書評―知のドラマ

2007.02 代表 松田久一


本コンテンツは、2006年末に行われた弊社社員向けの研修プログラムにおける松田の講義を要約したものです。

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自然科学

04

自然科学

 自然科学の分野では3冊紹介します。本当はもっと面白い本があるのでしょうが、私の好みが強く反映されていると思います。


(1)『人類進化の700万年 書き換えられる「ヒトの起源」』

図表
三井誠
『人類進化の700万年 書き換えられる
「ヒトの起源」』(2006)
講談社現代新書

 自然科学分野の一冊目は、三井誠さんという読売新聞科学部の方の本を紹介しておきます。この本は極めて軽い本です。本の帯の幾つかの課題に現代の最前線の科学で明らかになっている答えを平易に説明しています。

 例えばこんな質問があります。『人類と類人猿を分けるのは脳の大型化である』と思うかどうか。答えは、脳の大型化ではなくて、直立二足歩行と犬歯の縮小です。次の質問は『最古の人類はアフリカの草原で誕生した』。この答えのポイントは、草原ではなく、森と草原の混在したところで生まれたというところにミソがあります。三つめは、『北京原人は漢民族の祖先である』です。答えはノーです。北京原人は滅亡した人類のひとつで、今の人類の直接の祖先ではないんです。四つ目は、『飼い猫と飼い犬、その期限は犬の方が古い』です。犬は1万5,000年前、猫は9,500年前ということです。次です。『痛風になるのは人類が長寿になった代償だ』。これは正解なんですね。痛風になるのは「尿酸酸化酵素」が類人猿の時代に退化してるからで、そのために尿酸が分解されずに血液中に残ることになり、それが過剰になると通風を発症します。けれど尿酸は、活性化酸素、つまり体に害を与える老化の原因とも言われる有害な分子が体を傷つけるのを防ぐ働きもあるので、そのかわりに長寿になったという可能性もある。したがって、オランウータンもチンパンジーも長寿になったけれども痛風になる。最後、『言語が生まれた7万5,000年前から人類の能力は同じだ』。これは同じだそうです。もともとの潜在能力は変わらない。現代人との差は蓄積された知識、過去から引き継がれてきた蓄積の違いということです。

 そんなことが書かれています。教養啓蒙のために読んでみてもいいと思いますね。構成は、

  • 第1章 人類のあけぼの
  • 第2章 人間らしさへの道
  • 第3章 人類進化の最終章
  • 第4章 日本列島の人類史
  • 第5章 年代測定とは
  • 第6章 遺伝子から探る
  • 終章 科学も人間の営み

 となっています。


(2)『空間の謎・時間の謎─宇宙の始まりに迫る物理学と哲学』

図表
内井惣七
『空間の謎・時間の謎
─宇宙の始まりに迫る
物理学と哲学』(2006)
中央公論新社

 次は、内井惣七さんです。科学哲学の教鞭を京都大学で長くとっておられ、論理学がご専門でもあります。構成は以下のとおりです。

  • 第I章 空間とは? 時間とは?
  • 第II章 ライプニッツとニュートンは何を争ったか
  • 第III章 ニュートンのバケツから相対性理論まで
  • 第IV章 マッハ流力学の行方
  • 第V章 宇宙と量子

 この本は、近代から現代までの宇宙論の歴史的な流れを記述するスタイルをとっています。現代宇宙論、インフレーション宇宙論への解説と到達史です。

 現代宇宙論というのは、宇宙の構造はどうなっているかという天体物理学の世界と物質の微視的な世界を探る素粒子物理学が一緒になっているわけです。つまり、素粒子を加速させて別の素粒子にぶつけてその軌跡や構造を探るという加速器等で研究している世界と、光、赤外線などの電磁波を利用した天体望遠鏡で宇宙を観測している物理学というのは実は同じ構造を持っているということです。なぜ、同じになるかと言うと「時間と空間」の問題が深く絡んでいます。

 どんなふうにして宇宙はできたのか、宇宙の果てはあるのだろうか、とかいろいろ考えると思います。宇宙の果てはどうなっているか?これを見るためには、とりあえず、夜空を観察してみます。都心では明るくて見ることができる星は少ないですが、夜空には星が広がっています。この星を我々が見ることができるのは星からの光が私たちの網膜に到達しているからです。見るということは光が関与しています。この光の速度は30万km秒と決まっています。地球の円周は約4万kmです。従って、光は一秒間に7.5周します。地球は太陽の周りを回っていますが、太陽との平均距離は約1億5,000万kmです。従って、私たちはいつも500秒=約8分前の太陽を見ていることになります。つまり、星空を眺めるというのは、星の過去、そして宇宙の過去を見ることになります。そして、どんどん遠くをみるとどんどん過去を遡っていくことになり、終には宇宙の始まりである素粒子、光などの生成、そして時間と空間の誕生を見ることになります。

 これを宇宙物理学史というか、物理の歴史を通じて説明しようというのがテーマです。

 内井先生は学説史の解説を通じて現代宇宙論を説明しようとしているだけでなく、通説的な高校物理とは少し異なる視点を提示されています。それは、ニュートン(アイザック・ニュートン、英、1642-1727)に対してライプニッツ(ゴットフリート・ライプニッツ、独、1646-1716)、アインシュタイン(アルベルト・アインシュタイン、独、1879-1955)に対してマッハ(エルンスト・マッハ、墺、1838-1916)の現代宇宙論への寄与を強調されているようです。森羅万象の世界を物質的に支配しているのは四つの力です。電磁気力、弱い相互作用、強い相互作用、重力です。この四つを統一的に説明しようとする「万物の理論」はまだありませんし、三つの力である電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用を統一する「大統一理論」への挑戦が行われている状況です。こうした統一理論には、ニュートンやアインシュタインよりも、ライプニッツやマッハの見方や考え方が大いに役立つのではないか。そんな意味が込められているように思えるのは深読みかもしれません。

 このように、内井さんはライプニッツの先見性を強調しています。現代物理学というのはニュートンよりも、ライプニッツの、つまり17世紀の哲学者の考え方に非常に近いんだということを主張しているのがこの本の特徴です。ライプニッツというのはニュートンと同時代の人ですが、ライプニッツとニュートンの親戚筋に当たる人との論争を通じて、ライプニッツがいかに偉大だったかという話をしています。ニュートンの万有引力の法則から、マッハという自然哲学者を経て、アインシュタインの相対性理論から現代の統一場の理論に向けて宇宙物理論まで迫っていこうということなんです。

 「空間の謎・時間の謎」というのはどういうことかというと、── これはニュートン力学というのがそうなんですけれども、── 基本的には、皆さん時間というのは過去から未来に向かって一方通行で時間が流れているように思いますし、宇宙のどこかに座標軸の原点があって、自分は例えばこの仕事が終わった後どこかで待ち合わせしたらだれかと会えると素朴に考えていると思います。したがって、我々の素朴な空間と時間の認識というのは絶対的な時間と絶対的な空間というものが流れていると想定して、行動したり考えたりしているわけです。実際、アイシュタイン以前の古典力学、つまり、ニュートン力学ではこのような想定がなされています。また、実際の日常生活でも初速度がわかれば到達時間と場所が微分方程式で解けるようになっています。でも、実はそれは部分的な真理であって、全体的な真理はそうではなくて、空間も時間も相対的なものなんだということです。これを説明しようというのがこの本です。非常に啓蒙的な本なので、一度読んでみたらいいと思います。ライプニッツは今はほとんど忘れられていますが面白い。ライプニッツのモナド論、単子論は、世界の中で起きる相対的な物事の考え方の原点というものがこれで勉強できるのではないかと思います。そういう意味でニュートンからアインシュタイン、そしてアインシュタインを経て佐藤さん(佐藤勝彦、1945-)のインフレーション宇宙論までが理解できると思います。

 紹介したいこの本のよさは幾つかありますけれども、そのひとつは、一切数式を使わないで、独自の図表で、論理的な理解力さえあれば、現代宇宙論までがわかるようになっていることです。

 絶対的な時間と絶対的な空間が流れているという考え方が間違っているというのはどういうことか簡単に言いますと、電車の中に人が乗っているとします。それを外から見ている。その電車の中に乗っている人が球を投げるとする。そうすると電車の中の球は直線の落下をしているわけですね。一直線に球は落下しています。でも外から見るとそれは放物線運動しているわけです。直線の始点と終点の距離と放物線の始点と終点の距離を同じ時間で球は到達することになります。これは絶対時間と絶対空間(距離)を想定すれば、時間あるいは空間(距離)の収縮が起こっているとしか考えられません。これは同一慣性系における現象で、時間とか空間とか実は非常に相対的なもので、慣性系と慣性系との間での空間的配置関係が空間であり、そして時間的順序関係が時間であるという相対的な時間と空間のとらえ方が現代宇宙物理学の基本的な考え方であるということです。

 空間の謎・時間の謎について、ライプニッツ以降の現代の物理学ではどのように考えられ、どのような到達段階にあるのか、そして、現代の宇宙は生成と進化はどのようにとらえられているのか。現代物理学を数式を使わないで全体の流れをつかみ損ねるほどしつこく丁寧すぎる面もありますが、哲学からみた物理学史として面白い本です。


(3)『シリーズ進化学5 ヒトの進化』

図表
斎藤成也・長谷川真理子他
『シリーズ進化学5 ヒトの進化』(2006)
岩波書店

 最後に自然科学の領域で『シリーズ進化学5』を紹介します。『シリーズ進化学』は全部で7巻構成です。第5巻の編著者は斎藤成也さん、長谷川眞理子さん他です。

 『シリーズ進化学5 ヒトの進化』は人類進化の研究です。構成を見てみましょう。

  • 序 人類進化の研究が世界観に与えてきた影響
  • 1 化石からみた人類の進化
  • 2 遺伝子からみたヒトの進化
  • 3 脳の進化
  • 4 人間の本性の進化を探る
  • 5 言語の起源と進化
  • 結び 学融合的科学としての人類進化学

 この本のキーになるのは、長谷川眞理子さんが書いている「4 人間の本性の進化を探る」ですので、この章を中心に見ていきましょう。

 この章は人間の心と行動の研究について書いているわけですが、大変、面白い分野です。心を進化によって説明しようということです。認知考古学の領域では、ミズンが著名ですが、人間理解に進化という観点を導入することによって新しい視点を提供しています。中沢新一(1950-)の「三位一体論」も心への考古学アプローチの成果です。

 人間の心と行動の研究というのは、人間の心と行動が遺伝的に決まってしまうという立場に立つならば、どうしても優生主義になってしまいます。優生学というのは、民族的な優生主義などのいろいろな悪い意味を与えられてきたけれども、人間の心と行動というのを考えていくときに、やはり進化論的なアプローチをする必要があります。

 もし人間に心の特性があるとすると、人間の心というのは現在の進化論からいうと人間特有の進化適応過程があったはずです。それを「ヒトに固有の進化適応が生じた舞台」── environment for evolutionary adaptation ──、英語の頭文字でEEAと呼びます。これは心理学者のボールビーという人が最初に提唱した言葉で、このEEAと呼ばれる状況で人間は進化していったと考えられています。

 進化の歴史をみると、まず、人間を含むすべての生物に共通祖先があって、共通祖先と爬虫類が分かれた。次に、爬虫類と哺乳類の分岐点の後に得られた形質を「A」としましょう。それから、ビーバーなどの齧歯類(げっしるい)と霊長類が分かれたところの分岐点がある。その後を「B」とする。ニホンザルが含まれるマカクなどと類人猿が分かれた、その後を「C」とします。最後にチンパンジーとヒトが分かれたところがあって、それからを「D」とします。このようにいろいろな形質があるので、それを区分けしながら人間の行動、心の進化というのを考えていく必要があります。

 例えばメスが妊娠出産して授乳するという形質は、「A」の適応。つまり、爬虫類と哺乳類とを区別するものは「A」の適応です。脳が大きくなって認知能力が高くなったというのは「C」の適応。つまり、マカクと類人猿とを分ける適応の過程です。そして恐らく言語というのはチンパンジーとヒトとを分けるときの進化的適応の過程です。そうやって遺伝進化と分化進化というのを分けながら人間の心と行動の進化というのを考えていく必要があります。

 この論文は人間の本性というのはどの進化的、遺伝的根拠があるのかというのを追求しています。そこからヒトの生活史特有のものが、ヒトの心と行動の違いをどう生み出していっているかを分析していこうということです。

 例に挙げているのは、ヒトの女性の寿命です。

 他の動物の雌は、繁殖期間の終了とともに寿命が尽きてしまいます。たとえば、チンパンジーのメスというのはせいぜい55歳しか生きられません。ところが、ヒトの女性の繁殖期間は、チンパンジーに比べてそれほど長くなっていないのに、100歳を超えるほどまで生きられます。それには何か進化的理由があるのではないかということです。チンパンジーは55歳で死ぬのに、なぜ人間の女性は100歳まで生きるのか。そんな必要はどこにあるのか。あまりにも鋭い問題提起なのでびっくりしてしまいます。

 これにはいろいろな仮説が出されています。アメリカの心理学者のクリスティン・ホークスは、「おばあさん仮説」と言われるものを出しています。タンザニアの狩猟採集生活をおくる人々を対象に調べてみると、おばあさんのいる子どもとおばあさんのいない子どもでは、圧倒的におばあさんのいる子どもの方が食料などの環境がいい。つまり、おばあさん、生殖年齢を過ぎた女性が長く生きる理由というのは、社会的、包括的適応度を上げるためだという仮説が提示さています。

 それから、なぜ人が人を殺すのかというのを遺伝子的に、つまり心と行動の研究として考えていったときに、長谷川さんは、配偶機会をめぐる同性間の競争の激しさというものを提起しています。殺人というのはほとんど男が起こしています。なぜ女が殺人を起こさないで男が殺人を犯すのかというのを分析していくと、配偶機会をめぐる同性間の競争が激しいのは男であって、女は激しくないからだと言っています。

 小さくて数の多い精子というのは、大きくて数の少ない卵子に比べて生産のコストが非常に小さい。さらに、ほ乳類では雌の子育てに比べて雄の子供の世話の負担はそれほど大きくないので、雄は多くの雌に授精することができる。したがって、男は激しい競争にさらされる。競争が激しい方の性である男性は女性に比べて葛藤状況では目前のリスクを犯して短期的な利益をとろうとする傾向がある。競争が激しければ長期的に見た将来の利益よりも目の前のこの葛藤で勝つことが重要になるからです。また、勝ったときの利益が非常に大きければ多少コストが大きくても勝つ方にかける方が有利になるだろう。したがって殺人を犯すという仮説です。うそのように聞こえますが、統計をとると本当にそうなっていると分析しています。

 ところが、戦後の日本では事情が違ってきています。殺人は繁殖の競争に関係するので、20代が一番ピークになるものです。日本も昔はそうだったのですが、今はだんだんフラットになってきています。

 それはなぜなのか、長谷川さんは、社会経済的要因から分析をしています。殺人は、将来の利益と目前の短期的な利益の葛藤状況にある時のリスク評価の結果です。現在守るべき資源がないほど、短期的なリスクを選びやすいということです。ところが日本は、戦後の経済成長と高学歴化などで、若いうちから守るべき資源や安定した将来などの利益が得られるようになった。それで若者の殺人率が低下した、という結論です。

 それから、ヒトの協力行動についても取り上げています。

 「4枚カード問題」というのがあります。表に「A」「K」「4」「7」と書かれた4枚のカードと「母音ならば偶数である」という規則を見せます。そのカードのうちどれを調べたらこの法則が当たっているかどうかというのを調べるという実験をやると、ほとんどの人がこれができないんです。正解は、「A」と「7」ですが、正答率は10%にも満たない。

 ところが、問題文を少し変えて、「ビール」「コーラ」「25歳」「18歳」というカードと「お酒を飲むなら20歳以上でなければならない」という規則を示すと、大概「ビール」と「18歳」をめくります。これは正しい。

 なぜ「お酒を飲むなら二十歳以上でなければならない」という社会的拘束問題はできて「母音ならば偶数である」という抽象的な問題ができないかというと、単に生活問題だから、身近な問題だからそれが解けるということではなくて、実はどうも人間には平等、つまり利他行動に対して積極的に関与していこうという特殊なモジュールがあるんじゃないかという仮説を出しています。社会的約束事をできるだけ守ろうという意識が働いたときに非協力者を敏感にかぎ分けていく、そういう利他行動特有の行動が見られるんじゃないかということが分析されています。

 一方、経済学者の研究からは、ヒトが「合理的経済人」としては振る舞っていないことが認められています。つまり、合理的には動かないという行動が顕著に見られるということです。

 「最後通牒ゲーム」という実験があります。なにがしかの金額があって、それを分けるという実験です。一方が分ける比率を決めて、相手に受け入れられると双方がもらえる。相手に受け入れられないと両方とももらえないというものです。「合理的経済人」として振る舞うならば、各自は自分の利益を最大化しようとするはずです。従って、最初のプレーヤーの最適な戦略は、100%対0%を提案することになります。なぜ、そうなるかはゲーム理論の利得を考えればすぐわかります。ところが先進国の場合、半数近くの人が50%対50%の提案をするのです。ゲーム理論の初歩にも、兄弟げんかをしないようにケーキを分けるルールとして、「お前が切る、俺が大きい方を選ぶ。」というと、切る方はちょうど半分に切る。それで兄弟げんかはなくなるというものもありますね。

 人間の行動には「協力的に振る舞い、しかも非協力的な個体にはコストを払ってでも罰行動を行う」という「強い互恵性」があることがわかりました。「噂」を用いたゲーム理論のモデルを通じても同じようなことが言えるそうです。つまり、人間というのは利他的行動をとる傾向があるんだということが言われています。

 最初に言いましたように、「最後通牒ゲーム」の先進国の結果は、50%の提案が多かったのですが、それ以外にもいろいろな文化で実験した結果があるそうです。それぞれの平均の比率は大体26%でいいというところから57%で落ち着くところまであるそうです。最小はペルーの熱帯雨林の熱帯降雨林に住む焼き畑農耕民の平均が26%、相手の取り分が26%で、自分は74%ということです。最大はインドネシアのくじらの漁民、ラレマアでは逆に相手が57%。つまりこれはカルチャーによって比率が違うということです。人々の公正感というのは、日常の食料獲得における協力行動の度合いによって、それを強く反映しているようだというのがこの研究のひとつのテーマなんです。

 以上、『シリーズ進化学5 ヒトの進化』では、いろいろな進化論の研究が挙がっているわけですけれども、次章の「言語の起源と進化」では、進化論と心理学を一緒にした研究成果が出ております。我々の研究領域と近い部分もあるし、利用できる部分もあるので、学んだり勉強したらおもしろいと思います。

 以上、自然科学では3冊紹介しました。『人類進化の700万年』と『空間の謎・時間の謎』、それから『シリーズ進化学5 ヒトの進化』です。

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