連載 情況の戦略判断シリーズ

自分で火をつけ自ら消火して英雄に - トランプ関税の顛末

2025.05.14 代表取締役社長 松田久一

 アメリカの中国への関税が、二転三転して、90日間は、30%の関税措置となった。その経緯を、図にするとまるでジェットコースターだ。

米中間のしっぺ返し戦略

先日、米国は中国製品に対する一時的な関税の引き下げに合意した。
ただこれまで、トランプ大統領は両国間交渉中にも関わらず、中国の輸出品に対して度々関税引き上げを強行していた。



 しかし、145%というのはそもそも国際経済の破壊に繋がるので、収束するなら相当の覚悟だと思っていたが、とりあえず、落ち着いて株価は上昇し、マネーのリスク選好が高まり、円安への逆戻りだ。P.クルーグマンは、「放火犯が消防士を装う時」(When an Arsonist Poses as a Firefighter)というコンテンツをアップしている。うまいタイトルだ。

 しかし、それにしても30%というのは、「微妙な」数字でうまいと思った。その理由は、ブランドスイッチが生じるのが、価格差30%だからだ。中国からの最大の輸入者であるウォルマート幹部にトランプが会ってからの決定だと言われている。仮に、Ankerなどの中国製品、中国に生産拠点を持つiPhoneなどのスマートフォンは、ギリギリのところで消費者の対価(支払価格)をどうするか、判断することになる。

 すべてをコスト努力で吸収すれば、利益を圧迫し、ほぼ利益が飛ぶことになる。他方で、関税をそのまま転嫁すれば、ブランドスイッチが起こる。価格とブランドスイッチの関係は、30%の価格差でブランドスイッチが起こることが実証されている。当社の研究結果もそうだ。

 企業としては、どうするかが問われる。製品によって異なる需要の価格弾力性(価格変化に対する需要量変化の比)によって異なるが、需要は減る。そして、次に、関税ブランドと非関税ブランドの代替は、代替弾力性で、どれだけシェアをとるか、とられるかが決まる。寡占企業ならほぼ計算ができる。自動車の関税もそうで、実際に計算してみると、日本では日産以外はあまり影響を受けない。トヨタ、ホンダは、アメリカ生産比率が高く、スバルやマツダは、あまり影響を受けない。

 30%というのは、企業のマーケティング努力で吸収でき、ブランドの反転攻勢ができる機会でもある。中国にしてみれば、元安と製品多様化を武器に、低価格市場から参入し、ブランド力をつけて、中高価格帯へ拡大したい時期の30%関税は、「ビミョー」だ。個人的には、不確実性の高まるアメリカ市場を回避して、景気浮揚しつつある日本市場のウェイトを上げるだろう。広告枠、ブランド、会社、土地などを買いまくるだろう。その徴候は、「経営・管理枠」で日本に移住してくる中国人の急増が示している。

 今回のトランプ関税の「騒動」は、トランプの子供じみたやり方に、世界も私もうんざりした。アメリカの根強いトランプ支持者も、ダダ下がりのトランプにガッカリしたのではないか。とても、「シェーン」のような荒野のガンマンには見えない。しかし、良識的な30%を課税しているので、実利はとっている。

 経済に影響を与えるトランプ政策による不確実性は高まり、リスクプレミアムが高くなる一方である。長期金利で2%の主観的リスクプレミアムがつけば、10年物国債で6%を超える利回りになる。日本との差は4%も広がる。円安がトランプ関税の落ちになるのか。30年ぶりの消費回復への転換は、素直には、すすまないようだ。

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