関税政策の波及効果による企業の垂直分業戦略の見直し
トランプ大統領が関税政策をとりはじめた。自動車の25%関税の発表は衝撃で、自動車一本足打法の日本経済は、GDPへの3%マイナス効果の予測報道もある。石破首相の訪米から1ヶ月もたたない時期の発表に、少々、戸惑いを覚える。子供の使いにもなっていない。
不平はさておき、実務家としては、この関税政策をどう捉えるべきか。戦後の自由貿易体制の完全否定に驚きを禁じ得ない。関税政策の背景にあるのは、自国産業の保護主義である。これは、18世紀のアダム=スミスやD.リカードのメインテーマであり、自由貿易が貿易する諸国に、より高い経済厚生をすることを明らかにしてきた。各国は、資本―労働などで比較優位にある財を生産して貿易した方が、経済厚生(利益)が大きくなるというものだ。この理論は、精密化され、現在でも生き、実証されている。しかし、およそ300年経過しても、現実には、保護主義政策は、関税として残り、トランプ政権になって積極的に導入されようとしている。
戦後、アメリカでは、グローバリズムを掲げ、自由貿易を推進してきた。その結果、金融や情報などの比較優位にある企業や産業は圧倒的に強くなった。他方で、製造業などの比較劣位にある産業は衰退し、ルート66沿道の中西部の製造業で働く白人のブルーワーカーの職は失われた。トランプ大統領が、これらの層の支持を受けていることは確かだ。バイデンなどの民主党政権は、勝ち組のニューヨークなどの金融産業を地盤にしている。トランプ政権が、グローバル経済の敗者の産業の保護政策をとることは明らかだ。
保護主義による関税政策は、自国の製造業を保護し、雇用を確保することにある。関税は、例えば、自動車なら関税によって税収は拡大し、販売価格の上昇をもたらし、物価の上昇に繋がる。自国の比較劣位の製造業の雇用が拡大し、維持できる可能性が高まる。その結果、生産性の低い産業が生き残り、集積し、経済を弱くすることに繋がる。
反トランプで知られるP.クルーグマンは、「敗北」に繋がると論じている。日本でも保護主義による関税政策への批判は強い。しかし、この保護主義政策は、自国の弱い産業の雇用を守ることでは一貫し、政治的正統性を持っている。日本に置き換えれば、輸入農産物の関税強化と同じであり、地方の高齢層の担う農業を守ることと同じであり、そう簡単には斬り捨てることはできない。少なくとも、4年は継続し、政権交代後も、明確な政治基盤が確認されているので、継承されていくとみることができる。
つまり、トランプ政権誕生を契機に、世界経済は自由貿易体制(グローバル経済と2国間の保護貿易体制(リージョナル・ローカル経済)という二重構造になっていくと判断すべきである。
日本の大手の消費財メーカーは、海外売上が50%の水準にあり、海外に製造拠点を持つ。これは、円安下での投資配分の最適解である。しかし、アメリカの保護主義への転換により、日本―アメリカの貿易市場は縮小し、円高に繋がることは明白である。社内の垂直分業(製造は日本、販売はアメリカという分業)は困難になる。アメリカの製造を含む事業単位化を進めるか、自社シェアを縮小の上で、アメリカ市場でのハイエンドのポジショニングを確立していく必要がある。
日本は、アメリカの保護主義による関税政策により、大きなマイナスの打撃を受ける。これに対して、いかに対抗措置をとるのか。貿易赤字の源泉となっているスマホ、コンテンツや、ソフトやコンサルティングなどのサービスになんらかの対抗関税を設けるべきである。日米は、対等であり、対抗措置は「互恵」的である。日本としては、アメリカ国債の売却、中国との交渉力、ヨーロッパとの協調などのカードを持って、交渉すべきだ。トランプ政権に対し、カードのない交渉は成り立たない。
他国はどうなるのか。恐らく、ヨーロッパはアメリカと同様の部分的な保護主義に転換し、輸出依存率の高い中国、インドや東南アジアは、自由貿易体制を堅持する方向に動くことが予想される。
日本は、アメリカとの交渉で最小のマイナスにとどめ、中国などの貿易赤字国には保護主義政策を、黒字国には自由貿易などの政策をとる選別政策が必要である。しかし、相手国を選別して関税を設定することは、WTOに象徴される自由貿易の理念に反する。しかし、資源のない国が生きていくためには自由貿易という空理のもとで、無前提な自由貿易主義を信じる時代は終わった。農業を含む産業的の自国自立の上で、限定自由貿易体制への転換が必要である。Amazonを抜いたTemuなどの激安インターネットショッピングが日本へ本格参入すれば、人口を背景にした量産優位による低価格政策で日本の多くの産業は生き残れなくなる。
日本の企業は、対米対中の市場関係の上で、社内の国際垂直分業体制の見直し、総じて、日本の国内市場の価値があがることに気づく必要がある。特に中国との関係では、社内の垂直分業が成立し、デカップリングが難しい企業が多いなかで、世界経済の保護主義への転換を睨んだ市場の優先順位と生産などの垂直分業体制の最適化が必要である。経済は、政治とは別にグローバル化が進んでいくという思い込みはもはや通用しない。
情況の戦略判断シリーズ - 連載構成
- 1.シリーズ展開にあたり 一寸先は闇での戦略判断 (2025.02.27)
- 2.減税政策は人気とりのバラマキ政策か (2025.02.27)
- 3.トランプを支えるネット世論 - 正体は「ルサンチマン」 (2025.02.27)
- 4.値上げ安堵に潜む日本ブランドの危機 (2025.03.10)
- 5.関税政策に日本企業はどう対応すべきか (2025.03.04)
- 6.なぜ、「外国人」社長が大手企業で多くなるのか - コーポレートガバナンスの罠 (2025.03.17)
- 7.中国メーカーの多様化戦略への対応 (2025.03.24)
- 8.ポートフォリオ戦略からダイナミック・ポートフォリオ分析で統合経営へ (2025.04.21)
- 9-1.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(上編) (2025.04.21)
- 9-2.トランプ関税の正義、賢愚、そして帰結 - ポストグロ-バル経済と自由貿易体制(下編) (2025.05.23)
- 10.なぜ井上尚弥選手はダウンしたのか (2025.05.07)
- 11.トランプ関税を裏づける「購買による征服」の理論 - 安全保障の論理 (2025.05.09)
- 12.自分で火をつけ自ら消火して英雄に - トランプ関税の顛末 (2025.05.14)
- 13.寡占米市場の高い米価の行方 - 値下げ政策の賢愚 (2025.06.02)