大転換期の価値マーケティング

2023.12.01 代表取締役社長 松田久一

本コンテンツは、2023年11月9日に開催したネクスト戦略ワークショップでの講演内容を大幅に加筆。

近代化の終着点としての後期消費社会とは何か。

商品サービスの効用・属性の背後に隠された価値を読み、再発見し、製造から売りの現場までの価値を積み上げる。価値拡張戦略(Value Extension Strategy)を提案します。上から目線の原稿ですが読む「値打ち」はあります。

各セッションの講演録は順次公開してまいります。

図表

01

「20,30,40,50年ぶり」の変化の正体

 皆様にご提案させていただくのは大転換期の価値差別化戦略です。消費社会白書のデータに基づき、消費者に今どのような提案をすればいいのかを中心にお話ししていきたいと思います。

 趣旨は三つあります。ひとつ目は「何年ぶり」とよく聞きますが、最近で言うと阪神タイガース勝利20年ぶりと、30年ぶりの物価上昇、そして30年ぶりの賃上げ。40年ぶりというのもあり、下がり続けたエンゲル係数がもっとも高くなったことです。非常に懸念されることとして、55年ぶりにドイツにGDPを抜かれました。

 このような20年、30年、40年、50年という大きな、何年ぶり、という期間の変化が起こっているということは、「歴史的転換」だということです。何年ぶりというものの正体とは一体何なのかを消費者サイドから明らかにしていこうと思います。

 ふたつ目は、この転換期において企業、売手企業は何をすべきか。基本的な答えとして「価値」というものを提案していこうということです。皆様とともに価値を提案していくことによって、21世紀にも、消費者と社会に受け入れられる会社、商品サービスをつくっていけるのではないでしょうか。

 価値というのは、経済学では、20世紀初頭には捨てられてしまいました。現代では、需要曲線を導き出すのに「効用」、そして「選好」が使われます。しかし経営者は、松下幸之助もそうですし、最近では、ユニクロの柳井さんがよく使います。また、多くの企業の理念のなかにも、価値という概念が含まれています。これは、価値概念が古いということではなく、アダム・スミスなどの古典経済学の価値概念には、大変重要な意味が含まれているからです。それは、人々が生きていく上で、重要なもの、つまり、生きがいや、やり甲斐に繋がるものを持っているということです。したがって、消費者や社会との関わりという意味で、価値が非常に重要です。

 ここでは、価値を生きがいに繋がるものとして、そして価値は「支払意思価格(Willingness To Pay)」として測定できるものとして提案します。実務に使える価値概念を整理させていただいております。

 三つ目に、どのように価値を拡張する戦略を組み立てればよいのか、結論から申しますと、消費者区分を価値ベースに変えること、これを基本に、商品サービスが選ばれ、支払いが行われるすべての過程で、事前決定から購入場所で行われる事後決定までのなかで、価値を積み上げていく戦略です。実際に、購入場面を想定すると、購入意思決定が行われる前と後、事前と事後、PriorとPosterior。この統合を行って価値を提案していく必要があると思っております。価値の担い手主体として、基本的な品質価値を創造し、価値を伝達する製造業的なサプライヤーと価値を「売りの現場」で伝え、感動価値を提供する小売流通業の協働が必要です。

02

「我利我利亡者」への転換―大勢的な利他的未来志向の低下

 まずはその「何年ぶり」というものを消費者からみた観点についてお話しします。

大勢的な利他的未来志向の低下

 こちらの左の図の変数は、私どもが30年以上付き合っているものです。「あたたかな家庭や社会を築きたい」「理想や夢を持って生活したい」などです。約30年前にはひとつの理想といえる、一般的に8割あるいは7割の人たちが持っていた価値意識です。

 それを主要7項目でみると、20年かけてずっと右下がりになっています。これは皆様が思われる「大衆像」の一般的で平均的な価値意識というものが、日本社会の中ではもうなくなったということだと思います。

 右の図をみると、これは縦軸に「自分の能力や可能性を試したい」という軸と、横軸に「あたたかな家庭や社会をつくりたい」という、自分よりも家庭や社会を大事にしたいという意味で利他、他を利するという価値意識になります。縦軸は現在か将来か。自分の能力を将来、花咲かせたいと考えるかということで、価値軸は利、そして我です。横軸は正義の「正」。儒教社会においてよく言われる「徳」をとり、世代別に時系列で分析すると、どの世代も全て20年かけて右上の「徳」から左下の「我」へ移行しています。特に60代になる断層の世代は、「正義」を追求しているという構図になっています。それ以外の世代では全て「徳」から「我」、つまり明治時代に生まれた言葉に「我利我利亡者」(添田唖蝉坊)という言葉がございますが、「徳」を大事にする価値意識から、「我」というものを大事にしようという意識に変わってきています。

 ある意味で、明治維新を日本の資本主義化の起点と考えると、約155年をかけて、資本主義的な現在主義的な利己主義が社会の表層を占めるようになったということです。義理や人情という「村落共同体的」な煩わしさから解放されました。これがいいことか、悪いことかは大問題ですが、強い自我によって強欲で行動するという個人主義は、ひとつのモデルであったはずです。個人的には、多くの中高年はこのことに敗北の念を持ち、若者は明るい未来を描けなくなっているのだと思います。

03

A Great Change―小さな変化が歴史的変化に

 このようなことから20年の大きな価値意識の変化とは、大勢的には、他人を大事にしながら未来を大事にしていこう、家族や社会を大事にしながら豊かな日本をつくろうという「利他的未来志向」が失われた、ということが確認できます。

 総括として「A Great Change」と言っておりますが、価値意識のレベルで大転換が20年ぶり、30年ぶり、40年ぶりの変化の正体ではないかと思います。

 今回はAI分析や多変量解析でも、かなり複雑で高度なものを使いつつ、ChatGPTを利用しながらさまざまな分析手法を駆使しています。さらに、コーホート分析も含めて分析していくと、明らかになったのは、「徳から我へ、利他的未来志向から利己的刹那志向へ」という変化です。

 同じようなことをもう退官された中西輝政さんという京都学派の先生が言われています。日本はいわゆる、「誠(まこと)」を失ったという言い方をしております。明治時代、日本はその誠で近代化を進められましたが、その誠が利己利益中心の社会に変わってしまった。このことにより、日本の誇りであったGDPの大きさで後塵を拝するようになった。今、GDPが中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、さらに、インドに抜かれます。これで何も「心の頼り」にするところがなくなってしまった。それが今の日本の暗さ正体なのだという言い方をしております。(近代史の教訓)

 私どもの分析としては「徳から我へ」の転換が起こっているということです。それではなぜ、このような価値意識の転換が起こったのか。それが問題になります。

04

後期消費社会への転換

 外部環境の変化としては言うまでもなく米中のパワー対立があり、グローバルチェーンが分断され、これが長引く見通しです。また、アメリカでトランプが復権するとなると、またグローバルパワーが変わるかもしれず、パワーバランスが大きく変わっていき、事件が次々と起こっています。

 この一方で消費主体も大きく変化しています。世代交代、そして加齢効果ということで、高齢化が進んでおります。日本人の平均年齢は約48才です。もうすぐ50才になります。ライフステージという変化から見ていくと、未婚率が大変高まっているため少子高齢化が進んでいる。このような人口統計的な変化に加えて、ここ2~3年で急速に大きな変化を遂げたのが、人々が階層意識の高まりを意識し始めたということです。つまり、収入格差の拡大というものさしで世の中をみるようになり、階層意識が高まってきました。

 大転換をもたらしたものは、戦争などの外的環境の変化であるとともに、人口統計的な変化の積み重ねと階層意識の変化が加速し、大きな変化となって現れたとみることができます。このような要因が、複合的に、累積的に、重なって雪崩的な変化を起こしている。これが何十年ぶりという意識の転換をもたらしているということです。

 加えて、資本主義社会が、前期消費社会から後期消費社会へと転換したということがあります。資本主義というのは、17世紀頃に生まれ、発達してきました。当初は、生産社会から始まり、消費社会になっていくのですが、その消費社会のなかで後期に入ったのではないかということです。GDPに占める個人消費が50%以上になった社会です。さらに個人消費のなかで、選択支出が約50%近くになり、必需支出と同じ比重になった社会です。食べていくのに苦労する貧乏はなくなり、精神的貧乏(ふつうの暮らしがしたい)という段階にある社会です。日本は生活保護がありますので、「選択の自由」としてホームレスが存在する社会です。後期消費社会とは、消費の中心が、情報・コンテンツなどになり、価値で商品サービスを選択し、これらの生産は、原材料などの資源制約がありませんので、生産にほぼ制約のない世界です。情報・動画・ゲーム・コンテンツなどのサブスクリプションや通信費の比重の高い社会です。生産が資源制約を超え、消費欲望に依存する究極の消費社会です。社会学者の見田宗介さんはこんな消費社会のイメージを描いていました。(現代社会の理論: 情報化・消費化社会の現在と未来)。大転換期、価値意識の転換は、後期消費社会論への移行としての転換と相即的でした。

 この転換の行動的な意味合いは、「状況依存的」という言い方をしておりますが、「結婚したから」「子どもができたから」「学校に入ったから」「退職したから」など、ライフステージや年代などの「個人的状況」によって自分の考え方を変え、適応してくという生き方から、自らの価値観を本位に自分の行動を決定していくということに変わったということです。自我である自分の考えが全面に出て、年代やライフステージを貫く生き方をする、ということが起こっているのだと思います。

05

価値意識の転換

 そして経済的に言うと、バブル崩壊から節約マインドが消費者を支配してきましたが、この意識がインフレマインドに変わっていきます。インフレマインドとは物価が上がっていくという予想をみんながするようになったということです。これはバブル崩壊後からおよそ30年ぶりの事態です。

 理論的には、デフレマインド下では、将来価格が下がるので、消費の先延ばし、値下げ要求が強くなり、インフレマインド下では、将来価格が上がるので、将来よりも現在の消費を増やす傾向や買い増しなどが起こるとされ、消費を拡大します。しかし、実際は、2%程度なら消費抑制が働きそれ以上だと代替効果により消費拡大が起こります。現に、23年第Ⅲ四半期の消費は、物価上昇が個人消費のシュリンクをもたらしたと分析されています。

 現在、消費が盛り上がろうとしているのは、この物価上昇というのがもっとも大きな要因です。これは、30年ぶりの大変大きな出来事です。

 ここでまとめると、大転換の内実は価値意識の転換である。その内容は、「徳から我へ」の転換、状況依存的な依頼心の強い生き方から自らの価値意識で生き方を選択する意識への転換、そして、デフレマインドからインフレマインドへの転換です。

 この変化を素直に評価すれば、日本は、明治の近代化以来始めて、市場社会の意識的条件を満たしたと言えます。それは、岡倉天心(日本の目覚め)、新渡戸稲造(日本のこころ)、石川啄木(近代への憧れと故郷の喪失)、司馬遼太郎(明治という国家)等が憧れたものだったはずです。「西洋芸術、東洋道徳」(佐久間象山)ではなく、「西洋芸術、西洋道徳」になったということです。

 こうした歴史的な大転換が起こっています。そして、この変化が消費社会に与えた影響をひと言で言えば、消費社会の後期消費社会への転換、すなわち、ブランドで選ぶ消費社会から価値で選ぶ消費社会へ変わっていっているということだと思います。

 この認識の予測精度は、天気予報程度に正確だと思います。したがって、これまでの消費社会のように、商品サービスの機能、あるいは効用で差別化していくという機能競争から、価値に基づいて選択する時代へ変わっていっているのではないかということです。価値とは、生きがいに連なる商品サービスの有用性であり、単純な属性や効用ではありません。

価値意識の転換 ― 機能選択から価値選択へ

06

後期消費社会の価値選択へ

 ここで、改めて価値というものを定義すると、これは社会学の大家であった見田宗介さんの定義ですが、「その主体の何らかの欲望を満たす客体の有用性という」ことになります。価値社会では、その価値が重要になって、それが選択される時代になったのではないかということです。

 このような社会を私どもは後期消費社会と言っております。消費社会の次は価値社会になっていく。1868年、明治維新が起こって日本の近代化が進んでいきます。その日本の近代化のなかで静ひつ、そして誠の心を持った日本人が日本の近代化に成功しました。経済的には市場経済化、社会における自由化、政治における民主化を進めていきます。

 明治、一番初めに出たのは生産主導社会。そして戦後から80年代も生産主導社会。90年代以降から消費主導社会に変わっていきました。大きなメルクマール(指標)はGDPのなかに占める個人消費が50%を超えてくる。したがって個人消費を無視して経済を運営することはできないということです。

 さらに、そのなかで選択支出、必需支出が50%を超えてくる。これをひとつの消費社会の指標として考えております。商品は今までつくれば売れるというモノからシステム材へ、そしてブランド選択、ブランドフォルダーが企業の中心になり、第三次産業が主体になっていく。そして欲望自然主義という言い方もできますが、自己実現のような個人欲望がベースになって、戦後一貫して欲望を追求することは正しいという社会をベースにしてきた。それが、消費主導社会でした。

 それが2020年代、ここ2~3年に節目があったようです。消費主導は変わりませんし個人消費も選択支出も50%以上を占めていますが、商品の中心が情報サービスコンテンツになりました。これは、経済学的には資源制約による景気の制約がなくなったというある意味で画期的なことだと思っております。

 情報というのは何も資源を使わない。したがって、生産には資源制約がなくなります。有限資源をもとにしている生産は、制約があります。石油などの原料の場合は、需要が増えると価格が上がります。実際は、OPEC諸国のカルテルです。原料の値段があがると、最終製品の価格もあがります。そうすると需要がシュリンクします。景気の資源制約による天井です。情報コンテンツは、消費しても、無形物ですので、ゴミにはなりません。そこでは、有用性だけが問題となる価値選択というものが非常に重要になってきます。動画を配信サービスの供給ブランドで選ぶ人はあまりいません。情報コンテンツの主役はGAFAにみられるプラットフォーマーであって、個々の独立した産業というよりは、むしろ「融合産業(垂直水平関係)」が中心になっていきます。

 そして、そこのベースになるのは個人の欲望ではなく、社会的に認められた個人の欲望としての社会的欲望です。社会的欲望とは、「対自欲求」(見田宗介)でもあります。他者との関係性における交流や道徳などを含みます。

 このようなことから、消費社会が後期消費社会に転換し、価値社会に移行したという時代認識が重要になり、価値とその捉え方が重要になるという読み方をしております。

後期消費社会へのシフト ― 価値社会へ

07

深部では、未来志向の利他主義へ―表層と深部で対立する価値観

 その上で実際に、どのように市場にアプローチしていくかという時に重要なのは、価値意識の転換が二重構造を持っているということです。

 表層では「徳から我へ」となっていますが、前述の通り、若い年代でもこの徳を大事にする若者がたくさんいます。むしろ環境やSDGsということを考えていくと、我意識よりも徳だと考える若者が多いです。

 すると、表層では「徳から我」ですが、深部では「我から徳へ」という転換が起こっています。価値観で人々が分かれるということも、コンセンサスが高いといわれてきた日本では珍しいことです。こういう時代に、年代とか単純な世代だけで切ってお客様を捉えていくと、齟齬が生じます。価値を提供できないということが起こってきます。

価値転換の二重構造 ― 価値ライフセグメント

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大転換期の価値ライフスタイル

 そこで見つけた共通項が価値ライフスタイルということになります。これについてはSession2でご提案させていただきますが、大転換期の価値ライフスタイルは、アラジンの魔法使いのなかに出てくるランプのような形をしています。

大転換期の価値ライフスタイル

 それが中流社会の分解によって六つのものに分かれていったというのが私どもの分析結果です。今の変化を2~3年とか4~5年のレベル捉えていくと、おそらく間違ってしまいます。例えるならば、山道をドライブしている時、近いところを見れば見るほど危険ですが、その時には遠いところを見てハンドルをきります。市場を遠望するまなざしで見た時に、こうした捉え方ができるのではないかということです。今年の消費社会白書の中心になっているのが、この価値ライフスタイルです。

 ライフスタイルというのは70年代に出てきたひとつの考え方です。これまではデータ上のハンドリングが非常に難しかったのですが、今回ChatGPT等を使い、ハンドリングしやすいものにすることができましたのでご紹介したいと思います。消費者を六つの区分で捉えていこうという提案です。

 マーケティングは4Pでよく語られます。売る機能として、1920代から発達してきたマーティングは製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、販促(Promotion)というように機能追加の歴史です。特に、テレビなどでマス宣伝を行うようになると、企業のコストのなかで宣伝広告費は無視できない額(売上の5~10%)になります。そこで当時発達してきた、ドラッカーなどが提唱した「マネジメント」概念を取り入れて管理するという発想で考えられたのが4Pマーケティングです。マーケティングは、現実の販売問題、企業の新しいアクション、マーケティング概念の機能追加という実務優先で発達してきました。セグメンテーションは、そのなかでもっとも遅く1970-80代頃に機能追加されたものです。STP(Segmentation、Targeting、Positioning)として知られ、消費者のマス宣伝による印象づけ手法として導入されました。要は、売りたい商品サービスを欲しい人を探してアプローチすればマーケティングコストが安くなるという発想です。欲しくない人を説得して買っていただくのはコストがかかるし、そもそも無理があります。ライフスタイルもセグメンテーションとともに日本に導入されましたが、理論だけで終わった感があります。それは使い難いということに原因があります。年代や世代は、イメージを持てますが、何々ライフスタイルというのは難しく、販売の現場では使い勝手が悪かった。実際は、日本では、ライフステージがもっともうまく説明できたという事実があります。

 今回提案する「価値ライフスタイル」は、価値意識理論を裏づけに、一回きりではなく継続的にトレースでき、生成AIを使って販売の現場でも応用できます。圧倒的な説明力を持つ有効なセグメントです。見たくない人にCMなどを見せるのは、ただ時間浪費で反感を持たれるだけです。欲しい人にマーケティングアプローチする時代になりました。

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価値による商品選択

 そして、この価値社会のなかで消費者は何を選んでいるのかというと、ブランドをベースにして価値で選んでいます。ブランドは価値を運ぶ乗り物です。ブランドの役割が高度化しました。今回ビールの事例が多く出てきますが、これはビールメーカーの皆様に使っていただきたいということではなく、一番わかりやすい事例でしたので多用しております。

 ビールの商品属性としては、「のどごしがよい」「キレがある」「おいしい」等の属性があり、それを集約してくと「飲み心地」や「こだわりの品質」に集約されてきます。さらにそれを集約して抽象化していくと、仲間で共通の組織に属していることを楽しみたい「帰属・共感価値」という構造をしています。

 商品はこうしたピラミッド構造の価値を持っています。今回、Means-endという方法を使い、商品の価値を捉えようとしております。どのカテゴリーのどのメーカーでも、このような価値を持っています。どうしても、商品を技術に近い属性で捉え、属性で差別化したくなります。「リアルマーケティング」とはそういうものです。しかし、商品サービスにまつわるproving型インタビュー、ネットで広がる言葉のテキストマイニングあるいはMeans-end手法で、分析してみると、価値が発見できます。そのことによって、メッセージの優先順位が間違っていないか、属性―ベネフィット―価値の「ブリッジング(橋渡し)」ができているかなどを確認することができます。

 このような分析を繰り返すと、お客様は、下段の「属性」から選ぶのではなく、上段の「価値」から選ぶようになったということを明らかにしております。「おいしさ」や「のどごし」よりもビールのもっている人的な「交流交際価値」を体現しているブランドを選んでいるということがわかります。

 ライフスタイルというのは70年代に出てきたひとつの考え方です。これまではデータ上のハンドリングが非常に難しかったのですが、今回ChatGPT等を使い、ハンドリングしやすいものにすることができましたのでご紹介したいと思います。消費者を六つの区分で捉えていこうという提案です。

消費者はブランドの価値(WTP)で選ぶ

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価値を運ぶブランド

 価値の乗り物はお客様から見ると何なのかというと、先に触れたようにブランドです。ブランドは今、値上げ下で「割高」という意識が非常に強く持たれており、不満が蓄積している非常に危機的な状況にあります。一歩間違えればブランド離れが起こりそうです。しかしもう一方で、ブランドはしっかりと価値を運んでいると言えます。

 分析をしてみると、ブランドはふたつの価値を上げる効果を持っています。ブランドは、属性などの商品評価を上げて支払意思価格(WTP)を上げる。WTPが上がっていくと、選択につながるという、直線的な関係があります。これを上乗せ効果と呼んでおります。

 もう一方、ブランドが直接的に支払意思価格をあげるという、ふたつの効果があります。押し上げ効果と直接効果で、販売価格の約10%程度のWTPをあげるのではないかと推定しています。したがって、10%以上の値上げは、どうしても割高に結びつく可能性があります。したがって、値上げ以上の価値を拡張する(Extension)戦略が必要になります。

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価値統合による価値拡張―購入決定の事前と事後

 では実際に、その価値をどう上げていくのかが次の問題になります。それは価値拡張、Value Extensionです。そのValue Extensionを捉えるために、今までの消費者行動分析を、少し視点を変えた枠組みで分析しております。

 お客様に対して、購入決定時というものにキーを置いています。購入決定の前と後ろというように考えております。単純なものではないですが、店内で購入を決められるお客様と、店に行く前に決められるお客様がいます。店に行って探索して次の時に買うというのは、事前に入ります。そして最後に購入後の満足を得るといった一連の購買行動で捉えていきます。

購買決定プロセスの認知的歪みによる価値拡張

 しかしパネルデータ等さまざまなデータはあっても、一連のデータがなく、トータルのアプローチができません。購入前まではメーカーが把握しており、店内は小売業の方々がPOSデータを中心に分析しています。この事前と店内は全くつながっていません。

 お客様から見ると一貫して事前から事後、購入後までが流れており、それぞれのプロセスで価値を積み上げていくのですが、それができないことになっています。

 最近、私どもは理論だけではなくさまざまな実験をし、認知的歪みというものが非常に重要だとわかりました。その認知的歪みによる価値拡張を分析のテーマにしております。

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価値拡張戦略

 そのように考えていくと、まず認知価値というものがあり、それに対してお客様は対価を払う。認知価値と対価には間があり、この間が消費者が得るプレミアム価値、そして企業が得る利潤ということになります。これは両方が得をする「等価交換」ということになり、資本主義の一番いいところです。お互い対等に独立し、等価交換しているが、お互いが得をするという関係が市場経済の一番のメリットです。

 この価値をつくり出すために企業が価値活動をしています。六つの価値を積み上げていきます。「品質価値」「製品枠組み価値」「ブランド価値」までは、その製品をどう捉えるかという枠組み、ブランドの価値を訴求するPriorマーケティング活動。そして、最適な場所で買っていただくように努力するという、メーカー側からみると流通選択、店頭においてどんな感情経験をしていただくか、それがPosteriorマーケティングということになります。これらを足していき、最終的に顧客満足という形で構成されたものが認知価値ということになります。

価値拡張(Value Extension)戦略

 これは、例えば300円の缶ビールを想定した時に、どこでどれだけ価値がつくられているかを特定できるようになります。それを推進していくのが、私どもが整理させていただいた、8Fマーケティングです。21世紀のマーケティングは八つの機能で捉えていこうという考え方です。1階から8階までの積み上げでマーケティングをやっていこうということです。これを価値拡張戦略としてご提案させていただいております。

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利他的マーケティングへの革新

 最後に、今までのマーケティングは、理論もなければ事例研究もなかなか進んでいないという状況のなかで、21世紀のマーケティングは、しっかりとした経済学的基礎づけ、あるいは社会学を含めた学際的な実務理論というものをベースにすべきです。事例による経験科学も行動科学や実験、感情心理学といった基礎づけが必要になってきます。事実というのは大変難しい問題ですので、それに対して今回はデータサイエンスやAI等を駆使して分析しております。

利他的マーケティングへの革新

 その上で、おそらく21世紀の企業存立は多様性と利他性と階層性、この三つの方向性に対応できるかどうかということになります。そのなかで消費者志向の市場経済を追求していくことが皆様の幸せにつながるということで利他的マーケティングへの革新が必要だと考えております。私ども含め、ぜひ皆様と一緒に利他的マーケティングへの革新に取り組んでいきたいと思っております。


セッション2「価値社会をリードする6つの価値ライフスタイル」