

 消費者が、チョコレートを買うのに、効用としての甘さを買っているのではない。やはり、働いている自分への自尊心などの価値を求めている。そして、その価値に根拠を与えているのは、欲望であり、世知辛い世の中を、少しでも喜んで自分らしく暮らしたいという社会的承認欲望だ。生活世界では、価値が求められ、欲望によって人々は生きながらえている。これを根拠づけられない、哲学や思想が、現実を無視し、怠慢で、間違っていると考えるべきだ。アリストテレス、デカルトやフッサールを持ち出すまでもなく、哲学者は現実の問題を考え抜いた。それが哲学と呼ばれているだけだ。

 実業の思想家として、日本経済がデフレからインフレへと転換するなかで、生産者を基軸とする売り手はどんな価値を提供すべきか、その根拠である買い手の消費者の欲望はどのように捉えられるのかを実務に落とせるまで、概念を砕き、ブレイクダウンしてみた。浅学非才はいうまでもなく、読者のみなさんに多くの批判を蒙りたい。