01
所信表明
高市政権が誕生して、各種世論調査で内閣支持率は70%を超えている。サンプル補正を入れれば80%を超えるのではないかと思う。さて、この異常な人気を支えている気分は、今まで鬱屈していた不満が解き放されたような爽快感がある。世界経済から取り残されていく言説、中国などへの対応や「リベラル」なマスコミへの不満が蓄積されていたようだ。同年代の「保守的」なユーチューバーのネットはお祭り騒ぎである。コロナで起きなかったリベンジ消費が生まれる勢いである。
さて、喜んでばかりはいられない、経済、戦略経営やマーケティングの専門家としては、経済政策に対して建設的な批判をし、確かな政策と成果をだして頂くことが努めである。また、時代遅れの愚かなヤジに怒ってばかりでもいられない。次回の選挙で民意を表明するしかない。ここでは、前向きに、所信表明演説によって明らかになった「サナエノミクス」について、少々、コメントしたい。
02
サナエノミクスとアベノミクス
サナエノミクスとは何か。アベノミクスと比較するのがわかりやすい。単なる継承でも完成でもないというのが結論だ。違いは主に三つだ。
アベノミクスは、デフレから脱出するために、「異次元の金融緩和」に数量的マネー供給の増加、コロナ禍への100兆円対策などの国債発行による財政出動、そして、規制緩和などによる民間経済の再生という「三本の矢」で対応した。その結果、大方のコンセンサスとしては、デフレに歯止めをかけ、失業率、特に、若者の失業率は低下し、民間の設備投資も若干の増加に止まり、円安の結果の「純」輸出は増えた。しかし、成長率は低位のままだった。何よりも、個人消費も、設備投資も大きくは伸びなかった。さらに、貨幣への信頼が低下するという見方もある。
様々な総括があるが、アベノミクスは、異次元金融緩和による円安効果に集約される。政府・日銀が担保する円安は、M&Aなどによって海外のブランドや企業を買収し、円安効果による収益増を狙う傾向を強める。国内設備投資で競争力をつけシェアを拡大し、輸出市場を拡大するよりも手っ取り早い。政府によって、ガバナンス指導された企業にとっては、もっとも安易な株価に直結する政策になる。
その結果、当然のことながら予定された円安によって、円建ての売上や利益が増え、増収増益をもたらした。これを十年は繰り返している。経済が強くなるとは、技術革新などによって新たな価値を提供し、市場を創造し、競争をして収益拡大することである。この経営の原理原則がないがしろにされた。
その結果、大手企業では、売上の半分以上を海外売上が占める。本社のある日本の円建てで決算するのでこういう結果になるだけだ。アベノミクスの負の遺産だ。
これと比して、サナエノミクスは、金融政策については、利子率をあげることには慎重であり、曖昧であり、金融緩和や為替政策については、コメントが少ない。但し、日銀による金利などの金融政策の独立性を強調する主張に対し、政府主導のマクロ経済政策の優先性を明らかにしている。従って、財政拡大と矛盾する金融政策はとるな、としている。金融緩和に関し、アベノミクスとはこの点で大きく異なる。金利の引き上げには賛成しないが、緩和を奨励する訳でもない。曖昧な態度をとっていることは合理的である。従って、為替介入のスタンスも「曖昧」戦略をとっている。
第2の財政政策に関しては、「責任ある財政」を掲げ、財政出動に関してはより積極的である。さらに、財源として国債発行に躊躇しないと思われる。この点で、これまでの財務省の方針とは異なる。債務の基準を「純債務」にし、資産条件を加え、日本銀行を子会社として連結決算の対象とする捉え方を示している。石破が主張した「ギリシャより債務が多い」という観点には立っていない。日本政府の資産視点を入れた「純債務」条件を提示している。因みに、日本銀行の株主は100%が政府所有であり、決算の連結対象になる。従って、財務省は、日銀が買い取った国債は債権となり、政府の国債発行の債務と相殺され、大幅に債務は減少する。この考え方は、常識的なものであるが、国際的には、OECDとは定義が異なる。さらに、財務省もこの見方を肯定せず、二元的な見方があることを明らかにしてこなかった。アベノミクスは積極財政であり、その原資を国債発行に依存する傾向にあったが、サナエノミクスは、責任ある積極財政へと転換しようとしている。その責任ある「国債発行基準」とは、ハロッド=ドーマー条件として知られる「国債発行増加率が経済成長率以下である」ということである。数式的には少々考えてみればわかるが当たり前の条件である。
第3は財政投資である。積極財政の内容となるのが、自然災害に備えた国土強靱化及びエネルギーなどの新技術への投資であり、産業育成、そして、減税及び税と社会保障の見直しになりそうである。特に、多くの国民が期待する減税(消費税減税や所得税減税など)であり、生涯視点では、社会保障と受益と負担である。
バブル崩壊後、消費税導入に加え増税、社会保障の対象の拡大、高齢者への医療費削減などの受益を減らし、負担を重くしてきた(前回論文)。その結果、税と社会保障負担は、性格は異なるが、給与生活者にとっては、収入の過半を超えるようになり、江戸時代の農民と変わらなくなっている。
時限消費税減税、食費などの非対象外化、給付金付き減税や社会保障の壁のアップなどが検討されているが、財源を柔軟に運用することによって「手取り」を増やすことが述べられる。国民民主が提言し、財務省などが反対してきたと言われているが、実現する可能性が高くなっている。これはアベノミクスにはなかった政策である。公共事業などより、GDPの押し上げ効果が低いからである。しかし、消費主導の経済への転換によって、乗数効果で比較すれば、公共事業も変わりはないことが実証されている。
特に、日本では、現役世代の平均消費性向が低く、減税が預貯金に回る可能性が高いので、GDP効果が低いと言われてきたが、消費への態度が歴史的に好転していることから成長効果が期待できる。GDPのもっとも大きな比率を占める消費支出に影響を与える変数として減税が有効である。サナエノミクスでは、こうした認識があるようである。
03
強い経済へのシナリオ
強い経済への回復シナリオは、アベノミクスの異次元の金融緩和が引き金になり、デフレを脱却し、企業の設備投資につながり、収入が増えて、消費を回復させ、GDP成長につながるという経路を想定している。それに対し、サナエノミクスでは、財政出動による所得増をもたらし、所得増による消費増、そして、企業の設備投資増という供給サイドの経路を描いている。アベノミクスでは、金融緩和による企業の設備投資拡大を刺激するのに対し、サナエノミクスでは、消費者の手取り収入を増やすことを起点とする需要サイドに重点を置いているように見える。実際、今年度の臨時国会では、ガソリン・軽油税から立法措置を始める。
サナエノミクスは、アベノミクスよりも、ひとりひとりの生活者としての自立性を要請している。企業にも、補助金などの支援ではなく、経営の自立を求めている。消費者には手取り増加を背景にした消費拡大、企業には国内消費拡大を背景にした、より積極的設備投資である。この両輪によって「強い経済」の再建を狙っている。
この意味では、「自助努力」と「自己責任」のあるサッチャリズムのような「個人主義的自立」を要請している。この意味では「新自由主義」であるが、「保守的自由主義」と言える。
04
為替政策の再構築 - 強い経済への産業再構築
高市政権の短期的な最大の課題は、所信表明で明らかにしなかった為替問題である。
現在は、投機的な要因によって、円安が進んでいる。財政赤字が拡大し、利上げが抑制されるという読みからであろう。対ドルでなかなか円安が戻らないのは、依然として、日米長期金利差があり、経済のファンダメンタルがアメリカの方が優位だからだ。
ここで、円安を放任すれば、輸入物価は上昇し、2%を超えるインフレに繋がる。石油やガソリンの個別財の対策で対応できればいいが不明である。円安で、製造業が国内に工場を海外から移転させるには、2~3年の時間がかかる。サプライチェインの再建には時間がかかる。10年前には輸出産業であった自動車や家電はもはや輸入産業である。自動車でもっとも輸入が多いのはホンダであり、家電では、パナソニックやソニーである。食品や日雑品などの輸出が期待できるに過ぎない。インフレが高まれば、物価上昇に耐えられる、物価上昇を上回る収入増加層は減少し、消費の縮小を招くことになる。
円高誘導によって、日米の長期金利幅を縮小すれば2年内に日米金利は平衡することになり、1ドル120円水準になると推測できる。こうなれば、日本のGDPやひとり当りのGDPは回復し、再び、ドル建ての世界ランキングにNo.2として返り咲く。もっともわかりやすい「強い経済」になり、年に1~2回の海外旅行はもどり、海外で贅沢ができる。他方で、海外旅行客は激減し、観光産業は打撃を受ける。何よりも輸入物価は下がり、インフレ要因ではなくなる。賃上げ要因だけになる。
05
為替政策には答えはない - 財務省は円安、日銀は円高か
為替政策は、これまで以上に大きな産業的経済的社会的役割を担っている。一般層にとって、「強い経済」とは、海外旅行に行けて一息つけて、日本がランキングで上位にあることだ。日本経済の強さの象徴だ。産業的には、どの産業を伸ばすかの問題である。円安は製造業には有利だが、流通産業には不利だ。企業にとってみればグローバルチェインをどう配置するかを決める。経済的には、輸出市場でシェアを拡大できるかどうかの問題であり、国際金融の流れにどう棹さすかの問題だ。
為替政策は、国際収支の反映である。国際収支では、人々の往来のない戦前では、財の輸出入だけをみればよかった。戦前の「近隣窮乏化政策」は、財の「純輸出」が伸びて経済成長を自国にもたらす政策だ。財以外では、情報やコンテンツは、アニメや漫画を除けば輸入超過だ。資本収支では、国内に封じ込められていた数百兆円の預貯金が、海外の株購入に回っていく。ソフトウェア、海外の保険やコンサルティング料も赤字だ。
産業の高度化によって、財から情報、コンテンツやサービスなどへ国際取引が大きく変わっている。サナエノミクスの課題は、国内産業及び国際取引の高度化にどう対応するかである。
もはや日本は資源のない国で、原料を輸入して付加価値をつけて輸出するしかない、という幻想を捨て、新たな世界経済の構築に寄与できる方針を策定すべきだ。日本の貿易立国論は一面的な議論だ。外貨がなければ、石油も鉄鉱石も買えない。従って、賢明に付加価値をつけて、1トン1万円の鉄鉱石を買って、1トン100万円の車を売り、鉄鉱石を買う資本を稼がねば食べていけない、という議論だ。
問題は、99万円はどうなるかである。これは、国際収支の原則から輸出国の株、土地や国債などの外国の資産に化けている。戦後、アメリカと日本は、ほとんど貿易黒字だった。最近では年間10兆円の黒字を生み、アメリカの資産に化けている。
アメリカからみれば、「目に見えない侵略」である。黒字を放置し、「見えない侵略」(トランプと関税論文)をしてきたつけを支払えというのがアメリカ・トランプ政権の論理だ。同じことを中国がアメリカに対し、そして、日本に対しても行っている。
石破・「ピストン赤沢」コンビの前政権は、これを飲み、日本政府が80兆円の投資をすることを約束した。黒字の本質が問われている。「貿易立国」の利己性が問われている。貿易は、国と国土に根差した要素賦存によって相互利益のもとで行われる。経済力がなければ輸入し輸出できないという議論は架空に過ぎない。現に、アメリカは輸入を止めることはできない。自国の財政レベルでの赤字解消による経済侵略を阻止しようとしている。
サナエノミクスの残された課題は財務省の為替政策と日銀との金融政策のすり合わせにある。ここには、金融政策を超えた消費者視点に立った産業再構築にもとづく成長戦略が必要であろう。長期的には、長期の需給ギャップで、需要が供給を長期に上回る「強圧」条件が整えば、当然、円高につながることが予測される。従って、短期的には円安容認になるのかもしれない。いずれにしても、インフレ、金利、成長の絶妙な臨機応変の対応が必要になる。財務省だけでは対応できないのではないか。
| 項目 | アベノミクス | サナエノミクス |
|---|---|---|
| 狙い・目的 | デフレ脱却と景気刺激。名目成長率の回復、雇用改善を目的に「三本の矢」(金融緩和・財政出動・成長戦略)を実施。 | 「強い経済」の再建。個人・企業の自立を促しつつ、需要主導型成長への転換を目指す。消費増を起点に所得・投資の循環を作る。 |
| 基本構想 | 政府・日銀連携による「異次元の金融緩和」を中核とした金融主導型政策。 | 政府主導のマクロ政策を重視し、財政主導・生活者起点型の経済運営。金融政策の独立性を尊重しつつも、政府方針を優先。 |
| 金融政策 | ・異次元の金融緩和(大量の国債購入) ・マネタリーベース拡大による円安誘導・低金利維持による投資刺激 |
・金利引き上げに慎重だが、緩和継続を明示せず「曖昧戦略」。 ・金融政策の政府主導性を強調し、財政拡大と矛盾しない方針を求める。 ・為替介入も含め柔軟対応。 |
| 財政政策 | ・国債発行による大規模財政出動(例:コロナ対応100兆円) ・インフラ投資・公共事業中心。 ・債務増大を容認。 |
・「責任ある財政」を掲げ、積極的な財政出動を容認。 ・財源確保において「純債務」概念を採用し、日銀を政府連結対象とみなす。 ・ハロッド=ドーマー条件(国債発行増加率<成長率)を財政規律とする。 |
| 成長経路の想定 | 金融緩和 → 円安 → 企業収益改善 → 設備投資拡大 → 雇用増 → 消費拡大 → 成長 | 財政出動 → 所得増 → 消費増 → 企業設備投資増 → 成長(需要サイド起点の好循環) |
| 為替政策 | ・円安を容認・推進。 ・企業の海外収益増に寄与したが、国内投資を抑制。 |
・短期的には円安容認!? |
| 国債・債務認識 | ・政府債務を総額で把握。 ・財務省的な「債務膨張リスク」への意識。 |
・「純債務」基準を採用し、資産・日銀保有債権を相殺。 ・OECD定義とは異なるが、実質的な債務軽減を主張。 |