眼のつけどころ

コロナ対策の賢明なタイミング判断への提言

2020.10.21 代表取締役社長 松田久一

 賢明なコロナ対策をタイミングよく実行していくためには、(1)正確でタイムリーな情報収集と公表、(2)状況判断の合理性と合意、(3)多くの政策オプションの確保、が必要である。現在は、どれもが不十分である。人々が、恐怖で自己隔離をしていなければ、指数的流行があったかもしれない、と懸念する。これらの条件を整備した上で、社会的距離と隔離を前提とする「ニューノーマル」ではなく、信頼と絆を再構築し、政府や自治体ではなく、多くの民間企業によって、社会的絆を志向する新しいライフスタイルの提案がなされるべきだ。

01

正確でタイムリーな情報収集と公表

 情報収集し、状況判断をして、有効な政策オプションをベストタイミングで打ち出していく。この当たり前のことは、実はなかなか難しい。

 第1に、情報が迅速に集約されない。コロナ感染症の検査、陽性、感染者の属性把握などは都道府県の所管の保健所などによって行われる。この情報収集がまったくできていない。デジタル化だけの問題ではなく、PCR検査などの陽性確認に関し、発表日、陽性確認日、発症日などがあり、情報が一元集約されていない。例えば東京は、都が情報集約し、政府に報告するので、時間が遅れ、まったくコントロールできていない。ドイツは、検査結果の同時刻情報が「ロベルト・コッホ研究所」に集約され、検査数、感染確認数、前週比や「実効再生産数(簡易版)」が公表される。日本は集約が遅く、ドイツに比べ、感染日を正確に知るには2-3日の遅れが出る。従って、タイムリーな情報収集ができていない。

02

状況判断の合理性と合意

 第2に、状況判断についての概念枠組みや、感染症モデルについての一般的な合意が形成できていない。情報収集の上で、分析し、状況判断を行う。ここで問題となるのは、感染拡大の予測である。この予測の100万人という数字が一人歩きし、大混乱をもたらした。都道府県ごとに「モデル」という名のもとに判断基準が提示されている。しかし、合理的な根拠はあまりない。状況判断の枠組みが百花繚乱だ。これでは状況判断ができない。

 現在、もっとも合理的な判断基準は、実効再生産数だと思われる。稲葉寿・西浦博氏によって研究されてきたモデルであり、ベイズ推定も加わったモデルでイギリスの研究と勝るとも劣らない。

 基本モデルは、以下のとおりである(日本科学技術ジャーナリスト会議、西浦博「実効再生産数とその周辺」より)。

図表

 つまり、新感染者数は決定論的に決まるとする。この数式を曲解を恐れずに解釈すれば、

 ある時点の新感染者数=感染率×(新世代の感染者数×世代の確率密度(既知))の累積

 ということである。感染率が実効再生数に対応する。この式によって、実効再生産数は推定され、感受性人口(感染する可能性のある人口)を定義して新しい感染者の予測に使われる。

 実際は、ある時点の感染率を、現在の感染者と過去の感染者数から推定している。このモデルは1929年に提案された古典的モデルと大差はない。現代の感染モデルの新しさは、このモデルをもとに、右辺の感染可能性をベイズ推定していることにある。事前分布にベキ分布などを仮定し、シミュレーションして、事後分布として実効再生産数を推定している。

 このモデルは、マルサスの人口モデルを起源にしている。極めて決定論的で、物理学で言うならばニュートンの古典力学に似ている。ある物体の落下を予測するのに、物体の初速度と質量がわかれば、万有引力の法則によって、その物体の位置と速度は即座に計算できる。弾道ミサイルやロケットなどの計算に使われる。

 感染症モデルは、このレベルの実用性にまったく達していない。ベイズ推定という新しいAI風の衣を着ているだけで、中身は18世紀のマルサスである。感染人口の変化は、新しい感染者数と感染回復者の比で決まる、ということに過ぎない。これはとても法則とは言い難い。物理学が、一般相対性理論や統一理論段階にあるのに、感染症研究はまだ19世紀の「科学」の中に隔離されている。

 少しRやPythonでモデル分析やベイズ分析の経験を積めば、算出される数字は、与えられる人口数や前提で、感染者数がどうにでもなることがわかるだろう。

 現代の感染症モデルは根本的な問題を持っている。実用にも幾つかの問題がある。

 実効再生産数(Rt)の算出が世代時間を加味するので、3日ほどの遅れが生まれること、実効再生産数の知識は、感染症専門家の中でも極めて専門的な領域であり、理解者が少ないことである。感染症モデルのわかる感染症専門家はほとんどいない。

 従って、状況判断の補足や事後的な解釈にしか利用されていない。ドイツでは、前週比に指数係数を加えた簡易実効再生産数が利用されている。日本でも、実効再生産数を補助的に利用し、政策判断として、感染者の感染日を推定し、感染日基準で感染者数の前週比を利用すれば、かなりの精度で予測が可能になる。重要なのは、検査では捉えられない感染を拡大する感染者人口を推測することだ。およそ半年間、陽性確認数を分析している経験から言えることだ。

 状況判断についての統一的な合意形成がなければ、合理的なタイミングの判断はできず、支持拡大を目的とする政治家の判断に委ねることになる。

03

多くの政策オプションの確保

 最後に、政策オプションがないことだ。感染症流行の対策は、14世紀の中世のペスト流行の際と変わらず、隔離政策のみである。感染者と非感染者を分ける政策しかない。従って、流行の兆しを把握し、対策の必要性を認識しても、やるべきことはロックダウンやロックダウンに近い自粛要請でしかない。

 どういう場所や機会で、感染するのかの政策オプションが半年過ぎても明らかにならない。現在、政府によって例示されている「三密」回避政策は、あまりにも恣意的で合理性に欠ける。

 例えば、スーパーコンピュータを利用した飛沫のシミュレーションも、飛沫の飛ぶ範囲や量は把握できても、肝心の感染との関わりは明らかにされない。飛沫を浴びないことにこしたことはない。しかし、飛沫を浴びたら感染確率が、どの程度あがるのかは明らかにされない。小売店や飲食店でのビニールやアクリル板が、どれだけの効果があるのか解明されていない。特に、何が無駄な対策なのかが明らかにされるべきだ。対策の検証と開発に、もっと予算が投入される必要がある。

 無駄に、人と人を隔てる対応は合理的ではない。情報を収集し、判断しても、残念ながら現在とれる政策は、経済社会活動に劇薬となる隔離政策しかない。

 その結果、人々の対話人数の平均は5.64人と38%の人が減少し、対話者も、ほぼ家族と職場に限定されている。特に、女性60代や専業主婦の対話者は、家族だけに限定されている。隔離政策は、中高年女性の「孤立」、「原子化」をもたらしている。人とどう会って、どう対話すればいいのか、という実際的なノウハウが提供される必要がある。

04

ニューノーマルを超えるライフスタイル提案を新しいナッジで

 2020年度の消費社会白書では、コロナ禍の消費者像を明らかにした。この中で、コロナ感染症に関して言えることは、消費者は、人と人の絆が疎遠になるライフスタイルは望んでいないことだ。むしろ、人と人との対話や対面接触の利益が見直されている。

 従って、対人で社会的距離を確保することを要請する政府の「ニューノーマル」は受け入れられていない。ニューノーマルというライフスタイル提案の問題点は、安全欲望を満たせても、生きがいや欲望の裏づけがないことだ。行動経済的なナッジなどでニューノーマルを誘導することは難しい。

 「ナッジ」は、人々の心理を基礎に、行動を誘導するものだ。しかし、長期的に欲望されてないスタイルを定着させることは、無理だろう。2021年は、政府に代わって、ナッジとマーケティング政策との融合による企業の新しいライフスタイル提案を、プライミング(先行刺激化)することが必要だ。それには、中高年女性のコロナ感染症への過剰なリスク認識を、より合理的な水準へと溶解させることが必要だ。有効な生きがいや承認欲望を充足するナッジが、マーケティング施策として展開されるべきだろう。

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【参考文献】

  • ダニエル・カーネマン(2014)「ファスト&スロー」上、(村井章子訳)、早川書房
  • リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン(2009)「実践行動経済学」(遠藤真美訳 )、日経BP
  • リチャード・セイラー(2016)「行動経済学の逆襲」(遠藤真美訳)、早川書房
  • リチャード・セイラー(2007)「セイラー教授の行動経済学入門」 (篠原勝訳)、ダイヤモンド社
  • 稲葉寿(2008)「感染症の数理モデル」、培風館

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