眼のつけどころ

消費行動のネット情報依存への転回と情報的マーケティング

2018.10 代表 松田久一

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情報的マーケティングへの転回―消費社会白書2019年版

 消費社会白書2019年版を発刊するにあたり、ここでは要点を紹介し、消費行動の通説の検証によって明らかになった八つの現実と、それにもとづく新しいマーケティングへの「転回(transition)」を提案する。実際には、八つの通説の真偽を明らかにし、「情報的市場化」、つまり「情報的(Informative)マーケティング」の概略を紹介する。結果は、通説が偽となり、一見、真理(通説)にそむいているようにみえて、真理を言い表しているパラドックス(逆説)が明らかとなった。ちなみに、ここでは論証に数字をまったく利用しない。コンパクトに内容を紹介するためであり、具体数字は白書とワークショップでの報告に譲ることにする。

02

消費行動に関する八つの通説と現実

 2019年版の白書は、生活や消費行動の前提となっている仮説や通説を疑って検証してみた。その結果、塗り替えなければならない多くの現実が明らかになった。その主なものは、八つである。

(1)消費は経験にもとづく→消費はネット情報にもとづく

 第1の通説は、「消費は経験にもとづく」というものだ。しかし現実は、スマホなどのネット情報に頼って行動している。経験とネット情報は相半ばする。商品、ブランド、購入先も飲食店も、まずネットで調べる。世界でもっとも古い口コミを凌ぐ。長期記憶を使わないで短期記憶が利用されている。情報依存的行動への転換だ。しかし情報へ依存しているものの、その情報をまったく信頼していない(参照、眼のつけどころ「世界情報寡占企業からデータ提供代がもらえる日」)。

(2)人々の価値観は多様化している→夢や理想を求め規律を重視する価値観に収斂

 第2の通説は、「人々の価値観は多様化している」というものだ。実際は、「理想」「やり甲斐」を求め、「あたたかな社会や家族」を求める価値意識が大勢を支配している。さらに、世代交代によって、その価値意識に自分に厳しい「規律」意識が加わった。

 社会を動かすのは価値意識だが、飲食の苦労からある意味で解き放たれた人々は、夢や理想を求め、やり甲斐を達成し、あたたかな社会や家族を築くことだ。

 しかし、人口統計的な現実は、両親と子供で暮らす家族は少数派だ。20代、30代の未婚率が過半数を越え、独身社会人が最頻ライフステージとなっている。そして、少子化、高齢化、単身化、階層化、地域間格差などの変化が、社会統合意識を低下させる傾向にある。

(3)マズローの不可逆的な欲求5段階説は現代日本人にも適合する→日本人は八つの欲望

 第3の仮説は、教科書で馴染みのマズローの不可逆的な欲求(needs)5段階説である。

 この1940年代のアメリカでの質的インタビューによる仮説は、約80年後の現代の日本人にも通用すると思われている。消費者は、生理的欲求、安全欲求、所属欲求、承認欲求、そして自己実現欲求を持つ。そして現在は、第5段階の自己実現欲求の段階にあり、この欲求にもとづいて商品やサービスを消費している、というものだ。白書では、幾つかの商品に関して質的調査を実施し、「JMR価値マップ」手法(消費社会白書2019 第4章で詳述している)を用いて分析した。現代の日本人は、「求めて求め得ない生き甲斐」を実現するために八つの欲望を持ち、それが動機となって、商品に価値を求めている。しかも、欲望は不可逆的に上昇するものではなく、八つの欲望が循環するものだとわかった。そして、欲望と価値が消費支出と結びついていることを明らかにした。

(4)消費は将来不安から伸びない→世代ZJは将来不安より自助で夢の実現へ

 第4の通説は、「消費は将来不安から伸びない」というものだ。この意識は、世代にもっとも影響を受ける。しかし、現在、消費意欲のもっとも高い20代の中心になろうとしている世代の消費意欲は、「欲しいものは買う」である。着実だが、消費嫌いではない。

 世代は、社会的事件や教育、そして景気に左右される就職体験などの共通意識で形成され、20年で区分される。将来不安が強いのは、「失われた20年」に10-20代を過ごした1980年代以降生まれの「バブル後世代」(世代YJ―日本版ミレニアム世代)だ。この世代も、すでに既婚者も増え、子育てステージに入り、40代を迎えようとしている。

 その次が、およそ2000年以降に生まれた世代だ。人口は少ないが、価値意識をリードしはじめている。「世代ZJ」(日本版)である。彼らは、アクティブで着実に夢を追いかける意識をもち、「バブル後世代」とは対照的な価値意識を持つ。

 また、生涯所得を推計し、世代ごとに推計してみると、世代によって予想生涯所得に億単位の差がある。平均余命の平準化を想定すると、消費支出は世代によって変動することが明らかになった。

(5)食の「孤食化」がすすむ→家族主義と現実の乖離

 第5の通説は、「食の孤食化がすすむ」というものだ。ひとりで食べる夕食機会は多い。しかし、それは単身世帯と共働き世帯が多いことによる。それでも家族を大切にする「共飲共食」へのこだわり意識は強い。平日の夕食に限ると、メニューは、伝統的な「一汁三菜」ではなく、「二菜食」「七菜食」など「多菜食化」がすすんでいる。多菜食化は、調理スキル、手間や時間がかかる。しかし、有職主婦層でも、調理の女性依存は高く、男性は調理スキルや知識がないので、調理分担はすすんでいない。他方で、専業及び有職主婦は「冷凍食品」や「総菜」を利用することへの「罪悪感」が強い。子供を大切にする家族意識が強いことが背景にある。

(6)ロングセラーブランドは飽きられ衰退する→ブランドにライフサイクルはない

 第6の通説は、「ロングセラーブランドは飽きられる」というものだ。

 市場導入30年を越えるロングセラーブランドが多くなっている。「飽き」「競争」に負けて、ロングセラーブランドは衰退していくと思われがちだが、実際にはブランドの愛用層の新陳代謝がうまく進めばブランドには寿命はない。ロングセラーブランドの強みは、「安全」「信頼」「慣れ」だが、ブランド離れを起こしている要因は、「その他」が過半を占め特定できない。常に流入層を増やし、流出層を減らす、顧客の新陳代謝が必要だ。

 ロングセラーブランドが衰退していくのは、新規顧客を開拓できないからだ。

(7)流通では組織小売業がシェア拡大し、ネット化が進む→拡大する地域業態格差

 第7の通説は、「組織小売業が成長し、さらにネット化が進む」というものだ。

 食品に限り、消費者の購入先チャネルを分析してみると、購入先は「ロングテール」化している。注目すべきは、業態の市場浸透力の地域差である。東京都心では、コンビニと食品スーパーを中心に、購入先業態は多様化している。しかし、東京外の地域では、食品でも、ドラッグストアが、食品スーパーやコンビニのシェアを奪っている。この傾向がさらに進めば、生鮮三品以外の食品は、ドラッグストアがメインになる可能性も持っている。

 食材の中心である肉・野菜・魚などの生鮮3品は、本や家電とは異なり、アマゾンフレッシュなどの浸透は進まない。その理由は、アマゾン利用層と食品購入層が重ならないことにある。

(8)ネットプロモーションは送客効果がある→限定されたネット吸引力

 第8の通説は、「ネットプロモーションは送客効果がある」というものだ。しかし、商品や購入先選択にネット情報が活用されても、選択基準は近さなどの利便性が一番大きい。商品の限定性、通勤や通学での近い商圏でのクーポンや、バーゲンなどが効果的だ。特にバーゲンは、収入がなく機会コストの低い専業主婦に効く。

03

八つのパラドックス的な現実とマーケティングの革新―情報的マーケティング

 これまでのマーケティングのスキルやノウハウは、消費行動が経験に依存するというリアル世界から生まれた。しかし、現在は消費欲望も、消費行動も、ネット情報に依存している。

 他方で、マーケティング主体である売り手も、IoTの利用、ビッグデータの蓄積やAIの利活用、Webサイトやアプリを通じた顧客へのネットアプローチ手段といった多様性の確保、コンピュータ資源の活用などの情報技術革新が進んでいる。

 消費者行動も、売り手の行動も、情報技術革新によって、根底から変化している。「ST+4P」(セグメント(Segment)、ターゲティング(Targeting)、商品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion))の政策をメインとする修正マーケティングでは対応が不十分だ。しかし、人が目的を設定し、経営の意思決定をする階層性は変わらない。「業務的レベル」「管理レベル」「戦略レベル」の3層で考えていく必要がある(サイモン-アンゾフ系解釈)。

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情報技術革新による情報構造の変化

 マーケティング革新を概括すると「情報的マーケティング」に「転回」することだ(図表)。

ネット情報時代の戦略経営と情報的マーケティング
図表

 転回する理由は、意思決定に必要な情報「構造」が拡大したことへの対応だ。データは、「個人―集団軸」と「情報依存―感情依存軸」に、4分することができる。消費行動は、この情報行動の意識や行動履歴として得られる。

 現代のマーケティングが直面しているのは、IoTやネットで得られる「集団―情報依存」平面の履歴、つまり巨大なビッグデータを得られるようになったことであり、技術的には個人の情報依存行動までも追えるようになった。この意思決定に利用できる情報が拡大したことが、マーケティングに新たな課題を要求している。

 それは、情報構造にあわせて、異なったレベルの意思決定に対応する政策を準備することである。

05

マーケティングオートメーション

 業務レベルのマーケティングでは、集団―情報依存平面に対応する業務的意思決定レベルでは、ネットを通じて、売り手が消費者に直接アプローチできるようになった。マス広告や小売店などのチャネルだけでなく、Webサイト、メール、メールマガジン等を通じて、ダイレクトに情報発信できるチャネルを持ち、メディアや小売店にも波及効果を及ぼすことができるようになった。そのため、業務レベルの目標として、自社サイトの月間PV(ページビュー数)を100万PVに目標設定すれば、多様なネットメディアを通じて、ビッグデータを用いて自動的に目標達成できる「マーケティングオートメーション」の構築が可能になった。

06

情報的マーケティングの核心―売れる仕組み、経路設計と顧客の感情理解

 管理レベルのマーケティングでは、個人―情報依存平面と集団―感情依存平面の情報構造に対応するものである。意思決定では、売り手と買い手のチャネルは、店頭、小売などのリアルチャネルと、消費者がパッシブに情報を得るマスメディアに限定され、STと4Pに意思決定を行うことであった。

 しかし、インターネットを通じ、直接的に行動に影響を与える情報チャネルが生まれた。その結果、情報がすべてを包括するものになった。さらに、感情依存的な情報が組み込まれ、消費行動を因果関係として理解する高度な解釈を要求されるようになった。

 また、売り手の付加価値は、研究開発による知的付加価値、製造による付加価値、仲介と販売による付加価値などを基軸にしたビジネスモデルが伝統的なものであった。しかし、関与者の共通コストや重複コストを削減する「市場プラットフォーム(Multi-Sided Platforms, 略してMSP)」を構築し、「マッチング」などで付加価値を得るモデルが生まれた。

 このモデルは、伝統的な卸の仲介による付加価値に近似しているが、IoTによって消費者にまで対応できるという点で革新的である。さらに、MSPを利用して、製品の価値を高め、業界の垣根を越える補完的な製品、コンテンツ、ソフトやサービスを提案できることも強みになる。伝統的な差別化優位やコスト優位とは異なる「範囲の優位」を提供できる。

 このレベルでのマーケティングは、ネットの中で自社の製品やブランドに興味のある顧客を見つけ、欲望を形成するか、その欲望を最終的な購入に結びつけ、長期的な満足をどう得ていくかという「売れる仕組みづくり」と「経路」の設計、顧客の感情変動の解釈が重要な意思決定課題になる。

07

時代を解釈してタテの戦略構築

 戦略レベルの意思決定に対応するのは、企業事例や消費者質的データの高度な読解と解釈をもとに行われる決定となる。伝統的には、企業理念、事業ドメイン、事業多角化、ビジネスモデル選択に関する意思決定である。経営トップが行う戦略レベルの意思決定は、企業の長期的繁栄であり、時間軸でみた現在の環境である。管理レベルの「ヨコの戦略」ではなく、「タテの戦略」である(松田久一著「比較ケースから見た戦略経営」、KADOKAWA中経出版)。

 この意思決定の本質は、経験的な直感にもとづく「時代の解釈」であり、規定である。

 八つの現実と、それにもとづく提案は、この三つのレベルのマーケティングを総合した「情報による市場化」、すなわち「情報的マーケティング」である。

第12回 ネクスト戦略ワークショップ
11月21日(水)開催

 今回は、これからの消費とそれを取り巻く環境について最新の分析結果をもとに紹介します。
 SNSや口コミサイトなど「ネット情報」は、既存メディアに匹敵するほど消費者の行動に影響力を持つようになってきています。
 人々が商品やサービスの購入を決めるプロセスで、消費意欲がどんなきっかけで盛り上がったり下がったりするのか、などについても分析しています。
 また、ロングセラーブランドに焦点を当て、ブランドが生き残っていくために必要な施策について考察していきます。