政治の正統性
参議院選挙の結果の波及は、暫く続きそうだ。自公与党の過半数割れ後の総理をめぐる政局が始まったばかりだからだ。石破首相は続投を表明した。この驚くべき「表明」は、一般の良識に著しく反したものだ。選挙で大敗した政党のトップが、国難を理由に責任をとらない、というのは、民主主義国の「統治の正統性」を著しく欠く。正統性のないものが国難に対処することは許されない。このまま権力の座に居続けるならば、法も秩序もあったものではない。市井の民に義務として科されている納税の根拠も否定するものである。
参議院選挙にみる世論
さて、政局問題と常識的な怒りはさておき、今回の参議院選で注目したいのは、マス世論(第1世論)とネットメディア(第2世論)の動向である。第2次トランプ政権の成立以後、その後の日本の都知事選や兵庫県知事選、ヨーロッパ各国の選挙では、マス世論に対して、マス世論に対抗するネット世論が、大きな影響を与えた。特に、世論調査にもとづくマスメディアの予測とは反対の方向で、ネット世論が生まれ、雪崩現象を起こす現象に注目してきた。参議院選ではどう動くのか、それに着目していた。
マス世論とネット世論の一致
周知のとおり、テレビメディアは、日本の場合は新聞社系列なので、メッセージや言説はほぼ同じである。ネットメディアは、新聞の発行部数に匹敵、あるいは、凌ぐ、SNSや動画チャネルのフォロワーを持ち、仲介(「ハブ」)を持つ「オピニオンリーダー(インフルエンサー)」である。
マス世論は、マスコミが取材した情報の集中報道を通じたマス世論が、政治に大きな影響力を持つようになり、立法、行政、司法と同様に「第4の権力」として影響力を持っている。近年、急速に普及した個人型のSNSや動画配信が、このマスコミ報道を批判し、対応する世論を、自己形成的に形成してきた。都知事選の石丸現象や兵庫県知事選での斎藤知事再選は、その典型例である。この世論は、マスコミの対抗によって成立し、その基盤は、米や欧州と同様に、グローバル資本主義の敗者であると分析してきた。海外のメディアは「極右現象」と捉えるところも多い。
多元世論の動き
今回の参議院選の報道を注意深くみていると、マス世論とネット世論の対抗が生まれなかった。感情的には、減税を主軸に、頑なに消費税減税に応じない与党と、繰り返される財源論に辟易する事態がマスコミで報道され、批判された。ネットでは、為政者や財務省への批判が噴出していた。内容的には、対立よりも補完関係になっていた。選挙も予測も同様で、選挙後半戦に向けて、過半数割れに収斂した。
つまり、今回は、報道内容の感情的なメッセージも、数字予測も、対立しなかった。
従って、選挙本番では、マスメディアとネットメディアの相乗効果で、大きく過半数割れするのではないかと思っていた。
第3世論の登場
ところが、選挙報道をみていると、午前4時頃から、自民党が40議席台にのり、一人区で当確になる報道がつづいた。結局は、39議席となり、多くの専門家筋が読んだ35議席よりも、4議席多かった。翌日の選挙結果の報道でも、予想よりも多かったという感想を少なくなく聞いた。
1議席を獲得する投票者数は約100万人と計算できる(比例区)ので、400万人ほど予測よりも多かった。この400万人は、主に、一人区での善戦、そして、比例区での積み上げになっている。この400万人の正体は誰か。これが参議院選の結果のもっとも有意義なファインディングである。この正体は、「消費社会白書2026」の調査結果によって、明らかにする。
その特徴は以下の五つである。およそ400万人、自民党善戦の一人区に多い、マスメディアの影響を受けない、ネットメディアの影響を受けない、減税などの政治テーマの影響を受けないなどである。
大衆の原像
「田舎の爺さんや婆さん」(地方の高齢層)かもしれない。しかし、文字によってメッセージを発せず、対象としてもっとも把捉しにくい存在であり、日々の生活の達人であり、マスメディアの取材対象にはならない層が推測される。推定すれば、「大衆の原像(吉本隆明)」の出現のように思える。
この原点の大衆が高度化し、マスが知的に上昇してマス世論になり、さらに、表現(表出)力を高めてネットメディアになって、現代社会の世論を形成している。その原点が、「第3の世論」として登場し、自民党を底上げした。この層の本質は、少しの変化も嫌う現状維持を選好する。
今回の選挙結果は、いわゆる大勢の岩盤保守層が、自民党、公明党を離れ、立憲民主党をスルーし、国民民主、参政党などへ流出したと指摘されている。これらの層は、「漸進的な改革」を支持する保守層である。しかし、一切の変化を望まない生理的保守層も、7%ほどいることを示し、現状の自民党を寡黙に支持し、自民党の底上げに繋がったのではないか。
注)アナウンスメント効果と多元世論のダイナミズム
「アナウンスメント効果」という懐かしい言葉をしばしば聞いた。事前予測が、選挙行動に影響を与え、勝ち馬効果(バンドワゴン効果)によって、勝ち馬を選ぶ傾向が生まれる。また、逆に、「アンダードッグ効果」と呼ばれる「判官びいき効果」などと呼ばれ、同情心を刺激するものなどがある。選挙の分析の際に指摘されるものだが、論証には使いにくい。統計的には、バンドワゴン効果とアンダードッグ効果の両効果が起これば、ふたつの効果は相殺されてしまう。加えて、勝ち馬心理や同情心のような心理に基づく効果は、検証が難しい。このコンテンツでは、「アナウンスメント効果」よりも、マス世論、ネット世論、そして、「定常世論」の三つの相互作用とダイナミズムによって変化するものとして捉えている。
情況の戦略判断シリーズ - 連載構成
- 1.シリーズ展開にあたり 一寸先は闇での戦略判断 (2025.02.27)
- 2.減税政策は人気とりのバラマキ政策か (2025.02.27)
- 3.トランプを支えるネット世論 - 正体は「ルサンチマン」 (2025.02.27)
- 4.値上げ安堵に潜む日本ブランドの危機 (2025.03.10)
- 5.関税政策に日本企業はどう対応すべきか (2025.03.04)
- 6.なぜ、「外国人」社長が大手企業で多くなるのか - コーポレートガバナンスの罠 (2025.03.17)
- 7.中国メーカーの多様化戦略への対応 - 垂直差別化では勝てない(2025.03.24)
- 8.ポートフォリオ戦略からダイナミック・ポートフォリオ分析で統合経営へ (2025.04.21)
- 9-1.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(上編) (2025.04.21)
- 9-2.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(下編) (2025.05.23)
- 10.なぜ井上尚弥選手はダウンしたのか (2025.05.07)
- 11.トランプ関税を裏づける「購買による征服」の理論 - 安全保障の論理 (2025.05.09)
- 12.自分で火をつけ自ら消火して英雄に - トランプ関税の顛末 (2025.05.14)
- 13.寡占米市場の高い米価の行方 - 値下げ政策の賢愚 (2025.06.02)
- 14.もうひとつの日本 - 世界都市・東京と取り残された地域日本 (2025.06.23)
- 15.米価格の歪さ、都議選自民大敗北させた第2世論、そして、世界を不確実性に引き込むトリックスター大統領の性格 (2025.07.02)
- 16.トランプ関税25%は十分乗り切れるが、とばっちりの農業には手厚い支援を(2025.07.09)
- 18.参議院選挙で登場した「第3の世論」―自民大敗北を底上げした世論の正体(2025.07.23)
- 19.なぜ自民支持層で高市氏支持が低く、首相続投が相半ばするのか - 「見落としがちな理由」(2025.08.05)