マーケティングによる企業革新のすすめ

1990.08 代表 松田久一

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 90年代に入って、企業革新が進んでいます。組織から、CIから、技術革新からさまざまなアプローチがされています。この論文は、こうした中で、精密な調査と実践をベースに顧客志向の企業革新を提唱します。

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90年代の新しい企業課題

 80年代が、市場成熟の時代であったことに異論をもつ人と企業はほとんどいないはずである。この条件は、その厳しさの大小を差し引けばすべての企業とそのマーケティング担当者に平等にやってきた。10年後のいま各企業の出した答えの返事が返ってきた。

 この10年はガルブレイスの「不確実性の時代」の提唱に始まり、再び、ガルブレイスの「豊かな社会」の到来で時代の幕を閉じるということになった。常態化した円高、NIES諸国の急速な追い上げ、情報技術革新の進展、地価高騰、首都圏集中、金融技術革新等、100年、2OO年に一度の変革の波が急速におとずれた。

 10年前、約1,500~2,500億の売上げをもっていた一部上場企業は、約50社あった。その企業が、その10年後の90年にどうなったかのかなり詳細な調査をしてみた。

図表1.10倍の成長格差
図表

 その結果は、最低売上げ、1,000億、最高売上げ1兆円というものであった。約10倍の格差が生まれていた。倒産一社、吸収合併一社、を含めると、もっと大きな格差が生まれていたと言ってもよい(図表1)。

 問題は、この格差の大きさではない。同じ成熟市場、同じ環境変化にありながらなぜ格差が生まれたかにある。

 格差の要因はふたつある。

 ひとつは、伸びる市場、成長する産業にいたか、ということであり、もうひとつは、成熟市場のなかで新しい競争優位を築いたか、ということである。

 伸びる市場、成長する産業にいることは、伸びない市場、衰退する産業にいるよりも有利である。本業の「しがらみ」で、事業の多角化も商品の多角化もできなかった企業はやはり苦しい。

 しかし、本当は、市場が環境として伸びているか、いないかに関わらず、新しい競争優位を築いたかどうかが、どの市場にいるかよりももっと重要であるはずだ。

 市場、産業の成長率よりも高く、新しい競争優位を築き、8O年代を成長してきた企業はどんな企業なのか。

 先の50社の中で、このことに成功した企業を抽出してみると、5社あった。10%の確率である。

図表2.10年間の成長比較
図表

 花王、リコー、シャープ、旭硝子、富士写真フイルムの5社である(図表2)。この5社には、いくつかの共通点がある。

 売上げを、少なくとも2倍以上にし、80年当時のもっとも比重の高い商品の市場成長率を上回っている。

 フィルムは、この10年間で2倍の市場に成長している。複写機は2倍弱である。ところが、富士写真フイルムとリコーの成長は約3倍である。

 業績からみると、株価をみるまでもなく優良であることは間違いない。

 さらに、これら5社に共通するのはこの10年間の変化である。三つの領域が革新されている(図表3)。

図表3.格差を生む三つの革新
図表
  1. 新しい事業構造への転換がなされている
  2. 新しい競争優位が模索され構築されている
  3. 新しい企業文化・風土が生まれている

 これらの企業の出した成熟市場への答えは、商品の単発ヒットを出して一息つくことではなく、企業活動のすべてを革新し、生活者との新しい接点を構築することにあった。

 4P(製品、流通、価格、コミュニケーション)マーケティングで、成熟市場に答えを出すのではなく、企業活動の全体で答えを出した、ということである。

 この10年間で、これらの企業は、まったく新しい企業に生まれ変わっている。

 従業員からみると、周りの人聞が激増し、全く新しい仕事のネットワークが形成されていることになる。

 逆に、この10年、満足できる業績を収めることのできなかった企業は、十年一日の如く、同じことが繰り返されている、ということである。

 つまり、これらの企業が80年代に出した答えは、企業革新そのものであったと言うことができる。

 逆に言うと、企業革新とは何か、という諸説があるなかで、企業革新とは、現実にはこれらの企業が挑戦した事実、「新しい事業構造」、「新しい競争優位」、「新しい企業文化」の革新である、ということを教えてくれている。

 80年代、ガルブレイスの出した不確実性という課題は、その大師匠たるシュンペーターの言う「創造的破壊」を実践することであった、ということになる。

 90年代、我々が直面しているのは、この見本例を前にどんな答えを出すか、ということである。