連載 情況の戦略判断シリーズ

トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結
- ポストグローバル経済と自由貿易体制(上編)

2025.04.22 代表取締役社長 松田久一




結論

 現在進行形の政策課題を論じることは難しい。この原稿を書いている時点では、関税の実施が、3ヶ月間猶予され、アメリカと日本の2国間交渉が始まり、トランプの日本への要求が明らかになったところだ。①アメリカ軍の駐留経費を持て、②アメリカの自動車輸入拡大をしろ、③貿易赤字の解消策を示せ、という要求だ。

 日本には、5万人という世界最大規模のアメリカ軍が駐留し、軍事力で支配している。実質的にアメリカ軍の補完関係にある約25万人の自衛隊では歯が立たない。残念なことに、日本はアメリカには逆らえない。従って、トランプ関税で、うまい先行事例を日本との関係でつくり、他国へ応用しようと狙っているようだ。

 私ならトランプにこう言う。

 「トランプ関税の目的には、正義がある。従って、大いに支持する。しかし、その手段である関税の引き上げと相手国の対応を迫る手段は完全に間違っている。少々、マクロ経済学と歴史を学ばれてはいかがか。現在、アメリカは唯一の超大国であり、何より基軸通貨国である。世界各国は、ドルという所場と胴元のもとで、資本主義的博打を楽しんでいる。その胴元が、間違った手段で、所場代を払っている参加者を力で脅し、理不尽に金品を要求すれば、誰もドル基軸通貨の所場へ来なくなる。貴国には、優秀な経済学者がたくさんおられるので、少々、正義を達成すべき手段についてアドバイスを聞くべきだ。安倍さんならそうアドバイスすると思う。あなたが目指しているアメリカ保守主義を実現するには、戦後、21世紀の自由貿易体制を、基軸通貨を手放しても、「ケインズ案」をもとに再構築するのが合理的である」

 さて、企業の経営者はいかに判断すべきか。

 日本への影響に関しては、トランプ関税が経済にマイナス要因になることはまずなさそうである。アップルのiPhoneが、アメリカでは一台も生産されてないことを知らない経済学者は不安を煽っているが、寧ろ、アメリカと中国の貿易量の激減によって、日本に「代替特需」が発生するかもしれない。さらに、トランプの圧力によって、金利を上げないで円高誘導されるので、大手輸出企業には不利だが、輸入物価が安定し、消費へのマイナスも避けられる可能性が高い。30年ぶりの消費マインドの回復は着実に進むとみて、国内投資を増やすのが最適である。

 問題は、海外売上が50%を超える企業が、グローバル経済化によって、グローバルチェインを労賃などの低い国へ再配置した結果、中国はもちろん東南アジアへの展開は大きな修正を迫られることだ。4年後に、共和党政権が継続すれば、反グローバル経済化は継承され、民主党政権になっても、グローバル経済化のスピードは遅くなる。反グローバル経済化への支持増が確実に存在するからである。従って、世界貿易(輸出)市場は縮小し、各国の独立経済化によるバランスのとれた産業構造化はすすむ。日本企業としては、成長機会を海外から国内へ、日本を基軸としてグローバルサプライチェインへと進めるべきだ、というのが一般的なアドバイスになる。


図表 2025年のトランプ関税の各国への影響



トランプ関税の正義

 トランプ関税は、明らかに経済に不確実性をもたらし、世界の株価を乱高下させ、成長期待へのマイナス要因となっている。トランプは何を目的にしているのか。

 トランプ関税に対し、「悪意のある愚かさ」、「狂気」、「アメリカの第三世界化」などもっとも口汚く罵っているのが、ノーベル経済学賞受賞者としてだけでなく、知識人としても知られるポール・クルーグマン氏である。「まあまあ」と言いたくなるほどだ。

 クルーグマンは、トランプの関税政策の狙いをよく理解して、徹底的にこき下ろしている。ここが、トランプの演出を感情的としか見ない日本のエコノミストとは違うところだ。トランプは、感情的で、何でも「ディール(取引)」で交渉する「愚者」の印象づけが強く、客観的な報道が少ない。アメリカのジャイアンと中国のジャイアンが争い、日本が恐怖におののいているという構図だ。

 トランプ関税の狙いと批判はこれに尽きる。

 トランプが製造業にこだわるのは、最大の支持基盤に、雇用と賃金の利益誘導をしようとしているからだ。

 トランプは、「非大卒の白人ブルーワーカー」をコアな支持基盤にしている。働く人口の17%を占め、これに白人の医療などのサービス業が16%、両方をあわせて、33%のマジョリティに役立つことがトランプの狙いである。この層の共通性は、非大卒、白人、低収入層になる。バンス副大統領の自伝『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』である。1990年代のクリントン政権からのグローバル経済化とIT化によって「中流生活」を崩壊させられた「グローバル敗者」である。トランプ政策は、公約の基礎となった「2025年イニシアティブ」と公約を実現することで一貫している。この層が多く働いていた自動車や鉄鋼などの製造業を復活させようとしている。

 もうひとつは、世界の警察官としての役割を維持するコストを支払う力はないということだ。トランプは、黒人軍曹に鍛えられた元軍人として、力の信奉者であり、世界のあらゆる紛争に対応できない、まして、第2次世界大戦のように、日本とドイツを相手にする二正面作戦はとれないと認識しているはずだ。

 戦前の共和党、アメリカ保守の地域主義で分担しようとしている。同盟国との「不公正な分担」ではなく、同盟国との「公平な競争的分担」である。

 トランプは、戦前の共和党からの伝統である「地域主義」を継承している。反グローバリズムだ。戦前の共和党は、中国侵略を進める日本を支持した。ましてや、トルーマンのように、日本への生石油輸出を禁止し、追い込むようなことには最後まで反対した。トランプは、「私とシンゾウが戦前の指導者なら戦争をすることはなかった」というのはこの意味だ。共和党は、アジアは日本の力の支配にまかせておけばいい、という地域主義だった。21世紀の現代は、世界史の類推からいえば、アメリカは明らかに中国を追い込んでいる。

 ここからは憶測に過ぎないが、将来、アメリカの力の世界支配に対抗するのは、中国しかないという予測がある。アメリカが、戦後、投資してきた世界支配のパイの半分を中国に譲ることはない。2025年時点で、2027年までの習近平体制を、力で屈服させれば、少子高齢化による人口減少と高齢化、そして、豊かになった中国人の増加で、自壊するという読みがありそうだ。これを乗り越えれば、MAGA(Make America Great Again)が達成できる。因みに、MAGAは、現在でも人気のある共和党レーガンの選挙スローガンである。


トランプ関税では、製造業の白人労働者は復活しない

 トランプの政策は、政治目的に対して、一貫性のある合理性を持っている。従って、威圧的な態度、感情的な演出に惑わされがちだ。目的は正義である。戦後、そして、グローバル経済化でもっとも損害を被った人々に政府が最大の便益を与えるべきだ。しかし、手段が間違っている。

 クルーグマンほど感情的に反発している人はいない。しかし、その批判は逆に、理論的で実証的で、合理的で、鋭い。

 クルーグマンは、アメリカが、自動車や鉄鋼に高い関税をかけても、自動車の製造業や鉄鋼業は復活しないと主張する。理由を、「パンとホットドッグ」の生産で暮らしている国の思考実験で説明している。

 ある国に1億2,000万人の労働力人口がいて、パンとホットドッグの製造だけをして暮らしている。現在は、完全雇用で、パンとホットドッグは、それぞれ1個1人日、2個1人日の生産性を設定する。雇用は、それぞれのセクターに6,000万人とする。

 初期状態の総生産量は、ホットドッグが1億2,000万個、パンが6,000万個となる。

 さて、ここで、技術革新によって、ホットドッグの生産が2日から1日に生産性が上昇したとする。すると、1日1億2,000万個のホットドッグの需要を満たすための雇用者数は、3,000万人になる。つまり、ホットドッグセクターで、3,000万人の雇用が失われることになる。

 クルーグマンは、この現象だけをみると、生産性の高いホットドッグ企業が、雇用を奪ったように見えるとしている。しかし、実際に起こることは、ホットドッグで失われた雇用は、パンセクターに移行して、パンの生産量は9,000万個に増える。そして、経済全体は、完全雇用が維持され、生産量は、ホットドッグが同じで、パンが6,000万個から9,000万個に増大すると解説している。


図表 パンとホットドッグの経済 - 生産性とセクターと全雇用


 これを、国際貿易にあてはめると、自動車などで比較優位のある国が輸出をし、国内市場を奪うと、自動車産業の雇用は失われ、外国が雇用を奪ったように見える。しかし、実際は、別のセクターに雇用移動が起こり、経済全体としては、生産量は増えることになる。アメリカの製造業がこれに対応するには、競争力を維持するために、雇用を削減し、生産性を外国並みにあげ、対抗するしかない。結局は、製造業の雇用を復活させることはできない。

 クルーグマンは、この洞察は、幾ら現実を取材してもわからない、思考実験で明らかになるものだとしている。

 さらに、戦後、アメリカは、製造業従事者が全労働力人口の40%を占めていた。現在は、10%以下である。保護関税で、製造業の雇用を増やしても、「製造業大国」であるドイツにはなれない。ドイツは、近隣窮乏化政策をとり、EUに政治的に受容されている特殊条件を持ち、さらに、年々製造業比率を下げている。まして、保護政策で奇跡的に復活したアメリカの巨大な製造業の製品を需要してくれる国内機会や海外市場はない。

 トランプは、製造業などで働く中流層の賃上げを表明している。それもできない。アメリカの製造業比率が低下している本質は、技術革新による生産性の向上である。この産業で要求されるのは、職人気質、熟練工やスキルではなく、スキルの不要な単純労働である。製造業は単純労働である。その労働には賃上げの余地はない。もし、トランプが支持層である崩壊した中流層の復活を狙うならば、製造業労働者よりも多くなった医療などのサービス産業従事者である。彼らに労働組合を結成させ、賃金交渉力をあげることが解決策であるという。

不公正な国際収支赤字の解消

 トランプが、支持基盤の雇用と所得を守り、よりよくするために、国際収支赤字を解消しようとしている。これは理論的な誤りだ。

 しかし、感情は理解できる。日米貿易に関していえば、日本の対米黒字は、現在では、トップではないが、長い間、日本はアメリカに対し、貿易黒字をだしている(図表)。これは、国際会計の原則に明るくないと不公平を感じ義憤するのは当然だ。日本は、30年間、ずっと貿易黒字を「稼がせて」頂いている。他方で、日本は、ずっと対米直接投資をして、アメリカ国債所有のトップ、残りはドルで外貨準備を持っている。もので黒字をだして、資本で赤字をだして、帳尻をあわせている。会計原則では、義憤の根拠はない。まして、1980年代に対応した日米構造協議などは、アメリカの選挙政策に過ぎない。なんの解決策にもならなかった。


図表 日米貿易の長期推移(1991 - 2023年)

 トランプの義憤が間違いであることをまずは明らかにしよう。

 財やサービスなどの国間の貿易は、会計的原則にもとづいて、統計的に把握される。

 国の国際収支は、

・ 経常収支
      財やサービスの輸出入、所得収支、移転収支などのやりとり。
・ 金融収支(資本収支)
      資産や負債の取得、放出などの対外投資、株式や債券の購入、直接投資などのやりとり。

 さらに、経常収支は、自動車の輸出入などの貿易収支、旅行などのサービス収支、海外の子会社からの配当・利子などの第1次所得収支、政府開発援助などの第2次所得収支の四つに分けられる。

 この国際収支の会計は、会計基準にもとづいて算出されている。企業と同じように、科目が決まっていて、機械的に振り分けられ、貸借対照表などがつくられる。

 これまでの日本では、自動車やエレクトロニクスを輸出し、巨大な貿易黒字をだし、旅行などのサービス収支はマイナス、残る寄与の小さい所得収支もマイナスというものだった。

 貿易立国と言われた収支構造だ。世界に製造業のつくった高品質な製品サービスを売り、石油などのエネルギーや原料を購入し、その差の付加価値を稼ぐというものだ。金融収支は、マイナスだった。成長する日本に対し、海外の投資家が投資した。

 国際収支を家計に喩えるならこう捉えられていた。資源のない日本は、ものづくりで稼いでいかねばならない、貿易立国であると言われてきた。これは一面では正しいが、会計原則にもとづいて描かれた虚構である。

 そもそも何を輸出し、何を輸入するかは、各国の要素賦存の比率の比較優位で長期的には決まる。つまり、貿易は、資本-労働比率で決まるので、資源の有無は二次的なものに過ぎない。従って、「将来の日本は何で稼いで食っていくのか、心配でならない」というのは有難い言葉だがフィクションに過ぎない。将来の他国との要素賦存で何で食べていくかは決まる。

 この喩えが導くもうひとつのフィクションにトランプは囚われている。アメリカは、巨大な国際収支の赤字をだしている。毎年、GDPの約4%のおよそ150兆円の国際収支の赤字である。この数字と比較すると、日本の赤字国債の発行残高の、約1,068兆円が小さく見える。

 しかし、この赤字は、政策に影響を与えるが、家計の借金と異なり、フィクションである。

 国際収支は、会計原則に従い計算されている。その結果、

 経常収支+資本収支(純流入)=0

となっている。これは、企業の貸借対照表の「資産=資本・負債」と計算されているのと同じで原則に従っているだけである。マクロ経済で説明するなら、国民所得は貿易を含む消費、投資、政府支出、純輸出の和で構成され、これが均衡する条件は、「投資-貯蓄=-資本収支」になるからだ。従って、いつでも成り立つ「恒等式」である。

 つまり、経常収支が赤字だということは、資本収支が黒字、つまり、世界の遊休資本がアメリカに流れ込んでくるということだ。これは、アメリカが魅力的な市場であり、流入するということだ。これまでの日本は、経常収支が黒字ということは、資本収支が赤字であって、日本の投資マネーが海外に向かっている、あるいは、日本は利得の得られる投資案件が少ないということだ。

 クルーグマンは、「経常収支+資本収支(純流入)=0」の恒等式を知らないで、貿易黒字国に赤字解消を迫るトランプにあきれかえり、怒りをあらわにしている。実際、貿易経済政策に関するトランプのブレーンは少なく、地政学の若手、イーロン・マスクのAIアドバイザー陣やヘリテージ財団周辺しかいないようだ。

 何を輸入し、輸出するかは、他国との要素賦存で決まり、経常収支に結実する。そして、その国にどれだけ魅力あるプロジェクトや会社などの投資対象があるかで資本の流入出が決まり、経常収支と資本収支の帳尻があう。現実には、さまざまな偶然が重なるが、長期的にはこのように均衡する。

 トランプが貿易黒字国に対し、不公平だと言い立てる根拠はない。あるとするならば、巨大な赤字をだしつづけながらも、ドル高を維持し、世界中から安く買い叩いている基軸通貨国の特権である。


図表 日米資本取引の長期推移(1991 - 2023年)


下編につづく

【参考文献】

  • Krugman, P. (1994). Peddling Prosperity: Economic Sense and Nonsense in the Age of Diminished Expectations. W. W. Norton & Company.
  • Krugman, P. (2012). End This Depression Now!. W. W. Norton & Company.
  • Krugman, P. (1998). Why does U.S. technology rule the world? In The accidental theorist: And other dispatches from the dismal science. W. W. Norton & Company.
  • Krugman, P. (1999). Will malignant stupidity kill the world economy? In The accidental theorist: And other dispatches from the dismal science. W. W. Norton & Company.
  • Keynes, J. M. (1943). Proposals for an International Clearing Union. In D. E. Moggridge (Ed.), The collected writings of John Maynard Keynes: Vol. 25. Activities 1940-1944: Shaping the post-war world. Cambridge University Press.

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