眼のつけどころ

戦略思考をどう身につけるか
-スポーツ観戦で学ぶ(1)

2019.03 代表 松田久一

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 もう少しうまい戦略があれば勝てたのに、と感じることは様々な場面でよくある。ビジネス、スポーツ、政治や外交でもあらゆる人の戦いの行為にはつきものである。これらは戦略思考の問題だ。問題意識のある人は、戦略思考の「奥義」を習得し、プロフェッショナルになりたいと願うものだ。そこで効率的な身につけ方としてスポーツ観戦による習得法をおすすめしたい。

01

戦略思考とは

 少々、戦略思考を身につけようと努力してきた者として、現在到達している概念上の結論を述べておきたい。

  • 戦略とは、目的への合理的な手段を明らかにすることであり、
  • 戦略的思考は、それを導き出す合理的な思考、つまり推論である

 なんのことはない、目的を達成するために自らの頭で、合理的に達成手段を考え抜くことに尽きる。しかし、これがなかなか難しい。

 理由は、戦略と戦略思考の定義から考察してみるとこうだ。

  1. 戦略主体の達成すべき理念や目的が曖昧になる
  2. 戦略主体が置かれている外的な環境を定義し操作化できない
  3. 戦略オプションが創造できない

 第1は、目的そのものが曖昧でよくわからなくなってしまうことだ。経常利益率や総資本利益率を目的にしがちだが、これらは収益上の副次的な目標であって、企業の存立理念ではあり得ない。

ユニクロの企業理念
(ファーストリテイリング ウェブサイトより)
図表

 例えば、ユニクロの企業理念は「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というものである。この理念を具体化することが、戦略の目的の設定ということになる。花王の理念は「清潔な国民は栄える」である。明治以降の日本の近代化と産業化を担うという使命が、表明されている。

 この理念をどう具現化して、目標にしていくかは、経営者の仕事であり、戦略参謀の腕の見せどころである。理念を事業にしていくまでの仕事である。ここでは理念が事業に具現化され、戦略主体が明確になり、事業環境が与えられ、関与者が明らかにされ、投入資源の能力が整理されていることを前提とする。

 第2は、外的環境の整理である。これは知識の壁だ。この習得は、少々の勉強でできるようになる。環境の切り取りのために、独自の切り口(注1)を活用することもできる。

 第3は、戦略オプションの創造である。これは知識学習で、可能な部分と不可能な部分がある。まずは、過去の経験を理論化したフレームを利用したり、戦略の創造も「SWOT-TOWS手法」(注2)などを使ったりすれば、ほぼ機械的に構築できる。しかし、その戦略の内容が豊かで独創的なものとなり、戦略の担い手に説得力を持つかは難しい。戦略の創造とそれを導出する思考には、この創造の壁がある。これは、創造と導出の体験を増やし、経験値を高めるしかない。そして、この経験の蓄積には、時間と根気が必要となる。この経験値によって、中学生にも戦略や戦略思考がやさしく説明でき、横文字や抽象的な概念を使わずに、様々な条件に合わせて応用できるという「身につく条件」が満たされるようになる(図表1)。

図表1 経験理論における因果性
図表

 必要な繰り返し数は、質的研究にけるパターン抽出の必要対象数と同じだと考えると、100事例ほどではないだろうか。しかし、この経験をなかなか積めないのが現実だ。起業家なら100の事業を起業しなければならない。外資系の自称戦略コンサルティングファームであれば、経験値も増えそうだが、現実は多くない。契約単位である年間1プロジェクトをこなしても10年で10事例ほどしか自己経験を積めない。

 従って、ひとりで戦争戦略を立案し、個々の戦闘を指揮するナポレオンのような体験をすることもあり得ない。ナポレオンでさえ、38勝3敗の戦歴である。

 戦略の創造体験は、他者経験である歴史、戦史、経営史である事例をもとに記述された事例として学ぶしかない。実際には、欧米の優れた研究者が記述したケースをビジネススクールで学んだり、士官学校などでハンニバルの「カルタゴの戦い」などの戦史を学んだりする。「軍事的天才」と言われるナポレオンも古戦歴を補う古今東西の戦史を学んだことで知られる。

 戦略の創造と検証の経験を積む方法はないだろうか。そこで提案したいのが、スポーツの観戦から学ぶことだ。理由は四つある。

  1. 余った時間の有効活用で、スポーツ観戦できる
  2. ビジネスとは違うスポーツの戦いの異質性比較ができる
  3. ビジネスとは違うスポーツの戦いの同質性比較ができる
  4. ビジネスとは違う文化比較で効率的に規則性を帰納できる

 つまり、スポーツ観戦を楽しみながら試合を冷静に分析することによって、競技の戦略を学び、ビジネスなどの他ジャンルに効率的に生かすことができるということだ。ちなみに、戦争ゲームやスポーツゲームでは、計算できる世界なので、戦略創造の経験値をあげることにならない。

02

スポーツの戦いに学ぶ

 現代のスポーツ競技は、プレイヤーが一定のルールのもとで得点などを目標にして勝敗を決めるものである(注3)。個人、チームや組織の違い、勝敗の決し方などの違いによって様々な競技がある。2020年の東京オリンピックでは33競技339種目となる。

 スポーツが、戦略思考を身につけるための他者経験として有効なのは三つの理由による。

 第1に、一対一(head to head)の「決闘」が競技の基本となっているからである。戦略を考える際に、基本モデルとして原型となるのは決闘である(クラウゼヴィッツ、「戦争論」)。政治、戦争、ビジネスにおける戦いは、この基本モデルである「決闘」に分解して考えることができる。

 決闘は、自分と相手の目的が競合し、話し合いによって問題解決できないので、戦闘力によって、自分の意志を達成することである。平たく言えば、喧嘩である。この一対一の対決モデルは、組織対組織、戦争における戦闘、ビジネスにおける競争、スポーツにおける試合にも同じ要素が含まれる。従って、スポーツの試合から他の分野に応用できるものが学べる。

 第2に、注目を浴びるスポーツのビッグタイトルを賭けた試合では、「究極の戦い」が行われるからだ。究極の戦いとは、手心や忖度などの戦いの要素以外の「夾雑物」が含まれないものだ。戦争における戦闘では、生死を賭けた戦いが行われる。曖昧な妥協はない。同じように、スポーツのビッグタイトルでは、プレイヤーの戦闘意志が生死を賭けたレベルにあり、人間行動の本質が現れる「究極の戦い」が行われる。いわゆる「遊び半分」では、この究極性は期待できない。

 第3に、スポーツの試合には、勝敗に「観客」の存在が大きな影響を与え、現代の戦いを象徴しているからだ。戦いの基本モデルは決闘であるが、この決闘に影響を与えるのは「観客」である。戦争なら「市民」であり、ビジネスにおいては「顧客」である。現代の戦いは、この「観客」が大きな影響を与え、ますます大きくなっている。民主主義国においては、政府が自国民の支持なくして、国際紛争の解決手段として戦争という手段を用いることはほぼ不可能である。ラグビーは15人で、テニスシングルスなら1人で、サッカーなら11人で行われる。しかし、実際の戦いは、残りのひとりの観客というプレイヤーが関与している。このプレイヤーをどうひきつけるかが大きな課題であり、スポーツはそれを直接観察できる。これは他の分野では難しい。

 スポーツの様々な競技から、戦略思考に必要な経験知を蓄積する。それが戦略思考を身につけるための大切な現代的手法であることを強調したい。

03

スポーツ観戦で戦略原則を帰納し検証する

 スポーツ観戦は、戦略思考を身につける他者経験を学ぶことができる。しかし、幾つかの疑問に応えておく必要がある。

  1. 専門知識のない素人がどう観戦し、どう分析すればいいのか
  2. 観戦から何を学べばいいのか
  3. 何か効率的な学び方はあるか

 私見は次のとおりだ。

  1. 素人の視点がもっとも大切である
  2. 戦略原則を観戦から帰納できればいい
  3. 戦略原則を通じた他者経験の利活用

 スポーツ観戦は、競技の基本ルールとプレイの基礎知識があればいい。もちろん、専門知識があることは知っているが、ビジネスでの戦略において最終的に大切になるのは、専門家のジャーゴン(業界用語)を使用した見方ではなく、素人の見方だ。つまり、素人を説得できる力である。勝敗を決する要因を分析し、学ぶという視点さえあれば十分である。この意味で専門的な知識は、むしろ必要はなく、かえって分析を曖昧にさせることになる。そして、効率的な学び方は、試合から「戦略原則」を学ぶことである。

 「戦略原則(Strategic Principles)」とは、簡明な命題的な格言として、例えば「集中すること」などと表現される(注4)。この原則は、戦略を創造する際には、戦略オプションがこれを満たしていることを要求し、関連した事例や戦史を引き出す「鍵」や「手がかり」となる。また、結果としての戦略オプションを評価するチェックポイントしての機能を果たすものである(図表2)。

図表2 戦略創造と戦略原則の機能
図表

 つまり、戦略原則は、優れた原則の必要条件ではないが、十分条件である。そして、規則性よりも法則性が高く、例外を認めないような法則性は持っていないということだ。

 少々心理学的な説明をすれば、環境の分析と戦略主体の目標の上で、戦略の関与者との関係の分析の上で戦略を創造する際、環境、目標、関与者分析などから創造的な戦略は生まれない。

 長期にシェアが減少しているという問題に対し、その原因を一定の政策フレームを用いて特定することはできる。ブランドの認知状況、価格の競争力、流通ネットワーク、プロモーションのインパクトなどである。しかし、このような問題の分解だけでは、長期シェア回復の道筋は見えない。一旦、合理的に捉えた現状を否定した感性的で創造的な「ジャンプ(飛躍)」が必要になる。

 つまり、問題解決へと至る全体像、ロードマップ、勝ち型を表現する概念や言語的な表現が必要である。例えば、「需要変更による反転攻勢」などの表現だ。しかも、その表現が、思いつきでなく、長期記憶にある他者体験と結びついてはじめて実感できるものになる。「1990年代の日本のビール競争」、「1980年代のアメリカのソフトドリンク競争」などが事例として引き出される(注5)。

 つまり、他者経験とは長期記憶となった戦史や事例であり、それを戦略創造や評価に結びつけ、引き出す機能を持つのが「戦略原則」として表現された言葉や命題である。

 スポーツ観戦によって、勝敗要因を分析しながら戦略原則を導き出したり、自らの原則を検証したりできれば、もっとも効率的な学び方になる。

 さて、ここからは私の観戦体験をもとに学んだことを述べる。事例は、2018年度ラグビー大学選手権の明治-天理戦、2019年度テニス豪オープン大坂なおみ- P.クビトバ戦、そして、2018年AWCアジア杯決勝日本-カタール戦である。これらの試合の選択基準は恣意的である。

>> 次へ(【事例】ラグビー大学選手権 「明治」対「天理」 22-17 2019年1月12日)

【参考文献、注釈】