眼のつけどころ

ヤマダ VS. ヨドバシ「東京決戦」の行方

2007.02 代表 松田久一

 印刷用PDF(有料会員サービス)

本稿は、「週刊エコノミスト」掲載記事のオリジナルコンテンツです。

 家電流通市場にとって、2007年は今後の勢力図を決定する節目の年となりそうだ。長い市場競争を経て「2強」にのし上がったヤマダ電機とヨドバシカメラが、ついに「東京決戦」の時を迎えるためだ。

 郊外店で成長したヤマダ電機は最近、出店を都市部へとシフトしている。06年3月、大阪・難波で売り場面積1万9,800平方メートルの都市型大型店舗「LABI(ラビ)」をオープンさせたのに続き、同様の大型店を3月下旬には仙台駅前に、そして今夏には東京・池袋に出店する。ヤマダが東京の「家電激戦区」に進出するのは初めて。さらに、渋谷などへの店舗拡大を目指す。

 これに対し、本拠地・新宿西口本店をベースに、一貫して都心部の「駅前立地」にこだわってきたヨドバシは05年、秋葉原に売り場面積2万3,800平方メートルの巨艦店「マルチメディアAkiba」を構え、これを迎え撃つ形だ。

 2強による東京決戦が近づき、水面下ではメーカーとの取引条件を巡る激しいつばぜり合いがすでに始まっている。この戦いの結末が、市場規模50兆円にのぼる情報家電メーカー大手10社の動向に影響を与えるのは必至だ。

 日本の05年の家電流通市場は約5万1,300店によって担われ、売上高は約7兆6,300億円と推計される。そのなかで、上位10社の売上シェアは、00年の37.8%から05年の63.9%へとここ数年で急伸している(図表1)。これほどの寡占化が進む消費財の流通市場はほかにはない。

図表

 家電流通市場を戦後の長いスパンでみれば、それはまず、メーカー主導の小規模な小売店をベースにメーカー別チェーンと言われる系列流通システムを中心として発展した。その後、1970年代にGMS(ゼネラルマーチャンダイジングストア)と呼ばれるスーパーや家電量販店などの多店舗を展開する企業が登場し、組織小売業化が進んだ。

 そして近年では、寡占化が急速に進むと同時に、上位企業は毎年顔ぶれが変わる激動期にある。そうしたなか、特に注目されるのは、対照的な戦略で収益性を上げてきたヤマダとヨドバシである。2社合計のシェアは00年の11%から05年には24.7%へと大きく伸びている。

 2強決戦の行方を占うために、両者の戦略と戦力を比較し、その競争力を検討しよう。

01

ヤマダ電機の成長を支える戦略とシステム

図表

 ヤマダ電機は、2001年度の売上日本一を達成して以後、断トツの成長を遂げている。売上約1兆2,840億円で家電流通市場の約17%のシェアを占め、対前年成長率は117%と高く、経常利益は約630億円で経常利益率はおよそ5%である。株式時価総額も約1兆円と業界トップの地位にある。

 このヤマダ電機の成長を支えてきた戦略の特徴は三つある。ひとつは、地方の郊外へ数多く出店してきたことである。2007年1月末時点で337店の出店数のうち郊外型が333店を占める。ふたつは、郊外の標準店では約20~40万の品揃えアイテムに絞り、思い切った低価格戦略を採っていることである。ヤマダ電機の商圏に配布されるチラシ広告をみればいかに低価格を実現しているかがうかがえる。三つめは、店舗フォーマットを同一化し、1店当たりの設備投資を抑え、ローコストのチェインオペレーションを実現していることである。

 ヤマダ電機のマーケティングは、郊外に住むファミリー層の土日に車で来店される目的買いのニーズにフィットしたと言える。ヤマダ電機の郊外店の近くでは平日に特売チラシを見て土日に来店する顧客が多く、駐車場の空きを待つ周辺渋滞が起こる程で、売上の土日集中度は極めて高いと言われている。郊外に住む子育て層にとって、車での移動は不可欠であり、大きな駐車場は便利であり、子供に手間とお金がかかる時期に、家電製品の特売価格は有り難い生活支援になる。神奈川では約40%、埼玉で約26%、千葉で約24%と圧倒的な地域シェアの高さである。

 このようなマーケティングや戦略を支えるのは善循環の成長システムである。出店や成長による売上拡大を図り、商品の購買力をアップさせ、メーカーから有利な取引条件を獲得し、それを低価格戦略に結びつけ顧客数を増やし売上を拡大する。さらに、売上拡大を株価に反映させて資金調達を容易にし、出店を加速させる。このような成長の善循環システムが見事に機能してきた。

02

ヨドバシカメラの効率経営を支える人的販売力とシステム

 ヨドバシカメラは、寡占企業のなかで経常利益率が約6%とトップである。売上高は約6,012億円で家電流通市場の約8%のシェアを占め、対前年成長率は104%、経常利益は約339億円である。株式は非公開である。

 ヨドバシカメラの高収益を支える戦略の特徴は三つある。ひとつは、店舗数を20店と絞り、大型化し、都市部の集客力のある駅前などの立地に出店していることである。ふたつめは、品揃えを約60万アイテムと広げ、AVやIT関連の品揃えを得意としていることである。三つめは、1店舗当たりの社員販売員をヤマダ電機の2倍配置し、商品知識を武器に、1人当たり月1,600万円の売上をあげていることである。これはヤマダ電機の約800万円の2倍であり、付加価値の高い販売を実現している。

 このマーケティングは、東京や地方の都心部に住んだり、通勤・通学したりするサラリーマン等の顧客層の新製品・ITニーズに見事に合致した。近年、急速に普及した薄型テレビ、DVDプレイヤー、デジタルカメラ、ゲーム機などの新製品の普及にヨドバシカメラはライバル企業に先駆けて取り組んできた。さらに、来店機会を増やす2,000万人のポイントカードシステムも強みになっている。

 高額な大型液晶テレビは平均3回の来店によって購入される。一度は下見とカタログ収集に、二度めは、販売員に質問に、三度めは、奥さんに了解を貰い購入するためである。つまり、高額品の購入には立地のよさが有利に働く。さらに、立地のよさは来客頻度を上げ、優秀な販売員によって関連販売を増やし、ポイントカードによって、ヨドバシカメラのファン化や固定客化に結びつけることができる。

 このような高収益を支えるのは、低価格だけでは戦わない差別化システムである。立地のよさを来店頻度に結びつけ、商品知識の必要なAVやIT商品分野で若い販売員を武器に固定客化を図り単価アップや関連商品に結びつけ、付加価値の高さを従業員教育や給与条件に結びつけ、さらに優秀な販売員の獲得に結びつける仕組みである。従業員の平均年齢はヤマダ電機に比べ3才若いにも関わらず1人当たりの人件費はヤマダ電機よりおよそ10%高い446万円である。さらに、上場せず自前の資金調達によって、集客が確実に確保できる立地に選択的に出店している。

03

決戦を促す人口の東京再集中

 ヤマダ電機もヨドバシカメラもユニークな戦略によって市場競争を勝ち抜いてきた。この2強を決戦へ向かわせているのは市場の変化であり、引き金は人口減少である。

 2006年の日本の人口は約12,800万人と推計され、2030年には11,500万人に減少し、30年間で約1,000万人が減る。その結果、税収不足などで地方自治体などが財政破綻し、地域によっては、満足のできる医療・教育や水道などのインフラサービスが受けられなくなる恐れもある。さらに、地域経済格差の拡大によって、収入格差もさらに拡大する。少しの人口減少が大きな人口の社会移動を生み、東京などの都市部への人口集中と地方や郊外などの人口減少が予想される。およそ751の行政都市のなかで人口が増えるのは71市に過ぎない。その分岐点は人口約30万人である。

 このような東京や都市部への人口再集中は、ヤマダ電機とヨドバシカメラの戦略に大きな影響を与えることになる。ヤマダ電機にとっては、337店舗中およそ57%の店舗が人口30万人以下の都市に出店している。従って、ヤマダ電機がこれまでの強みを生かして、成長戦略を維持するためには、経験の少ない都市型店舗ノウハウをもとに、わずか7%のシェアしかない東京市場の攻略と集中を進めるしかない。他方、東京市場で約20%のシェアを持つヨドバシカメラにとっては、地方の駅前店の苦境、秋葉原店でのファミリー需要層及びオタク層の取り込みノウハウの早期獲得、強みの鍵となっている人手不足による東京での優秀な販売員の確保難、家賃、地価や有利子負債の負担の上昇などのコストアップが懸念される。ヨドバシカメラも安穏に暮らせない。

 決戦の行方はどうなるのか。ヤマダ電機が勝つ条件は、ヨドバシカメラの得意とするAVやIT商品分野でおよそ2倍の購買力格差をつけ、ヨドバシカメラよりも約20~30%の有利な価格条件を引き出し、価格競争でリーダーシップを握ることである。現在、ヤマダ電機の商品カテゴリー別のシェアは、デジカメなどのデジタル機器でもっとも高く、およそ18%、オーディオ17%、洗濯機16%、カラーテレビ15%などと推計できる。パソコンや通信関連機器では10%前後である。つまり、まだまだ、価格競争で圧倒的に有利に立てる条件にはない。恐らく、現在の売上の倍である約3兆円を達成した際に、ウォルマートクラスの購買力を武器にすることができる。

 ヨドバシカメラが勝つ条件は、ヤマダ電機に約20~30%以上の価格差をつけられないことである。この程度の価格差は販売員による差別的なサービスでカバーできる。そのためには、東京市場で30%程度のシェアを獲得する必要がある。つまり、秋葉原店程度の規模の巨艦店と投資が必要となる。さらに、社員教育を徹底して商品知識を生かした販売や店頭展開で付加価値をつけ、人材を確保することである。

 もちろん、この決戦の勝敗を決めるのは消費者の選択である。しかし、短期的には、この戦いの行方を、固唾を飲んで見守っている10社の情報家電メーカーの動向である。この10年、メーカーも流通も伸びる企業と組むのが情報家電産業の勝利の原則である。2007年度、ヤマダ電機とヨドバシカメラがどのメーカーと強い協力関係を結ぶのか。メーカーの選別と争奪戦はすでに始まっている。

[2007.02 週刊エコノミスト]