ポートフォリオ戦略からダイナミック・ポートフォリオ分析で統合経営へ
多角化企業の戦略に、ポートフォリオ戦略を利用する会社が増えた。現下の日本でこの戦略を過信すると弊害が大きくなる。現代は、ポートフォリオを超える「超ポートフォリオ戦略」を組むことを経営管理スタッフに提言する。
このポートフォリオ戦略は、金融におけるリスクを最小にするための、所有株を分散させて持つ手法と同じ名称だがまったく違う。金融の方はリスク最小のための株の所有比率の調整が答えになる。例えば、不況に強い会社の株と逆に弱い会社の株をミックスでもてば、どちらかに集中するよりもリスクが最小化できるというものだ。
事業ポートフォリオ戦略は、企業の多くの事業を、成長率やシェアなど、なんらかの平面を構成して位置づけ、全体のキャッシュフローなどを最大化する手法である。解決策は、それぞれの事業を、「キャッシュカウ(現金牛)」、「問題児」、「スター」、「負け犬」の四つに分類し、「投資」、「見極め」、「撤退」、「刈り取り」の標準戦略を採用することである。もともとは、1970年代、アメリカの名門GE(ゼネラル・エレクトリック)の100を超える事業を管理するための手法として開発されたものである(詳細「戦略市場計画」参照)。
この手法は、これまでは製品の多い東芝などのエレクトロニクス企業で採用されてきた。しかし、近年では、株価に対応してつくられた「持ち株会社」(ホールディングス)で取り入れられるようになった。この手法は、一定合理的で功もあるが、そのまま運用すると大きな戦略的失敗に繋がる。この戦略に弊害が多いことは、G.S.Dayなどによって指摘され、批判されてきた。前提となる製品や事業の定義が重要になる、事業の静的な配置ではなく、ダイナミックな事業の組み替えが大事、などの指摘である。
こうした指摘にもかかわらず、現在でも、「一流」外資系コンサルティング会社などが強引にポートフォリオを描いて、経営者に提言する事例があることをよく聞く。社内のコンサルにポートフォリオ作成を要請され、持っていったら「描いてない」と指摘された。しかし、実際は、事業が他事業に比べてあまりに小さく、「点」になってしまった、という笑い話まである。事業の大きさは、ポートフォリオでは円の大きさで表現するのが通例である。
しかし、この手法は、ホールディングスの経営者には、経営判断をしなくていいので「楽」である。また、結論が、撤退を含む四つなので、事業部門に対して、ホールディングスのパワーを示すことができる。つまり、相手を脅して、自分の地位を保全できるという社内政治には向いている。
さて、現下の日本でこの手法を採用すればどうなるか。市場の投資判断の基準は、10年物の国債の利率で知られる長期金利(1.54%)になる。もうひとつの判断は、市場シェアに象徴される自社の強みになる。これらは外部基準になるが、売上の半分を海外に依存する企業は、長期金利を日本ではなく、アメリカの長期金利の6%前後におくのが合理的だ。すると、恐らくすべての事業は成熟していると判断され、投資事業にはならない。
さらに、製品においても、消費者のニーズが高度化し、情報、コンテンツやサービスが含まれるようになっている。実際、洗濯機や照明などの製品は、サブスクリプション(月額での貸与料金)になり、1,000円や2,000円で3年借りられる。車もそうなっている。このような事業の定義は、単純な標準産業分類ではすまない。幾つもの「エクスキュース」がないと、自社の強みはわからない。
現代では、事業ポートフォリオを描くことは至難の業、その限界を知った上での経営判断が必要だ。しかし、「数字マニア」の傾向を持ち、いわゆる理系の経営者は、経営スタッフの作成した「科学的」資料で「素直に」判断する。
例えば、エレクトロニクス産業の会社を考えてみる。先ほどの条件で、ポートフォリオを描けば、すべての事業が、6%以下の成長率、6%を超えるのはAI関連だろうが、小さくて、事業の定義も難しく、「問題児」となる。後は、成長率が低く、強さもない「負け犬」ばかりだ。
このポートフォリオを見て、どうやって未来の事業を描くことができるのか。経営者は、ポートフォリオの前提を疑い、利用すればいいのだが、素直に受け入れてしまうようだ。やれることは、撤退事業を決めることだ。撤退した事業で身軽になった会社の資源をどこに振り分けるか。未来に向けて、トヨタやテスラなどのEV用の電池、自社の強みがわからないAI関連などに集中することになる。そこまで判断すると社内批判が大きくなるので、製品別工場別カンパニー制で好きなようにしてくれ、という話になりがちである。これは明らかに弊害である。長年の自社のブランドイメージ、流通などの取引先との関係、量産優位のものづくりなどがまったく無視されている。それが、ポートフォリオ分析の限界だ。
投資ファンドは、アメリカでは経営などに進言できない。日本では自由なので許されている。
彼らの論理は、会社を安く買って、高く売ることだ。事業について知りもしない投資ファンドがやることは、ポートフォリオ分析だ。この分析を多角化企業に適応すると、必ず、「負け犬」事業が明らかになる。それを見つけ「事業売却」を提案する。低収益事業を売却すれば、利益が増え、株価があがる。
最近では、セブン&アイ・ホールディングスの百貨店事業やイトーヨーカー堂などのGMS事業である。これらの事業は、事業単位としてみれば、低収益だが、他の事業との相互関係を持っている。会社とは、事業の単純な集まりでは有機的な関係を持っている。それを無視して「売却」の提案をする。売却によって予想される株価の上昇が大きければ大きいほど他の株主の賛同が得られるので、「バイアウト」も辞さない。日本は、規制の緩い投資ファンド天国だ。ソニーは、低迷期に、エレキ事業の売却を投資ファンドに何度も要求され、相乗作用を理由に拒否しつづけた。近年では、好調な業績を背景に、強い要求があるとは報道されていない。CCD事業も、低収益になれば、売却を要求されるに違いない。しかし、CCDの用途はカメラやスマホを基軸に広がり、ソニーのカメラ事業との相互作用も大きい。部品と最終製品のふたつの事業を行うメリットは、「スパイラル効果」があるからだ。部品需要が社内にあり、事業を安定化させ、部品の競争力が最終製品の差別化に繋がる。こういう関係は、ポートフォリオでは明らかにならない。
経営者は、この事業間の相乗効果を見つけ、関連づけることが本来の役割である。それが、投資ファンドと同じ論理で経営判断するという奇妙な現実になっている。これでは未来が見えない。
ポートフォリオ戦略は、その前提や限界を知らなければ、実業企業に害を与え、社会的には「株主優先社会」を形成してしまう。現在、求められているのは、消費者視点での事業の括り直しであり、事業間が連携して生み出す強みである。
新たな事業の括り直しと相互連携の強みで、株価に左右されない事業の未来を構築していくことが経営者に求められる、名付けて「ダイナミック・ポートフォリオ戦略」である。
【参考文献】
- ジョン・S.ハモンド、デレック・F・エイベル著 片岡一郎 他 訳 「戦略市場計画」ダイヤモンド社(1982年)