生活研究所報 第二巻第一号 刊行にあたって

1994.06 代表 松田久一

 本コンテンツは、「生活研究所報 Vol.2 No.1」の巻頭言として掲載されたものです。

 第二巻は、「価値」を中心とした編集にしたいと思っています。

 第一号は、「価値のマーケティング」です。現在、未来、経営とマーケティングの課題と思われるものを網羅してみました。参考にして頂ければ幸いです。何を議論し、何を突破すべきか、煮詰めたつもりで編集しましたが、もっと品質の高いものにしたかった、という思いだけが残ります。

 不況は資本主義社会の宿命です。膨大な生産設備と生産能力がある。過剰な供給状態です。一方で、地球全体の需給でみれば、はるかに需要が供給を上回っています。資本主義の矛盾は何も変わっていない。資本主義が勝利したなどとは決して言えない。ただ、資本主義の先に、「社会主義的な計画経済」がある、という知識が敗北しただけです。

 資本主義が生まれて、約四世紀、アダム=スミスが「諸国民の富」を公刊して、約二世紀、七世代から十三世代にもわたって解決できないのが不況です。不況下では、いろんな社会の現実がみえてきます。哲学、理論、知識の破綻もはっきりしてきます。

 すべての理論が破綻しているなかで、よりはっきりしたのは、この社会は価値が支配しているということではないでしょうか。不況とは、価値体系が壊れることではないでしょうか。

 価値の縦糸と横糸が一挙にほつれる。それが不況の意味であって、回復過程とは、もう一度、縦糸と横糸を編み直すことのように思います。今、世界中で、編み直しをやっているのです。

 価値があって価格がある。

 このことを再発見すべきではないでしょうか。

 ところが、現代の経済理論、経営理論、マーケティング理論でまっとうに価値を定義し、概念化しているようなものはどこにもありません。現代の理論は価値を捨て去っています。価値の理論の不況が経済の不況を生み出している、と言っても過言ではありません。相対主義の認識論がすべての知識を席巻しているからです。

 世界中で火をふく「ナショナリズム」は、民族固有の言語、習慣、習俗に価値をおくものです。絶対価値、究極価値を奉じるものです。

 現実は価値が支配し、知識や理論は、「あれもよし、これもよし」の相対主義になっています。この傾向は、経営にも及んでいます。「あれもよし、これもよしで、口を挟まない」では経営はできない。同時に「あれか、これかで切り捨てる」不寛容な絶対価値でも経営はできません。「あれもよし、これもよし」の経営が破綻し、「あれか、これか」の経営が成功しているように見えますが、実は両方とも破綻していると見ておいた方がよいのです。

 現実の価値主義と知識の相対主義の対決は、百年の戦いになるように思います。

 絶対多元主義にひとつの可能性を見いだしてみました。

 こうしたレッテルで、哲学や考え方を説明するのは好きではありませんが、ここにひとつの光明を見いだしました。理論の価値とは、既存の理論に対して、どれだけ固有性をもてるか、そして、どれだけ現実を切開できる普遍性をもてるか、にあると思います。

 私どもにとっても厳しい経営環境がつづきます。

 しかし、価値ある理論の構築につなげる努力、研鑚の成果をみなさんに提案し続けたいという意欲だけは失わないでおこうと決意を新たにしております。ふだん、頂戴しているテーマヘの解決品質を落とさず、日常業務との並行関係のなかで進めてきた編集です。不備、不足は、どうかご理解下さい。

[初出 1994.06 「生活研究所報 Vol.2 No.1」 JMR生活総合研究所]