「消費社会白書2022」概要
静かに激変する「当たり前の日常」と解凍消費

2021.10.06 代表取締役社長 松田久一

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 人々が希求する「当たり前の日常」は、コロナ禍の不確実性の高まりで、遠のいている。消費マインドは凍結されてしまった。そして、この間に、不可逆的な変化が起こっている。「ひとり本位」の価値意識、収入格差や資産格差である。そして、若い世代との断裂である。

 このような消費市場にどう対応していくか。それは、凍結された消費マインドを解凍することだ。具体的には、消費の牽引層の見極め、重点層をスライドさせていくセグメントであり、自社商品サービスの経験財化であり、人々の「認知の歪み」を踏まえた新たなブランディングであり、すべてのチャネルが周辺化するなかでの専門チャネル対応である。消費者のこころに迫り、アンフリージングするマーケティングを提案する。


【ひとり本位】

 価値意識として確認できることは、コロナ前の「あたり前の日常」であり、「あたたかな家庭や社会」への志向である。そして、若い世代の持つ自己実現志向である。しかし、コロナ前からの基調的な変化の底流は、デジタルネットワークのつながりに支えられた「ひとり本位」志向である。結婚意識や子供のある家庭づくりは、2005年からの16年間で25~30%も低下している。

 そして、人々の価値意識を大きく制約しているのは、コロナ感染症への不安である。その結果が、外出行動や買い物に制約を加えている。この凍結された「意識」を溶解させるには時間が必要である。


【延期化された消費】

 コロナがもっとも影響を与えているのは、消費意識と行動である。コロナへの不安感から、旅行などのレジャー、外食、交際費などが抑制されている。こうして抑制され、延期化された支出は預貯金として蓄えられている。他方で、1回目の緊急事態宣言から17カ月に及ぶ経済活動の自粛期間に、収入格差は広がり、職種や年代で、主に、残業代やボーナス支給の差として20代に顕著に表れている。この結果、コロナ後の消費回復は、1年ほどの時間を要して、収入が減少していない層から少しずつ回復し、将来の収入が見えない層の消費は凍結されたままになりそうである。


【消費を牽引する20代と40代女性】

 コロナで抑制されている消費を牽引しているのは20代である。失業、残業カット、ボーナスカットの影響を受けやすい年代である。彼らはもっとも経済的な損害を受け、いわば「やけっぱち」消費を拡大している。他方で、子育てや仕事で必然的に動かざるを得ない層の「40代女性」も牽引している。都心ホテルで「女子会」を開き、情報交換を行っている層である。現在の消費を実質的にリードしているのは彼女達である。


【顕現した内食のクラフト志向】

 コロナで高まった内食志向は、より強まっている。内食比率の高まりによって、21年に確認されたのは、手づくり(クラフト)志向である。そして、内食向けに利用率が高まっていたデリバリー、冷凍食品、加工食品、調理済み食品、インスタント食品への期待は高まっていない。事例研究をしてみると、期待が高まっていない理由は、デリバリー、冷凍食品、加工食品などの「味の均質性」にある。内食比率が高まり、利用頻度が高くなると、「飽き」がくるのである。この不満が、手づくり志向を高めている。

 例えば、カレーは家庭独自の手づくり感のある味が出せ、うどんやドライカレーに転用して利用できる。週に一度、作り置きすれば、結果として調理時間や手間を節約できる。


【高い価値が認められる経験財-パンとスマートフォンの事例】

 消費の長期的なトレンドは、基礎的支出から選択的支出、そして、コロナ前までは、選択的サービスが伸びていた。この傾向はコロナ禍でも進んでいる。これをさらに推し進めたものが、財を通じて得た固有の体験の価値の重視であり、事前には品質のわからない「経験財」化である。人々はパンを含む食事にどれぐらいの対価を支払うのかを調べてみた。すると、家庭でパンを食べる食事には、837円の支払意思価格(WTP、Willingness To Pay)しかもたないが、レストランやホテルでパンを食べる食事には、7倍以上の6,352円を支払う意向を持っていることが確認できた。原料費はほぼ変わらないのに大きな差が生まれる理由は、バターなどの補完財が多様であること、食べるニーズ以外の楽しい食事などを満たすことができるからである。

 これは、パンが、もはや独立財ではなく、他財と同じ補完財であり、他財とともに提供されるシステム財であり、演出として彩られるサービス財になっていることを示す。そして、消費者は、このような体験してみればわからない経験財を欲望の対象にしていることがわかる。凍結された消費をつかむ鍵である。


【認知の歪みとしてのブランド】

 様々な商品の多様化、ロングテール化が進んでいる。商品の選択負荷は大きい。この負荷を軽減し、選択の手がかりとなっているのが、ブランドだ。このブランドを行動経済学的な「認知の歪み」の観点から分析してみた。その結果、商品を認知し、属性評価をし、好意を形成し、購入、継続使用に至ることが確認できる合理的選択のブランドと属性評価が好意に結びついていない「非合理的選択」のブランドがあることが確認できた。ビールのアサヒスーパードライやスマートフォンのiPhoneは典型例だ。これらのブランドは「認知の歪み」のブランドだ。そして、その歪みをもたらしている心理は、ザイオンス効果、ヒューリスティクス、損失回避などであった。従って、単に認知を拡大し、製品属性でポジショニングしていくブランド戦略は必ずしも得策ではない。「認知の歪み」を想定したブランドコミュニケーションが必要だ。


【中心チャネルの周辺化】

 1970年代以降、生活財の購入は総合量販店(GMS)が中心だった。それを支えたのは、中流のライフスタイルであり、ワンストップショッピングだった。コロナ禍でこの中心が消滅し、すべてのチャネルが周辺化した。そして、様々な専門化したチャネルを使い分ける「マルチチャネルショッパー」がメインの顧客となった。売り手は、このようなマルチチャネルショッパーに対応して、チャネルの専門化に対応するとともに、ストアロイヤリティの低下に伴うブランドロイヤリティを高める対応が必要だ。


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