住宅価格の上昇は、住まいの選び方だけでなく、家電の買い方と持ち方まで変えつつある。首都圏居住者にとって地価の高騰は、土地の資産家でない限り長期金利も上昇し、沈静傾向にあるとは言え、生活実感としては収まったとは到底言えない。首都圏を地点で地価を確認し、周辺スポットと比べて転換したスポット帯を描くと、首都圏45キロ圏に転換点がある。必ずしも、圏外が下落とは言えないが、ひとつの転換スポットとして捉えられる。地価上昇を、都心(日本橋)を頂上とすると、裾野はこの地帯にある。具体的なスポットを示すと、西(多摩・神奈川)八王子・立川・相模原 (八王子駅、相模原駅周辺)南(神奈川)湘南・藤沢・横須賀 (藤沢駅、茅ヶ崎の手前、横須賀中央付近)北(埼玉)久喜・鴻巣・坂戸 (春日部より少し先、川越の少し奥)東(千葉)千葉市・八千代・印西 (JR千葉駅、八千代緑が丘、千葉ニュータウン)である。巨大な山の裾野である(図表)。
この人々が仰ぎ見る山が「地価山」であり、大きな壁となり、生活実感を圧迫している。さて、この山が、住まいの選択や家電の選択に大きな影響を与えている。仮住まい意識の高まり、クルマや家電の記号化、ガジェット化、そして、サービス化(サブスク化)として、価値を変えている。メーカーなどの売り手は、この大きな構造変化を捉えて、価値対応をすすめていく必要がある。それには、消費者を捉えなおし、攻略層を明確化することが第一歩でもっとも効率的なマーケティングを展開することになる。
さて、家電はもはや機能を買う財ではない。住まいと一体となって、暮らしの質を示し、他者に向けて意味を発し、あるいは所有せずに使うという、価値を帯びた財へと変わりつつある。本稿ではこれを家電の「価値化」と呼ぶ。「消費社会白書2027」調査の個票(全国15〜74歳、2,273人)を再集計し、所得とライフステージを起点に、住まいの水準、住宅取得をめぐる分岐、家電の価値化、そして生成AIによる選び方の変化へと至る因果の連鎖をたどる。
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住まいはすでに階層で分かれている
■ 7割が「住宅は高い」と感じる
住宅の価格を「高い」と感じる人は72.4%に達する。持家層74.2%、賃貸層72.0%と住まいの形態による差は小さく、住宅高騰は社会全体に共通する認識となった。そのなかで、賃貸居住者のうち今後約5年以内に住宅を購入する計画がある人は13.9%にとどまる。
■ 「形」はライフステージ、「額」は所得が決める
だが、住宅高騰の圧力が及ぶ前に、住まいはすでに分かれている。持家率は全体66.3%だが、階層意識「中の上」78.4%に対し「下の下」37.4%と約40ポイント開く。世帯人数別では1人36.7%から4人82.3%へ、世代別では清貧世代51.1%から断層世代81.1%へと上がる。持家かどうかを左右するのは世帯人数や年齢といったライフステージと階層意識であり、家賃・ローンの月額は所得と強く連動する(順位相関.45)。住まいの「形」はライフステージが、「額」は所得が決めている。
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住まいへの支出と家電への支出は同じ方向に動く
■ 持家層は高い冷蔵庫を買い、新しい家電を多く持つ
重い住居費は家電を削らせるのか。答えは否である。冷蔵庫の直近購入価格「10万円以上30万円未満」は、持家・ローンあり62.6%、持家・支払なし62.1%に対し、賃貸・高家賃37.0%、賃貸・低家賃20.4%。ロボット掃除機や空気清浄機など新カテゴリー家電5品目の平均保有数も、持家・ローンあり1.22品目に対し賃貸・低家賃0.56品目と2倍以上の差がある。
■ 負担感は家電を削らない
年収・年齢・世帯人数を統制しても、持家と家電の価格帯(偏相関.15)、月額住居費と価格帯(.13)の正の関係は残る。一方、住居費の負担感と家電の価格帯の間には関係がない(−.05)。住まいに投資する世帯ほど家電にも投資する。家電は住居費と取り合う財ではなく、住まいと同じ方向に動く「住まいの延長」である。
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家電の「価値化」 - 機能から意味へ
■ 選ぶ理由が階層で変わる
住まいの延長としての家電は、何のために選ばれているのか。もっとも気に入っている家電を選んだ理由をみると、「生活の質が上がるから」は階層意識「上」42.6%・「中の上」40.2%に対し、「中の下」28.3%・「下の上」22.0%と下がる。「自分に自信が持てる」は「上」18.5%、「他人に自慢できる」は13.0%と、「下の上」(3.9%、1.6%)を大きく上回る(「上」は回答者54人の参考値)。逆に「なんとなく」は「上」9.3%に対し「下の上」32.3%で、下の層ほど選ぶ理由を言葉にできない。「便利だから」は全層で4割前後とほぼ変わらない。機能の価値は共通の土台であり、差がつくのはその上に乗る、暮らしの質や自己表現という意味の価値である。
■ 港区の逸話 - 所有物が「一目おかれる」記号になる
この構図を端的に示すのが、東京・港区のクルマである。港区では所有されるクルマが外国ブランドに偏り、ベンツやBMW、ポルシェが珍しくない。ところが、さらに特定のスポットでは、マイバッハやロールスロイス、ランボルギーニといったより高級な外国車でなければ、他者から一目おかれないという。所有物の価値が機能ではなく、周囲との比較のなかで決まる記号の価値に移っている例である。家電でも、上の層では冷蔵庫「10万円以上30万円未満」が6割に達し(「上」60.0%、「下の下」22.9%)、デザインや自信、自慢が選ぶ理由に加わる。家電は住まいにふさわしいかどうかで選ばれる記号になりつつある。
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住宅高騰が生む分岐と「仮住まい層」
■ 賃貸層は四つに分かれる
住宅価格の高さは、賃貸層の行き先を分ける。賃貸居住者は、購入予定あり13.9%、あきらめてはいないが当面は予定なしの「延期」13.0%、価格高騰による「断念」8.7%、もともと購入するつもりのない「意向なし」64.4%に分かれる。延期は若い世代に、断念は上の世代に多い。住宅に向かわないお金は、延期層の67.8%、断念層の63.8%で日常の生活費に充てられる。ただし延期層は旅行・趣味50.6%、家電・家具21.8%とも最も高く、住宅を先送りした分を生活と楽しみの両方に振り向ける「保留消費層」である。
■ 大久保の逸話 - 「超仮住まい」は所有を必要としない
価値化のもうひとつの方向は、所有から利用への転換である。留学生が多く集まる東京・大久保では、家具も家電も、あらゆるものがリースで手に入る。数年で住まいを移ることが決まった「超仮住まい」の街だからだ。調査でも、今の住まいを通過点とみる購入予定層と延期層、すなわち「仮住まい層」では、家電をサブスクで使いたい人が28.0%、23.0%と、意向なし層(7.0%)の3〜4倍に達する。住み替えを前提にするとき、家電の価値は持つことではなく、必要な期間だけ使えることに移る。この利用価値は下の層の代替ではない。サブスクの現在利用は階層意識「上」25.0%、「中の上」12.6%に対し「下の上」5.2%で、持家・ローンあり層(利用意向17.8%)でも高い。借りる選択は、買う力のある層と仮住まい層が「買う」に加えて選ぶ価値である。
■ 負担の出口は移住関心
住居費の重さは家電ではなく移住関心に表れる。住居費を「非常に負担」と感じる層の34.4%が郊外・地方への移住・転居に関心を示し、その理由の首位は「住居費を下げたい」(56.1%)である。ただしこの「安く住む」移住は若い賃貸層に集まり、中高年の持家層では自然環境や広さを求める「質を上げる」移住が中心となる。
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家電を分けるのは「地価」ではなく「所得」
■ 都市は借りる、地方は価格を見る
地価の高い都市で家電が高級化するという見方を、本調査は支持しない。家電を選ぶときに価格を重視する割合は、町村側(55.0%)で大都市側(45.7%)より高く、サブスク利用意向は逆に都市側で高い(13〜16%、町村側9〜10%)。
■ 記号の競争を生むのは所得と住まい
冷蔵庫の価格帯の地域差は、年収・年齢・世帯人数・持家を統制すると消え、残るのは年収の勾配である(200万円未満38.1%→800〜1,000万円未満65.6%)。港区の高級車も、地価の高さそのものではなく、そこに集まる所得と住まいの水準が生む記号の競争と読むべきだろう。地価上昇の効果は、住宅取得を難しくして賃貸層を分岐させ、所有の価値と利用の価値を分けるという間接的な経路で現れている。
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生成AIが「選び方」を変える
■ 便益と負担が同時に進む
住まいが「何を買うか」を変える一方、生成AIは「どう選ぶか」を変えている。生成AIの現在利用は57.5%(清貧世代77.3%、断層世代37.2%)で、利用者の36.0%が買い物に使った経験を持つ。結果は二面的で、「参考になった」81.6%、「時間が節約できた」68.5%の一方、「検討時間が長くなった」44.4%、「情報が多くなり判断に困った」38.2%であり、時短と長期化を同時に経験した人が34.0%いる。AIは購買を短くする道具であると同時に、比較の範囲を広げて検討を深くする道具である。
■ 入口にとどまる利用と、不安が生む課金
もっともよく使う場面が「調べもの」の利用者は、ほぼ毎日の利用が26.7%、有料プランの加入意向が11.1%と、仕事に使う層(38.0%、28.8%)より低い。検索の置き換えは利用の入口にすぎず、利用場面が四つ以上に広がると買い物での活用は61.8%に達する。また、AIへの不安が強い利用者ほど加入意向が高く(30.0%、不安の低い層は8.7%)、不安は関与の高さの裏返しとして課金に結びついている。
■ 仮住まい層はAIで選ぶ
注目すべきは住まいとAIの交点である。賃貸層で買い物に生成AIを使った経験は、購入予定あり47.3%、延期34.5%に対し、意向なし17.9%で、年齢・年収・性別を統制しても仮住まい層は約2.4倍高い。所有にこだわらない層は、比較・検討をAIに委ねる層でもある。住まいの流動化と情報の流動化は、同じ層で同時に進んでいる。
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選択的耐久財のマーケティングへの示唆
■ 価値で攻め分ける
家電は、住まいが生む価値で攻め分ける時代に入った。住まいに投資する上位層には、高価格・専門機能に「こだわりのあなたと住まいにふさわしい」という記号の価値を重ね、店頭ではカテゴリーを分けて一目でわかる形で訴求する。仮住まい層、とりわけ超仮住まい層には、小型・可搬の製品とリース・サブスクで利用の価値を提供する。低家賃層には低価格・基本機能という価格の価値を、ローンを払い終えた高齢の持家層には品質と使いやすさによる買い替えの価値を提案する。
■ 迷いを決め手に変える
購買の入口にAIがある以上、比較軸を整理し「選ぶ理由」を先に示して、広がった比較を迷いではなく決め手に変えることが次の競争条件となる。選ぶ理由を言葉にできない下の層にとっても、AIが示す理由は価値化への入口になりうる。住宅高騰が住まいを分け、住まいが家電の価値を分け、AIがその選び方を変える。この連鎖の中心にいる仮住まい層と、記号の価値を求める上位層をどう捉えるかが、今後の耐久財市場を左右する。
【調査概要】JMR生活総合研究所「消費社会白書2027」調査(2025年7月)。全国15〜74歳の男女2,273人、ウェイトなし集計。偏相関および統制した分析は、年収・年齢・世帯人数等の影響を除いた結果である。因果の記述は一時点の調査に基づく仮説であり、介入の効果を示すものではない。港区・大久保の事例は筆者の取材であり、調査データではない。