連載 情況の戦略判断シリーズ

トランプ関税を裏づける「購買による征服」の理論 - 安全保障の論理

2025.05.09 代表取締役社長 松田久一




トランプ関税は戯言か

 トランプの「気まぐれ」で世界経済は大混乱、すべてを二国間のディールで取引しようとする。日本は大変な迷惑だ。下手をすれば、自由貿易のシステムは破壊されてしまう。しかし、トランプの残り任期は4年間弱あるので、なんとか我慢するしかない。マスコミ世論の大勢は、こんなところだろう。実際、トヨタは、今期純利益35%減で実害がでた。

 トランプの「狂人理論」がまかり通り、就任後の人気も39%(ワシントン・ポスト紙)まで落ちて、歴代最低記録だと喧伝されている。冷静に見れば、少々、これらの論調は主観的な解釈が過ぎる。

 しかし、これはあくまでもマスコミ世論の大勢であって、トランプの支持基盤は非大卒白人ブルーワーカーとサービス産業従事層が33%とより低く、「隠れトランプ支持層」を反映しない調査結果は、大統領選予測のように実際とは異なるはずだ。それにしても、トランプの振る舞いが子供じみていることは確かだ。

 ここでは、デタラメなように見える関税が、それなりのマクロ経済理論に基づいていることを示し、トランプ批判を徹底しているP・クルーグマンも無視できないものがあることを示したい。その上で、中国による「購買による征服」(Conquest by Purchase)の危機下にある日本は何を学ぶべきかを提示してみたい。



関税のマクロ経済的影響

 トランプ関税については、世界経済への影響は、大事(おおごと)ではなく、世界経済の成長率にたかだか2%程度、日本に関しては1%以下、米中交渉の行方によっては、「漁夫の利」で、米国への輸出及び中国への輸出が増えるかもしれないと推測した(4月末)。この予想は変える必要はない。トヨタの連結純利益は約35%減の約3.1兆円であり、売上は1%の増収を見込む。主因は、原材料費上昇であり、寧ろ、下請け企業への値下げ圧力が気になる。さらに、EVシフトへの決着をつける必要がある。

 影響は軽微にしても、トランプの行動が、日替わりで変わるので、経済の不確実性が高まっていることは確かであり、アメリカ資産にはマイナスプレミアムがつき、長期金利や株などの金融資産の変動が激しくなっている。

 特に、アメリカで、長期金利が高くなり、ドル安が生じたという現象は、古典的な金融危機の兆候であり、すぐに沈静化したが、金融恐慌に繋がりかねない。


注:「力」の概念について
ジョセフ・ナイが5月6日に88才で亡くなった。国際政治の専門家であり、「力の均衡」の「パワー」を、ハードパワー、ソフトパワー、そして、スマートパワーに再定義して、国際政治を分析する枠組みをつくった。日本は、軍事力のない経済力だけのハードパワーしかないことを免罪する上で多くの人が馴染んだ。これは、世界中で、アメリカの消費文化(コーラ、ジーンズ、ファーストフーズ)が広く受け入れられ、世界中の若者の憧れの対象になったことをうまく説明できた。J.ナイ著の「国際紛争」にも確固たる裏付けはない。しかし、実際には、ソフトパワーはハードパワーの裏返しの便宜上の概念にすぎなかった面も大きい。実際、21世紀の国際政治を動かしたのは、軍事力と経済力というハードパワーである。


【参考文献】

  • Krugman, P. (1994). Peddling Prosperity: Economic Sense and Nonsense in the Age of Diminished Expectations. W. W. Norton & Company.
  • Krugman, P.(著), 山形浩生(訳). (2009). クルーグマン教授の経済入門(新版). 早川書房.
  • Navarro, P. (2017). Mandate for Leadership: The Conservative Promise(Trade章). Heritage Foundation.
  • Navarro, P. (2023). The case for fair trade. In Mandate for leadership: The conservative promise (pp. 765-787). The Heritage Foundation.
  • Vance, J. D.(著), 井口耕二(訳). (2017). ヒルビリー・エレジー:アメリカの繁栄から取り残された白人たち. 光文社.
  • Todd, E.(著), 堀茂樹(訳). (2003). 西洋の自死. 藤原書店.
  • Keynes, J. M. (1944). Proposals for an International Clearing Union(いわゆる「ケインズ案」).
  • Mannheim, K. (1955). Conservatism: A Contribution to the Sociology of Knowledge. Routledge & Kegan Paul.
  • Nye, J. S. (2004). Soft Power: The Means to Success in World Politics. PublicAffairs.
  • Acemoglu, D., & Robinson, J. A. (2012). Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty. Crown Business.

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