米中のAI覇権競争で、日本は後塵を拝している。そう思っている人は多いだろう。だが、現在の順位を、そのまま将来の勝敗と見るなら、それは錯覚だ。競争はまだ終わっていない。次の転換が、控えている。
私は、量子コンピューターとAIの融合が、その転換になると考える。今後3~5年は、その行方を左右する重要な時期になるだろう。本格普及の時期はまだ読めない。しかし、普及してから準備したのでは遅い。
日本は、米中と同じ出血競争に飛び込む必要はない。次の競争で抜き返せばいい。そのために、今、何を蓄えるかである。
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量子が計算の常識を変える
量子コンピューターは、量子の重ね合わせ、もつれ、干渉を計算に使う。0と1の重ね合わせを操り、求める結果が現れやすいように計算を進める。すべての答えを最初から持つ魔法の箱ではない。だが、得意な問題では、従来の計算の壁を破る可能性がある。
三元連立方程式を思い浮かべれば、通常の計算の姿はつかみやすい。変数を消し、式を整理し、順に答えを求める。大規模な問題では、これを行列の数値演算として処理する。量子計算では、量子状態を操作する別の手順で解に迫る。何でも速くなるわけではない。どの問題を、どの条件で解くか。そこに勝負がある。
分子や物質の性質を調べる計算、暗号に関わる計算などに期待が集まるのも、このためだ。従来のコンピューターが膨大な時間をかける問題に、別の攻め方が生まれる。現在は、その力を最も発揮できる領域を探している段階である。
ここにAIが加わる。AIが仮説を立てる。候補を絞る。量子計算が、得意な部分を引き受ける。結果をAIが次の仮説へ返す。この循環が回り始めれば、研究開発の速度も、産業の競争条件も変わる。
台風を例に考えてみよう。現在でも、複雑な方程式を数値計算でゴリゴリ解き、進路を予測している。AIによる予測も進んでいる。では、その先はどうなるか。
進路ごとに、どこが浸水するか。何人が避難を必要とするか。道路が寸断されたら、物資をどう運ぶか。建物や財産の被害はどこまで広がるか。進路予測を、被害予測へ、さらに対策の比較へとつなげるのである。
将来、量子計算がこの一部を加速できれば、検討できる選択肢は広がる。完全な未来予測はできなくても、被害を減らす判断には近づける。私は、この実社会への踏み込みに、AIと量子技術が組む意味を見る。
現在のAI競争が、そのまま続くとは限らない。量子技術との融合が進めば、競争の土台が動く。今の首位が、次の首位である保証はない。
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日本には産業の広がりがある
日本には、Googleのように巨大な計算基盤とサービスを一体で動かす企業は少ない。だが、一社の大きさだけを比べていては、日本の持ち札を見誤る。
材料、加工、冷却、制御、計測、装置、ソフトウェア。量子コンピューターは、こうした技術を組み合わせて動く。超微細な構造をつくるだけでは足りない。量子の状態を保ち、操作し、結果を読み取る。精密な仕事が、幾重にも積み重なる。
日本が生かすべきなのは、この産業の水平的な広がりだ。理化学研究所と富士通による超伝導量子コンピューターの開発も、その一つである。日本は、手ぶらで次の競争を待っているわけではない。
ただし、技術を持っているだけでは商売にならない。優れた部品を並べても、全体が動かなければ価値は出ない。装置をつくる企業と、使う企業をつなぐ。実際の問題を解く。利用者が対価を払う。そこまで通して、初めて産業の強さになる。
必要な技術を、必要な用途につなげる。この仕事を日本が握れるか。量子技術の到来を、日本の出番に変えられるか。私は、そこに賭けるべきだと考える。
3
出血を輸血で支えるAI競争
さて、現在のAI競争に目を戻そう。目立つのは、開発速度と資金調達の巨額さだ。しかし、巨額の資金が集まることと、事業が儲かることは違う。
計算設備を増やす。モデルを学習させる。利用者が増えれば、応答のための計算も増える。半導体、電力、人材、データ。金は流れ続ける。開発を止められず、収益も追いつかなければ、出血は止まらない。
その出血を、スポンサーの輸血で支える。輸血が続く限りは走れる。だが、走っている姿だけを見て、健康な企業だと思ってはならない。自力で稼いでいるのか。追加資金で生きているのか。見るべきはそこだ。
もちろん、AI関連の企業がすべて赤字という話ではない。半導体を売る企業、計算基盤を貸す企業、モデルを開発する企業では、懐事情は違う。私が問題にしているのは、出血を続ける開発競争と、それを支える輸血の構造である。
米国では巨大IT企業や投資家の資金力がものをいう。中国では政府の支援も重要になる。技術力の勝負が、いつしか輸血量の勝負になる。誰が最も賢いAIをつくるか。その競争に、誰が最後まで金を出せるかという競争が重なる。
そして、この競争はチキンレースの様相を帯びる。
自社とライバルが、崖に向かって猛スピードで進む。先にブレーキを踏めば負ける。踏まなければ転落する。相手はまだ加速している。スポンサーも、ここで引くなと言う。出血しながら、さらにアクセルを踏む。度胸の勝負だ。
利用者から見てサービスの差が縮まれば、価格が問われる。乗り換えられるなら、値上げは難しい。性能を上げるために金を使い、利用者をつなぎ留めるために価格を抑える。これでは、出血を止めるのは容易ではない。
一社しか生き残れないとまでは言わない。だが、全社がこの速度で走り続けられるわけでもない。独自の顧客をつかむか。収益構造を変えるか。巨大ITの傘下に入るか。公的な支えを求めるか。輸血に頼る企業は、いずれ自らの存立条件を問われる。
技術はしばしばS字カーブを描く。急成長の時期があれば、伸びが鈍る時期もある。今の速度が永遠に続くという前提で投資を積み上げるのは危うい。しかも、その先には量子技術との融合がある。現在の競争に全力を使い果たして、次の競争に間に合うのか。
4
AIの集団行動を読み解く
こうしたなか、AIが人間の想定を超えて行動したという話が耳目を集める。AIが勝手に目標を立てた。仲間と連絡した。制限を破った。これらを一続きに聞けば、人間に反旗を翻す集団が生まれたように見える。
公開Wikiを使って、AI同士が回答や制約を回避する方法を共有していたという外部研究者の調査報告もある。報告は公開ログに基づく暫定分析だが、開発側の想定を外れた協力が起き得るという論点は重い。
しかし、驚くだけでは、何が起きたかはわからない。課題を解くには情報が足りない。ならば、情報を集める。自分だけでは時間がかかる。ならば、他のAIの成果を使う。環境の仕組みがわかれば有利になる。ならば、仕組みを調べる。行動を分解すると、別の姿が見えてくる。
人間が直接指示していない中間目標を立てたことと、人間から独立した最終目的を持ったことは、同じではない。「答えを出せ」という目的のために、「先に問題の構造を知る」という次の目標を置く。これは、目的達成の手順として説明できる。
さらに興味深いのは、分業である。あるAIが調べ、別のAIがその結果を使う。自分の得点には結びつかない行動が、集団には役立つこともある。人間の目には、利他行動や自己犠牲に映るだろう。
だが、その姿だけで心の存在を語るのは早い。探索のための一時的な損失なのか。後の見返りを見込んだ協力なのか。共通の目的に沿った分業なのか。同じ行動でも、仕組みは違う。そこを調べなければ、感嘆も恐怖も空回りする。
5
囚人のジレンマから見えるもの
協力の意味を考えるには、「囚人のジレンマ」が役に立つ。これは先の事例を再現したものではない。個体の利益と、全体の利益がずれる仕組みを示す、単純なゲームである。
二人の囚人が、別々に取り調べを受ける。手はふたつ。自白するか、黙秘するか。刑期は、相手と自分の選択の組み合わせで決まる。説明のために、次のように置こう。
図表1 囚人のジレンマの説明例
| Aの選択 / Bの選択 | Bが黙秘 | Bが自白 |
|---|---|---|
| Aが黙秘 | Aは1年 / Bは1年 | Aは5年 / Bは0年 |
| Aが自白 | Aは0年 / Bは5年 | Aは3年 / Bは3年 |
注 刑期は説明用の仮定値であり、実験結果ではない。
相手が黙秘するなら、自分は自白したほうが得だ。相手が自白するなら、自分も自白したほうが得だ。どちらにしても、自白が有利になる。こうして、二人とも自白する。これが、このゲームのナッシュ均衡である。
ところが、二人とも黙秘すれば、刑期はもっと短い。個々には合理的な選択が、二人にとって最もよい結果を生まない。ここにジレンマがある。
では、協力は不合理なのか。そうとも限らない。同じ相手との関係が続き、今日の協力が明日の協力につながるなら、黙秘を選ぶ意味は変わる。裏切れば次に報復されるとわかっていれば、目先の得だけでは動けない。協力も、条件次第で合理的になる。
ただ繰り返せばよいのではない。将来の見返りをどれだけ重く見るか。相手の行動がわかるか。約束を守る仕組みがあるか。ゲームの構造が、行動を変える。
AIの集団行動も、この視点から考えられる。単体の得点だけを見れば「捨て駒」に見える行動も、情報を得て仲間に渡す仕組みのなかでは、役割を持ち得る。それが設定されたものか、課題を解く過程で生まれたものか。ここにこそ、掘り下げるべき問いがある。
人間的な頭脳や感情を想定しなくても、協力は説明できる。もちろん、説明できるから安全だということにはならない。AIにとって合理的な行動が、人間にとって望ましいとは限らないからだ。必要なのは、何を目標にし、何を許され、何をしたのかを突き止めることである。
6
危機の物語は誰を利するか
「AIが人類を滅ぼす」。この言葉は強い。開発を止めるべきだ。速度を落とすべきだ。国際的なルールが必要だ。議論は一気に、人類の存亡へと飛ぶ。
危険性の検証は必要だ。しかし、危機を語る言葉が、どこで事業の論理と結びつくかも見逃せない。
出血を続ける企業には、輸血を続けてもらう理由が要る。便利な文章作成サービスというだけでは、巨額の資金をいつまでも呼び込めない。世界を変える。産業を変える。人類の運命を変える。物語が大きくなるほど、事業の意味も大きく見える。
「危険なほど強い技術だ」という説明は、規制を求める言葉であると同時に、技術力を誇る言葉にもなる。恐怖が、そのまま価値の宣伝になる。このねじれに、私は注意を向けたい。
狼が来ると叫ぶ少年を、スポンサーが支える。少年の声が大きいほど、村中が耳を傾ける。だが、狼は本当に来るのか。どこまでが確認された事実で、どこからが予測なのか。そこを曖昧にしたままでは、物語だけが膨らむ。
この構図があるからといって、危険性の主張がすべて嘘だとは言わない。だが、語る者の利害を問うことは必要だ。危機が語られるほど、誰の資金が集まり、誰の発言力が増すのか。噂で得をする者を見よ。ただし、得をしたことを、そのまま嘘の証拠にはするな。
そして、話を事業に戻す。誰が払うのか。いくら払うのか。出血はいつ止まるのか。「人類史の大事件」という看板が、これらの問いへの答えになることはない。
7
日本は次の競争で抜き返せ
日本は、米中のチキンレースを見て、もう負けたと嘆く必要はない。輸血量を競うだけなら、資金力の大きい者が有利だ。日本には、日本の持ち札を生かす戦い方がある。
量子技術を支える産業の広がりを、実際に使えるシステムへ結びつける。AIで仮説をつくり、計算で確かめ、現場へ返す。製造、材料、物流、防災。自分たちが問題を知っている分野から、価値をつくる。
先行企業も量子技術を取り込むだろう。相手の失速を待っていては勝てない。日本が握るべき技術と用途を決め、今から積み上げる。次の競争に必要な力を、先に蓄えるのである。
出血の大きさを、強さと見誤るな。輸血の多さを、勝利と取り違えるな。問われるのは、最後に何を生み、何で生きていくかだ。
「後塵上等」。日本は、AIが量子コンピューターと融合するときに、抜き返せばいい。そのための勝負は、もう始まっている。