グローバル弱者のマーケティング
 弱者こそが再成長を掴める - 弱者上等の時代

2026.05.20 JMR生活総合研究所 代表取締役社長 松田久一

要旨

 多くの日本企業は、1980年代には強者であった。しかし、グローバル資本市場と産業構造の変化のなかで、特に製造業の多くが相対的な弱者へと転落している。ここでいう弱者とは、単に市場シェアが低い企業ではない。グローバル競争において、変革の主導権を握れない企業のことである。

 本稿の主張は明確である。日本の製造業は、過去の製造業モデルへ回帰するのではなく、成熟した消費文化を土台に、製品・サービス・情報・体験・顧客接点を統合する「価値創造提供業」(VCO)へ転換しなければならない。そのためには、変化する業界構造を分析し、短期的な市場対応であるヨコ戦略だけでなく、過去の競争経験、現在の産業構造、未来の価値提供をつなぐタテ戦略が必要である。



図表1 本稿の構成

役割

1. グローバル弱者化

日本の製造業が強者から弱者へ移行した背景を整理する。

2. 弱者の再定義

弱者をシェアではなく、変革主導権の喪失として定義する。

3. 消費高度化と産業融合化

約150社分析を踏まえ、成長要因を産業境界の再編成として説明する。

4. 顧客接点への付加価値移動

ものづくりから編集、接点、プラットフォームへ価値が移る構造を示す。

5. 逆転の戦略

弱者が布石セグメントから産業変革へ進むシナリオを整理する。

6. VCOへの転換

製造業から価値創造提供業(VCO)への第n次創業を結論づける。


01

日本企業はなぜグローバル弱者になったのか

 日本企業は、1980年代には世界企業の中心にいた。1989年には、世界の時価総額上位50社のうち32社が日本企業であった。しかし近年、世界上位50社に入る日本企業は、トヨタ自動車1社程度にとどまる。Fortune Global 500でも、1995年に日本企業は149社を数え、米国の151社に迫っていたが、2024年には40社へと減少した。

 この変化は、単なる景気循環ではない。日本企業を支えてきた国内市場の業界構造が崩れたのである。

 企業の収益性は、M.E.ポーターによれば、業界構造の魅力度と自社の競争戦略によって決定される。したがって、収益の鍵を握る業界構造の魅力度を理解し、独自の戦略を構築することが高収益の条件である。日本の消費財などの業界は、系列、長期取引、流通慣行、品質改善、ブランド信頼という産業構造が産業魅力度を高め、さらに独自のコスト優位や差別化優位によって、より高い成長性を確保してきた。

 しかし、2010年代になり、デジタル化、グローバル化、資本市場の自由化、プラットフォーム化によって、伝統的な業界構造は融解し、業界の魅力度は十分なものではなくなり、業界分析の有用性も認識されにくくなった。ポーターの業界構造分析はもはや通用しないという議論まで現れた。

 国内でシェアトップの強者であっても、日本企業はグローバル市場の出現により業界構造が崩れ、資本力、技術開発力、データ量、プラットフォーム構築力、意思決定速度において劣後する局面が増えた。特にエレクトロニクス産業の現状は厳しい。日本企業は、国内の川では大きな魚であったが、世界の大洋では鯨と戦う小魚になったのである。


02

弱者とは何か

 ここでいう弱者とは、狭義には市場シェアがトップではない企業を指す。しかし、現代の弱者はそれだけでは定義できない。より重要なのは、産業構造が変化する局面において、変革のリーダーシップを握れないことである。

 国内シェアが高い消費財メーカーであっても、顧客接点を組織小売業やプラットフォームに握られ、価格訴求や棚割りに従属し、消費者に価値を十分に伝えられなければ、実質的には弱者である。製品を作る力があっても、価値を届ける接点を支配できなければ、付加価値は川下へ移動する。

 したがって、現代の弱者とは、製品競争による価値創造では一定の力を持ちながらも、顧客接点、データ、推薦、決済、継続利用の仕組みといった価値伝達手段を握れず、産業の再編成を主導できない企業である。この定義に立てば、製造業のみならず、日本の多くの「強者企業」も、グローバルには弱者なのである。

 ここで再び強調したいのは、強者は守らねばならない、もう一方で革新しつづける弱者でなければならない、ということだ。弱者上等の戦略的情念が成功の論理に導いてくれる。


03

消費高度化と産業融合

 日本の製造業の再生、ひいては日本企業全般の再生を考えるうえで重要なのは、消費の高度化である。成熟した消費社会では、消費者は商品そのものだけを求めない。健康、美容、移動、食、住まい、学び、趣味、金融、介護、観光など、生活目的が高度化し、複合化している。

 「消費者はドリルそのものではなく穴を求める」という古典的なT.レビットの格言がある。しかし今日では、穴を開けた結果として実現される生活、表現、体験、承認までもが求められるようになっている。消費は、物的需要から、目的・感情・体験・文脈を含む需要へと移行しているのである。

 このような消費の高度化は、製品の多様化、価格帯の幅の広がり、サービスの包含化によって測定することができる。

 資本主義の成長段階は、伝統的社会から離陸し、成長から成熟へと移行して、高度大衆消費時代(the age of high mass-consumptionを迎え、国内総生産(GDP)の過半を個人消費が占めるようになる。欧米では戦後、日本は1960年代にこの段階に入ったことが確認できる(W.W.ロストウ)。

 消費の高度化とは、大衆消費社会における消費の基本トレンドである。その動力となっているのは、欲望の高度化、すなわち自己実現志向の高まりである。この変化は産業の境界を曖昧にし、商品間の代替関係・補完関係を強め、産業を統合・融合させる。

 産業構造そのものも、この消費高度化の進展とともに段階的に変化してきた。古典的な製造業を中心とする産業構造から、消費高度化を背景に他産業の機能を取り込む融合産業構造へ、さらには供給者と購買者の双方をネットワーク上で結びつけるプラットフォーム産業構造へと進化している(図表2参照)。



図表2 産業構造の進化

(出所:筆者作成)




04

消費高度化と産業融合の実証 - 約150社の事例分析

 消費の高度化が、産業の融合、そして産業の収益性に与える影響を分析するため、国内外の主要消費財企業を対象に、上場企業から約150社を任意抽出してデータを整備した。具体的には、食品、化粧品、小売、AI、IT、プラットフォームなどの産業を含む。データ整備優先の任意抽出ではあるが、基本的な傾向や「事前分布」を探るうえでは十分な規模である。

● 消費の高度化は、産業融合度を有意に説明する

 製品の多様化、価格帯の拡大、サービスの包含化という三つの尺度で構成された消費高度化指標は、産業融合度を説明する変数として確認できた。ここでいう産業融合とは、産業間における主要製品の代替関係の強さ、補完関係の強さ、そして産業分類上の重複度で測定したものである(相対指標)。

 スマートフォンは、きわめて産業融合度の高い製品である。時計、計算機、カメラ、パソコン、懐中電灯まで、さまざまな製品と代替関係にあり、同時に、他産業の製品に影響を与えて新しい製品を生むという補完関係にもある。Apple Watchなどのウェアラブルデバイスとの補完関係は明確であり、最近では健康データを測定できるよう進化しているため、家庭用医療器具にも大きな影響を与えている。さらに、統計上の産業分類では、通信、デバイスの双方に重複して登録されている。

 また、消費の高度化が低い段階では明確な因果関係は見られないが、消費の高度化が高い段階では、明確な回帰的因果関係が観察された(図表3参照)。

 この結果は、「消費の高度化は産業融合をもたらす」という仮説を支持するものであった。



図表3 消費の高度化は産業融合度を有意に説明

(注:消費高度化中央値+0.012で2群均等分割(各群N=75)。Y軸は業界曖昧度・融合度の標準化スコア)
(出所:各社IR情報を基に整備した150社データを用いて筆者分析)



● 産業融合度が高い企業ほど、売上高成長率が高い

 産業融合度と売上成長率との関連を見ると、明らかに正の相関が観察され、産業融合度は売上高成長率の独立変数として機能している(図表4参照)。



図表4 業界融合度は売上高成長率を説明

(注:Model 1(線形)-- 売上高成長率 = 7.05 + 8.68 × 業界融合総合指標、R² = 0.170, p < 0.001)
(出所:各社IR情報を基に整備した150社データを用いて筆者分析)



● 業界融合度と売上高成長率の関係は非線形である

 この回帰関係を特定するために、回帰の次数(2次関数、3次関数など)を上げて検証したところ、3次モデルの説明力が最も高いことが確認された。これは、産業融合度と売上高成長率が直線的な関係ではなく、融合度の度合いによって売上成長率が変動する関係にあることを示唆する(図表5参照)。

 産業融合は、その進化によって、産業を規定している力関係(バーゲニング・パワー)を変える。その結果、産業進化の内容に応じて売上高成長率が上下すると考えられる。たとえば、産業構造を変える組織小売業が強くなれば、メーカーの成長率は下がる。逆に、川上での原材料仕入価格が下落すれば、低価格化を通じて売上成長率が上がる、といった現象が生じる。実例としては、食品産業や菓子業界がこの影響を大きく受けている。



図表5 産業融合度と売上高成長率は非線形関係:三次モデルで適合度が改善

(注:Model 3(三次項込み) R² は 0.170 → 0.234 へ上昇。*p<0.05, **p<0.01)
(出所:各社IR情報を基に整備した150社データを用いて筆者分析)



● AI・プラットフォーム・ITセクターでは融合効果が特に強い

 産業別に、産業融合と売上成長率の関係を、AI、プラットフォーム、ITなどの産業とそれ以外の産業で比較してみると、当該産業が産業融合の効果を強く受けていることがわかる。これらの産業は、他産業との代替・補完関係によって成長する産業であり、また、あらゆる産業の活動に必要となる情報を扱うため、他産業との関わりが構造的に強いからである(図表6参照)。



図表6 成長効果はAI・プラットフォーム・ITセクターで顕著

(注:Model 5(AIダミー込み)最高 R² = 0.266。主効果はセクター・ダミーへ吸収される)
(出所:各社IR情報を基に整備した150社データを用いて筆者分析)



● 約150社分析からの含意

 150社分析からは、主に次の三つの発見が得られた。第一に、消費者変化によって進む消費の高度化は、提供価値やそれを具現化した製品・サービスに直接的に影響を与えると同時に、産業構造にも影響を与え、売上高成長率に影響することが確認できた。

 第二に、AI・プラットフォーム・ITが主流産業となり産業構造分析が無力化するという主張は反証され、これらの産業においてこそ、産業構造とその融合を通じて、収益性、特に売上高成長性に影響が及ぶことが確認できた。

 第三に、成長の鍵は、消費高度化を産業融合と顧客接点の再構成へと転換する能力にあることがわかった。すなわち、消費高度化を受身で待つのではなく、これを先取りし、積極的に産業融合へと結びつける活動へ転換することが重要である。受身の弱者ではなく、変革のリーダーシップを握ることが鍵となる。


05

付加価値は製品から顧客接点へ移動する

 産業融合の時代には、付加価値の源泉が変化する。かつては、優れた製品を効率よく作ることが競争力の中心であった。しかし現在では、製品をどのような体験、情報、サービス、決済、継続利用の仕組みに接続するかが、競争力を左右する。

 典型はスマートフォンである。スマートフォンは、電話、カメラ、時計、音楽プレーヤー、ゲーム機、地図、決済、動画視聴装置、最近ではAIまでを統合した。これは単なる多機能化ではない。複数産業の付加価値が、スマートフォンという顧客接点に吸収されたことを意味する。生活者がスマートフォンに期待するのは、必要な情報をいつでもどこでも入手し、また情報を発信して自己表現できるというポジティブ価値である。この価値を見失えば、製品はひたすら多機能化し、操作は複雑化し、機能スペックだけが上昇していく。Appleは、自社の顧客を「プレミアム情報生活者(Premium Information Lifestyle Consumer)」と定義している。

 日本の製造業は、製品の製造能力(ものづくり)で負けたのではない。製品が前提としている価値の理解を怠ってきたことが大きいのである。

 マスメディアの広告市場にも同じ変化が起きている。価値の中心は、電波枠を押さえる企業から、検索、動画、SNS、購買データ、視聴履歴を押さえるプラットフォームへ移動した。メーカー、小売、広告主、消費者の力関係は、棚、メディア、データ、推薦アルゴリズムをめぐって再編成されている。

 消費財メーカーにとって最大の課題はふたつある。価値そのものの理解と、価値を伝達する顧客接点の確保である。古典的な顧客接点はマスコミと店頭の二本柱であったが、現代では認知から購買・定着に至るプロセスがCM広告・口コミ・ネット口コミ・棚前接触・人的接触・ネット接触へと拡散している(図表7参照)。



図表7 顧客接点の定義(購買決定の現場)

(出所:筆者作成)



 第一は、消費の高度化を進める生活者の価値ライフスタイルを、商品・サービスから離れて理解し、その行動と選択を解釈できないことである。生活者は生きがいを求め、商品・サービスに製品ではなく価値を期待する。価値とは、ある価値ライフスタイルを生きる生活者の生きがいに繋がる何らかの有用性である。すなわち、商品を「価値」として理解できていない、ということである。

 第二は、価値が伝達できない、つまり、価値を伝える接点を失いつつあることである。PB商品の拡大、小売業の巨大化、棚割りの標準化、テレビ広告の影響力低下によって、ナショナルブランドは従来の方法では価値を伝えられなくなった。製品価値があっても、GMS、食品スーパー、コンビニやドラッグストアの三尺六段の棚前で伝わらず、価格だけで比較されれば、PBに勝つことはできない。これは、メーカーと組織小売業の交渉力が逆転し、組織小売業優位の構造に転じたためである(別稿)。


06

弱者が逆転するための戦略

 弱者が勝つには、強者と同じ土俵で全面競争しても勝てない。投資量と活動量では勝てないからである。しかし、特定領域に絞れば、量で勝つことができる。「量では勝てないので質で勝負する」というのは表面的な理解にすぎない。ライバルの「裏」をとり、特定領域で「量」を集中させて勝つ、というのが弱者の戦略である。

 必要なのは、自社の強みが最大限に発揮でき、強者が参入しにくい「布石セグメント」を発見することである。セグメントとは、市場を客観的な基準で区分した部分市場のことである。特定セグメントで独自価値を提供し、収益を確保しながら、競争優位を基に次第に市場範囲を広げ、産業変革の主導権を握っていく。

 過去の逆転事例は、セグメントの選択によって大きく三つに整理できる。

 第一は、ローエンドから参入して拡大する戦略である。トヨタは米国市場で小型車から参入し、品質信頼を築き、やがて中・大型車、高級車へと拡大した。キヤノンも、ゼロックスが重視しなかった小規模オフィス向け市場を起点に独自の地位を築いた。

 第二は、ハイエンドから参入し、価格帯を下方へ広げる戦略である。テスラは高級EVスポーツカーから参入し、Model S、Model 3へと展開した。iPhoneもまた、高価格帯の単一機種として登場し、スマートフォンを単なる携帯電話ではなく、生活接点のプラットフォームとして再定義した。

 第三は、ニッチから参入し、カテゴリーそのものを変える戦略である。アサヒスーパードライは、「ドライ」という新しい味覚カテゴリーを形成した。任天堂Wiiは、個人のゲームから家族で遊ぶゲームへと意味を変えた。ユニクロは、素材、SPA、直営店を結びつけ、フリースや機能性肌着を生活価値として定着させた。

 これらに共通するのは、強者が軽視し、参入すると自己矛盾を起こすセグメントを選び、独自価値を集中投下したことである。「ライバルの裏をとる」とは、ライバルが気づかないという意味ではなく、ライバルが参入できないセグメントを選ぶことを意味する。

 高級化粧品メーカーにとって参入できないのは、低価格帯である。長くトップを維持してきた資生堂は、低価格帯では戦えない。低価格ブランドを売却している。加えて、資生堂ブランド名を後退させ、個別ブランドを前面に押し出した前CEO政策は、大正時代から続くチェーンストアからの支持を得られず、推奨販売や店頭品揃えへの協力を得ることが難しくなった。25,000店まで拡大したメーカー主導のボランタリーチェーンの中で、現在協力を得られるのは1,000店以下と推測されている。他方、直営店である無印良品の店舗数は、国内で約683店とされる。こうした業界構造を踏まえれば、無印良品がシェアトップとなるのは合理的な帰結である。とりわけ、店頭での人的推奨販売とセルフ販売を、自社小売業の中で自由に展開できる無印良品では、「価値伝達力」が圧倒的に異なるのである。

 弱者の戦略とは、小さく始めることではない。小さなセグメントを、未来の産業構造へとつながる橋頭堡として設計することである。

 逆転シナリオの8ステップ

 逆転の戦略が成功する鍵は、ライバルが模倣できないことである。地理に着目し、特定地域に集中して資源投下すれば、事例で見たように成功は可能である。しかし、やがてこの手法が強者に認知され、模倣されれば、部分的な競争優位は失われ、圧倒されることになる。したがって、強者に模倣されないことが必要条件である。そのためには、他者が模倣できない市場のセグメント基準を採用するか、あるいは強者が構造的に選択できないセグメントを特定化することが重要である。現代では、データサイエンスを駆使した情報それ自体が、模倣困難性を担保する手段となる。

 これらを踏まえ、弱者から変革のリーダーへと進むためには、以下の8段階のステップを踏んで進めることが大事である(図表8参照)。



図表8 市場独占を築く:事業戦略の8段階ロードマップ

(出所:筆者作成)



 ステップ1. 業界構造を分析し、現在の収益源と成功要因(KFS)の変化を明確にする。

 ステップ2. 自社と競合の強み・弱みを比較し、コスト優位と差別化優位を見極める。

 ステップ3. 地域、カテゴリー、顧客、機能、チャネルごとに市場を再セグメントする。

 ステップ4. 商品価値を、物的定義から目的的価値へと再定義する。

 ステップ5. 強者が参入しにくく、自社が独占的優位を築ける布石セグメントを選定する。

 ステップ6. 商品とチャネルの最適接点を設計し、価値伝達の仕組みを構築する。

 ステップ7. 棚前行動、人的販売、リテールサポート、デジタル接点を統合して実行する。

 ステップ8. 部分的成功を、他カテゴリー、全国展開、海外展開へと拡大する。


07

製造業から価値創造提供業(VCO)へ

 日本企業が進むべき方向は、製造業の復古ではない。量産の時代に戻ることでもない。成熟した消費文化を土台に、価値を構想し、編集し、提供し、継続的に更新する企業へと転換することである。

 弱者が生き残るには、変革のリーダーシップを握るほかない。

 日本の製造業がリーダーから弱者へと転落した原因である「消費の高度化による産業融合」のなかで、改めてKFS(成功の鍵)を捉え直し、製品ではなく価値づくりに集中し、もはやマスメディアでは伝達できなくなった価値を伝達しうる顧客接点(店頭棚前、人的販売、サービス対応など)を再構築することである。

 それは、製造業ではなく、価値を創造し、価値を伝達・提供する価値創造提供業(VCO:Value Creation and Offering)への転換であり、脱皮である。

 この脱皮は、第2次産業から第3次産業への単純な移行ではない。農業・製造・サービスという古典的な産業分類を超え、商品・情報・体験・データ・プラットフォームが融合する「第n次産業化」である。その中心に立つのが、変革をリードする価値創造提供業(VCO)である。

 日本企業には、ものづくりにおいて依然として強みがある。精密なものづくり、品質への執着、生活文化への感度、成熟消費への理解である。しかし、それらを製品内部に閉じ込めているままでは、成長にはつながらない。顧客接点、体験、データ、サービス、継続利用の仕組みに接続して初めて、それらは付加価値となる。従来の製造業のままでは、これは実現できない。


結論:第n次創業としてのマーケティング

 日本の製造企業は、かつての強者ではない。グローバル市場では、資本力、データ量、プラットフォーム構築力で劣後する弱者である。しかし、弱者であることは敗北を意味しない。むしろ、過去の成功モデルを捨て、新しい価値提供構造へ移行する契機である。頂点を極めるGAFAMもまた、いずれは現在の強みに拘り、構造を安定化させ、手段が目的に転化していく局面を迎える。これは、弱者にとっては成長機会の到来を意味する。強者の裏をとる機会が増えるからである。AIの世界では、わずか1か月ほどで、無料登録ユーザーレベルでのシェア逆転が現実に生まれている。

 OpenAI社のChatGPTから、Anthropic社のClaudeへの転換がその例である。OpenAI社は、自社製品の優位性を強化し、利便性を高めるため、データセンター数の拡大に向けた設備投資の増強に注力した。業界競争の成功の鍵を、データセンターの量的優位とみなしたようである。他方、OpenAI社から分離独立したAnthropic社は、上級ユーザーやエンジニアに目を向け、オフィスアプリなどとの連動性を高めるエージェント機能に注力して、Claudeを市場に導入し、バージョンアップを重ねてきた。その性能評価はChatGPTを圧倒し、AIを仕事で使う層からは圧倒的な支持を獲得している、と言われている。

 法人向け資金管理サービスを手がける米国の新興企業・ランプ社(Ramp)が、顧客約5万wを超えるユーザーのカードの請求書などの支出データから分析した。AIサービスの導入企業は全体の5割超。そのうちアンソロピックのシェアは34・4%、オープンAIは32・3%だった。アンソロピックは昨年1月時点の4%程度から約30%上昇したのに対し、オープンAIは横ばいである。(yomiuri.co.jp5月19日)。しかし、測定対象や調査対象によって。シェアは大きく異なることも留意しておく必要がある。

 この種のシェア逆転にも、特定セグメントでのエージェント機能の優位性を市場拡大に結びつけるという、シェア逆転の論理が見て取れる。

 ただし、競争はこれで安定するわけではない。競争が製品の性能レベルにとどまっている間は、ChatGPTもバージョンアップで反撃しており、ユーザーが激増してすぐに動作しなくなるという弱みも露呈している。GoogleのGeminiもまた、反撃を意図して能力向上が著しい。しかし、他のアプリやGoogle系アプリとの連動性は期待ほど高くない。人材と技術力はあっても、広告と結びついた検索サービスが事業の中心であるため、ライバルに裏をとられやすい。シェア逆転と競争の激化、そして他産業との融合は、今後も進行していくであろう。

 必要なのは、目先の市場対応に終始するヨコ戦略ではない。過去の競争経験を振り返り、現在の産業構造を読み、未来の価値提供を構想するタテ戦略である。タテ戦略によって、自社の存在意義を再定義し、布石セグメントを選び、顧客接点を再設計し、価値創造提供業へと転換していく。

 日本の製造業の再生は、製造業だけの復活としてではなく、製造業を超えることで実現する。これは日本企業全体の課題でもある。高度消費時代の価値創造提供業へ。この転換こそが、日本企業に求められる「常在創業」の意識である。


主要参考文献

調査分析設計



シリーズ
業界分析
タテ戦略で読み解く、業界の競争構造と未来。
化粧品・ホテル・食品・EV・ヘアケア 5業界掲載中
記事を見る ▶