いかに成長戦略を成功に導くか - 限られた資源の戦略的再集中の提案

2025.11.06 代表取締役社長 松田久一

 高市政権の弱点は、経済政策、特に、成長戦略かもしれない。

 予め私が個人的には高市早苗氏支持であることを申しあげる。新聞やテレビのように、定義困難な「中立」とは言わない。11月4日、日本成長戦略本部が始動し、AI、半導体やエネルギー分野など17分野が戦略分野として位置づけられ、官民投資で日本の成長の原動力とするなどと報道されている。今後、有識者を含め、議論が進むと報道されている。

 以前のコンテンツで、日本がバブル崩壊後、まったく言っていいほど、成長できなかったのは、消費が伸びなかったことにあると言及した。財務省が、消費をすればペナルティを与えるような負担と需給の社会保障政策をとり、税率を引き上げて、可処分所得を減少させたからである、と結論づけた。さらに、手取りの減少に加えて、バブル崩壊後に生まれ、将来不安を強く持つ世代、すなわちバブル後世代が登場し、その影響を波及させたことも大きい。成長できなかった要因は、供給サイドにあるのではなく、需要サイドにあるという結論を導いた。

 アベノミクスの三本の矢は、異次元金融緩和、財政出動、そして、規制緩和である。そして、デフレ危機を回避したが、経済を成長軌道に乗せることはできなかった。その原因は、3本目の矢である規制緩和による民間活力を引きだせなかったことにある。特に、多くの企業は、株価を経営目標にし、株主価値を最大化する政策をとり、欧米諸国の企業のM&Aを通じて、円安によって努力もせずに、連結売上と収益性を改善する選択をとり、イノベーションに繋がる革新はなおざりになった。

 長期的な視点で収益性を捉え、投資し、従業員主権で動機づけし、長期雇用を実現する「日本的経営」は、ガバナンスコードの導入によって崩壊してしまった。このミクロな企業変化が、マクロな成長に繋がる訳がない。パネル事業、半導体事業、エレキ事業など日本経済を支えてきた「情報家電産業」は、成長どころか、20年で上位10社の売上が半減するという結果を招いた。結局は、韓国や中国企業に、多様な品揃えや低価格戦略で敗れ、経済産業省主導のもとで、収益をあげるために、独占化と寡占化をすすめ、超過利潤を確保するという手法に堕すしかなかった。そして、最終的に当該産業から撤退するという道を歩んできた。

 高市政権は、この経験を踏まえて、成長戦略を立案し、政府予算を効率的に配分することが期待されている。成長戦略がなく、収入と支出の帳尻合わせが財務省の職掌である。この帳尻合わせ発想が経済政策を支配すれば、民間企業なら縮小再生産し、倒産という死を迎えるしかない。しかし、経済産業省の政策は、個別産業論のみで、経済成長論にはならない。まるで、証券会社的な産業アナリスト的成長論になる。産業アナリストは、産業の固有の特性をよく理解しているが、戦略にはならない。

 つまり、3年というスケールで成長軌道に乗せる成長戦略は、財務省と経済産業省を中心に、両省の欠落視点を補う有識者の参画で、作成されるべきである。この意味で、高市政権の「成長戦略本部」の設立は極めて合理的である。しかし、新聞などで報道されている内容は、17領域を戦略分野に設定したということだけである。

 敢えて、この17戦略分野について、批判的に評価するならば、八つのことが指摘できる。

① 17の戦略分野は広すぎる。これでは資源の集中にはならない。

② 3年以内に成長寄与できそうな分野がない。3年後、日本経済を牽引するなら15兆円ほどの成長が望まれる。有望な領域は多いが、3年で15兆円を稼げる分野は見当たらない。

③ まさに、成長の基礎への長期投資であるが、あまりにも技術よりであり、ビジネスモデルが想定されていない。仮に、15兆円の市場を創出するには、少なくとも15兆円の財源を必要とする。これを回収するには、ロードマップとビジネスモデル構築が不可欠だ。液晶パネルやメモリー半導体などの敗因は、消費者のニーズをくみ取り、最終商品化する能力に著しく欠けていたからだ。資金調達と顧客とのBtoBの個別交渉で事業は成り立つと思い込んだようだ。「市場プラットフォーム」などのビジネスモデルを組み込んだ捉え方がない。

④ 17分野はほぼ素材や原料分野であり、BtoBの産業財領域が中心である。こうした産業財が、価値を有するのは、消費財に変換されて価値実現される。パネルはテレビになって消費者に価値を提供できる。BtoBをBtoCに付加価値化する視点がない。消費財は、コンテンツとフードテックぐらいである。

⑤ 産業は高度化するという産業進化の視点がない。産業は、消費者ニーズの高度化と生産者の価値づくりの方法によって、第一次、第二次、第三次というように分類され、第三次のサービス業が、付加価値でも従業者数でも70%を超える。戦略分野を提示するだけでは、産業進化を描けない。

⑥ 都市視点がない。東京は、世界都市として成長する。そのためには、特別区、都行政と政府という三層構造では重複や無駄が多い。思い切って、都を解体し、政府直轄行政区として、都の地方税を消費者に還元し、消費を刺激した方が成長にはよい。

⑦ 地方経済は、地域に根ざした一次産業と農水産物を取り込んだ第二次産業を基軸に、コストで渡り鳥のように海外に飛んでいく産業への依存から脱却し、農林水産業をもとにした地域に根ざした産業を育成し、二次三次と積み上げていく「地域産業」を構築すべきである。地域クラスターづくりは、製造業をベースにしているので、移送費がかかり、地域に根ざすことは難しい。東京の大田区を中心にしたフルセット型中小企業ネットワーク、大阪のエレキ産業の下請け企業群などの集積はみられたが、生産を地域集中することによって効率化する製造業は、移送費を無視できない。部品の調達、製品の出荷などのコストが増えれば、工場の転出を考えざるを得ない。従って、地方経済の自立はできないことになる。

⑧ GDP成長率を3%以上に設定し、無理な目標を敢えて設定するなら、年率7.2%で10年後の2035年に、GDPは1,200兆円となる。毎年、43兆円、つまり、食料品工業(41兆円)や防衛産業(43兆円)を年間1産業創出することが必要になる。40兆円の産業を創出するには、官民で43兆円、3年で129兆円の投資が必要であり、民間と折半すれば、3年間で約65兆円を捻出することになる。これを国債で賄えば、十分にペイでき、かなり利回りの高いユニークな投資の提案ができる。

 こうした論点を踏まえた成長戦略には、より投資効率をあげるための集中と相乗効果を狙った戦略分野の再絞り込みが必要である。また、政府投資に依存しない、「自助的自由主義」をもとにした起業家精神が必要である。この条件のもと、政府が投資することは、「責任ある財政」のもとで達成可能である。経済成長率の範囲内での国債発行成長率(ドーマー条件)を満たすことができる。さらに、高市政権の80%を超える支持率は、日本人が利他意識のもとで、楽しんで挑戦できる精神的条件が整っていることを意味する。国民的一体感のもとで挑戦できる。これは、他の政権では達成できない千載一遇の機会である。