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III.経済・情報産業組織について
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3.時代の流れを読む
リスクと外部性の経済とマーケティング
外部性と日本経済の情況
−長期不況への戦略的対応
代表 松田久一

構成   【4章以降はメンバーシップ専用コンテンツとなっております】

要約
1.2001年の捉え方の難しさ
2.消費を支配する空気―外部性の歴史
3.消費低迷と中抜き消費
4.政策を支配する空気―内部性の論理
5.撤退できない構造
6.日本経済の悪循環
7.アメリカの黄金時代
8.構造改革の成功条件
9.市場内部化の論理と歴史的外部性
10.外部性としての都市多様性
11.外部性の再構築―2001年不況への戦略対応

要約

 日本の景気は、明らかに後退局面に入り、アメリカの反転も重なって、ますます険しくなっている。消費を支配する空気はもっと厳しい。この得体の知れない空気を入れ換えない限り、個々の企業のマーケティング努力も無になってしまうほどだ。空気の正体は、消費者の顕示消費などの「消費の外部性」1が強まっていることにある。他方で、空気を変えるべき政府の政策は、資本の論理に囚われた構造改革という空気に支配され無策に終わっている。
 日本経済の構造問題は、構造改革や不良債権処理では解決できない消費の低迷を起点とする閉塞的な悪循環にある。この問題の解決には、90年代のアメリカの黄金時代の教訓から学び、利益追求の「資本の内部性」2の論理ではなく、ポスト国際金融システムを睨んだ21世紀の多元的な資本主義システムに対応した日本独自の新しい成長システムを構築することである。その成功の条件は、資本の論理では処理できない消費の外部性を取り込むことであり、その源泉である都市の多様性を回復することである。2〜3年の長期不況を展望したうえで、資本効率を上げるコスト削減と消費の外部性に対応した都市多様性への新しいマーケティングが必要となっている。日本経済の外部性を再構築する流れを作り出す政策を、政府も、企業も推進していくことが、消費低迷への解決策である。

1.2001年の捉え方の難しさ

 2001年が、これほど判断の難しい年になるとは誰も予想しなかった。現在が、日本の政治と経済だけでなく、世界と世界史の転回点になるように思える。ブッシュ共和党政権誕生で、アメリカの主導する世界秩序が変貌を遂げた。自由資本主義の理念による友好国と敵対国の峻別とボーダレスなテロネットワークとの対峙が新しい世界秩序を構成する軸になりそうである。日本でも、構造改革を唱える小泉政権が誕生し、予想外の人気で政権を維持している。同時に、世界経済を牽引してきたアメリカ経済が、内部要因ではなく、「外部ショック」である同時多発テロという「新しい戦争」によって揺らぎ、景気を支えてきた個人消費を直撃し、景気の後退局面への転換が明確になった。日本の景気が長期の下降局面に入っていることは明らかだ。2001年が難しいのは、大勢の予想が裏切られ、趨勢が読めないからである。90年代を支えてきた世界経済システムが経済の外部要因によって崩壊し、新しい世界経済システムへの模索が始まろうとしている。
 日本経済の情況に関する多くの俗説を集約すれば、日本経済は不良債権処理と構造改革の遅れによって疲弊し、短期の不況を恐れず大胆に改革を実行しなければ危機に陥る、あるいは、市場原理による構造改革が不況に拍車をかけ、早急に、財政出動を行って需要回復を行わなければ危機に陥る、という対立的見方が支配している。これらの俗説は、どちらにしても危機には違いないと思っておけばよい。構造改革断行派の「革新的」意見が大勢であり、積極財政出動派は少数の「保守的抵抗勢力」の意見だろう。我々の日本経済の現状分析は両者とはまったく意見を異にしている。この論文では、日本経済の現状分析を示し、企業やミクロな政策主体の戦略立案に、ひとつの情況判断を提示しようとするものである。我々の分析は、経済学的な俗説に欠如している個人消費とそれを支配する「空気」の分析3を基軸とし、経済の歴史的な「外部性」と市場原理の論理という「内部性」の相互作用から日本経済の情況を捉え直そうとするものである。

2.消費を支配する空気―外部性の歴史

 物が売れないことを景気のせいにする人がいる。売り手が売れない理由を景気のせいにしても仕方がない。現実の商売は、目の前の顧客をどう説得し、買って頂くかにかかっている。自分の商売や自社の売上を考えるとき、景気のせいにするのは愚かな事である。売れないなら売れるようにするのが商売であり、1920年代の不況下で生まれたマーケティングの役割である。
 しかし、景気のせいにしたくなるのもよくわかる。消費を支配する「空気」が険しすぎる。よい景気の時は、財布の紐も緩みがちだから売る工夫も少なくて済む、おこぼれもある。しかし、景気がよくない時は、懸命な売る努力が必要になる。「空気」が険しいと少々の努力ではどうにもならない。この空気が曲者なのだ。日本では、抽象的な理念や情念が日本人全体を動かすことはない。「なんとなく」という「空気」が支配する。この「空気」を人々が共通に思い込む共同幻想として定義しておくことにする。売りを完結させるには、この空気を入れ換えねばならない。もはや、日本経済の換気は、政府はもちろん個々の企業だけでもほとんど不可能になっている。まずは、空気の正体を明らかにし、日本経済の先行きの道筋をつけなければならない。さもないと空気に押し潰されてしまう。それから実際の企業と経営の戦略を検討してみることにする。
 消費の空気がさらに険しくなっている。
 これまでよりも貯蓄意欲が高まっている。銀行等への「預貯金を増やしたい」と思う人の割合は、約47%となり、昨年と比較して約9%上昇している4。郵便貯金も、約43%となり、約6%増えている。その目的も、住宅購入などの特定目的ではなく、いわゆる、「予備的動機」と言われる将来に備えての行動である。貯蓄意欲が高まっているということは、とりもなおさず、消費意欲が減退しているということである。
 現在の消費に顕著なある現象が見られる。消費全体が低迷しているなかで、売上好調な商品の価格帯が二極化し、「中抜き消費」が生まれている。
 ハンバーガー65円、牛丼280円、フリース1,000円と低価格商品が持て囃される一方で、「ルイ・ヴィトン」、「エルメス」や「グッチ」などのインポートブランドも売上好調である。現象からみれば、売れている商品サービスが低価格化と高価格化という対極を示していることになる。これを無責任な評論家や学者のように二極化現象として捉え、思考停止することはできない。
 消費低迷と二極化については幾つかの説明の仕方ができる。
 ひとつは、もっとも単純な説で、低価格を購入する層と高価格を購入する層が増加しているというものである。低所得層が増え低価格を志向し、高所得層も増え高価格を志向するということである。しかし、現実には失業率の上昇や所得の伸び悩みはみられるものの中流層の分解はみられない。寧ろ、同一層で二極化が生じているのだ。20代のOLが、銀座で和食志向のなかで吉野家の「話題」の牛丼を食べ、「憧れ」のエルメスに行列しているのが現実だ。
 さらに、「牛丼」と「エルメス」が同一消費者によって選択されている現象を、消費者が「必要に応じてメリハリ」をつけているのだと分析する経済学者もいる。牛丼で「あまり必要でない」昼食代を節約して、「非常に必要な」エルメスで贅沢ということである。これがいかに空論であるかは、高度な数学的形式化が進む主流派経済学5とは違って、常識と加減乗除で証明できる。牛丼で100円の昼食代を節約して、1万円を貯めるのに100食の牛丼を食べなければならない。毎昼食欠かさず食べ約4ヶ月の「脂肪太りの恐怖」に晒され、耐えて、エルメスで1万円で買える商品は恐らく数える程しかないだろう。この分析は、「必要」という基準が明らかにされて成り立つ。需要、すなわち「必要」が強ければ、需給メカニズムによって、価格も高くなる。逆に、「必要」が弱ければ価格も低くなる。つまり、価格の二極化を、予め価格調整メカニズムを前提にして、消費者の「必要」の強さで説明している倒錯の論理に過ぎない。
 もうひとつは、パフォーマンス説である。賢い消費者は、コストパフォーマンスで選択しているという啓蒙的な考え方である。このもっともらしい説明は低価格化を説明できるが、インポートブランドなどの高価格化は説明できない。一見、消費者の側から統一的な説明を与えるようにみえるが現実は違う。この仮説には、消費者が商品サービスを熟知しているという前提が含まれている。しかし、この前提はほとんどの商品サービスでは成り立っていない。調査結果の多くは、機能や品質は変わらないと知りながらブランド商品を選択していることを証明している。こうした二極化は、異なる商品品種間でみられるだけでなく、様々な成熟した同一市場で、価格からみると「中抜け現象」が観察される。高価格帯と低価格帯が売れ、市場の中心を占めてきた中価格帯が伸びないという現象である。1リットル100円でしか購入されない醤油がある一方で、1リットル1,000円以上の地方の醤油が通販で売れている。
 なぜ、低価格帯と高価格帯が売れているのだろうか。理由は現実的な流通の問題とより本質的な消費者の選択の変化のふたつである。
 ひとつは、小売段階での競争が二極化を生み出している。販売コストは固定的なものではない。販売数量が増えればそれだけ単位コストは下がる。大量仕入れやチェーンオペレーションによって優位にある小売業は、単品での利益よりも客数を増やして売上拡大をはかった方が有利な結果が得られる。これら業界では、価格を下げて、シェアを拡大する戦略がより合理性を持つ。節約トレンドにうまく乗り、低価格化を進める誘因である。他方、近年のインポートブランドは直営店舗展開へと転換した。自社のブランドを自社の販売員が自社の店舗で売る仕組みである。この直営店舗では完全に販売数量と販売価格をコントロールできる。これら業界では、販売数量よりも販売単価の維持により、売上を拡大しようとする。量産による売上が拡大できないので、単価がより重要な収益拡大の変数となる。結果として、販売単価は高くなる。つまり、現在、売れている商品サービスの価格の二極化は、成長する小売業の二つの戦略の違いによって生まれているのである。「ユニクロ」の年間一店舗当りの売上が約8億であるのに対し、「ルイ・ヴィトン」は約23億円と約3倍の効率を持っていることからもうかがえる。この狭間にある小売業が売上を落とし中価格帯市場が伸びないのである。
 もうひとつは、より本質的な消費者の選択の変化である。ある条件のもとで消費者は、一方で、より価格の高いブランドを選び、他方で、より価格の安い商品サービスを選択していることになる。これを、多くの経済理論やマーケティングが想定しているように、消費者は個人の効用を最大化するように商品サービスを選択するという公理的仮説6のもとでは説明できない。敢えて、効用最大化モデルで説明するには、価格が消費者の効用に影響を与えている、つまり、消費者は価格情報を効用の一部として効用関数に組み入れているという修正が必要になる。機能から得られる効用に、「より高いこと」や「より安いこと」による効用が含まれるということである。あるいは、品質を判断できない消費者は、価格を品質の判定基準に利用しているということである。これは得られる効用に対して対価(価格)があるという前提を崩すことになる。いずれにしても、収入や資産制約のもとで、静学的、あるいは動学的に、効用を最大化するという消費モデルは大幅で抜本的な修正を迫られることになる。
 このように、個人の意思決定が他者には影響されないで、個人の効用を最大化するという公理的仮説ではなく、寧ろ、他者の影響を受けている(選択の個人間相互依存性)と考える方が自然であるし、経験的には納得できる。
 より高いものを購入することによって得られる他者に見せびらかす効果(顕示効果あるいはヴェブレン効果)、より高い地位やステータスの気分を得ることができる効果(スノッブ効果=差異化欲望)、他者が持っているものと同じものを持つことができる(人並み)効果(バンドワゴン効果=同質化欲望)などの主流派経済学で「外部効果」と呼ばれてきた個人の相互依存性を考えた方が消費に関してはより合理的に説明できる。
 低価格商品は、話題性によるバンドワゴン効果、インポートブランドはヴェブレン効果やスノッブ効果によって選択されていると考えることができる。外部効果によって選択されている点では、インポートブランドも同じである。これらのどの効果も持たない商品サービスが売れていない。まったく外部効果を持たないのが売れ筋の中心だった中価格帯商品になり、「中抜き消費」が生まれる。より外部性を強める消費に対応するには、商品サービスの低価格化を進め、流通間の競争ニーズに応えるのではなく、外部効果を持った効用を高めていかなければならない。

3.消費低迷と中抜き消費

 長期の消費低迷と中抜き現象は、消費の外部性の強まりによって説明できる。新たな補足的な仮説も含め総合的に現在の消費を捉え直してみることにする。
 なぜ、消費の外部性が消費の低迷と中抜き消費をもたらすのか。
 バブル崩壊後の10年間の個人消費を捉えると、「構造的ショック」とも呼べる要因が積み重なっている。
 第一は、暗黙の雇用契約であった終身雇用と年功序列賃金体系によって一定程度保証されていた生涯収入の不確実性が増大したことである。現在の収入が高く、将来の収入が低いと予測される状況では、生涯消費の平準化からみればどうしても消費を抑制する傾向にならざるを得ない。さらに、拍車をかけたのが、消費税率の引上げ、年金や社会保険料の引上げ、加えて、将来の税負担に繋がる約600兆円とも推定される財政赤字である。第二は、株などの金融資産と土地等の実物資産がともに資産価値を大幅に下落させ、個人資産の価値を低下させたことである。およそ10年でGDPの約2.6年分、年間家計消費の約4.3年分の約1,400兆円と推定される。第三は、日本社会の安全性に信頼感を著しく低下させる事件が相次いだことである。96年には、地下鉄サリン事件や現代都市を直撃した阪神・淡路大震災などの災害が発生した。これらは、無差別性と予測不能性という点において、日本の安全神話を根底から覆すことになった。
 バブル後の約10年間の経済的及び社会的要因が積み重なり、消費者の将来への不安が増大し、消費支出を節約し貯蓄に励むという空気が支配するようになった。その結果、年間個人消費のおよそ4.7年分もの約1,400兆円に上る個人資産が形成された。家計に換算すれば、年収の約5倍もの預貯金、すなわち現金を所有していることになる。
 この拝金主義とも言える預貯金への過度な偏重は、主流派経済学の伝統的な見方では、貨幣自体には価値はなく「未来の消費」として捉えられる。他方、人々が、流動性選好7あるいは貨幣自体への欲望を高めたとも理解できる。貨幣の本質についての深入りは避けるが、仮に、貨幣自体が価値をもつとすれば、流動性の効用は、社会的地位や評価、政治的影響力、人生の成功指標、自分の能力の可能性、独立性や自由性などと言ったまさに顕示消費などの消費の外部効果と同じ性格を有することに注目しなければならない。さらに、この効用は無際限であり効用が飽和することはないことにも注目しておかねばならない。このことは、消費のみならず貯蓄においても、90年代の消費者の欲望は相互依存性という社会的性格を強めたということを示すものである。
 つまり、人々の将来への不安が、消費の社会的性格である外部性を強め、消費低迷をもたらしたのである。消費者は「ブランドか、預貯金か」という選択をするようになった。つまり、外部効果を持つブランドと預貯金だけが集中選択されるようになり、消費低迷と中抜き消費が生まれたのである。
 さらに、不安が、消費の外部性であるブランド選択を強めたと考えることができる。少々、精神分析的な要因になるが、不安がなんらかの心理的葛藤を生み、葛藤を解消しようとして、防衛機制8が働く。消費ではブランドへの自分の欲望の「投映」という防衛機制がとられることになる。それが外部効果である。具体的には、女性が、会社の業績や実力主義評価への移行で、自分の社会的地位への不安を抱き、心理的葛藤を抱えたとする。この葛藤を防衛するために、自分が憧れている人々への欲望を強めることになる。しかし、自分の憧れる対象へと自分がなるためには多くの時間と努力を必要とする。さらに、新たな状況変化によって、心理的葛藤が高まると、その欲望は、憧れる人々の所有するモノや商品に投映される。それが、スノッブ効果やバンドワゴン効果として社会的効用を担うようになると考えられる。
  消費低迷と中抜き消費、ブランド消費をもたらしたのは将来への不安である。しかし、不安がとりわけ消費低迷と結びついたのは、日本固有の社会的条件が加味されたことによる。アメリカでも消費の外部化が90年代に急速に広範に進んでいることが確認できる。それは日本とはまったく反対に住宅などの消費の過熱へと作用している。日米の消費を金額ベースで比較すると、日本の消費を100とするとアメリカは127%である。逆に、貯蓄率は、日本の約30%に対してアメリカはほぼゼロである。この違いはどこから生じているのだろうか。
 ひとつは、経済的な資産上昇の差である。アメリカでの株価などの資産上昇が預貯金を十分に補っていることがある。アメリカの個人資産はその大半が株価で占められている。リスクもあるがキャピタルゲインも大きい。この資産上昇が消費の過熱を生んでいる要因になっていることは言うまでもない。
 もうひとつは、不安の大きさの差によって生じている。つまり、日本の不安の方が大きい。日本における不安が大きいのは、失業や所得減などの客観的指標の大きさではなく、日米の社会的文化的条件に根ざしている。具体的には、平均所得の大きさと職業に象徴される組織依存の違いである。平均所得は日本の方が高く、且つ、雇用の組織化率は日本の方が高い。逆に、アメリカは所得格差が大きく、自営業などの個人型職業が多い。この結果、同じ所得減への不安は、平均所得が高いがために、余裕が生まれ、先を見越した貯蓄志向を強めやすくなる。アメリカでは平均所得が低いので余裕は生まれにくい。さらに、所得の増減は、アメリカでは個人の努力に依存する個人型が多いのに対し、実力主義への移行を果たしたとは言え、日本では企業の業績に依存している。組織依存の高い分が不安の増大へと繋がりやすい。
 つまり、将来への不安が、組織依存型の中流社会と結びつくことによって生まれたのが、消費の長期低迷である。これが消費をしない空気の正体である。もはや、消費低迷が経済的要因だけによってもたらされたものではないことは明らかだろう。
 1980年代以降、消費者の収入に対する必需的支出9の比率が50%にまで低下しているという消費社会化の歴史的前提がある。豊かだから買わないで済ませることができるのである。さらに、我々の調査結果によって推計すれば、生活に必要な商品サービスのブランド化率は約60%にまで拡大している。これらの結果、バブル崩壊後の90年代、日本の最大の消費トレンドが貯蓄になった。約1,400兆円の個人金融資産が積みあがった。この数字がいかに巨大であるかは、バブル期のピークに近い91年でさえ約980兆円の資産に過ぎなかったことからもうかがえる。国際比較をしてみれば、成長著しい中国の国内総生産(GDP)の約1兆ドル(約120兆円)のおよそ12倍という数字である。
[2001.11 「J-marketing.net」 (株)JMR生活総合研究所]

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【附 注】
1. 「消費の外部性」については、2章にて詳述するが、主に消費の外部性がどのように経済学において捉えられてきたかは、R・メイソン、「顕示的消費の経済学」、名古屋大学出版会に詳しい。
2. 「資本の内部性」については、9章にて詳述。
3. 山本七平、「「空気」の研究」、文芸春秋。
4. 金融広報中央委員会調べ「家計の金融資産に関する世論調査」(平成13年)。
5. 主流派経済学とはアメリカを中心とした通称「新古典派」と呼ばれる現代経済学の大勢の流れをさしている。
6. 経済学では、消費者が効用を最大化するという公理的な前提に立って体系が組み立てられている。これは標準的な経済学テキストであればすべて確認できる周知の事である。マーケティングでも、商品サービスの代表的な選択モデルである「多属性態度モデル」あるいは現在の確率モデルでも、この効用最大化仮説に従っている。経済学が多数の商品から得られる効用を最大化するという仮定に対して、マーケティングでは効用を最大化するひとつの商品サービスが選ばれるという違いに過ぎない。例えば、マーケティングの商品選択の代表的なモデルは、片平秀貴、「新しい消費者分析」、東京大学出版会にみられる。
7. 流動性選好については、小野善康、「不況の経済学」、日本経済新聞社に詳しい。
8. 消費者が、なぜ、物的な外的対象に過ぎない商品やサービスの属性として「ステータスや地位」等を認知するのかについて、ヴェブレンの「顕示性の理論」、ボードリャールの記号論的解釈やブルデューの社会学的理論が上げられる。しかし、これらの理論は検証不能な「大理論」であったり、「政策的操作性」に欠けるきらいがある。検証可能性と政策的操作性を基準とすれば、現在、もっとも理論的に応用可能な理論は、経済学における顕示性理論の発展である「消費の外部性」と精神分析における「投映」による不安防衛機制である。経済学における消費の外部性の研究は、近年、再び注目を集めている。特に、マクロ経済学のミクロ的基礎づけとして、代表的個人による異時点間最適化のモデル化の研究やその実証が盛んに行われている。しかし、理論の応用は今後の研究を待たねばならないのが現状である。この意味で、現状では、不安−防衛機制で消費の外部性を説明することがもっとも妥当だと判断する。防衛機制については、A・フロイト、「自我と防衛」、誠信書房に多くをおっている。この理論は、アメリカ流の「自我心理学的」要素が強く、フロイト理論の一側面に過ぎないが、経済学、社会学や消費者行動論ではうまく説明できない顕示消費をうまく説明できるものである。尚、S・フロイトの防衛機制の理論は、フロイト著作集6「自我論・不安本能論」他、人文書院が詳しい。
9. 家計支出のうち、外食を除く食料、地代家賃、光熱・水道など必需的部分。残りは選択的支出。


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