マーケティングとは何か ―はじめての「実践的マーケティング論」

2005.04 代表 松田久一

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 本コンテンツは、弊社新入社員向けの研修プログラムでの松田の講義をもとに編集したものです。

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コンバージェンスと産業融合の時代を生き抜く鍵となるプラットフォーム戦略

(1)産業融合下で競争戦略に求められる水平戦略と垂直戦略の統合

 今までの理論の話からいくと、まず市場を定義して、その市場をできるだけ客観的に認識する。その上でテレビが売れるためのマーケティングの4Pを考える。マーケティングの4Pを考えるだけでなく、マーケティングを実現していくためにはやはり収益をあげていかなければならない。収益をあげていくために、事業戦略がいる。事業戦略をくみたてて、マーケティング戦略を組み立てて、市場を定義して、提案して報告書にまとめ報告するのが我々の仕事。それがマーケティングと競争戦略を商売にするということです。今はこれではすまなくなっている。というのは、デジタルコンバージェンスとにより新しい状況が生まれている。

 宇宙はビッグバンから始まるけど、特異点、微分方程式でいう特異点のようなものからスタートする。特異点のようなものがドカーンと爆発していく。そのとき、物質が生成するのだけど、その過程でクォークという状態がある。クォークやチャームから素粒子が生まれて、陽子とか中間子とかあと何やらが生まれたといわれている。それが約130億年前。クォークの初原状態は液体であるとの発表がなされました。クォークはひものようなものであるから、粒子ではない。ものごとの根源の状態は粒子ではない。根源的な発想を変えるようなことだけれど、日米の物理学の研究者が同時に発表しております。そのように、特異点のようなものが爆発した状態が現在の宇宙。現在、宇宙は膨張の過程にある。

 家電業界というものと、コンテンツ、放送業界、プロバイダー・通信業界、パソコン、ソフトウェア業界、少なくともこの5業界とあと10業界くらいまで、技術上の垣根はなくなってしまった。さかのぼってみればみんな同じようになってしまった。同じようになってしまったのがビッグバン。ビッグバンがなぜ起こったかというと、今はIPプロトコルがすべての通信の製品になってしまった。もうひとつは、デジタル技術がすべての製品になってしまった。アナログ技術とデジタル技術どちらがすぐれているかといったら、アナログに決まっている。ところがデジタル技術によって、より処理し易い形になった。一番難しいのは、例えば二百五十何億色、二千何億色と松下が、一生懸命ビエラのプラズマ画面に色がきれいなことを訴求しているけど、ソニーはハイビジョン、フルハイビジョンTVをサムスンのディスプレイでやっているけれども、人間の肉眼はアナログ、二千何億色なんて甘いものじゃない。山紫水明の世界がわかりやすのではないでしょうか。一番色が多いのは白と黒で数えられない。無限で数えられない。アナログは無限を処理できるけど、デジタルは数えなければいけない。二千何億といったベースでしか表現できない。音楽、音もサンプリングで、サンプリングは悉皆調査ではない。悉皆調査というのは、東京都3,000万人いたら、3,000万人全部調査するのが悉皆調査。悉皆調査はアナログと同じなんです。1,000サンプルやったら、誤差率3%ほどで推定できるというのが、推定の話。悉皆調査は質が違う。人間が現実に生きている世界はアナログの世界で、それをなぜサンプリングしたり、数字に置き換えていくデジタル処理がすぐれているかといえば、いろいろな意味で便利なわけです。再現性がある。そういう意味で、便利。すなわちIPプロトコルとデジタル技術のふたつがこの9業界くらいの技術の基礎になってしまった。究極のアナログ技術をほこっていたのがソニーで、一番デジタルから遠い会社だった。それをデジタルに強い会社だと見せかけたのが、出井さんのデジタルドリームキッズ。デジタルに弱かった会社がデジタルで先頭をはっているけど、昔から考えると、究極のアナログ会社がよくデジタル会社になった。9業界は基本的にはふたつの技術で一緒になった。

 競争戦略は、まずもうかる場所を選ぶ。そして、どのように他とは違うことができるか、四つの活動の組み合わせとそれぞれの四つの活動の内容によって決める。その競争戦略が無効になってきた。それだけ考えるだけでは高収益を実現できなくなってきた。それが現在。市場を認識する。市場という考え方とは何か。皆さんがシャープの社長になったつもりで、この会社の社長になったつもりで、市場という認識が必要。その市場という認識の中で、その市場に適応していくかの意味をツールで考えていく。さらに収益をあげていくという現代の経営の状況を達成するために競争戦略で考えていく。競争戦略で考えていくけどそれでもだめ。現代をどう考えていくかというと、このビッグバンを含めた産業の融合を考えなければ儲かる戦略はたてられない。その産業の融合を考えるときに、水平という。競争戦略を考える際は、産業間の水平融合と、価値活動の再分離と融合を考えなければいけない。縦と横の両方で考えないと、儲かる戦略も立てられない、顧客を満たすマーケティングを考えることもできない。それが現代我々の置かれている非常にアップ・ツー・デイトな課題なわけです。産業の変化に対応する水平戦略と産業内のポジションを変更する垂直戦略。縦と横で考えないと、儲かることも顧客満足を満たすこともできない。そのような状況に置かれている。


(2)企業の存在意義をも脅かす産業融合のインパクト

 何度もいいますが、市場という認識が重要なわけです。富士フイルムという会社があるけど、富士フイルムは危機にある。10年後残っているかはわからない。官公庁でも2年先の話はできない。なくなっているかもしれない。750兆円の財政赤字で、どの省庁も生き残っていられるかわからない。なくなっているか残っているのかどうかさっぱりわからない。だから官公庁系シンクタンク、官公庁も追い詰められている、と川勝先生は言っている。富士フイルムも同じ。あれだけの優良企業が残っているかどうかわからない。なぜかと言うと、フィルムと印画紙がいらなくなるかもしれない。今フルスペックハイビジョンで最大の画素を出せる液晶は1,920×1,060の画質。1,920×1,060の画質を超える液晶表示、ディスプレイ表示は現実にはできるし、できる可能性をたくさん持っている。そうすると、紙に焼くより写したほうが美しいディスプレイ表示ができるようになる。そうすると印画紙もフィルムもいらない。サムスンは、何の意味があるか疑問だが700万画素のディスプレイをもった携帯電話を作っている。それが携帯電話に納められる技術がある。技術とそれを表現できるディスプレイ装置があれば紙はいらない。紙を超える解像度の美しさを出すことができる。そうすると、紙にだすことが目的ではないから、よりきれいにより美しく表示してみることを考えると印画紙やフィルム必要か。もう白黒だけでいいのではないか。解像度では勝てないんじゃないか。

 富士フイルムは、シェアを考えない。富士フイルムはお客様のショットに近づくことを考えている。フィルムを売ること、印画紙を売るとかいうせこいことを考えていない。富士フイルムはお客様のショットに近づくことが原点であり、すごいところ。だから、すべての観光スポットを富士のグリーンで埋め尽くすことが富士フイルムの戦略なんです。これがうまく機能しなくなっているけれども、富士フイルムは市場をお客様のショットだと考えている。これが最大の強みです。フィルムや印画紙を売ろうなんてせこいことは考えない。ショットに近づこうと考えている。その戦略を水平融合がすすむ産業界と、垂直分業の中で新たな対象枠で白紙で戦略を考えないといけない段階にある。資生堂もかつては化粧品を売ろうなんてせこいことは考えてなかった。資生堂はライフスタイルを売る会社だった。大正時代にコマーシャルにフランスのパーティーを使っていた。夜の華やかな生活というのを提案しようと考えていた会社。ライフスタイルを提案していたわけです。そのように市場というものをとらえていた。昭和20年の資生堂の広告のコピーは「平和な日本を作ろう」というコピー。それほど志は大きかった。

 つまり市場をどうとらえるかが重要なわけです。産業の融合の中で何をすれば儲かるか、それが大変大きな課題なであるわけです。


(3)ハードとソフトのフュージョン戦略の基本アイデアとしてのプラットフォーム論

 最後にプラットフォームが重要になるわけです。その一番いい事例がソニー。ソフトウェアとハードウェアの組み合わせ、これが重要なのです。それらをどうフュージョン、融合させるかが、これからの高収益戦略にとって重要なわけです。

図9.二面市場(TWO - SIDED Platforms)の定義
図表

 出所:Hagiu(2005) "Platforms in Multi-Sided Markets and Competitive Advantage"

 プラットフォームは、なかなか日本語になりにくいコトバです。プラットフォームといえば、日本人は駅をイメージしますが、英語本来の意味は、建築の土台。どんな土台の上で経営するか、どんな土台の上でマーケティングするのかが、英語本来の言語的な意味です。異なる顧客市場がふたつ以上あり、その市場の間に外部性、相互作用が存在するというふたつが、プラットフォームの定義です(図9)。具体的にはPS2やPSPといったハードウェアプラットフォームをソニーが提供して、その土台の上でゲームを売ろうとする市場と、顧客が欲しいゲームが売られている。PSPとかPS2とかのハードウェアと、ソフトウェアのふたつの土台がベーシックにある。

 プラットフォームに、ふたつ以上の市場が存在して、それらに相互作用があるというのがアンドレ・アギューあるいはティロール=ロッシェの定義。つまり2面的な側面を持つ2サイドマーケット、2面市場なわけです。ソフトウェアとハードウェア、その間で相互作用が存在ある。デジタルコンバージェンスの時代にプラットフォームを基礎に市場を捉えて、価格を設定し2面市場のそれぞれに対応することが非常に重要である。つまりプラットフォーム同士の競争となっていくとも考えることができる。

 製品サービスが高度化すればするほど、ハードウェアの使い方であったり、ソフトウェアであったり、ユーズウェアであったりコンテンツが非常に重要になります。ハードウェア、ソフトウェア、コンテンツを結びつけるプラットフォームをどう作っていくかが大事にとなるのではないでしょうか。おそらく、垂直と水平で競争の場を考え、そこで戦う武器を考えるときには、プラットフォーム間の競争という新たな分析の観点を持たないと、利益を出せないし、顧客満足を満たす戦略は見えてこない。そういう点で、アンドレさんの研究などが参考になります。ソフトウェア業界をベースにしたプラットフォーム戦略だけじゃなく、一般消費財の製品レベル、産業レベルに応用したプラットフォーム戦略を考えて、あるいはその手がかりをさがしていくことが大事です。プラットフォームという考え方が、有効性を失っているマーケティングと高収益性を実現することを考えることができない競争戦略を総合して、新たな21世紀の基本的な戦略的枠組みとして考えることができる。と同時に、言っておきたいのは、わが社はその点で現在世界の最先端を歩んでいるわけです。産業組織論とマーケティングの新たな融合、これからの競争戦略、マーケティング戦略を考える上で2サイドマーケティングが大変面白く、可能性が示唆されている。

 今DVDのタイトル数は2万だそうですが、ツタヤの品揃えで2万点、近所にあるような平均的なレンタルビデオショップで1万点といわれています。ソニーがMGMを買収して、ソニーピクチャーズが持っている映画タイトル数が,000、MGMが8,000、合計16,000。映画タイトル数でいえば、寡占的にコンテンツをおさえている。それらをどう収入にいかしていくのか。そのひとつの方法がフォーマットを変えてしまう。DVDはまだ画質がまだまだなんです。キャノンのEOS1の画素数が1,100万画素、フルスペックハイビジョンの2倍の解像度なんです。そんなものすごい解像度を持った動画を作ることもできます。圧縮率を変えて100Mを超えたベースであれば、人間の認知能力を越えた画質を出すこともできる。そうやってフォーマットを変えることができます。フルスペックハイビジョンの規格はNTSCをベースとした1,920×1,060です。そんな低レベルの解像度はやめてしまって、ソニーは16,000タイトルの映画をフルスペックハイビジョンの倍の画質で提供することができます。コンテンツ支配力でもって規格を変えることができる。音楽でも、ドイツのベルテルスマンと組んで世界のシェアの40%ほどを押さえている構造になっているので、ATRAC3という中途半端なものではなく、サンプリングを変えて、規格を変えてしまう戦略をとることもできます。それがコンテンツの支配力、寡占パワーをつかったハードウェアとソフトウェアのフュージョン戦略がある。東芝やNECがDVDの次世代の規格で映画会社と契約を結んだといっても短期的でしかない。ソニーがコンテンツを押さえているわけだから、中長期的には、ソニー側につく方が絶対的に有利なわけです。

 ふたつめには、ハリーポッターのゲーム化が進んでいますが、ハリーポッターはワーナー、ロードオブザリングがソニー系。なぜソニーはロードオブザリングをゲーム化しないのか。新年にアメリカで発売されたPSPは2日で50万台、まあまあのヒットといわれていますが、そのとき、PSPで使われているUMD規格のスパイダーマン2のDVDの小さいようなやつが無料で配布された。それが効いたかどうかはわからないが、これがソフトとハードのフュージョン戦略のふたつ目、つまりマーケティングにおけるシナジー、DVD、UMDの統合といったコスト縮小と同時に、販売に結びつくクロスプロモーションを行えるかが一つの大きなポイントになるということです。

 三つめのポイントは、コンテンツは人間のメモリ(記憶)を作っている。踊る大捜査線は記録的大ヒットですが、冬ソナのDVDも売上は50億円か60億円だそうです。踊る大捜査線のDVDは日本のコンテンツ史上最大のヒットですが、それでも売上は150億円。PSP10万台にも及ばない。それほどコンテンツを売ることは非常に難しく、難しいというか小さい。フジテレビは日本のマスコミにおける最大の企業でですが、売上は5,000億円。だから、ライブドアに噛み付かれれば、ぐらつくし、戦略的対応もできない。免許で守られているだけの業界ですから。しかしPSPは2日で50万台売れるけど、人間のメモリに影響を与えることは非常に難しい。コンテンツに触れないと、人間のメモリに残っていかない、それがハードウェアとソフトウェアが消費者に与える影響の根本的な違いです。それをどう統合していくかが、可能性としてこれからのマーケティングの優位点なんじゃないでしょうか。

 アメリカ、イギリスでは、ソニーは非常に尊敬されます。ウェールズ出身のハワード・スリンガーは騎士の称号サーと呼ばれる。騎士は貴族。タイムでもNewsWeekの特集でも、Sir.ハワードという表現。これは尊敬のあらわれなのです。その理由は映画、芸術性の高いコンテンツを作っていることに対するソニーへの敬意である。日本よりも欧米での評価はワンランク上。欧米では松下よりも評価がずっと高い。Sir.スリンガーとは、皮肉もまじえた尊敬で、ソニーという会社に対するイメージでもある。文芸春秋では日本人はもの作りだといっている社長がいるが、本当にそれだけですか。ソニーは欧米的価値観のみで失敗し、松下は日本的価値観のみで出発し失敗しました。日本の生きる道は両社の統合しかないような気がします。

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おわりに―仕事への応用が可能なマーケティング・競争戦略論の修得を

 市場をとらえることが我々のビジネスのキーです。本講義ではその歴史的背景を説明したかったのです。そして市場という認識の上でマーケット、競争戦略をどう考えたらいいのか、そして現在の戦略をどう考えたらいいのか、という四つを話しました。プラットフォーム戦略には、ソフトウェアとハードウェアを頭の中だけでなく、ビジネスの上でどうフュージョンさせるのかが、これからのカギではないでしょうか。そのカギを握るキーポイントがプラットフォームというコンセプトであり、それを社内外含めて我々が取り組まなければならない課題です。

 何かわかった、理解できたとはどういうことかというと、中学生に説明できるかどうかということ。今日話した内容を頭の中に咀嚼して入れて、中学生やおじいちゃんにマーケティングとはどういうものか話せるかどうか。それが勉強したということです。その上で、具体的にそういう考え方をいろいろなものに応用できるか。マーケティングでは、わかってリサーチするのとわからないでリサーチするのとでは大違いなのです。仕事に役立てる、応用する、そういう2点の基準からマーケティングというもの、戦略というものをわかってもらえるといいのではないでしょうか。

 特に新入社員には、マーケティングや競争戦略というものは、理論的勉強、事例的研究、経験のどれも必要です。そうでないと地に足のついたコンサルティングとか、自分で頭の中で戦略を考えるということはなかなかできるようにならない。理論の勉強、事例、会社の実務における実践を通じて、三つバランスをうまくとりながら、自分で主体的に勉強して自分なりの考え方を持つようにしていただきたい。会社としてはいろいろなことを準備し、刺激する方向性をとるけれども、基本は自分で勉強する意欲なので、それを忘れないでください。

 以上、マーケティング、市場、ターゲッテイング、競争戦略、プラットフォーム、多面市場における競争戦略ということで、話を終わらせていただきます。

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