「中流価値の成熟と再生」の時代を読む

2016.11 代表 松田久一

 本コンテンツは、2016年10月26日、27日に開催された「ネクスト戦略ワークショップ 中流生活の成熟と「再生」期を乗り切るビジネスモデル革新」での講演に加筆・修正を加えたものです。


01

雇用が改善しても消費が上向かない「日本の謎」

 はじめに、「日本の謎」について、お話しします。これは、雇用状況が改善しているにもかかわらず、消費がいっこうに上向かない日本の今の状況を指しています。アメリカの「ウォール・ストリート・ジャーナル」も、この謎を「Japanese Puzzle」として取り上げました。

 最初にこの問題を分析したいと思います。これ解明するために、家計調査をみてみます。消費税増税後、消費は下がってきていることがわかると思います。ところが、有効求人倍率は上昇を続けています(図表1)。なぜなのか。これが「日本の謎」を示す事実です。

図表1 増税後の消費低迷と雇用環境の改善
図表

 この要因について、よく言われていることをまとめると、七つの仮説に集約できると思います。これらの仮説について、弊社で毎年発刊している「消費社会白書2017」の最新分析結果から検証を行いました。

 ひとつ目の仮説は、消費税負担過大説です。2014年4月に消費税が5%から8%に増税されました。3%の差ですが、これが予想以上に人々の負担になっているのではないかという仮説です。買おうと思っていたものが、消費税を加えてみたら予想以上に高くなってしまい、購入をあきらめたという経験をした人も多いのではないでしょうか。

 次に、駆け込み需要の反動減長期化説です。消費税増税前に駆け込みで買われた自動車などは、2020年くらいに買い替え時期を迎えるといわれています。増税によって需要の先食いが起こり、消費低迷の一因になっているのではないかという考え方です。自動車のほかに、テレビなども、このタイプの商品だといわれています。

 もうひとつは年金狭間層増加説です。私たちの年金は、完全にもらえるようになるのは65歳です。しかし、会社勤めの人は60歳くらいで役職交代やリタイアとなり、はざまが生じます。

 さらに、リタイア前の50歳代から将来に備えて消費を控えるようになるリタイア前層の支出抑制説。そのほか、支給開始年齢の引き上げや年金額の減額などを懸念して消費を抑制する年金不安再燃説。また、将来に対して漠然とした不安を抱えているために、消費水準を低くする将来不安再燃説。そして、非正規雇用増加説です。雇用が上向いていますが、これは正規雇用が増えているのではなく、非正規雇用が増えているのではないかという説です。

02

本当の要因はどこにあるのか

 以上の七つの説について、ひとつずつ検証を行いました。結果は、消費税負担過大説、駆け込み需要の反動減長期化説、60代年金狭間増加説の三つは立証され、ほかの四つの仮説は反証されました(図表2)。

図表2 消費低迷の要因仮説
図表

 政府も支持している非正規雇用増大説を検証するため、正規雇用、非正規雇用、自営業・自由業別の世帯支出の増減をみると、非正規雇用の人も支出が減ったと答えていますが、むしろ自営業・自由業で、減ったと答えた人の割合の方が大きいです。また、正規雇用と非正規雇用で世帯支出増減を比べても、若干非正規雇用の人が多いものの、ほぼ同じと見て取れます。そのため、この説が主因であるとはいえません。

 次に、将来不安再燃説です。アメリカの大統領候補のトランプ氏、フィリピンのドゥテルテ大統領の登場、ヨーロッパや中国経済の先行き不安など世界的に不透明感が増しています。しかし、不安を感じる人は世帯支出を減らしてもいますが、増やしてもいます。つまり、不安が増したことで、消費が上向かないとはいい難いです。

 では、なにが主因か。調査分析結果から導き出した答えは、老後の生活資金など目的が定まったライフステージごとの貯金です(図表3)。これまで日本人の貯蓄率の高さの特徴は、何かあった時のために貯金をする「予備的貯蓄」だといわれてきました。しかし、現在は目的を決めた貯蓄が多くなっています。収入は、現在の支出と将来への貯蓄に分けられます。貯蓄が増えると、消費水準が下がるのは自明です。

図表3 消費低迷の主因 ― 目的的貯蓄性向の高まり
図表

 この主因のほかにサブ要因として、先ほど提示した消費税負担過大や駆け込み需要の反動減の長期化、年金狭間層の増加などがあるとみられます。

 また、消費者は、生涯収入を平準化して使うことが合理的です。一般的には、働いて得られる収入は、60~65才ぐらいまでです。生涯収入をおよそ2億5千万円とすると、20才からの40~45年間を、年間平均で555~650万円程度で生涯の生活水準を平準化して支出することが合理的です。従って、若い青年期には、収入を上回る支出は借金をして、自分への教育投資や現在の消費を楽しみ、中年期には子育てと貯蓄に励み、老年期は利子収入と年金で暮らすというのが合理的な生涯支出です。

 この考えに従うと、昔と比べて、平均余命が85才までおよそ10年延びたことで、生涯で使うお金を平準化すると、年間平均支出は450~500万円と水準を低下させることが合理的になります。つまり、20%ほど消費水準を落とさざるを得なくなっています。

 こういった問題を解決するために政府はどんな施策をとるべきなのかを考えると、若者に合理的に借金をしてもらうことが解決策のひとつだと思います。例えば、アメリカの名門大学の学生は、学費に年間1,000万円が必要です。彼らは独立心が強いのでそのお金を借金します。その借金を返すために必死で勉強して、より高い報酬を得られる企業に就職し、返済するわけです。

 一方、日本の大学生は、親の仕送りとアルバイト、奨学金を使って学生時代を過ごし、卒業時点で100万円程度の貯金を持っているという学生も多いそうです。そのため、借金をするという考えがはじめからありません。「借金嫌い」が徹底しすぎています。また、日本では55歳くらいに収入が崖のように急落します。これを緩和するために、60歳から70歳ぐらいまでの間に、希望する人が職業をチェンジできるような仕組みが必要です。

 このように、消費低迷は「超高齢化社会」の構造的な問題として起こっているということが、分析結果からわかると思います。

03

中流生活の成熟と新たな生活モジュール

 さらに消費低迷のもうひとつの要因について、掘り下げたいと思います。1950年代どこの家庭も大家族で、食卓は多くの人であふれていました。農家の人たちは、かごを担いで野菜などを売り歩く「棒っ手振り」という行商で、生計を支えていました。これは「局地市場圏」と呼ばれていました。当時の日本の流通と食事の様子はこんな感じでした。

 ところがアメリカでは、状況が全く違います。アメリカのテレビドラマ「奥様は魔女」の世界です。郊外に一軒家を持ち、専業主婦と子供がいて、自動車やテレビ、掃除機などを所有するといった生活です。つまりアメリカでは中流生活がすでに確立されていました。その中流生活が現在、アメリカで成熟したといわれています。

 1950年代のアメリカでは、電気はすでに多くの家庭で使われていました。また、マスメディアが発達して、ラジオも各家庭に普及していました。冷蔵庫、ストーブ、電話なども、かなり行き渡っていました。日本の状況と比べて、大きな差があることがわかると思います。

 技術革新が起こり生活を便利にする商品がどんどん売り出される。普及して売れると、賃金も上がる。そして1人あたりのGDPが増加する。また、ものを買う。そういった循環が生まれて、大量生産と大量販売の両輪で成長していったわけです。電気の登場が「夜ふかし」をつくりました。電気によって残業が可能になったわけです。ものを腐らせないために保存できる冷蔵庫も電気がなければ動きません。

 それが、1990年代になると新たな商品が登場しても、あっという間に普及するようになります。パソコンは、5年くらいで一挙に普及しています。今まではこういった製品が、ゆっくりと普及していきましたが、最近では瞬く間に多くの人が所有するようになっています。技術革新が生活を変えるようなことは、ほとんどなくなってきています。

 また、1940年代から1960年代までは非常に高い生産性を誇っていたアメリカですが、1970年以降成長率が低くなってきています。イノベーションと中流生活の革新が起こらなくなったということです。1人あたりの生産高や可処分所得も下がっていくと予想されます。アメリカでは、もはやスタンダードリビングは終わったというようにいわれています。

 今年(2016年)1月に、アメリカの経済学者ロバート、J.ゴードン氏が「The Rise and Fall of American Growth」という本の中でも、中流生活が終わりを迎えていると書いています。アメリカの経済学界では、たいへん評価されている今年度の書籍のひとつです。中流生活を支えているのは安定収入を得るサラリーマンであり、性別分業、職住分離、家計黒字というのが条件となっていました(図表4)。

図表4 中流生活とは? ― 四つの条件
図表

 日本の中流生活について考えてみたいと思います。日本人の中流意識は93%です。この中流のなかでも、「中の上」の意識が増えています(図表5)。

図表5 日本の中流意識の成熟 ― 93%が中意識
図表

 大多数が属すると考えている中流ですが、その象徴である性別分業や職住分離といった中流生活を支える条件を実現したいと思っている人は少数派です。例えば、性別分業を希望する人は全体の6.4%、職住分離は3.8%です。

 実際、こういった条件の達成自体が困難になってきています。一方で、多くの人が希望する生活というのも変化してきています。この流れを「脱中流」と呼びます。

 脱中流のひとつが、住職接近です。大都市高層マンションという居住スタイルが多くの人に支持されており、供給量も増加しています。都会の高層マンションに住むことで、人々は狭い圏内で仕事、買い物、居住といったことを完結させています。人気のあったテレビドラマ「99.9」(松本潤主演)や、今シーズンであれば「砂の塔」(菅野美穂主演)。こういったドラマのシーンとしても、高層マンションが出てきます。

 それが、少し前の2013年のテレビドラマ「夜行観覧車」だと舞台は、郊外一軒家でした。懐かしいドラマでは、1983年から放送された「金曜日の妻たちへ」の舞台は、多摩の郊外住宅地でした。このようにドラマの舞台をたどると、人々の憧れの生活の変遷を感じられると思います。

 つまり、雇用が改善しても消費低迷が続く謎は、合理的な理由による消費水準の低下と人々の消費を牽引してきた中流生活に必要な財が魅力を失い、その条件も、欲求も失われているということです。

04

求められる「生き甲斐消費」

 消費低迷下で財やサービスの提供企業ができることは何でしょうか。日本のすべての消費者の生涯収入や目的的な貯蓄志向を変えることはできません。これらは、日本政府や金融当局の仕事です。企業ができることは、中流生活を卒業した消費者の変化に対応することです。つまり、消費が高度化して、脱中流のライフスタイルが模索され、「生き甲斐消費」へと変わり、それに対応することです。

 「生き甲斐」とは、「生きていてよかった」と思える実感です。個々の商品やサービスは、何らかの生き甲斐につながっています。「美味しいもの」を食べて「生きててよかった」と思える瞬間があります。食欲は、「マズロー」はもっとも低次な生存欲求だと分類しましたが、そんなことはありません。

 現在の消費者は、単なる財から何らかの自分の生き甲斐につながる財を消費したがっている、あるいは消費欲望の対象としているようです。自助努力、自発的努力、自己犠牲などが必要な財やサービスと言い換えることができると思います。

 具体的な例を挙げますと、進学や就職、ゲームなどの挑戦の成功によって達成感を得られるもの、預貯金など目的手段関係の充足、山登りや筋トレ、ボランティア、BABYMETAL などに没入することなどです。

 これらの共通項は、財が主役ではないということです。つまり、あこがれの車を買ってよかったなどという消費ではありません。もはやモノの所有では満たされなくなっているのです。モノと補完的な財が結びついて、最終的によかったという満足感や達成感が得られる消費が、多くの人を惹きつけるようになっています。

 このような状況の中で、企業はどんな戦略をとっていくべきなのか。これまでは例えば、羊毛を3,000円で買って、加工して5万円で売るというものづくりの生産システムでした。しかし、今は市場プラットフォームを構築した企業が多くの利益を上げるようになってきています。

 一例を挙げると、配車サービス大手「Uber」です。2010年に創業した同社は、1日に200万台を配車し、売上が1,500億円から2,000億円、株式時価総額は約5兆円といわれます。Uberには何種類かランクがあり、それぞれのランク条件に見合った運転手と契約しています。車は運転手が持っており、売り手と買い手を結びつけるプラットフォームを運営しています(図表6)。

図表6 市場プラットフォームモデルによる対応
図表

 市場プラットフォームは、完成財と思われていたものが部分財になり、他の財、情報やサービスと結びつかないと消費者の生き甲斐に繋がり得ない課題を解決してくれます。多くの関連業界や企業と多様な消費者を結びつける機能を提供することが、メーカーからプラットフォーム企業への変身の鍵です。プラットフォームビジネスは、ネットやソフトの世界では、多くの成功事例がありました。しかし、Uberは、現実の「物」の世界でそれが可能であることを示しています。

 これからの時代、こういった市場プラットフォームを作り出していくことが、市場で主導権を握るのに必要になります。メーカーや流通、リアルやネットを問わず、買い手と売り手をマッチングし、消費者に生き甲斐を提供できる企業が生き残り、高収益をあげていくでしょう。なぜなら、プラットフォームは、買い手が増えれば、売り手が増える。売り手が増えれば、買い手が増えるという「ネットワーク外部性」が生まれ、市場を独占することができます。それによって、高収益をあげていけるようになるからです(図表7)。

 こういったビジネスモデルを設計していくことが、マーケティングを企画する人たちにこれから求められていくことではないでしょうか。

図表7 市場プラットフォームモデルへの革新
図表